067 スタンピード9
巨大なレッドドラゴンに突撃したイロナは、素早さを活かして動き回る。ブレス、爪、牙、尻尾。レッドドラゴンがどんな攻撃をしてもイロナにかすることもなく、バランスを崩す。
「喰らえ!!」
ほんのわずか、イロナにしか気付かないぐらいの隙に合わせて飛び斬り。
「チッ……一刀両断とはいかんか」
前々勇者がダンジョンクリアを怠った最下層のレッドドラゴンともあり、レベルが高く防御力が高いようだ。しかし、レッドドラゴンはイロナの一撃で鱗を裂かれ、大きな傷を負ったので自己回復で治している。
「まぁ我の敵ではないがな! フンッ!!」
ここでイロナは人族の領地に来て、初めて魔法を使う。それは単に身体能力を上げるだけの魔法だが、レベル300超えのイロナが使えば、ただの反則。だだならぬオーラに、レッドドラゴンは恐怖して逃走を考えた。
レッドドラゴンが目隠しに使おうと放った炎のブレスは一刀両断で斬られ、イロナに回り込まれる。
「グワアアァァ!!」
「咆哮? それとも悲鳴か?? どちらにしても、もう遅い」
イロナが先ほどまで握っていた剣はすでに鞘に収められており、レッドドラゴンが叫んだ数秒後、首は少しずつズレて体から落ち、地面からレッドドラゴンの頭が咲く。
こうして本気を出したイロナにレッドドラゴンは一刀両断に首を斬り落とされ、早くも決着がつくのであった。
イロナがレッドドラゴンと戦いを始めた頃、タピオとクリスタもよっつの首を持つ巨大なキングヒュドラとの戦闘を開始した。
キングヒュドラのブレスも尻尾もタピオの盾で跳ね返されるが、ブレスだけは心配があるようだ。
「毒のブレスが来るぞ! 息を止めろ!!」
「はい!」
首によって、炎、氷、風、毒と違いがあるらしく、毒以外はタピオの盾なら防げる。しかし毒だけは、霧状に広がるから気を抜けないでいる。
もしもタピオひとりなら、優れた毒耐性があるので気にせず突っ込んでいるのだが、後ろに足手まといのクリスタがいるのでは、無理に前に出れないようだ。
それでも的確なタピオの指示もあり、二人で着実にダメージをコツコツ与えていたら、また毒のブレスが放たれる。
しかし、タピオがクリスタに指示を出した直後、毒のブレスを放とうとしたキングヒュドラの首がポトリと落ちた。
その直後、空を舞う影がタピオの後ろに下り立つ。
「何をてこずっているのだ」
イロナだ。レッドドラゴンにトドメを刺したイロナが、キングヒュドラを飛び台にして戻って来たのだ。
「てこずっていたのは事実だけど、イロナのためにとっておいたんだよ」
イロナがさっきまで戦いたいと言っていたのを忘れているので、タピオは丁寧に思い出させようとしている。
「それなんだが、もういい。お前ひとりで戦え」
「わたし!?」
またしてもイロナの無茶振りに、クリスタの声は裏返る。
「別に倒さなくていい。死ぬ前には助けるから経験を詰め」
「それって、私では倒せないとわかっているんじゃ……」
「そうだ。一度殺されて来い」
無茶振りも無茶振り。イロナの手助けは死ぬ間際まで受けられないのでは、クリスタも手が震える。
「さっきはできたであろうが……あの力を引き出せば、死ぬことはないだろう」
「で、でも……」
「ならば、我に斬られて死ぬか?」
「うっ……」
イロナが殺気を放ちながら剣を抜くと、クリスタは確実な死よりは、不確定な死を取る覚悟をする。
「わかったよ! 行くってば! その代わり、死にそうだったら助けてください!!」
覚悟というよりやけくそ。クリスタは「ギャーギャー」叫びながらキングヒュドラに突撃して行くのであった。
クリスタがキングヒュドラとの戦闘に突入すると、タピオは鋭い視線で戦いを見つめているイロナに近付く。
「少しばかり厳しくないか?」
「そうだな」
タピオはまた酷いことを言われると思って声を掛けたが、イロナから意外な答えが返って来たので少し驚く。
「主殿もワイバーン戦を見ただろ?」
「見たけど……」
「あの時は、我は勇者が死ぬと思っていた」
「なっ……俺の助けを止めておいて、見殺しにしようとしてたのか!?」
タピオが驚愕の表情をすると、イロナは真っ直ぐ戦闘を見ながら微笑を浮かべる。
「もしもの時は、剣を投げて助けていた。主殿の投擲より、我は速く投げられるぞ。それも一撃必殺だ」
「確かにそうだろうけど……」
「まぁ聞け。勇者は我の予想を覆したのだ。おそらく、死の間際に火事場の馬鹿力が出たのだろう。そういう輩は少なからずいるのだ」
「……うん。俺もそれは見たことはある」
「だろ? しかしこの力は、出せる者と出せない者がいる。それは、圧倒的に出せない者が多いのだ」
イロナの言い分はタピオも経験があるから少しばかり理解はできるが、やりすぎだとは思って難しい顔をしている。
「その力を確実に出せる者は、勇者なのではないかと我は思うのだ」
「ということは……勇者の能力を確認したいということか」
「その通り。火事場の馬鹿力をいつでも出せるのならば、我との戦いでも面白くなると思ってな」
「……かわいそうに」
途中までは、クリスタのためにやっていると思っていたタピオ。だが、イロナの生け贄と聞いて心底勇者を哀れむ。
そうして二人が喋っている間も、勇者クリスタはキングヒュドラにいたぶられ続けるのであった。