005 逃亡中
「ホッホッホッホッ」
タピオは自由を感じ、足取り軽く走っていた。ただし、見た目は重量級。背は平均より高いぐらいだが、はち切れんばかりのマッチョな体をしている。
この体では、装備している皮の胸当てが申し訳なさそうにしている。歳もそれなりにいっており、見た目通り無精ヒゲのオッサンだ。
目的地は、誰も自分のことを知らない町。そうして軽やかに走っていたら、目の前に襲われている馬車を発見した。
「オークか……ま、俺には関係のないことだ」
見て見ぬ振り……二足歩行の大きな豚、オーク2匹に馬車が襲われていても、タピオはスピードを落とさずに軽やかに走り、馬車の横を抜けようとする。
「ひぃぃ! た、助けてくだされ~!!」
しかし、馬車の後ろから顔を出した老人は、必死の形相でタピオに助けを求めて来た。
その顔を見たタピオは悩む。
悪い老人には思えない。
しかし、騙して来る可能性は考えられる。
かといって、見捨ててしまっては寝覚めが悪い。
タピオは悩んだ結果、オークに突撃した。いや、タピオの走る道を塞いだオークと衝突した。
オークはタピオより大きい。
力負けするわけもない。
簡単に押し潰せる。
誰しもがそう考えられる状況で、結果はまったく別となった。
タピオに倒されたのはオーク。それもぶつかった衝撃で遠くに飛ばされた。
仲間のオークがそんな目にあわされたならばもう一匹は怒り、走って近付くタピオに棍棒を振り下ろした。
木っ端微塵。タピオの頭ではなく、棍棒がだ。
オークが驚いたのも束の間、タピオの体当たりによって吹き飛ばされる。そこにトドメ。まだ息のあるオークに、タピオは顔を踏み潰して走り去り、もう一匹も踏み殺したら、カーブして馬車の前にて止まった。
「じいさん。もう大丈夫だ」
馬車に戻って一声掛けると、恐る恐る老人は外に出て来た。
「あ、ああ……もう命がないものと諦めていました。このご恩、どうお返ししていいか……」
「別に返さなくていい。それより、俺に近付かないでくれ」
杖をついてヨロヨロと近付く老人に、タピオは制止を求める。人間不信なので、近付かれたくないようだ。
「しかしあなた様は冒険者でしょう? オークを簡単に倒したところをみると、立派な職業の高ランク。そんな人にお礼をしないわけには……あ! お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「名乗る名など……いや、もういいのか?」
老人の質問に、タピオは何やらブツブツ独り言を呟いて答えを出した。
「俺は、ヤ……タピオ。職業もたいしたことはない。じゅ……武道家。最近、冒険者登録をし直したから、ランクは一番下だ」
タピオは三回も強姦罪で逮捕されているので、何やら歯切れの悪い自己紹介をしてしまう。現在は、隣の隣の国から逃亡中でもあるので、致し方ないことだろう。名を変え、職業を偽り、ひっそりと暮らす予定なのだ。
老人もタピオの説明に何か引っ掛かっていたが、命の恩人にあれやこれや聞くのは失礼と感じ、それ以上の詮索はしなかった。
「私はヨーセッピと申します。本当に有り難うご……」
「ああ。礼はいい。それより、オークは俺が貰っていいんだよな?」
「は、はい。もちろんでございます」
タピオは手際よく解体すると、高値で売れる部位と自分が食べる肉、魔石だけをアイテムボックスである腰袋に入れる。
残りは道から離れた場所に、スコップで大穴をあっと言う間に掘って埋めていた。そうして作業を終えたタピオは、走り出すのであっ……
「待ってくだされ!!」
いや、ヨーセッピに止められて、タピオは仕方なく近付く。
「まだお礼が終わっていません。どうかこれを受け取ってくだされ」
ヨーセッピは金貨の入った皮袋を手渡そうとするが、タピオは手の平を前に出して止める。
「いらないと言ってるだろ」
「そういうわけには……」
「馬もいないんだから、ここを通った人に助けてもらうのに必要だ。大事にしまっておけ」
「で、では、冒険者として雇わせてくだされ! 実は……」
ヨーセッピがタピオを引き止めていた理由は、馬車の積み荷を心配していたからのようだ。高価な品も乗っているので、もしも盗賊に襲われたならば命も失うが、息子に譲った店の信頼も落ちる事態になるので、タピオを雇いたいらしい。
「それなら最初から雇っておけばよかったんじゃ……」
「そうしたのですが……」
どうやら雇った冒険者は、傷んだ魔物肉を食べて途中下車。元々それほど危険な道ではないので強行したら、この始末となったようだ。
「しかし……護衛依頼なんて受けたことがない。馬も無しとなると……」
「一晩か二晩だけでいいのです。それだけ待てば誰かが通りますし、馬を用立てられるはずです」
「そんなに時間が掛かるのか……面倒くさい……」
「そこをなんとか!!」
必死に頭を下げるヨーセッピを見てタピオは悩み、面倒くさくなって渋々受ける。
「わかった。ただし、俺の要求を聞いてもらうぞ?」
「はい! なんでも言ってくだされ!!」
「じゃあ、行き先は……」
ヨーセッピの行き先はタピオと同じだったため、大金を貰うのは気が引けたようで、金貨一枚を前払いで要求するのであった。