046-1 宿屋にて
「待って! 待ってくださ~~~い!!」
宿屋の欠片も見当たらないので、タピオたちはさっさと逃げようとしたが、ウサギ耳女性のエイニに腕を掴まれて逃げられなかった。
「他をあたってくれ」
「だってあんな所に宿なんてあっても、誰も来てくれないんですも~ん」
「じゃあ、やめろ」
「ひどい! 両親が残してくれた宿屋なのに……ふえぇぇ~ん」
真っ当なことを言ってもエイニは泣きわめくので、タピオはどうしていいかわからなくなる。しかしその時、イロナに名案が浮かんだようだ。
「あのボロイ建物を壊してしまおう。そうすれば、この女も諦められるだろう」
「壊さないで~! うわ~~~ん!!」
「さすがにそれは……」
イロナの案に、ますますエイニの涙は酷くなり、結局タピオは一泊だけ泊まると言ってしまうのであった。
ボロ宿に戻る間も、エイニはタピオの腕を離さない。千載一遇のチャンスを逃したくないようだ。
そのまま両手に花でボロ宿に戻って中に通されると、意外と綺麗な内装をしていたので二人は驚いていた。
「なんだ。中はまともじゃないか」
「でしょ? 見た目が悪いのは外観だけなんです」
「じゃあ、修理したらいいじゃないか」
「そのお金が……中だけで精一杯でして……」
「ふ~ん……ま、部屋に案内してくれ」
「はい!!」
エイニは代金を受け取るとお互いの自己紹介をし、宿帳にサインさせてからウサ耳をピコピコと動かして先を歩き、一階の角部屋に案内する。その途中、イロナはなんとなく気になって、手前の部屋のドアを開けてしまった。
「おい……」
「わ! わあわあわあああ!!」
部屋の中はボロボロ。どうやら目に見える場所と、ひと部屋ぐらいしか手入れが行き届いていないようだ。
なのでエイニは大声を出してドアを閉めたが、タピオにも見られてしまった。
「キャンセルで……」
「いまから案内する部屋は大丈夫です! きれいきれい。ほら!」
タピオたちは信じられないといった顔をして角部屋を覗くと、本当に綺麗な部屋であった。
「でも、隣の部屋は……」
「隣の部屋が汚いということは、どんなに騒いでも大丈夫ということです! 今日はお客さんが一組しかいないので、ハッスルし放題ですよ!!」
「女がなんてことを言うんだ……」
タピオが目を逸らして呟くと、エイニは恥ずかしいことを言った自覚があるらしく、いまさら顔を真っ赤にして話を逸らす。
「奥はですね。岩風呂があるんですよ。どうです? 星空の下で入るお風呂は格別ですよ!」
「うむ。ここだけは悪くはないな」
「他に目を瞑ればな」
アピールポイントにイロナたちが食い付いてくれたと感じたエイニは、ようやく安心していた。
これから料理を準備するらしいので、二人はしばらく部屋で休んでいたらエイニが呼びに来たので食堂に移動する。
「うまっ! 宿屋はボロいのに、どうしてこんなにうまいんだ!?」
「本当に……これまで泊まっていた宿の中では一番だ」
一口食べて料理に感動したイロナとタピオは、ガツガツ食べておかわりまでしていた。ただし、おかわりは有料で銀貨二枚も取られたが、それでこの味なら大満足だからと言われるままに払っていた。
それから食後のお茶を飲んでいたら、エイニが笑顔で寄って来た。
「気に入ってくれてよかったです。実は私、高級料理店でアルバイトしているので、料理には自信があるんです」
「ふ~ん……こんなボロイ宿屋なのに、高級料理店なんかによく採用されたな」
「いまはボロボロですが、昔はお金持ちが足繁く通っていたんですよ」
エイニの説明では、両親が健在だった頃は貴族御用達の宿で、従業員も多くいたとのこと。
しかし両親を馬車の事故で失ってからというもの、後任の副支配人になってからは宿屋の金を使い込むわ長年仕えてくれた従業員を勝手に解雇するわで、サービスの低下、建物の常態も悪くなって行き、あっという間に客が離れたらしい。
副支配人は多額の借金もしていたらしく、宿屋も勝手に売ろうとしていたところ、高級料理店のオーナーで父親の親友が助けてくれて、副支配人の悪事は暴かれて奴隷落ち。全ての借金は副支配人に移り、ギリギリ宿屋は売らずに済んだらしい。
そのオーナーがエイニをアルバイトとして雇ってくれたので、給金を使って宿の復興を目指して頑張っているそうだ。
「本当は、オーナーには宿屋は売り払って、自分の幸せのためにお金を使えと言われているんですけどね。でも、私は必ず復活させて、あの頃の賑わいを取り戻してみせます! 勝手な思い込みかもしれませんが、それをお父さんとお母さんが望んでいるような気がするんです」
エイニの決意表明みたいな話を聞いたイロナは……
「死者は何も語らないぞ。それはお前だけの自己満足だ」
かなり冷たい。いや、オーナーと同じくエイニを思って止めている……と、思われる。
イロナと同じく、人と関わることを避けがちなタピオはというと……
「うぅぅ……頑張って生きてるんだな。ううぅぅ……うお~~~」
自分の不幸と重ねて号泣してるよ。
「主殿には関係ないことだろうが……」
「うお~~~。頑張って両親の思い出を取り戻すんだぞ~~~」
「え……あ、はあ……」
タピオがあまりに大声で泣くものだから、エイニは引き気味。イロナもうるさかったのか、タピオの首に手刀を入れて眠らせていた。
「では、明日の朝食も期待しているぞ」
「あ、あの……タピオさんは生きているのでしょうか??」
イロナの手刀は信じられない音が鳴ったので、タピオの生死を確認するエイニ。しかしイロナは何も答えず、タピオを肩に担いで自室に戻るのであったとさ。
次話『 046-2 』は性的な描写が含まれていますので、アルファポリスにて『 R-5 』のサブタイトルで公開します。
18歳以上でもしも読まれたい方は、アルファポリスにてしばしお待ちください。