319 トゥオネタルの魔王8
巨大な蠅のような姿をしたサタン第二形態との戦闘が開始すると、イロナはサタンの四本の剣を捌けるのだが、ヤルモは大盾の後ろに隠れるのがやっと。イロナひとりでサタンの猛攻に耐えている。
「邪魔だ!」
「グフッ!?」
なのでイロナは、サタンの剣を弾いた瞬間にヤルモに回し蹴り。手加減抜きのイロナの蹴りを喰らったヤルモは、凄い勢いでブッ飛んで行き、地面に何度もバウンドして倒れるのであった。
「お~い。こんなところで寝てたらモンスターに食われるぞ~? あ、それもアリだった!」
ペッコがヤルモの頬をペチペチと叩くと、ヤルモは跳び起きる。
「イロナ!? ……俺はどれぐらい寝てた!?」
「10秒ぐらいじゃね? てか、すんげぇバウンドしてたけど、よく生きてたな。お前って本当に人族か??」
「そんなことよりイロナは!?」
「いっちゃんは元気ハツラツだ。さすが俺の許嫁だな~」
ペッコが顔を向けた先には、イロナとサタンは空中戦へと移行しており、凄まじい速度の戦闘が繰り広げられている。
「くっそ……俺はイロナの隣にも立てないのか……くそ~~~!!」
そんな状況を見て、ヤルモは悔しそうに地面を殴り付けた。
「そりゃいっちゃんは別格だからな~。やっぱりいっちゃんの隣には、許嫁の俺がふさわしい!」
「何か俺にできることは……」
「ないない。俺がいっちゃんを助けてやるからそこで見てろ」
「空中戦は無理だから……」
「止めないのか? 止めないなら行くぞ??」
ペッコが何か言っているが、ヤルモは無視。自分の世界に入る。ちなみにペッコは、イロナとサタンの戦いに入る隙間がないのでヤルモのツッコミがほしかったらしく、なんか「ギャーギャー」言ってる。
「せめてサタンの動きについて行けたら……目だ。動き出しを捉えられたら、イロナを守れる……そうだ!」
ペッコが「ギャーギャー」言っている横では、ヤルモは目を閉じて自分のスキルを確認する。
「う~ん……キャタピラモードが増えて、ナビがレベル3。増えたのはこれだけか。何か使える物が増えてたらよかったんだが……」
どうやらヤルモは、これまで重戦車のスキルを使っていたから、スキルレベルが上がっていないかと淡い期待を寄せていたようだ。しかし、そんな都合のいいスキルは増えていなかったので少し落ち込む。
「ナビ……どうやったら俺はイロナを助けられる?」
溺れる者は藁にも縋る。ヤルモは答えてもらえないと知りつつ、ボソッとナビに助けを求めた。
『でしたら、私と目を共有すればいいと思います』
「あん??」
『ですから、私は対象をロックオンしていますので、どんなに速くとも見失うことがありません』
「いや、そういうことじゃなくて……」
まさかナビから返事が返って来るとは思っていなかったヤルモは、「ハッ」として手鏡を取り出した。
「大きくなってる……」
ヤルモの頭には、少女から巨乳の女性に成長した軍服人形が足を組んで座っていたので呆気に取られた。
『先日レベル3となりましたので、元帥との会話が可能となりました。参謀として使っていただけると幸いです』
「めっちゃ喋ってるし~~~!」
ナビ、レベルアップで自我が生まれる。今まで機械的に喋っていたナビが受け答えするもんだから、ヤルモは大声を出してしまうのであった。
「てか、なに人形なんかで遊んでんだよ」
ヤルモが驚いて「そういえばさっき返事していたな」とかブツブツ言っていたら、ペッコがナビに手を伸ばした。
『触れるな! 死ね!!』
「いて! いててて! なんだこれ!?」
すると、ナビはどこから取り出したかわからないマシンガンを二丁、両手に構えてペッコ目掛けて撃ちまくる。
弾丸はヤルモから一定距離離れると大きくなるシステムが機能しているのか、ペッコに当たる頃には豆鉄砲が本物の弾丸ぐらいの大きさになっているので、ペッコにもダメージが入るようだ。
「おお~。ナビが勝手に攻撃してる。やれやれ~」
「止めろよ! 痛いんだよ!!」
ヤルモはナビを煽るが、ふと我に返ってマシンガンの弾丸がどこから来るのか不思議に思った。
「うおっ!? MP減ってる! ナビ、やめるんだ!!」
『チッ……挽き肉にしてやろうと思っていたのに……』
「こわっ!? あいつは味方だから攻撃しなくていいから!」
『味方? 僭越ながら、元帥は嫌っているように感じます』
「嫌いだけどいいんだよ。だから、誰彼かまわず攻撃するなよ?」
『はっ! 元帥の御心のままに』
一瞬ナビのことをイロナみたいに制御不能かと思えたが、マシンガンを止めて敬礼しているので、ヤルモはホッとする。てか、説得している間も撃ち続けていたから、イロナと同類かと思ったようだ。
「てぇな~。何しやがるんだ」
「許可無く触ろうとするからだろ。それより、トゥオネタル族に伝令はちゃんとして来たのか?」
「その頭の人形のことを先に聞かせろよ」
「イロナが負けてもいいのか?」
「いいわけないだろ!」
ペッコはナビの話をしたかったようだが、ヤルモにイロナを出されて伝令の結果を告げる。
「いちおう全員には伝わったと思うけど……見ての通りだ」
「全然聞いてないじゃねぇか!?」
ヤルモの作戦失敗。ヤルモの作戦とは、サタンが悪魔のエネルギーを吸って力を増していたから、悪魔系統は極力殺さずに無力化するか、戦闘を長引かせながら他のモンスターを倒すようにと伝令を走らせた。
しかしながら、戦闘民族のトゥオネタル族に言ったところで馬耳東風。暖簾に腕押し。ヌカに釘。まったく作戦通りに動いていない。
いや、最初のうちはそのように動いていたみたいだが、途中で面倒になって倒し始めたのだ。
「せめて四天王だけは止めて来い! アレが死んだらサタンがどうなるかわからん!!」
「お前は……」
「イロナの援護に回る! 頼んだからな!!」
「お、おう……」
ヤルモ、ブチギレ。その剣幕に押されたペッコは四天王と戦っているパーティの元へ走り、ヤルモはイロナの元へ急行するのであった。