312 トゥオネタルの魔王1
地下20階のセーフティエリア。地下へと向かう階段の前にて、トゥオネタル族が魔王と戦うための配置に就いておよそ一時間……
ダンジョン内にドドドドと地響きが轟き、その音はしだいに大きくなって、トゥオネタル族の足下を揺らした。
「クックックッ……アレが魔王か」
「しまった。先頭にいるなら、ロケット弾撃ち込めばよかった」
それから少し時間を置くと、明らかに雰囲気の違う紫色の肌の大きな男がマントをはためかせて現れたので、イロナは舌舐めずり。ヤルモはまさか魔王が先頭を歩いているとは思っていなかったので、失敗を反省している。
「ムゥ……四天王も強そうだな。ちょっとぐらい味見してもよかろう?」
「いいわけないだろ。作戦通りやってくれよ」
魔王に続き、四天王が魔王を守るように立つ。四天王は、ベヒーモスに似たモンスター、アークデーモンに似たモンスター、リッチに似たモンスター、全身鎧に剣と盾を装備したモンスター。
全て見たこともない巨大なモンスターで色がドス黒く、纏っているオーラもカーボエルテ王国で発生した魔王ぐらいは軽くある。
そんなモンスターを見てしまっては、イロナが興味津々。ヤルモはいちおう止めたけど、諦めるしかないとも思っている。
四天王が揃ってからも階段からは様々なモンスターが現れていたが、魔王が右手を挙げると、モンスターは石になったかのようにピタリと止まった。
「トゥオネタル族よ……凝りもせず我の前に立つ気概は認めてやろう。しかし、何度やろうと同じことだ」
魔王の声は静かだが、ヤルモは何かが体に突き刺さるような感じがしていた。
「我が名は悪魔王サタン。世界を終わらせる者なり。さあ、まずはトゥオネタル族から滅ぼしてやれ。いっ……」
「ちょっと待った~~~!!」
魔王が名文句を言って戦いを始めようとしたその時、ヤルモの大声が響き渡った。
「なんだ?」
「俺、トゥオネタル族じゃないだ」
「何者でもかまわないだろう。我は滅ぼすだけだ」
「少しだけ! 少しだけ時間をくれないか? そんなにすぐ滅ぼしても、お前も面白くないだろ??」
「ふむ……少しだけだぞ」
「ああ!」
そして何故かヤルモは魔王を説得してから、イロナの元へ戻る。
「いったい主殿は何をやっているのだ?」
「あいつ、自分のことをサタンとか言ってただろ? イロナは覚えてないか?」
「サタン……そういえば、どこかで聞いた名だな」
「どこかじゃなくて、絵本だ。戦女神が世界を救ったってヤツ」
「おお! アレか。あったあった」
悪魔王サタンとは、遠い昔に実在したモンスター。その時は何十万人もの死者を出し、戦女神が救ってくれた。
その記録を後世に残すために、教会から絵本が販売されていたのだが、ヤルモは子供の頃に数度読み聞かせしてもらっただけだから記憶に残らず。イロナはまったく知らず。
本来ならば誰でも知っている内容なのに二人が知らなかったので、聖女オルガが特別授業を開いて教えてくれたのだ。
「ということは、我の宿敵というわけか……」
「いや、かなり強いから、気を付けろと言いたかったんだよ?」
ヤルモ的にはヤバイと言いたかっただけなのに、イロナには通じず。なので、トゥオネタル族に対して『四天王もマジヤバイ』と注意を促していた。
「ちょっと作戦変更だ。ペッコ、俺のパーティに入れ」
「なんで俺が……」
「イロナと一緒に戦えるぞ?」
「喜んで!」
ヤルモがペッコをスカウトしたら嫌そうな顔をしたが、イロナを出したら一瞬。すんなり許可が下りたので、ヤルモは前に出る。
「待たせたな」
「もういいのだな?」
「ああ。トピアスさん!」
「おう! かかれ~~~!!」
「「「「「ヒャッハ~~~!!」」」」」
サタンが確認を取ると、ヤルモの返事。そしてトピアスを呼んだら待ち切れなかったのか、サタンの号令より先にトゥオネタル族を突っ込ませた。
「やれ」
それでもサタンは冷静なもの。腰の剣を抜き、真っ直ぐに前に出すと、石のように固まっていたモンスターは急速に動き出した。
斯くして、トゥオネタル族VSサタン軍との決戦が幕を開いたのであった。
初戦は、トゥオネタル族VSモンスターの大群。ただのモンスターではなくとんでもない強敵だが、トゥオネタル族のほうが強いので押している。
「もう行っていいか?」
「まだだ」
そんななか、イロナはステイ。ヤルモが腕を掴んで止めているけど、イロナがイラついて来ているので、いますぐ離したい。
「ほら? 四天王が動き出したぞ?」
ヤルモの作戦ではトゥオネタル族がモンスターを倒しまくれば、サタンの傍にいる四天王が応援に行くと予想通り。これがズバリ嵌まったが、イロナの出番はまだだ。
「トピアスさん。行ってくれ!」
「ようやく出番か! 野郎共、突撃~~~!!」
「「「「「ヒャッハ~~~!!」」」」」
四天王の相手は、トゥオネタル族のトップパーティが四組。この四組に四天王を相手させ、魔王と分断させる作戦。他のトゥオネタル族が散らばって戦っているので、手が空いたら手伝うようになっているから後手に回ることはないだろう。
ちなみに女性もまざっているけど、女性は「ヒャッハ~~~!!」とは言わないみたいだ。
四天王参戦で戦闘が激化すると、ヤルモは作戦通りと頷く。
「やはりサタンはまだ動かないな。あともうちょっと四天王が離れたら俺たちも行くぞ……あれ?」
いつの間にかイロナはヤルモの腕から脱出して、すでに居らず。逆側を見たらペッコが走り出しそうだったので、ヤルモは慌てて取っ捕まえた。
「どこ行くんだよ!」
「いっちゃんが行ったから、俺も……」
「お前はこっちだ! ついて来い!!」
作戦は最後の最後で崩れる。制御不能のイロナが一人で突っ込んで行ったので、ヤルモとペッコは慌ててモンスターに突撃するのであった。