292 寄り道3
冒険者ギルドのギルマスの部屋にて、ギルマスとヤルモはこれ以上ミッラに喋らせたくないのか、お互い頷いて話を変える。
「今日は依頼を受けに来たのですか?」
「いや、この辺りの地図を見せてもらおうとな」
「地図ですか。ならばギルマスの権限で、無料で用意させましょう!」
ギルマスはミッラを走らせて地図を持って来させる。この地図は冒険者ならば格安で閲覧可能なのだが、ギルマスは仰々しく言ってヤルモに恩に着せようとしてるっぽい。
「銅貨2枚じゃねぇか」
しかし、その態度はヤルモに不評。ブツブツ言って要注意人物に加えられていた。
ミッラから地図を受け取ると、ヤルモはテーブルに広げて視線を散らす。ギルマスとミッラがガン見しているので、目的地がわからないようにしているようだ。
それからヤルモは嘘の出発日と礼を言って席を立ったが、部屋に残されたギルマスとミッラの間でこんな会話がなされていた。
「あの二人がどこに向かおうとしてるかわかりました?」
「さっぱりだ。あのヤルモという男、警戒心が強すぎる」
「やっぱり犯罪者なんですかね~」
「その件は誤解だったと、王家から通達があっただろう」
イロナの素性を調べる時に、聖女マルケッタがヤルモの地位を落とすようなことをしていたと知った王家から、ハミナの冒険者ギルドに誤解を解くようにと指示もあったのだが、ミッラはイマイチ信じられないようだ。
「ところで……どこに向かったか、賭けをしません?」
「たぶんあの二人は王都から来たんだろ? そんなの西にある国に行くに決まってるから賭けにならんぞ」
「ギルマスは隣国に賭けるんですね?」
「賭けるならな……」
ギルマスの答えを聞いて、ミッラはニヤリと笑う。
「では、私はトゥオネタル族の住む地に向かうに賭けます!」
「はあ!?」
「じゃあ、賭けの成立ってことで。豪華な食事、期待してますよ~」
「まさかそんな土地へ……ありえないだろ」
ギルマスが驚いているのにも関わらず、ミッラはスキップで部屋から出て行くのであった。
* * * * * * * * *
冒険者ギルドを出たヤルモたちは、イチャイチャしながら買い出し。日持ちする食料品を買い漁り、昼食は露店で済ます。
そうして買う物が揃うと、ヤルモたちは高級なアクセサリー屋にズカズカと入って行った。
「やや! これはヤルモさん。お久し振りでございます」
ここはヤルモが命を救ったヨーセッピ老人のお店。ヤルモは場違い感があって店員に追い出され掛けていたが、名前を出したら元オーナーのヨーセッピが飛んで来たのでなんとか滞在を許可された。
それから立ち話はなんだからと、お得意様用の部屋で世間話をする。
「王都では世話になったな。おかげでいつもより稼げたよ」
「いえいえ。命の恩人には足りないぐらいですよ」
王都では手に入れたダンジョンのアイテムを捌くのに、ヨーセッピが一役買ってくれたから高く売れたので、ヤルモは礼を言いに寄ったみたいだ。
それと、もうひとつのお願い。
「ここってアクセサリーを取り扱ってるんだろ? いい感じの指輪を売ってくれ」
「指輪ですか……攻撃力上昇から防御力上昇。毒や麻痺等の耐性。複数の付与も行えますが、どういった用途でしょうか?」
「結婚指輪だ」
「なるほど。結婚指輪なら、音の遮断……結婚ですと!?」
まさかヤルモから結婚なんてワードが出て来るとは思っていなかったヨーセッピは、いきなりのことで大声で驚いた。そしてヤルモを外に連れ出し、コソコソと喋る。
「結婚って、まさか……」
「イロナだけど……」
そう。ハミナに住む一部の富裕層から「男根鬼」と恐れられているイロナと結婚するのかと、ヨーセッピは驚いているのだ。
「ヤルモさんがお決めになったなら止めはしませんけど、大丈夫ですか?」
「いまのところはな」
「では、やはり防御力上昇がよろしいでしょうね」
「いや、普通でいい。でも、音を遮断するってなんなんだ?」
「妻の小言は聞くに堪えないですからね~」
ヨーセッピは奥さんの小言から耳を守るために、指輪に音声遮断の魔法を付与していたようだ。ヤルモもそれはありかと考えはしたが、イロナに話を聞いていないとバレたら殺されるので、やっぱり普通の指輪にしていた。
デザインはヤルモとイロナではさっぱりわからないので、ヨーセッピ任せ。貴族から一番人気のあるペアの指輪に決まっていたが、価値のわからない二人には庶民が無理をして買う価格帯だと嘘をついて売り付けたヨーセッピ。
どうもヨーセッピは、まだまだ恩返しをしたいから安く売ったみたいだけど、ヤルモは指輪の価値がわからないから「たっけぇな~」とか思っていた。でも、イロナがいる手前、口には出さなかった。
「ただいまサイズ合わせをしていますので、少々お待ちください」
「ああ。ところでなんだけど、ここにはアルタニアの情報は入って来てるか?」
「アルタニア帝国でしたら、魔王が発生してユジュールの勇者パーティが倒したと聞きました。噂ですけど、信頼する筋から聞いたので間違いないはずです」
「その程度か……」
遠い土地の正確な情報など、こんな遠くまで届くには時間が掛かると納得したヤルモ。しかし、ヨーセッピが何かに気付いてしまった。
「ヤルモさんがアルタニア帝国の聖女に追われていたということは……」
「ま、そういうことだ。ほとんどイロナの手柄だけど、魔王討伐は俺も名を連ねているいるから、もしも誰かに聞かれたら別人とでも言っておいてくれ」
「私はとんでもないお人に助けられていたのですか……」
ヨーセッピが驚愕の表情を浮かべるなか、ヤルモはサービスで魔王討伐談。かなりかいつまんだ話であったが、ヨーセッピは楽しく聞いていたのであった。