287 リハーサル1
「あの二人、急にどうしたんだろ?」
ヤルモにダンジョン講座をしてもらったその夜。自室に戻ったクリスタはオルガたちと、ヤルモとイロナの関係について話し合っていた。
「何か心変わりがあったのかもしれませんね」
「心変わりって?」
「あの二人は性奴隷と主の関係に固執していたじゃないですか? それがアルタニアに戻って様々な人と話すことで、考え方が変わったのかもしれません」
「つまり、恋心が生まれたと……プププ。似合わないわ~」
「恋心かどうかはわかりませんが、お互い意識はしているみたいですね」
クリスタは茶化すが、オルガは微笑ましい顔をしている。
「ま、イロナさんがヤルモさんとより強い繋がりを持つのは願ったり叶ったりね」
「本当にお似合いですもんね」
「いや、そういうことじゃなくて」
「え??」
「これ、言うかどうか悩んでいたんだけど……」
クリスタから語られたことは、ハミナにある奴隷館の惨状。イロナという爆弾を抱えたのだから、国としては調べないわけがない。なので、足跡はハミナにしか無かったが、調べたら出るわ出るわ。
三人の男のイチモツをちぎったり、館長への暴力。実際には館長が盛って話をしていたのだが、イロナ被害者の会のメンバーは「あ、その程度なんだ」とすんなり受け入れていた。
「ちょっと! みんな感覚がマヒしてるよ! エイニとリーサの反応が普通だから!!」
カーボエルテ王ですら驚異に感じて討伐する案が浮上していたので、クリスタは皆の感性を引き戻す。
「まさかそんなことがあったなんて……」
「まぁ、100%滅ぼされるから、必死に止めたけどね」
「心中お察しします」
イロナの驚異がオルガたちに伝わったところで、クリスタはまとめに入る。
「ここで問題なのは、イロナさんに奴隷魔法が使われていることよ」
「なのにまったく言うことをきかせられないと……」
「こちょばいだけらしいよ。あはははは」
もう笑うしかない一同。しばしクリスタに釣られて笑っていたが、目は真剣なままだ。
「というわけで、世界の平和のために、イロナさんはヤルモさんと結婚して幸せになってほしいの。そしたらヤルモさんが、少しはストッパーになってくれるでしょ?」
「ナイスアイデアです!」
クリスタが締めると、オルガが立ち上がって拍手。皆も世界を救ったと言わんばかりにスタンディングオベーションを送るのであっ……
「あの……それってヤルモさんは、魔王の生贄にされただけでは?」
「両想いだから大丈夫V」
エイニがいらないことに気付いていたが、それは皆もすぐに気付いて飲み込んだことなので、拍手は鳴りやまないのであったとさ。
* * * * * * * * *
二日後……
クリスタがヤルモを町に連れ出し、イロナはオルガとヒルッカが「女子会をしよう」と言って連れ出していた。
「てか、話ってなんなんだよ」
道中、クリスタに腕を組まれてだらしない顔をしていたヤルモであったが、まったく本題に入ってくれないので何度も質問していた。
「あ、ここよ。一回来たことあるでしょ?」
「服屋か……あまりいい思い出ないんだけどな」
「思い出も何も、服を買いに来ただけじゃん」
「んで、俺に服を買えってか?」
「ヤルモさんは出し渋ると思うから、私が買ってあげるわ」
「若い子に奢らせるわけには……」
「もう奢っているんだからいまさらよ。それにヤルモさんはいちおう貴族なんだから、貴族カードを出す時ぐらいはちゃんとした格好をしてもらわないと、私たちが恥ずかしいんだからね」
「うっ……」
ヤルモが怯んだ隙に、クリスタは高級ブティックに押し込んだ。そして、用意させていた綺麗なスーツを店員による早着替え。
着替えが終わると、ヤルモは照れながらクリスタの前に立つ。
「う~ん……見慣れねぇな~」
「あはは。ちゃんと似合ってるからすぐに慣れるよ」
「まぁ、前のよりは動きやすいからアリっちゃアリか」
「前のは式典用だからね。今回は貴族が普段着にしてる服だから着やすいはずよ。サイズも以前測っておいたからピッタリでしょ?」
「ああ。いい服を選んでくれてありがとう」
「いいのいいの。それじゃあ、次いってみよう!」
「まだあるのか!?」
またしても早着替え。今度は白いタキシードを着たヤルモが現れた。
「これもいいね~」
「そうか~? 綺麗すぎて堅苦しいぞ」
「まあまあ。ちょっとの間、我慢して着ててね」
「我慢??」
「さあ、次の店に行くよ~!」
「はあ? なんだっつうんだよ」
こうしてクリスタに連れ回されたヤルモは無精ヒゲを剃られ、髪形もビシッと決められ、薔薇の花束を装備させられて教会に連れて来られるのであった。
「んじゃ、中に入るよ?」
「だからなんだっつうんだよ」
「シーーーッ」
荘厳な扉が開かれるとパイプオルガンの音が鳴り響き、まばらな拍手がヤルモたちに送られる。
そこには笑顔のリュリュ、ヒルッカ、パウリ、エイニが長椅子に腰掛け、正面の壇上にはオルガが立ち、その前には白いドレスにベールを頭から被った女性が背を向けて立っていた。
ヤルモとクリスタは壇上まで真っ直ぐに伸びた道を、赤い絨毯を一歩一歩踏みしめるように歩く。
そうしてクリスタにエスコートされたヤルモが壇上に登ると、クリスタは離れて行った。
「では、お二人とも、迎え合わせに立ってください」
オルガに促されてヤルモは渋々向き直ると、ドレスの女性もヤルモの方向を向いた。
「ヤルモさん、優しくベールを頭に掛けてください」
「こうしたらいいのか?」
ヤルモはわけもわからず、オルガのジェスチャーをマネしてベールを捲し上げた。
「イ、イロナ……」
そこには綺麗に化粧をしたイロナの顔があったので、ヤルモは固まった。
「あ、主殿……なんとか言ったらどうだ?」
頬を赤らめるイロナの言葉で我に返るヤルモ。
「す、すまん。綺麗すぎて心臓が止まっていた」
「それでは死んでいるではないか」
「死ぬほど美しい……」
「主殿も見違えたぞ。かっこいいではないか」
お互いの容姿を二人が褒め合っていると、オルガがニッコリと微笑む。
「さて、ここに未婚の男女が立っているわけですが、お互いの気持ちの確認はお済みですか?」
「なんの話だ?」
「ですから、ここは結婚式場ですよ?」
「はあ!? お前ら……俺を嵌めやがったのか」
ここでヤルモは何か策略があると気付き、振り返ってクリスタを睨んだ。
「嵌めると言うより、リハーサルをしてるだけよ」
「リハーサルだと……」
「こないだ言ったでしょ? 結婚するなら私たちに仕切らせてって。お互い両想いなんだから、必要なことよ」
「誰が両想いなんだ!?」
ヤルモが焦りながら叫ぶと、オルガが冷静に質問する。
「では、ヤルモさんはイロナさんのことがお嫌いなのですか?」
「いや……」
「イロナさんはヤルモさんのことがお嫌いなのですか?」
「いや……」
ヤルモとイロナが見詰め合うと、オルガは微笑む。
「質問を変えます。ヤルモさんはイロナさんのことがお好きですか?」
「まぁ……」
「イロナさんはヤルモさんのことがお好きですか?」
「うむ……」
「それがお互いの本心です。見た目や年齢、できないことなんて考える必要などないのです。ただ、お互いが想い合っていることが一番大事なのです」
オルガの言葉にヤルモとイロナはしばらく見詰め合って黙っていたが、お互い困った顔に変わると、オルガが助け船を出す。
「何もいますぐ結婚しろとは言っていません。まずは付き合うことから始めてみましょう」
「「……」」
「ここはやはり……ヤルモさん。男性から言うほうがいいでしょう。ちょうど花束もありますしね」
ヤルモはどう言っていいか悩み、なんとなく片膝を突いた。
「イロナ……こんな俺でもいいのなら、この花束を受け取って欲しい。あ、愛してる」
ヤルモは少しぎこちなかったが、簡潔に告白を終えた。
「主殿……我も、あ、愛してる……宜しく願う」
イロナもぎこちなく返し、花束を受け取った。
「「「「「おめでとうございま~す」」」」」
その瞬間、クリスタたちから割れんばかりの拍手が起こるのであった……