270 特級ダンジョン1(ユジュール王国)
ユジュール王がヤルモたちの滞在する宿に来襲した次の日……
「昨夜は楽しい夜であったな。な?」
ユジュール王は何故かまだ居座って朝食を食べている。
「昨日、帰ったんじゃなかったのかよ」
「城に帰るのも面倒になってな~。隣の部屋で休ませてもらったのだ」
ヤルモが冷たい目をしても、ユジュール王は軽い。なので、本当に王様なのかと疑い始めた。
「仕事とかはいいんすか?」
「一時期は忙しかったが、アルタニア帝国が落ち着いたからな。ここまで来れば、あとは家臣がやってくれるから、余は飾りみたいなものだ」
「そんなもんなんだ……」
ヤルモはまだ疑いの目を向けていたが、ユジュール王は気付かない振りをして話を続ける。
「ヤルモたちはこれからどうするのだ?」
「カーボエルテに戻る前に、観光がてら特級ダンジョンに潜ってみるつもりっす」
「ほう……ならば、ひとつ頼まれてくれないか?」
「面倒ごとならゴメンっす」
「そう難しい話ではない。ダンジョンをクリアしたあとに、他国の冒険者の率直な意見を聞きたいだけだ。中に居ては気付かないことも、外の者なら気付くこともあるってものだろう?」
「まぁそれぐらいなら……」
確かに難しい話ではないのでヤルモが引き受けると、ユジュール王はこの場で書類を書いて金額を提示する。その額は高くもなく安くもない絶妙な額だったので、ヤルモはこの場でサインしていた。
「それでは、余は行くな」
諸々の手続きはユジュール王がやると言って立ち上がったので、ヤルモは見送りに扉までついて行ったその時、大事なことを思い出した。
「あ、王様」
「ん?」
「俺の家族を匿ってくれてありがとうございました。それに、ワガママも聞いてくれたみたいで」
「よいよい。環境が変われば誰でも不安になるものだ。仕事をしていたほうが気が紛れたのだろう。気にするな」
「それでもだ。家族を代表して、感謝を述べさせてもらいます。ありがとうございました」
「ああ。受け取った。親孝行するんだぞ」
ヤルモが頭を下げると、ユジュール王は軽く受け取ってその場をあとにする。その行為に、ヤルモはかっこいい王様だと少し感動していた。
この日は夕方に冒険者ギルドに顔を出しただけで、ゆっくり体を休めたヤルモたちであった。
その翌日は、予定通り王都の特級ダンジョンに足を運んだ二人。何組もいる冒険者の列に並んで受付を済ませたヤルモとイロナは、特級ダンジョンに入って行った。
「マジか……地上も人が多いと思ったけど、中はもっと多いな」
適当に歩くだけですぐに冒険者パーティと出くわすので、ヤルモはあからさまに嫌そうな顔をする。
「モンスターも弱すぎる……」
特級ダンジョンとは思えないぐらいモンスターのランクが低いので、イロナもイライラ。
「冒険者もろとも消すか?」
「無視すればいいだけだろ~」
なのでイロナが全て無に返そうとするので、ヤルモは必死に説得するのであった。
「一気に抜けるぞ!」
「うむ!」
というわけで、上層はスキップ。ヤルモの体当たりでモンスターを撥ね退け、ガンガン地下へと潜って行く。その体当たりでモンスターが死ぬ場合もあるので、ヤルモは「魔石が……もったいない」とかボヤいていた。
「どけどけ~~~!!」
冒険者とモンスターが戦闘中の場合は、ヤルモは大声を出して空いてるスペースに突っ込んで通り過ぎる。モンスターが道を塞ぐ場合もあるが、ヤルモの体当たりでブッ飛んで行く。
そんな現場を見た冒険者は驚いて手が止まるので、素早いイロナの出番。モンスターを数匹刀の錆にして、すぐにヤルモの後ろに戻る。
当然、冒険者は呆気に取られてこんなことを喋っていた。
「さっきのなんだったんだ?」
「いい装備をつけたオッサンがオークを撥ね飛ばしていたよな?」
「すんごい美人がオーガの首だけ刎ねていたぞ」
「新種のモンスターか??」
ありえない現象に、冒険者はヤルモたちをモンスター認定。帰ったら冒険者ギルドに報告に向かうみたいだ。
それからも爆走していたら、今日の夜営地点、地下40階のセーフティーエリアに着いたので、人が居ない場所で夜営の準備をするヤルモたち。そうしていたら、ヤルモたちの元へと冒険者が群がって来る。
「イロナ。頼む」
冒険者は一様にヤルモたちの行為を非難するだけであったので、ヤルモはイロナ頼り。
「死にたい者からかかってこい!」
「「「「「うわああぁぁ~~~!!」」」」」
イロナが殺気を放っただけで、冒険者は蜘蛛の子を散らすように……一気に逃げ出した。遠く離れたところでは、「アレ、魔王じゃね?」ってコソコソ噂されているけど……
このチャンスに、料理を早く食べてさっさとテントに撤退するヤルモ。新しくセーフティーエリアに来る者も居るので、早く身を隠したかったようだ。
しかしながら、セーフティーエリアは魔王の話題で持ち切りだったので、腕に自信のあるパーティがヤルモたちのテントに近付いて来た。
「このさえないオッサンが魔王なのか?」
ヤルモよりは精悍な出で立ちの男が若手パーティに尋ねているが、イロナはすでに就寝中なのでヤルモが対応するしかない。
「どうでもいいけど、冒険者のマナー違反してるぞ。名前はなんて言うんだ? ユジュール王に報告させてもらう」
「ハッ……オスカリさんじゃあるまいし、国王様にすぐ会えるわけないだろ」
「俺、オスカリとは一緒に魔王と戦った仲なんだ。あと、現在ユジュール王からの依頼中。ここ、ユジュール王のサインがあるだろ?」
「はい??」
ヤルモが嘘をついていると決め付けていた男だが、書状を見たら「本物かも?」とか仲間と言い出した。
「んで……やるのか? やるなら容赦しないぞ。ダンジョンの中では、行方不明なんて多々あるんだからな」
「きょ、今日のところは見逃してやらぁ」
目の前にはムキムキのオッサン。バックにはユジュール王国2トップ。
勝利しても、もしも本当にユジュール王国関係者ならば、罪が及ぶのは自分たちかもしれないと計算してしまった冒険者たちは、捨て台詞を残すのがやっとであったとさ。