268 ヤルモ家族3
最後の夜は、家族と一緒に食事をし、ヤルモと母親はこれからの話をしていた。
「ふ~ん……戻りたいんだ」
「やっぱり故郷だからね。家畜の世話もお隣さんに頼んだままだから心配だし」
「ま、好きにしろよ。この書状があれば、帝都まで帝国兵が送ってくれるぞ」
「兵隊さんって……歩けば着くんだから、そんなの必要ないよ」
「あ~。お袋は村から出たことがなかったのか。街道は危険なんだよ」
ヤルモはモンスターや盗賊の危険を母親に説明する。普通は乗り合い馬車を使う場合もあるのだが、冒険者の護衛がついているほうが安全。しかしその冒険者が信用ならないから、ヤルモは皇帝からの書状を貰っていたみたいだ。
「これ一枚で、ずっと馬車移動だし、いい宿に泊めてくれるから楽だぞ。護衛も多くつけてくれるから、確実に帝都まで届けてくれる。俺もそれで安心できるから、使ってくれ」
「ヤルモがそう言うなら……」
母親は渋々だが書状を受け取った。その時、父親がずっしりとした皮袋をテーブルの上に並べた。
「返す」
「ん? これは……俺が渡した金か??」
「そうだ。こんなもん使えるわけがないだろ」
「一枚も使ってないのか!?」
「いや、食費と家を借りる時にちょっと……」
「使ってんじゃねぇか……有り難く取っておけよ」
「こんな大金、持ってるだけで怖いんだよ!」
どうやら父親はかっこつけて返すと言っていたわけではなく、金貨千枚とは物々交換が主体の村人に取って一生分の稼ぎぐらいなので、家にあるだけで気が気でなかったらしい。
しかし、ヤルモも引く気がないので、帰りの道中で使い切れと言っていた。
この日は、ヤルモが都会に染まっているとか言う家族と別れの挨拶を済ませ、宿屋に帰るヤルモとイロナであった。
「見送りはいいって言っただろ」
旅立ちの日、昨夜ヤルモは家族と別れの挨拶は終わっていたのに、母親と父親が朝早くから宿屋の前に立っていた。
「なんだかもう会えなくなるような気がして……」
「まぁ冒険者なんてしてたら、そう思うか……」
冤罪は無事解決したが、命の危険がある仕事をしているのは代わりがないので、ヤルモにも母親たちの心配は伝わる。
「前も言った通り、俺はトップクラスの冒険者だ。そう簡単には死なん。危険だと思ったら即撤退してるから、死ぬ確率はかなり低いぞ」
「そうなのかい……」
「手紙を書くよ。それに必ず顔を見せに帰る。その時は、またお袋のメシを食わせてくれよ」
「ヤルモ……待ってるよ」
もう家族とのわだかまりは消えているのだから、手紙の一枚や二枚……いや、月一でも週一でもいくらでも書ける。母親は嬉しそうにヤルモを抱き締め、再会を約束していた。
「うちの稼ぎ頭なんだから、何度も帰って来てもらわないと困るからな」
母親との別れの挨拶が終わると、父親が前に出た。
「金貨千枚でも手に余していたのに、まだ欲しいのか?」
「ああ。あんなもんじゃ足りん。だから、ちょくちょく母さんに顔を見せろよ」
「わかった。村一番の豪邸を建ててやるよ」
「いや、それは……金はいいから、生きて帰って来てくれるだけでいいんだからな」
父親の照れ隠しの挨拶は、ヤルモに脅されたから失敗。ただ単に帰って来てほしかっただけみたいで、苦笑いでヤルモと握手をしていた。
「そんじゃあ、次は故郷でな」
「ええ」
「ああ」
「いってきます」
「いってらっしゃい」
「息災でな」
こうして両親に見送られて、ヤルモとイロナは歩き出したのであった……
* * * * * * * * *
「いい親御さんだったな」
町を出てもヤルモが一切喋ろうとしないので、イロナが気を遣って声を掛けた。
「そうか~?」
「子供の心配しているのは、いい親の証拠だ」
「どうなんだかな」
イロナが両親を褒めるが、ヤルモは素直に同意できない。冤罪を信じてもらえなかったことはもう許しているのだが、いいオッサンになった子供としてはむず痒いのだろう。
「ちなみにイロナの親は、どんな人なんだ?」
「うちか……うちは過保護だな。ちょっと里を出るだけで死ぬ気で止めるほどだ」
「じゃあ、イロナの親も、いい親ってことか。心配して止めてるんだからな」
「う~ん……アレをいい親かどうかはよくわからない」
「わはは。俺と同じこと言ってるじゃないか」
「フフフ。家族とは、他者から見ると違った見え方になるもんだな」
「確かに。違わないな。わははは」
こうしてヤルモ家族のことからイロナも家族のことを思い出し、お互いの家族について比べたりしながら笑い合い、目的地に向かう二人であった。
「なんだったんだ。さっきの二人は……」
「オッサンは走っていたのに、女は歩いているように見えた……」
同じ方向に進む者や対面から来る者に変な目で見られながらも……
それから数日、いくつかの町を経由して、ユジュール王国の王都に辿り着いたヤルモとイロナであった。