249 アルタニアの勇者候補1
イロナが勇者候補生を連れて来いと息巻いているので、決定事項。元々翌日には顔繋ぎをする予定だったのだが、オスカリたちは「フル装備で来るように」と伝えに勇者候補生の滞在する宿に走り、次の日の朝には顔合わせになった。
「7人? ゲッ……聖女までいやがる……」
宿泊場所である貴族邸の庭には、7人の男女がいたのでヤルモは不思議に思ったが、大嫌いな聖女マルケッタがいたからあからさまに嫌そうな顔をする。
「あ~。こいつも代替わりさせようか悩んでいてな。でも、他所から呼び寄せた神父の頭が堅くてな~。交代させるには実力を比べないとダメらしい。教会の方針とか言ってたらしいけど、本当かどうかも疑わしいんだよな~」
「うっわ。聞くだけでめんどくせぇ」
「ま、実力で見るんだから、いい神父なのかもな」
アルタニア帝国の帝都にあった教会は皇帝に支配されていたので、皇帝を使えばなんとでもなると思っていたのだが、教会は魔王発生の余波で壊滅し、上層部も全員亡くなっていたからには息の掛かっている者が皆無。
これでは聖女交代の儀式もできないので他所の町から神父を呼んだのだが、その者は「実力を見ないことには死んでも許可を出さない!」と言って息巻いているそうだ。
実はこの神父は皇帝のやり方を嫌っていたので、これはアルタニア帝国に対しての復讐なのだ。でも、皇帝は傀儡になっているから、空回りしているのに気付けていない。
「んで、そっちのおばちゃんは、なんなんだ?」
若い勇者候補のパーティとは明らかに年齢の違う筋肉ムキムキな女性がいるのでヤルモが問うと、オスカリは頭を掻きながら答える。
「なんかヤルモに会いたいってうるさくてな。知り合いみたいなことを言ってたんだが……知らないヤツか??」
「ああ。知らないヤツだ」
ヤルモには友達の一人もいないのでノータイムで他人だと言ったが、その声はマッチョな女性にも聞こえていたようで、ズンズンと前に出て来た。
「ちょっとやっちゃん! 久し振りに会ったのに、それは失礼すぎないかな~?」
「いや……誰だ? まったく記憶にないんだが……」
馴れ馴れしく呼ばれても、ヤルモに思い当たる節がない。
「同じ村のお隣さんでしょ。すぐに思い出してくれると思っていたのに……お姉ちゃん悲しいわ~。グズッ」
「お隣の……お姉さん……」
女性が嘘泣きしていると気付いたヤルモだが、同郷と聞いて記憶の奥のほうを掘り返した。
「え? クラねえ??」
「やっと思い出したのね。小さい頃は『絶対にお姉ちゃんと結婚するんだ』とか言ってかわいかったのにね~」
「思い出すも何も、別人……」
このマッチョな女性は、クラーラ。ヤルモの記憶の中には細くて清楚なお姉さんとして残っているので、別人にしか見えない。
唯一顔に、その当時のそのままの面影があるのだが、その顔がマッチョな体にくっついているのでヤルモとしては気持ち悪いから気付けなかったみたいだ。
「ま、積もる話もあるだろうから、お前らはあっち行け」
クラーラがいちおうヤルモの知人とわかったので、オスカリは邪険にしながら追い払う。そうしてイロナを手招きして、若手パーティの男女を紹介する。
「この坊主が勇者候補だ」
「ちょっ! オスカリさん。頭をグリグリしないでくださいよ」
毎日時間を掛けて作ったスダレみたいになっている自慢の前髪をオスカリにグシャグシャにされたので丁寧に直している男は、ニコ。天才肌で、魔法剣士に実力で転職していた。
「ふむ……線の細いヤツだな。こんなので大丈夫か??」
しかし、イロナのお眼鏡に適わないみたいだ。
「候補って言ってるだろ。これからに期待だ。だから壊すなよ?」
「それは本人しだいだ」
「いや、手加減しろって言ってるんだよ!」
弱くても、勇者候補ならイロナは立ち合いたい模様。しかも、弱すぎたら壊す気満々なので質が悪い。
そのことをオスカリが咎めていたら、ニコが前に出た。
「オスカリさん。この失礼な女性はなんなのですか?」
今まで褒められることが多かったニコは、イロナの態度に苛立っているので、オスカリが慌てて止める。
「お前なぁ。人を見掛けで判断するな……って、それで俺たちも痛い目を見たんだった」
「はい??」
「この嬢ちゃんは、絶対に敵に回すなと言ってるんだ。俺の十倍は強いし、人を殺すのなんて意に介さないヤツだからな」
「え……そんな殺人鬼が、なんでこんなところに……」
オスカリ、脅し過ぎ。実際にはイロナは人殺しなんてしていないのに、国王に剣を向けたことがあるので、殺人ぐらいやっているとオスカリは思っている。
「じゃ、あとは若い者だけで……と行くか」
「いや、そんな話のあとには……」
「ちなみに、不甲斐ないとこを見せたら、逆に怒るから気を付けろよ」
「だから、これってなんなのですか!?」
ニコ、絶体絶命の大ピンチ。オスカリにムリヤリ剣を構えさせられ、殺人鬼の前に連れて行かれるのであったとさ。
「はじめ!」
オスカリの開始の合図で、ニコは嫌々剣を上段に構えた。すると、イロナは値踏みするようにジロジロと見る。
「ふむ。剣を持つと、少しは様になるか……」
「あの……真剣だと危険だと思うのですが……」
「ザコの剣など当たっても痛くないから、そのまま攻撃して来い」
「え……」
「まぁ攻撃できたらだけどな!」
イロナは刀の柄を握っただけで鞘から抜かず、殺気だけを解き放つ。
「「「「「うわわわわわ」」」」」
それだけで、若手パーティで立っていられたのはただ一人。
「フンッ。勇者が推薦しただけはあるか」
ニコのみだ。
「うわああぁぁ~~~!!」
その殺気の中を、ニコはムリヤリ体を動かし、イロナに斬り掛かったのであった……