161 聖女マルケッタ5
「キィィーーー! こんな美味しい話にどうして乗らないのですの!?」
勇者にしてあげると言われたヤルモが拒否ったら、マルケッタは奇声を発した。だが、あまり高圧的すぎると逆効果と思い直し、用意していた言葉を述べる。
「もうすでに、犯罪歴を消す書類は作成済みですわ。国に帰ったら、その足で一緒に裁判所に提出したらきれいさっぱりですわよ」
ヤルモは考える。この話に乗れば……
「紙なんて破いたらおしまいだろ。前に言ってたじゃん」
「「だよね~」」
いや、ほぼノータイムで拒否。クリスタとオルガもそのやり取りはやったので、微笑ましく見ている。
「キィィーーー! そこの二人! 何ほのぼのしているのですの!? あなたたちは、どうやってヤルモを信用させたか教えなさい!!」
「たぶん……まだ信用してないよ。ね?」
「はい。ヤルモさんが人を信用するわけないですもんね」
「「ねぇ~?」」
マルケッタがヒステリックに言っても、クリスタとオルガは笑って同意するだけ。本当にヤルモは信用していないのだから仕方がない。当のヤルモもウンウン頷いているもん。
「てか、ヤルモさんがこうなったの、アルタニアやあんたのせいだからね?」
「どういうことですの?」
「三度も冤罪で捕まったら、そりゃ人なんて信じられなくなるよ。ましてや、トドメを刺した人間なんて信用するわけないじゃん」
クリスタが事実を告げてもマルケッタは苦虫を噛み潰したような顔をするだけ。
「チッ……仕方がないですわね。騙して穏便に連れて帰ろうと思っていましたが……」
「騙してってのは、穏便とは言わないでしょ?」
「こうなったら最終手段ですわ!」
「聞きなさいよ!」
ブツブツと酷いことを言うマルケッタにクリスタはツッコムが、マルケッタは無視。
「ヤルモ! お前の家族は牢獄に入っていますわよ!!」
「ただの強迫かよ!! ……へ??」
ノリノリのマルケッタにノリノリのクリスタは流れでついツッコんじゃったが、そんな場合ではない。とぼけた声を出したクリスタの代わりにヤルモがツッコム。
「家族が? 何か罪を犯したのか??」
「犯しましたわ! 大罪人と血が繋がっているだけで生きている資格はありませんわ!!」
「お……お袋たちは関係ないだろ!」
「フッ……いい顔になりましたわね。わたくし、その顔が見たかったのですの」
焦り、怒り、絶望……ヤルモの顔にそれらが浮かび上がると、マルケッタは恍惚の表情になった。
「どんだけゲスなのよ!」
「へぶしっ!」
しかし、クリスタに殴られてマルケッタは変な声を出して倒れた。
「やりましたわね……ヤルモ! 家族を殺されたくなければ、いますぐこの女を殺しなさい!!」
「ヤルモさん! こんな女の言葉なんて聞く必要ないわよ! 私がなんとかするから!!」
ヤルモは二人の言葉を聞いて、フラフラと歩み寄る。
「ヤルモさん!?」
「フフン。形勢逆転ですわね」
ヤルモが歩み寄った場所はマルケッタの前。クリスタは焦り、マルケッタは勝ち誇った顔になる。
「さあ、あいつらを殺しなさい!」
「殺すわけないだろ」
「「さすがヤルモさん!」」
「じゃあ、あの家族には死んでもらいますわ」
「どうせ俺が何をしても家族は助からないんだろ……」
「「さすがヤルモさん……」」
一瞬でも自分を信じてくれたと喜んだクリスタとオルガは、単純に信じていないだけと知って仲良く肩を落とす。
「今回は嘘偽りないですわ。信じなさい!」
「もう、放っておいてくれ……」
「待ちなさい!!」
それだけ言ってトボトボと歩き出したヤルモ。マルケッタの制止も聞かず、あとを追ったイロナと共に、ポツポツと雨が降り出した町に消えて行くのであった。
「どうします?」
雨が強くなりゆく中、残された勇者パーティは集まって話し合っていた。
「とりあえず、聖女様たちでギルドに報告に行って。私はこいつを連れて城に行くわ」
「わかりました。問題はヤルモさんですね。また自分の殻に閉じこもらなければいいのですが……」
「まぁね~。夜までには戻るから、みんなで変なことしないか見張っていて」
「……はい」
こうして勇者パーティは各々動き、夜には全員がウサミミ亭に集合するのであった。
「ヤルモさん、大丈夫だった?」
ザーザーと本降りになった雨の中ウサミミ亭に最後に戻ったクリスタは、さっそくヤルモの状況をオルガから聞く。
「部屋から一歩も出ていません。いまはイロナさんが付きっ切りで見てくれています」
「そっか……じゃあ大丈夫そうだね」
「最悪のことを考えていなくてよかったです」
三度の冤罪、勇者殺害の罪、それらが原因で家族が殺される一歩手前なのだ。いや、もう死んだものだと考えているヤルモなら、自死を選ぶ可能性は否定できない。
しかしクリスタとオルガは、イロナがついているから大丈夫だと思っている。斬り殺されるならまだしも、イロナの目の前では自殺なんてできないと思って……
「それで……勇者様はアルタニア帝国に行かれるのですか?」
「行きたいのは山々なんだけどね~……お父様に止められちゃった」
「でしたら、私からもお願いしに行ってもいいでしょうか? 教会の力を使えば、王様といえども……」
「行ってもムダムダ」
「やってみないことにはわからないでしょ!」
珍しくオルガが声を荒らげるが、クリスタはニッコリ微笑むだけ。
「私もそれ以上の剣幕でお父様に怒鳴ったな~」
「だったら!」
「聞いて……この国はどうするかと言われちゃった。それを言われて、私は動けないと思ってしまったわ。だって、やっと特級ダンジョンが落ち着いて来た頃よ? なのにいま投げ出したら元に戻っちゃう」
「そ、そうですけど……」
「他の町の上級ダンジョンも見に行かないといけないし、勇者って忙しいみたい。国民の命を守るためには、他国なんか気に掛けていられないの」
「じゃあ、私たちはヤルモさんの力になれないのですね……あれだけ助けてもらったのに……」
暗い顔をするオルガだが、クリスタはニヤリと笑う。
「何も力にならないとは言ってないでしょ。勇者としては力は無いけど、私は王女クリスタ! 必ずヤルモさんを助けてみせるわ!!」
クリスタの決意表明を聞いた勇者パーティプラス、しれっと話を聞いていたエイニたちは、何やらスタンディングオベーションを送るのであった……