160 聖女マルケッタ4
「ふぅ~~~……スッキリした」
「ですね……あっ! 神よ。罰を与えてくださりありがとうございました」
「聖女様もノリノリだったんだからもう遅いよ。あははははは」
聖女マルケッタを往復ビンタの刑にしたクリスタとオルガはスッキリした顔。ただ、オルガは神への祈りが遅すぎてクリスタに笑われてしまっている。
「こ、これしき……むぐっ!」
二人が笑っている隙に、顔をパンパンに張らしたマルケッタが治癒魔法を使おうとしたが、クリスタに口を塞がれてしまった。
「あとで治してあげるから、もうちょっとその顔でいてね。プププ」
「ムームー!!」
笑いの我慢できないクリスタは、マルケッタを後ろ手に縛ってからヤルモの前に連れて行った。
「ヤルモさん。マルケッタって聖女が謝りたいんだって。聞いてあげてくれないかな?」
今まで震えて目をつぶっていたヤルモは、クリスタの優しい声を聞いてようやく目を開けた。
「はぁはぁ……せ、聖女が俺に謝る? ……誰だそれ??」
目の前には、顔をパンパンに張らした女が跪かされているが、マルケッタの原型が残っていないほどの腫れようなのでヤルモは気付けない。
「あはは。ちょっとやり過ぎたかな~? 聖女様、お願いね」
「治しますけど、ヤルモさんに与えられたストレスには足りないぐらいですよ。治しますけど」
「だよね~?」
オルガはブツブツ文句を言いながらもマルケッタの顔を治癒魔法で治していた。
「じゃ、綺麗になったし、ヤルモさんに謝罪しなさい」
「誰がこんな大罪人に!!」
クリスタが再度謝罪させようとしたが、猿ぐつわの外れたマルケッタが怒鳴るので、ヤルモがまたプルプル震えてしまう。
「別に私はどうでもいいのよ。王女の私に剣を向けたのだから、いくら他国の王女でもしっかり刑期を務めてもらうし……ま、アルタニアから多額の慰謝料を受け取って返還ってのが落としどころでしょうけどね」
「わたくしを人質に取るつもりですのね……わたくしが捕まったと知れば、お父様が軍を動かしますわよ! きっとこの国なんて滅ぼしてくださりますわ!!」
「ふ~ん……」
マルケッタの戦争発言に、クリスタの目が冷たくなる。
「魔王に帝都を乗っ取っられた国の戦力なんて、物の足しになるのかしら……」
「な……何を言っていますの?」
「遠い他国だから知らないとでも思っているの? ユジェール王国に勇者を派遣してもらおうとして断られているのも知っているのよ」
「何故それを……」
「だって、あんたが言い振らして回っているじゃない。調べないわけがないでしょ」
ハミナの冒険者ギルドから情報が入った時点で、カーボエルテ国王は他国に潜り込んでいるスパイから情報を集めている。
残念ながらアルタニア帝国は国境を封鎖しているから内情はいまだ届いていないが、隣国のユジェール王国でマルケッタが勇者を口説いていたとの情報は入っていたのだ。
しかし、一度は捨てた故郷であっても、ヤルモにしたら生まれた国。帝都が魔王に乗っ取られたと聞いて動揺している。
「まさかそんなことに……俺があの時ついて行っていれば……」
いまさら後悔の念に押し潰されそうになるヤルモ。その姿を見たオルガは、ヤルモを優しく包み込む。
「ヤルモさんのせいではないですよ。言ってたじゃないですか? アルタニアの勇者パーティを魔王の間に連れて行くだけで精一杯だったって……だから、これはヤルモさんのせいじゃないんです」
「でも……」
ヤルモは何か言い掛けたが、クリスタにも抱きつかれて言葉が止まる。
「そのまま戦っていたら、ヤルモさんは生きていなかったんでしょ? 私にも勝てないなら逃げ帰れって言ったじゃない。そのおかげでこの国は救われたの。ヤルモさん……生きていてくれてありがとう」
「うっ……ううぅぅ……」
二人の優しい言葉と温もりにヤルモは涙するが、その感動的なシーンを邪魔をする者もいる。
「ハッ。なんですのその涙は……こんな勇者でもないオッサンが国を救ったですって? 嘘を言うならもっとマシなことを言いなさい!!」
「チッ。あんたねえ……」
マルケッタに感動的なシーンを台無しにされたクリスタが怒りの表情で近付くが、マルケッタはお構い無し。
「泣くならアルタニア帝国を救ってから泣きなさい! わたくしがヤルモを本当の勇者にしてあげますわ!!」
「「「はい??」」」
突拍子のないマルケッタの提案に、ヤルモたちはキョトンとした顔になる。
この提案は、何も突然出した案ではない。元よりマルケッタは、ヤルモの実力だけは認めており、連れ帰ってから勇者にしようとしていたのだ。ただし、奴隷魔法で縛ってからではあるが……
「いい話じゃなくて? アルタニア帝国に帰ったら、ヤルモの犯罪歴を抹消することを約束しますわ。その上、勇者として魔王を倒したあとは、アルタニア帝国の英雄として代々受け継がれることでしょう」
マルケッタは一度言葉を切ると、高らかに宣言する。
「さあ、勇者ヤルモよ! その者達を倒してわたくしの元に来なさい!!」
次はヤルモの台詞。クリスタとオルガが、ヤルモがどのような返答をするか固唾を呑んで見ていると……
「そんなこと言って、また騙すんだろ?」
「「だよね~」」
いや、これまで何度もやったやり取りなので、ヤルモは必ず拒否すると思って安心していたクリスタとオルガであったとさ。