157 聖女マルケッタ1
どんよりとした雲がカーボエルテ王国王都の空を覆ったその日……
「ここにヤルモがいるのですわね」
聖女マルケッタが王都に到着した。
「このまま冒険者ギルドに直行しなさい」
マルケッタは御者にそう告げると馬車は動き出し、町を駆ける。宿命の相手が近くにいるということもあり、窓から見える風景はスローモーションの如く流れるので、マルケッタを苛立たせる。
そしてその怒りはすぐに爆発した。
「ここにタピオと名乗る冒険者がいますでしょ!!」
マルケッタは冒険者ギルドの扉を「バーーーン!」と乱暴に開けて、大声で捲し立てたのだ。
しかし、冒険者もギルド職員もポカンとするだけ。いかにも高貴なオーラを出しているマルケッタが喚き散らしているので、近付くこともできずにいた。
マルケッタはそのことに気付かず、職員が何も対応しないことにグチグチ文句を言いながら受付までツカツカと歩み寄り、犬耳受付嬢に怒鳴る。
「聞いてましたの!? ヤル……タピオがこのギルドにいますでしょ! さっさと呼び出しなさい!!」
目の前で怒鳴り散らされたからには犬耳受付嬢も逃げられず、丁寧に対応しないわけにはならない。
「あの、その……ギルドが簡単に個人情報を出すわけにはいかなくてですね。所定の手続きを取ってからとなりますので、どういった用件で探しているのかをお聞きしたいのですが……」
「はあ!? 犯罪者を探す場合は手続きを省略できるのを知っているはずですわ。この国の受付嬢は、どこへ行っても二流以下の受付嬢しかいないのですわね」
マルケッタに馬鹿にされた犬耳受付嬢は、こんなことを思っていた。
(まず用件を言え! んなもん聞かずにわかるか! 私はエスパーちゃうっちゅうねん!!)
内心は荒れ荒れ。だが、目の前には厄介そうな女が立っているので顔には出さず受け答えする。
「犯罪者の身元確認ですね。でしたら、身分を確認する物を先に提出していただきたいのですが……」
「ハッ……二流以下だと、私がアルタニア帝国の聖女だと、ひと目見てわからないのですわね」
「アルタニア帝国の聖女様!?」
「これ、冒険者カードですわ……さっさとタピオを出しなさい!」
「すぐに手配しますので、あちらにお掛けになってお待ちください」
冒険者カードを何度も確認する犬耳受付嬢をマルケッタが怒鳴ると、犬耳受付嬢はようやく動き出し、同僚にも手伝ってもらって書類を確認する。
その時間は、5分、10分と過ぎ、マルケッタは何度も文句を言いに立ち上がり、騒ぎを聞き付けたギルマスが超VIP対応で応接室に連れて行き、結果がわかったのは30分後。
「いくら二流でも、これだけ時間を掛ければ見付かったのですわね?」
マルケッタは怒り心頭で問いただす。
「は、はあ……」
犬耳受付嬢はまた二流と呼ばれてピキッと来たが、これから怒られる可能性が高いので冷静に説明する。
「見付かりましたが、すでにお亡くなりなっていました」
「え……」
「このギルドでタピオと名乗る冒険者は三名。一名は最近スタンピードに巻き込まれ、もう二名は過去を遡り……」
タピオが死んでいたと聞いたマルケッタは言葉を無くす。それでも詳細な説明をする犬耳受付嬢。
どうやら時間が掛かっていた理由は、直近に現れたタピオが死んでいたから。それを言ってもマルケッタは信じてくれないだろうから、過去の書類を引っくり返してタピオの名前を探していたのだ。
残りの二名も詳細な説明をした犬耳受付嬢は勝ち誇った顔をしていたが、マルケッタは蒼白の表情で突然立ち上がった。
「うそ……ヤルモが死んだ……これでは我が国は……」
何やらブツブツ呟くマルケッタは、フラフラな足取りでドアに向かって行ったが、ギルマスは『ヤルモ』という名前に反応する。
「ヤルモ? ヤルモなら最近どこかで聞いたような……う~ん」
「ギルマス。行っちゃいましたよ」
しかしギルマスが考えている内に、マルケッタは部屋から出ていたと犬耳受付嬢に聞かせれた。
「ヤルモって人に心当たりあるのですか?」
「うむ……あっ! いま思い出した。勇者様がギルドカードを作れって言った名前が、ヤルモだったんだ」
「どうして勇者様がそんなことを……」
「さあな~? 極秘事項とか言っていた気がするんだが、魔王討伐でゴタゴタしていたからな~……そういえば詳しく聞いてなかったな」
犬耳受付嬢はギルマスの言葉に何か引っ掛かることがあるようだ。
「スタンピードで亡くなった人って、そのタピオさんだけだったんですよね? まさかヤルモさんと同一人物じゃ……」
「……タピオが死んだと報告したのは勇者様だから、可能性は否定できない。いや……考えるな! 深く首を突っ込むと嫌な予感がする!!」
「そういえば、勇者様が一度、強そうなおじさんを連れて来たような……」
「変な詮索するなよ! この国は、勇者であらせられるクリスタ王女様と、聖女オルガ様に救われたのだ~~~!!」
全てに気付いてしまったギルマスと犬耳受付嬢。これまで伝わっていた勇者伝説が嘘と知っては口に出すわけにはいかない。王女の顔に泥を塗るのだから、真実を知っていると知られただけでも命の危険があるのだから……
応接室ではそんな騒ぎが起きているとは露知らず、マルケッタはおぼつかない足取りで冒険者ギルドを出たら、馬車にも乗り込まずにフラフラと歩いていた。
「ヤルモが死んだ……これではわたくしの計画が……他の勇者も雇えなかったのに……もう、アルタニア帝国は終わり……」
マルケッタは自暴自棄。マルケッタはヤルモ捜索と共に、自国に発生した魔王を倒してくれる勇者を探していたようだ。しかし、魔王が出たとは告げなかったので、どの国の勇者も「自国のダンジョンで忙しいから」と断られたらしい。
それが建前で、偉そうな態度が気に食わなくて断られたとも知らずに……
そんなマルケッタがフラフラ歩いていたら、前から男女混合の冒険者が楽しそうに歩いて来た。
「……さんがギルドの報告について来てくれるなんて珍し~い」
「最後ぐらいはな。見届けさせてく…れ……ぐずっ」
「また泣いて~。あはははは」
スレ違い様にそのような内容が聞こえたマルケッタは足が止まり、急に立ち尽くしてしまった。そこに、お供の者が心配そうな声を掛ける。
「聖女様……そろそろ馬車に戻りましょう」
「生きてるじゃないですの……」
「はい??」
「生きてるじゃないですのぉおおぉぉ~~~!!」
先程スレ違ったのは勇者パーティ。イロナと腕を組んでグズグズ泣いていたヤルモをついに見付けた聖女マルケッタは生気を取り戻し、大声で叫んだのであった。