150 とある冒険者ギルドにて2
聖女マルケッタが、ヤルモが勇者暗殺を企んでいると宣言すると、冒険者ギルドに静寂が訪れる。そんななか、ヤルモのことを少しは知っているミッラはやんわりと反論する。
「あの……そんなことをして、なんのメリットが……」
「ハッ……どうしてわからないのですの? 魔王を使って世界を混沌に陥れようとしているに決まっているでしょう」
「タピオさんは冒険者で、普通にダンジョンボスを倒していたのですが……そんなことをしていたら魔王は発生しませんし、矛盾していませんか?」
「タピオの行方を誤魔化すわ庇うわ……やはりあなたも、邪教徒と言うわけですわね!」
「へ?? そもそも邪教徒ってなんなのですか!? 初めて聞いたのですけど!?」
マルケッタにいきなり邪教徒認定されたミッラは、周りから変な目で見られて焦り出す。そのせいで「本当に邪教徒かも? 金に意地汚いし……」とか周りの冒険者からヒソヒソと言われていた。
実際のところマルケッタがいま語っていることは、作り話。勇者暗殺や邪教徒と口走っているのは、どうしてもヤルモを悪者にしたいだけ。
ここに戻って来たのも、各地に忍ばせた諜報員から王都に強い戦士が現れたとの報告を受けたので、通り道だったから苦情を言おうと寄っただけなのだ。
「なんの騒ぎですか?」
ミッラが邪教徒と囁かれていたら、騒ぎを聞き付けたギルドマスターが現れ、場の収拾を図る。いちおうミッラは「金に意地汚い」以外の疑惑は解消され、聖女と共に別室に連れて行かれた。
「つまり、タピオの居場所がわかったが、ミッラに騙されたから苦情を言いにやって来たと……」
ミッラから涙目で説明を受けたギルマスは、マルケッタに視線を移す。
「これは申し訳ありませんでした。なにぶん西門から出る者は王都に向かうことがほとんどないので、ミッラも予測できなかったのでしょう。私でもミッラと同じように行き先を他国だと思ってしまいます。ここはどうか穏便に、怒りを収めてくれませんでしょうか」
ギルマスが深々と頭を下げるとミッラも続き、マルケッタは勝ち誇ったような顔をする。
「フンッ……ギルマスまでこうも能力が低いのでは、受付嬢も三流でも仕方がないですわね」
「はっ! 二度とこのようなことがないように、精進していく所存です」
「もういいですわ」
嫌みを言われてもギルマスは丁寧に返すので、マルケッタから許しが出る。そこにギルマスから次の一手。
「こちらはアルタニア帝国からの手紙です。聖女様宛とはなっていませんが、お供の方宛と思われるのですが……」
「これは!?」
ギルマスがテーブルに置いた手紙には、アルタニア帝国の蝋封がされており、誰が見ても高貴な者宛だとわかる。
なので、この国の貴族の名前が全て頭に入っているギルマスならば、知らない名前が書かれていればマルケッタ宛だと予想するのは容易。現にマルケッタは乱暴に破いて凄い勢いで読んでいる。
ちなみに手紙は冒険者ギルドが輸送を担っているので、盗まれたり無断開封されるケースは限り無くゼロに近い。そんなことになったら、冒険者ギルドの沽券に関わるので、死ぬ気で守っているのだ。
住所のわかっている者には別途配達まで行っているが、他国からの者には留め置きが多い。差出人には期限を決めてもらうので、もしも期限までに取りに来ない場合は焼却されて秘密は守られるのだ。
「こんなことをしている場合ではないですわ……」
手紙を読み終えたマルケッタは急に立ち上がり、ギルマスとミッラを見ることもせずに出口に向かう。
「急いで出発しますわよ!!」
そして部屋の外に待たせていたお供の者を呼び寄せて、冒険者ギルドから飛び出して行くのであった。
「ギルマスに頭を下げさせるなんて……申し訳ありませんでした」
残されたミッラはしゅんとして平謝り。
「まぁこんな時のためにギルマスがいるんだ。たまには頼れ」
「ギルマス……」
「それに頭を下げるなんて安い安い。慰謝料払うぐらいなら靴だって舐めるぞ」
「ですよね!」
ギルマスの言葉に感動したミッラであったが、次の言葉には同志を見付けたかのように喜ぶ。これも国民性なのかは、定かではない……
「しかし、さっきの手紙はなんだったのでしょう?」
「おそらく皇帝からで、早く戻れとか言われたんじゃないか?」
「ひょっとして、アルタニア帝国ってヤバイことになってます?」
「国境を封鎖しているらしいからわからん。まぁヤバイことになっているから、封鎖しているんだろうな」
「よっしゃ~! あんなクレーマーの国なんか滅びてしまえ!!」
「クレーマーじゃなくて聖女様な? あと、山越えさせている諜報員がいるから、巻き込まれたらかわいそうだろ??」
「そうですね! 諜報員が戻った頃に滅んでいるのがベストですね!!」
「住人もいるんだから、もう少し寛大な心を持とうな?」
ギルマスの言葉はミッラの心には響かず。ミッラは鼻歌まじりにスキップで部屋から出て行くのであったとさ。
「タピオさんを邪教徒とか言ってた女は何者なんだ?」
気分よく受付業務に戻ったミッラの元へ、心配そうな若手パーティのシモが近付いて来た。
「アルタニア帝国の聖女様よ」
「聖女様!? じゃあ、あの話は本当だったんだ……」
「ああ。聖女と言っても邪教の聖女だから、真っ当な人は全員邪教徒なの。私もシモ君もね」
「なるほど……人の悪そうな顔をしていたし、あっちが邪教徒なんだ。じゃあ、タピオさんは嵌められただけなんだな!」
なんだか納得の早いシモ。それだけ聖女マルケッタの顔が醜悪だったのであろう……
「そうそう。みんなにも教えてあげましょ~」
こうしてハミナの町では若手パーティによって、「アルタニア帝国の聖女は邪教徒」という噂が広げられるのであった。
「フッ……次にこの町に来たら、石でも投げ付けられればいいのよ。フフフフフ」
発信源を隠蔽するミッラの手によって……