119 マッピング1
ウサミミ亭で丸一日体を休め、次の日には買い出しや準備を済ませた勇者一行は馬車に乗り込む。店主のエイニに見送られた馬車は特級ダンジョンに着き、勇者一行は手続きをして地下へと下りた。
「今回の班分けは、俺とヒルッカが組んで、残りは勇者班だ。んで、俺は右に。勇者は左に進んで地図を埋めて行くぞ」
ヤルモが簡潔に指示を出すと、勇者が手を上げる。
「私たちだけで大丈夫かな?」
「イロナがいるじゃないか。危なくなったら守ってくれる」
「うむ。我に任せておけ」
クリスタは心の中で「そういうことじゃないんだけどな~?」とか思っているので、たぶん首輪の取れた狂犬から無茶振りが来ないかと心配しているのだろう。
その心の声はオルガとリュリュにハッキリと聞こえたので、二人も同じことを思って顔にも出ていた。
「やり方は昨日説明した通りだ。壁を左手に見ながらくまなく進むんだぞ。こんな面倒なこと、一回で終わらせるからな」
「わかってるって~。それより、そっちこそ大丈夫なの?」
「こんな若い子に手を出すわけないだろ!」
またしてもクリスタは「そういうことじゃないんだけどな~?」とか思っている。初めて会った際、あれだけ人見知りが爆発していたヤルモなのに、ヒルッカを連れて歩けるのかと……
「そんじゃあ階段で待ち合わせな」
「は~い」
こうして第二回特級ダンジョン攻略はぬるりと始まって、勇者一行は二手に分かれて歩き出したのであった。
* * * * * * * * *
ヤルモ班の場合……
ヤルモを先頭にヒルッカがすぐ後ろを歩き、突き当たりになると壁を右手に見ながら戻る。前回作った地図は模写してあるのでヒルッカに持たせ、歩いた場所を書かせている。
「あ、あの……」
その間、ヤルモは一言も話さなかったので、無言に耐えかねたヒルッカはヤルモに質問していた。
「どうした?」
「なんで私だけヤルモさんと一緒なんでしょうか……」
「こんなオッサンと一緒じゃ嫌だよな。すまん」
ヤルモはテンション低く平謝り。さっきまでの偉そうな態度が嘘みたいだ。
「嫌というわけでは……わたし、特級ダンジョンに入れるようなレベルじゃないので、たった二人じゃ不安で……」
「俺は絶対に手を出さないから心配しないでくれ。頼む!」
「それはわかっています。……あっ! その先にモンスターがいますけど……」
ヤルモが後ろを向きながら手を合わせていたら、鼻と犬耳をピクピクさせたヒルッカがモンスターに気付いたので、作戦会議に移行する。
「これ。使ってくれ」
ヤルモは、Y字状に加工された鉄にゴムが張られた物と皮袋をアイテムボックスから取り出すと、ヒルッカに手渡す。
「スリングショットですか?」
「そうだ。こないだナイフしか使えないと言っていただろ? シーフだったら装備可能と聞いたから買っておいた」
「使ったことがないのですけど……」
「いまから覚えてくれ。弾も多く買って来たから、いくら外してもいいからな。もう、俺に当ててかまわないから撃ちまくれ」
「そ、そんなことできません!」
「俺は大丈夫だ。そんなパチンコ玉ではダメージにならないからな。じゃ、行こうか」
ヒルッカの返事は待たず、ヤルモは大盾と剣を構えて前進。ヒルッカも続くしかなく、ヤルモを追った。
角を曲がった先にはバトルウルフが三匹。ヤルモは大盾を打ち鳴らして惹き付けながら前進する。ヒルッカはスリングショットを構えてみたが、ジグザグ走るバトルウルフに照準が合わず、撃てずにいる。
スリングショットが一発も放たれないまま、バトルウルフはヤルモに接近。一匹は剣で叩き斬られて撃沈。もう一匹は蹴飛ばされて遠くに転がる。最後の一匹は、大盾で地面に押し潰された。
「いまなら当たるだろ!」
「は、はい!」
動きがなければとヤルモは思ったが、三発撃って命中は一発。二発はヤルモに当たってしまった。
「ごめんなさいごめんなさい……」
「大丈夫だ。次、行くからな」
大盾で押さえ付けられたバトルウルフは、ヤルモが力強く押しただけでぐしゃっと潰れる。そんなことをしていると、蹴飛ばしたバトルウルフが向かって来てヤルモの腕を噛んだ。
「ほい。この距離なら当たるだろ?」
「それ……大丈夫なんですか??」
腕を噛んだバトルウルフはヤルモにベアハッグされて運ばれて来たので、ヒルッカは心配を通り越して首を傾げている。
「大丈夫、大丈夫。でも、暴れてるからあまり近付くんじゃないぞ」
「は、はあ……」
ヤルモは心配させないようにニカッと笑って声を掛けたが、ヒルッカは引き気味。しかし、やらないことには終わらないと察してスリングショットを撃ちまくる。
さすがに外れる距離じゃなかったので全てヒットしたが、一向に死ぬ気配がなかったのでヤルモが絞め殺していた。
「どうだ? レベルは上がったか??」
バトルウルフがダンジョンに吸い込まれるなかヤルモは質問するが、ヒルッカは涙目で首を横に振る。
「な、なんで……すいませ~ん。わたし、ダメダメなんです~」
「わっ! な、泣くな。俺が悪かった。な? 俺が悪いからレベルが上がらなかったんだ」
「そんなことありませんよ~。え~~~ん」
まったく悪くないヤルモが謝るので、ヒルッカは本当に泣き出してしまうのであったとさ。