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王子様!……王子様?

作者: 愛上央華

 私の戦いが、今、始まる。



 よく晴れた春の日が入学式なのは、やはり日本で作られたゲームだからだろう。

 入学の案内、と書かれた封筒を持っている生徒も多く、付き添いがいる子も同じくらいに多い。つまり殆どの生徒は付き添いがいて、一人で佇む私は少数派だった。



 異世界転生、というか乙女ゲームの世界に転生しちゃった!?というシチュエーションには憧れていた。確かに憧れていた。しかしだ。転生したと気付いたのは、入学式の1時間前とはどういうことだ。

 私の名前はルーナリア・カルトン。聞いた事がない。いや、自分の名前だから体に馴染んではいる。


 入学式へと向かう馬車の中、大きな石に乗り上げたのか轍に嵌まったのか。ガタンッと大きく揺れた弾みで、私は馬車の内側で思い切り頭をぶつけて一瞬気を失った。

 情けない事にその衝撃で前世を思い出し、あっこれゲーム、と気付いたのだ。

 私の住んでいる国がゲームに出てきた国名だったから気付いたけれど、私の名前は覚えがない。主人公でも悪役令嬢でもなく、モブ転生かもしれない。

 この馬車は庶民やちょっとお金のない貴族が使う乗合馬車なのだが、目の前にはうるうるの瞳に食べてしまいたいと言わせる可愛い唇、ふわふわでサラサラという矛盾も納得の髪に、頬擦りしたくなる肌質を持つ天使、このゲームの主人公が座っている。控えめに言って可愛い。


「大丈夫ですか?」


 声まで可愛い。ゲームの時は主人公はボイスなしだったけど、ぴったりだ。可愛い。

 返事をしなかった私が余程痛みに耐えているように見えたのか、鞄の中から水色の小石を取り出して差し出してくれる。

 この小石はちょっと冷たい石(正式には水の魔法石という)で、ちょっと冷やしたり、お弁当と一緒に持ち歩いて保冷剤にしたり出来る。きっと主人公の手作り弁当の為に持っていたのだろう。


「痛むなら、これで冷やしてください。」


 更にその石を小さな花の刺繍が入ったハンカチで包んでくれた。天使が過ぎる。

 ありがたく両手で受け取ってぶつけた所へ当てると、ピリッと痛みが走る。切れているような感じはしないから、ぶつけて痛いだけだと思っていたのに、少し傷になったのかもしれない。


「ありがとうございます……!ハンカチ、洗って返しますね。」

「いいえ、そのままで大丈夫ですよ。」


 気遣いまで出来て褒めるところしか見当たらない。私が恋に落ちそうだ。

 前世が混じってまだ数分だからか、上手く融合するというよりも、前世の私が今の私としての性格をどんどん上塗りしていく。前世の私強い。

 そのまま主人公と当たり障りなく会話をして、そこで同じクラスになる事が分かった。事前に入学式の案内が送られてきていて、クラス分けや注意事項が添えられていたのだ。

 そろそろ学園に着く頃だと周りがざわついたので、ハンカチを折り畳む。


「ありがとう、お陰でもう大丈夫そう!」


 勿論そのまま受け取ろうとする主人公に、ハンカチは洗って返すからと、小石だけを返してハンカチは鞄にしまった。


 もうすぐ学園に着いてしまうけれど、折角なら楽しむしかない。幸いこれまでの知識やルーナリアとしての記憶が消えたりはしなかったから、何とかなると思う。

 家を出て馬車に乗ったばかりの時は憂鬱で仕方なかった学校生活(寮暮らしになる、実家大好き)もそんなに嫌ではなくなってきた。

 どうせなら登場人物達を生で拝もう。王子様に側近に真面目くん、ちょっと軽い先輩に可愛い後輩、優しい先生。他にも何人かいて、主人公と恋愛出来たのはこの6人だったはずだ。


 前世ではよく「白馬に乗った王子様が迎えに来る」なんて言い方をしたけれど、この国では「ドラゴンに乗った王子様が迎えに来る」なんていう。

 ドラゴンは伝説とまではいかないにしても、なかなかお目に掛かれるような生き物ではない。

 厚い硝子越しにだったら、幻獣類保護施設に行けばドラゴンの赤ちゃんを見る事が出来る。

 何らかの原因で死んでしまった親ドラゴンの代わりに、人間がある程度の大きさまで育てる。そのまま人間に慣れた子は騎士団に所属したり、保護施設に保護されたドラゴンの世話係になったり、勿論自然に返されたりする。

 生まれたばかりのドラゴンの赤ちゃんを、一日1時間だけ見る事ができる。どんな権力者も平等に抽選でしか権利を得られない、狭き門だ。


 一生に一度は出会ってみたい生き物と、一生に一人だけの王子様。私は迎えに来るのを待つお姫様ではないので、私だけの王子様を捕まえに行こうと思う。


 そして冒頭に戻る、というやつだ。


「王子!捕まえに行くので首洗って待っていてくださいね!」


 独り言にしては大きな声量で漏らすと、思ったよりも遠くまで聞こえてしまったらしい。

 クスクスと笑う声や、明らかに遠ざかっていく同級生。入学式も始まっていないのに、早くも友人ができない気配がする。泣きたい。穴は見当たらないから掘ろうかな、と思って俯いた。


「お前、王子(・・)を探してるのか?」


 そんな状況で話しかけてきた子の人は、心がオリハルコンで出来ているんじゃないか。

 ゆっくりと顔を上げると、私は悲鳴をあげそうになった。

 目の前にいたのはとんでもないイケメンだったからだ。ちょっと浅黒い肌がワイルドで狩りが上手そうなイケメンだ。


「王子!!!」

「おう、オレのことだったのか?」


 王子様っぽい!と思って思わず口に出すと、目の前のイケメンがにっこりと笑って自分を指さした。

 この国の王子様はもっとこう、こういう人じゃない。硝子の靴が似合うお姫様に寄り添うような感じなのだ。あなたはだあれ?

 キョトンとして見つめていると、今度は私の背後から迫ってきていたらしい人に、ぽんと肩を叩かれた。


「おや、我もその仲間に入れてはくれぬか。我も王子であるぞ。」


 自称王子が増えた。振り向いた先にいたのもこれまたイケメンで、此方はしっとり系だ。制服の上に民族衣装のようで袖の長い服を羽織っている。

 前方のイケメン、後方のイケメン。どちらも自称王子。

 困って視線を左にずらすと、少し離れたところでゲラゲラとお腹を抱えて笑っている人が見える。何か面白い事があったんだろうか、私にも教えて欲しい。

 右に視線をずらすと、助けようかどうしようか困っている、とばかりにオロオロしている主人公がいた。もしかして私をたすけてくれる!?と思って口を開きかけると、


「ルーナリアさん!あちらの方も王子様です!」


 と言って、笑い転げている人を示した。王子様増えた。

 それにあちらの方と、あちらの方も王子様です!と言う声に合わせて視線を移すと、面倒そうに此方を見ているイケメンと、眠そうにうとうとしているイケメンがいた。さっきからイケメンしかいないし王子様しかいない。


 どういう状況かいよいよ分からなくなってきて頭の上に大量のはてなを浮かべ首を傾げていると、とうとう現れたのはこの国の王子様だった。溢れ出るラスボス感は見なかった事にしようと思う。


「こんにちは。お久し振りですね。」


 そういってラスボス王子様が自称王子達に挨拶をしていく。

 その隙に王子様から距離を取って主人公に近寄るけれど、気になり過ぎてその場を離れられなかった。

 どうやら王子様達は本物で、それぞれ隣国の王子様、海の向こうの王子様、この国に留学している東国の王子様にドラゴンと暮らす国の王子様、留学に出ていたこの国の王子様らしい。


「こんなにたくさんの王子様と知り合うなんて、凄いです!」

「褒められてもこれはうれしくなぁい……!」


 無邪気に褒めてくれる主人公には悪いけれど、私は私だけの王子様を見つけたいだけなのだ。

 どうしてこんな事になってしまったのか、考えてもゲームの展開にはないからおかしい。

 まるでご都合主義の転生モノ小説のようだ、と考えて、何か引っ掛かりを覚えたタイミングで間もなく入学式が始まるという呼び掛けが聞こえてきた。


 初日から遅刻するわけにはいかないから、王子様達に「ではごきごんよう!」と、使ったこともない挨拶をして主人公の手を引いた。


 入学式の会場に入ると、クラスごとに固まるらしくこのクラスはこの辺り、というざっくりとした座席表が用意されていた。

 私達は一番奥側で、手を繋いだままクラスメイト達の元へ向かう。

 ちらほらとゲームに出てきた顔もあったけれど、「あいつ、ほら」「王子様の?」という声が聞こえると流石の私も恥ずかし過ぎてキョロキョロは出来なかった。


「大丈夫ですか?」


 椅子に座ると、そこまで手を繋いだままだったにも関わらず、文句ひとつ言わなかった主人公が私を心配してくれた。馬車の中のときといい、彼女は私の天使かもしれない。


「大丈夫……ありがとう。」


 力なく笑うと、何か言いたげな視線を受ける。なんだろうと問い掛ける間もなく式が始まって、あとは教室は移動するまで、話すようなタイミングが掴めなかったのだった。


 教室では座席が決まっていた。黒板にきっちりと書いてあって、私は廊下側の一番前、主人公は窓際の後ろの方だ。

 隣の席の女の子には見覚えがなく、逆になんだかホッとしてしまったのは仕方がない。


 全員が席を見つけて座ったくらいのタイミングで担任の先生がやってきた。またしてもイケメンだ。


「———……ということで、あまり揉め事は起こさないようにお願いしますね。」


 明日から授業が始まるから、という説明と合わせて簡単な注意事項を告げた最後、何故かにっこりと笑ったまま私を見ている。

 つられてへらりと笑うと、先生の笑みが二割増した気がする。


 先生は腹黒担当?それだとラスボスと被らない?と考えて、カチリと嵌る音がして私は真実に気付いてしまった。


「これ、私が書いたモブ転生じゃん!」


 そうだ、前世の私が楽しいだけの転生モノ小説だ!設定を考えるのがめんどくさくて、お気に入りだった乙女ゲームの世界観と登場人物を使い、そこに逆ハーになるように自分好みの王子様を増やした。

 しかしこんな展開ではなかったはずなのに!と頭を抱えていると、ガンッ!!!と、私の机に生徒名簿を叩き付けたにこにこ笑顔の先生がいた。名簿は私の鼻の先で衝立のように立っていて、あと少しで鼻が低くなっていたかもしれない。

 そろ……そろ……と顔を上げて、取り敢えず誤魔化すように笑ってみた。


「カルトンさん、あとで生徒会室に来るように。」


 用意してあったのか、机には生徒会室までの道のりが書いてある紙を乗せられた。



 クラス中の視線を独り占めした私だったけれど、放課後になってしまえば誰も彼も私から興味を失ったようだ。関わらないでおこう、と思われていない。絶対。


 このゲームに生徒会に入るルートはなかったから、この先に待ち構えているのが何か想像がつかない。

 私が書いたモブ転生、というのも朝の時点で微妙にルートを外れていて当てにならないし、当時の私は生徒会には興味がなかったから細かく決まった設定がなかったと思う。


 地図が間違っていればいいのに、と思いながら歩いていくと、あっさり生徒会室に辿り着いた。

 コンコンコン、とノックをすると、「どうぞ」と返事があったので扉を開く。


「失礼します!」


 扉の先にあったのは、ホストクラブでした。


 いや違う、イケメン王子様と担任教師だ。

 一歩下がってしまった私を笑っているのはまたあの王子様だし、手招きしているのは後ろにいた王子様で、前にいた王子様はソファでふんぞり返っている。

 コマンド選択に逃げるが出てこない、と思いながら室内へ入ると、担任教師の後ろからひょっこり主人公が現れた。


「なんで?」


 なんで?フクロウに負けないくらい首を捻っていると、主人公が私に近寄って両手を握ってきた。

 更に深まる疑問に反対側へ首を捻ると、どんな男も落とせそうな笑顔で私の耳元に唇を寄せて、彼女が口を開いた。


「私、ファンなんです。」

「ファン?」

「貴方の。」

「私の?」


 だから、と声をひそめて、彼女が続ける。


「……の、です。」

「え?なんて?」


 よく聞こえなかった。顔を離してみようとすると、先程よりも少しだけ大きな声で告げられた。


「貴方の小説の、です!」


 あっいま心臓が止まった。握られた手の内の片手だけを取り戻して胸元を押さえていると、更に事もなげに話が続く。


「だから、攻略頑張ってくださいね。私……逆ハー大好きなんです。」


 だったら貴方が頑張ってよ、と言いかけて口を閉じた。

 部屋の中にいるのは「私好みのイケメン王子様」だ。誰か一人くらい私の事好きになってくれるんじゃない?と、思ってしまったのだ。


「……やりましょう。王子様がた!」


 グッと気合を入れて、真っ直ぐに王子様達の方へ視線を向ける。


「絶対捕まえるので、首と言わず全身洗っておいてくださいね!」


 私の戦いは始まったばかりだ。

王子様いっぱい出したいなと思ったらこうなりました。先生は王様の弟です。

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