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守護者たれ

「彼は大丈夫かな。幾ら朱雀の民とはいえ、まだ子どもだった」

「火威樣が鳴けば、嫌でも知れ渡るだろう」

 羊蹄はぽつりと、自慢の鞭の手入れをしながら漏らす。同じように棘の手入れをしながら、蛇結茨が応答した。彼らの武器は主を守るためにある。まさかこんなに早く使うことになるとは思ってみなかったようだが、結果として大事には至らなかったことが幸いだ。

 少し誕生に間が少し空いただけ。それだけで忘れられてしまっては、とても不憫だ。伝えなければならない。我らが王のご降誕を。

「そうだね。さっきは助かったよ。巳の腹は伊達じゃないね」

「まだ疑ってたのか? 締めるぞ?」

 羊蹄はうねる髪とフードの間から、くすくすと笑う。上着と一緒になった頭巾を被っていると、まるで羊の毛で(くる)まれているようだ。

「だって、ほとんど戦ったことはないからね」

「それは、……確かにそうだな」

 蛇結茨は、その花と同じ色のもみあげを弄りながら考えた。他は短く切られているが、耳の横の髪だけは長い。隠れているようにも見えるが、蛇には耳朶がないのだ。その代わり腹で聴き、その力は広範囲に(わた)る。袖はないがタイトなハイネックから、引き締まった腹筋が見える。蛇腹のようであった。

 そよそよと風が流れる。社で過ごした歳月は、意外にも二頭の間に絆をもたらしていた。以前より朱雀に仕えているが、戦いという共同作業がない分、話すことも少なかった。いつからか朋友の立ち位置になり、冗談を言い合える仲に成長している。

 同性だからか、皮肉なことに『馬』が合う。




「さて、仕立て終わりましたよ。火威樣にはこちらがお似合いになりますね」

 駒草の強い声が、優しく響く。火威は白衣(はくえ)緋袴(ひばかま)を、丁寧に着せられていた。初めての衣服は、若干窮屈に感じる。拡がった裾にはアンズの葉と鳥の羽根の模様が金で抜かれていた。まるで火にくべた祭物のようだ。鳩尾(みぞおち)で膨らんだ結び目はどことなく女児を思わせたが、特に気にされることもなく締められている。足元には足袋に、い草で編まれた草履を拵えられていた。

「戻ったか」

 駒草の天に掲げられた午の耳が動いたかと思えば、まだ姿の見えない二頭に向かってずばり言い当てる。長い草の根を掻き分けて二人の男が現れた。

「ご苦労であった」

「駒草も大儀、感謝いたします」

 大仰な挨拶を交わして、改めて三頭は火威に向かって傅く。次いで口を開いたのは羊蹄だ。

「火威樣、お召し物よくお似合いでございます。この度の気配は、この星に住まう熱読みの民でございました。本来であれば捕らえ、献上差し上げるところ、畏れながらわたくし共の見解で一報を賜らせました。朱雀の誕生が、直に全民に知れ渡りましょう」

「え、と……」

 知らない言葉ばかりで戸惑う。それもそうだ。火威は長とはいえ、まだほんの雛。学ぶはずであった時間は、眠りこけたせいで消滅してしまっている。

 先程この羊蹄と蛇結茨が火威の元を離れたのは、火威の領地に踏み込んだ人の気配があったからだ。獣者たち――特に蛇結茨は早かった――は素早くこの気配を察知し、雌を火威の傍へ、雄を偵察に行かせたのだ。すべては主を守るため。そのことは、火威だって気付いている。

「……ありがとう」

 杏に密かに教えてもらった、感謝の言葉を口にする。こんな五文字でいいのかと、火威はいつまでも逡巡していた。しかし他に言い方を知らないので、やはりこれを伝えるしかない。受け取った三頭は、さらに深々と(こうべ)を垂れ、耳を打つ言の葉に身を震わせている。

「有り難きお言葉、感謝いたします」

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