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青龍への奉迎

 朱雀の一行の質問は、なかなかに厭かった。さすがは神と、それに近しい者たち。允可が掛かっているわけなのか、やはり痛いところを突いてくる。それでもそうなっているのだから、説明のしようがなかった。

 桐子は一度自室に戻ると、化粧台の棚からスモモの花をあしらった銀簪と大毛蓼(おおけたで)の花をあしらった銅銀の簪を手に取る。おもむろに桐の簪を引き抜き、新しい二本を刺し直した。

 ――青帝樣、ただいま迎えに参ります。

 獣者も長い間留め置いてしまった。彼らはすでに正当な主の元に付いているだろうか。失われた歳次は戻ることはないが、きっと正しい歴史へと戻ってくるだろう。相手の神も自分の神も傷付けることなく平穏に暮らせる日々が訪れる。桐子の割かれた心と時間も、きっと元通りになる。

「桐子様、李樣にはお話を付けて参りました」

「……分かったわ、輿を出してちょうだい。あたくしも参ります」

「畏まりました。炎帝樣につきましてはどうなさいましょう?」

「申し付けがあれば対応を。何もなければ、気にしなくて結構です」

 些か不躾ではあるが、御仁には()の獣者が付いているし、何も案ずることはない。案ずるような事柄など初めからないのだ。星長不在の間は少し空くだろうが、それでも怪しいことは一切ない。

 桐子は、用意された輿に揺られて森林の奥へと入っていった。途中李の生える渓流に足を下ろし、改めてこの山の森に立ち入ることへの許可を取る。彼女は気前よく草の根を踏むことを許してくれた。その声音は少し弾んでいたようにも聞こえる。やっと主に会える。李はここに根付いているため移動などできるはずがなく、久方ぶりに戻る主神の顔を見るのが楽しみなのだろう。

 行く末はこの小川の大元。高みからけたたましく流れ落ちる、幅の広い滝だ。命の源であるそれは一度も止むことなく薄い霧を漂わせていた。轟音が遠くからでも確認でき、人が落ちればひとたまりもない。生命を産むものは、その死も司っているようであった。



「あれは……。いったい、どうしたのでしょうか?」

 民の気配だ。何か問題でもあったのだろうか。しかし自分は政治には口を出せない。不完全の歴史があったからこそ、民を余計に混乱させてしまう。

「龍爪花、いつもの通り頼みました」

「畏まってございます」

 少年は獣者を使いに出すと、彼女からの言葉を待つ。始まりの洞窟ではすでに転変した獣者たちが集っていた。蘢樹は思案するように瞳を伏せて、鼻を利かせてみる。しかし話には入れるわけなく、ただ流れる水と草木を育てる土の匂いしかしなかった。


「桐子殿、どうされました?」

「龍爪花樣、ご機嫌麗しゅうお過ごしでしょうか?」

 裏見の滝より姿を現した男性に、桐子は恭しく声をかける。爆ぜた爪痕の如き赤毛の獣者はいつもの文言に飽きているようだ。桐子は手短に本日の要件を述べた。

今日(こんにち)、炎帝樣がいらっしゃいました。青帝樣に允可をいただきたいとのことですが……、宜しいでしょうか?」

「炎帝樣が? ふむ」

 面長の顎に大きな掌を重ねる。切れ長の視線は桐子から一度外し、滝に隠れた主を見遣った。遂に来た允可だ。だが繊細な主に、大人数で来られるわけにはいかない。

「過去の話は、炎帝樣には……?」

「すでにお話させていただいております。知っておいていただかなければ、蘢樹樣にも害が及ぶやもしれませんから」

「そうだな。知らずにいらしていたら、何を言われるか分からない」

 特に獣者に眼を付けられては厄介だ。蘢樹とて幼い身。うまく話が噛みあわず、誤解があってはいけない。必死に祈りを捧げる主神に、不逞が存在してはいけないのだ。

「では一度、蘢樹樣に話を通してくる。ここで待たれよ」

 それでも允可は捧げねばならぬ。ようやく正式な神として成ったのだ。それくらいの神技(しんぎ)は与えても良かろう。

「いんか……? ああ、そうですか。朱雀の」

 蘢樹は初め言葉の意味を捉えきれず眼を(しばたた)かせていたが、理解したのちゆっくりと笑った。薄い光を浴びて紫水晶の双眸が鈍く煌めく。微力ながらも祈りを捧げていたが、そうか、すでに神は産まれていたのか。蘢樹は無駄になったことより、民がもう迷わないことに安堵する。

 心優しい青龍は、やっと星が回り始めることに、己の愛情以上のものを注いだ。

「蘢樹樣、その、允可なのですが――」

「ええ、分かっています。参りましょう」蘢樹は、自分の立場も良く分かっている。「お会いするのは朱雀のみ。こちらもこの身ひとつで臨みましょう。そう伝えてみてください」

「畏まってございます」

 再びお決まりの(いら)えを返すと、龍爪花は滝から飛び出してくる。そわそわと桐子は待っていたが、獣者の顔を見ると期待と焦燥で眼を瞠った。頭を傾けると、二本の簪がちかりと揺れる。

 その桐子に、蘢樹は直に参ると伝え、早急に戻るように促した。手筈は整っている。桐子は快諾し、また輿に乗り込んで、今度は足を速めるよう命を下す。この星長は竹のように、しなやかだが屈強な心を持っている。

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