白帝
次に脚を付いたのは、黄金が敷き詰められた広場であった。茂る紅葉はすべて金。茂っては落ち、落ちては茂りを繰り返しているようだ。少し肌寒い木枯らしが吹くが、先程の遊星玄武の比ではない。蛇結茨も動けるようで、人の姿に転変しては身体を慣らしていた。
広場の左右には、遠いが商店が設けられ、眼前には一際輝く宮殿が見える。後ろには広場がただ長く続いていた。どうやらここは道だったらしい。落葉が敷いてあるので分からなかったが、脚で除けてみると黄土が現れる。
「朱雀御大とお見受けするが、いかがか?」
不意に若い男性の声がして、火威は声の主を探す。羊蹄が守るように前に立ってくれたが、その腕の隙間から相手を確認できた。いつの間にか眼の前には、申の尾を持つオレンジ色をした青年が出現していた。葉と同化しており気付きにくかったらしい。
自身の獣者からは敵意の様子は感じられないが、それでも緊張は走っていた。恐らく向こうは白虎の獣者。先程のこともあるので、完全に気を許せる関係ではない。
「いかにも、こちらは允可を受けに参った朱雀の者である。そちらは白帝樣の獣者とお見受けするが――」
「確かに、我が名は猿猴楓と申します。允可を受けに……、そうですか」
猿猴楓は眼を伏せて、いくらか思案するようだったが、やがて白虎の元へ案内をすると申し出てくれた。顔立ちは蛇結茨に似ているが、目尻が吊り上がっているだけで印象が変わる。瞳の色は青葉のハンターグリーン。まさに木々に紛れるにふさわしい。大きい耳と長い尾だけが、人のものとはかけ離れている。
長い道のりに耐えかねて、蛇結茨は気になることを、ひとつ訊いた。
「猿猴楓。白帝樣はいまだ、先代が立っていると聞いた」
「――やはり、お知りでしたか。その通りです。炎帝樣が允可を受けるに値するかは分かりかねますが……」
猿猴楓は主を微少ながらも卑下し、悩むように細い眉を顰める。南の星にやっと次代が誕生したので、きっと、これよりは白帝も身を引いてくれるのではと薄く期待する。いつからあのように強欲になってしまったのか。それでも獣者は身をやつしてでも主を守らねばならない。咎めることもできない。助言は許されているが、絶対的な決定権は神にしかなかった。
――それよりもお早いところ、次代を……。
猿猴楓は黄金の宮殿を仰ぎ見ると、届かない祈りを捧げる。社に帰れないことは、辛くはあるが苦ではない。それより何より、時が次へと変わらないことが居た堪れなかった。それは白帝に付く他の獣者も同じで、何度か進言してみたりもしたが、状況が変わったことはない。
やっと允可に参ってくれた炎帝に、その小さな背中に、いまとなっては託すことしかできない。
白虎の宮殿に臨むには、緩やかな坂道を登る必要があった。ひとつ高いところから女は下界を見下ろし、良い気分になる。その気高き笑顔で、やってくる来客に何を言ってやろうかと手薬煉を引いていた。考えるだけで小気味良い。それは、小さな獲物を弄ぶ肉食動物の狡猾さに似ている。純粋に迎え入れる算段が、この女神にはないのだ。
白金の透き通る頭髪すら眩しいのに、全身に輝く金を纏った白虎は満足そうに椅子から立ち上がる。いままで座していたのは外を監視するためだけに拵えた展望台だ。そろそろ客間へ参らねばなるまいて。優雅に金の音を響かせながら、白帝白錵はクツクツと嗤った。




