雛について
この星は、『遊星朱雀』という。その名を冠する所以はこの主にある。いまは人の姿をしているようだが、その実、この幼児は燃える鳥の姿を取ることもできるのだ。名称を朱雀。この惑星は彼らが統べる。王であり神として治世するのだ。
王は自ら死を望まなければ、永久的に生きることができた。歳は取るが人よりは遥かに遅く、人生一代では彼らの生死を見届けることができない。しかし実際のところ、王にも寿命がある。その死は自らが望んで訪れる。己の炎で身体を焼き、灰へと変わるのだ。
天命が尽きる理由は様々あるが、ほとんどが飽きたから。そう言ってしまえば聞こえが悪いが、この神生でやるべきことを全うしたのだ。次代ができることは次代へと行わせる。次代の王は先代とは行うことが異なり、思想も違うと見えた。故に禍福を繰り返すこともある。
この幼き王はどのような世界を作ってくれるのだろうか。杏は安堵と期待で胸を膨らませながら、一通り王としての説明をした。
――ただ少し、異端ではあるが。
この男児は、灰から生まれ出でるまでに、数年の時が掛かってしまった。時が掛かることは、ないことではない。ごく稀にあることだ。先代の悲劇がなければ――いや、次代は次代だ。気に病むことではない。杏はない頭を振って――振った気になって、靄を払った。風に吹かれてか、青々とした葉がさわさわと鳴る。自身は仕える身。主を信じ、主に従うのみ。でなければ種を蒔いた始祖に顔向けできない。
呪詛を掛けられた種子は朱雀を守るため意志を持ち、腹に空洞を抱いた。その中に赤子を宿し、教養を身に付けさせるために。だから、杏はここに在る。未だに呪いは解けず、それがとても有り難かった。幾重にも受け継いできた使命を途絶えさせずに済む。
「ぼくは、王様なの?」
言って朱雀の雛は掌を見遣る。欠けることのない五本の指は、確かに人間のものだ。不思議そうにまじまじと見つめ、穴から射し込む光に翳していた。
思って杏は声を掛ける。存在としては感じているが、まだその幼き全貌を見ていない、と。
「外に出てみてはいかがです?」
「外、に……」
若干の逡巡は見られたが、雛は思っていたよりすんなりと、杏の言葉を受け取った。穴に五指を掛け辺りを窺う。顔を外に近付けてみると、中より鮮明に空気を味わえた。翔べる。無意識にそう感じる。風は絶えず吹き、しかし荒ぶことはなかった。
そして少年は眼を細める。長年穴蔵で寝こけていたせいか、陽射しは眼に痛かった。そして現れた彼を見て、杏は悟る。やはりあの先代は、呪いを残していったのだと。
――やはり炎麗樣は、そのようにされたのですね。
朱雀は火の鳥だ。よって羽毛は暖かな色で出来上がる。その身体にはどこかに朱を宿すのがその生物の決まりであり、必然的に羽毛――人の姿を取るときでは、髪が朱に染まっていた。しかし出てきた仔どもは朱の羽毛をしていない。艶やかで高貴だが、ともすれば闇に誘われるような、深い漆黒であった。