私、見た目だけの女王になりました。
私は日下瑠音、17歳高校2年生。最近夢中になっていることは、ファッション雑誌とアニメ雑誌を見ることです。
実はファッション雑誌の最後のページに載っていた「あなたのトレードマーク」という言葉が気になり、姉のおさがりである、白のショートグローブとミドルグローブを身に着けるようになりました。
休日には保育園からの幼馴染の富永ゆかりと一緒に出掛ける時には薄い金髪のロングウィッグやメイクもやっています。
ちなみにメイクとウィッグのセットは富永ゆかりにやってもらっています。
ゆかりからは「女王」というあだ名がつけられました。
中間試験が終わり、最初の月曜日を迎えた時でした。
休み時間、自分の席でアニメ雑誌をパラパラとめくっていたら「応募者全員に女王が身に着けているミドルグローブをプレゼント。これで今日からあなたも私も気分は女王様!」という記事があったので、持っていたスマホで応募をしました。
これで、あとは家に届くのみとなりました。
しかし、世の中は決していいことばかりではありませんでした。
「中間試験の答案用紙」という素敵なプレゼントが各教科担当から配られました。
いっそのこと、シュレッダーで破棄してほしいと思っていました。
しかし、甘くはありませんでした。
浜口晴美というオニババから数学の答案が渡された。
見事に赤点。再試験確定でした。数学ほど苦手なものはありません。
赤点の答案用紙を受け取り、絶望的になっていた時に富永ゆかりがやってきて、私の数学の答案用紙を見ていました。
「瑠音・・・・じゃなくて女王、授業中は浜口の話、聞いていた?」
「・・・・・」
「この分だと聞いていなかったか、それとも居眠りをしていたようだね。」
「だって、説明が難しすぎるんだもん。」
「ちゃんと質問した?」
「何を質問したらいいか分からない。」
「それって、理解していないってことだよね。ま、浜口の説明も専門的なところがあるし、難しいところがあるよね。平均点も伸び悩んでいるし。私はなんとか赤点から逃れたからよかったど・・・・とにかく今日から放課後はうちで勉強会やりましょ。補習っていやでしょ?」
「うん。」
私はゆかりに言われるまま、勉強を見てもらうことになりました。
再試験まで10日近くあったので、それまでゆかりの家に行って勉強を見てもらうことになりました。
数やっていくうちにだんだん、理解していくようになり、この分で行けば間違いなく補習から逃れることが出来そうな気がしてきました。
あれだけ数学が苦手だった自分が嘘のように思えるほどでした。
そして再試験当日がやってきました。問題用紙をを広げたら、ゆかりに教わったところが見事に出ていました。
「解ける」と頭の中で確信をして、次々と解いていきました。
そして私が最も苦手だった平方根もすらすらと解けてしまい、試験は終わりました。
翌日答案用紙が渡され、見事に合格しました。
これで補習から逃れられると思ったら、身も心もすべて軽くなりました。
オニババこと浜口先生からは「日下、今回はよくやったな。二度と赤点なんかとるなよ。」と言われましたが心の中では「あんたの説明が難しすぎるんだよ」って言ってやりたかったです。
昇降口でゆかりに会って再試験の答案用紙を見せたら「よくやった」と褒めてくれました。
「やったじゃん、女王!」そう言ってゆかりは私の頭を2~3回撫でてくれました。
帰り道、コンビニにでアイスを買って、自宅付近の児童公園で食べました。
「そういえば、昔ここで買い食いしてたよね。女王は覚えてる?」
「うん、夏になるとなぜか決まってコンビニでアイスを買ってここで食べていたのは覚えていたよ。そして、決まって『のどが渇いた』と言って自販機でウーロン茶を買って飲んでいたよね。」
「そうそう。」
「あと夕方、ご飯前に買い食いして、入らなくなった時には叱られていたよ。その後かな、買い食いやめたのって。」
「私なんかこっそりお菓子を部屋に持ち込んで食べていたら、あとでばれて叱られていたよ。」
「あの時が本当に懐かしい。」
公園を後にして、家に帰ってみると荷物が届いていました。中を開けてみると、白いミドルサイズの手袋が入っていました。
以前、応募者全員に当たる手袋でした。早速開封してはめてみたら、とてもはめ心地がよく、鏡の前で何度かポーズをとってみました。
翌日から学校へ行くときははめていくことになりました。朝、ゆかりの家に立ち寄った時におばさんが「あら瑠音ちゃん、おはよう。今日は手袋なんかしてどうしたの?」
「おはようございます。今日から私のトレードマークとしてつけてみたのです。」
「可愛いけど、制服だとちょっとミスマッチかな。おばさんならワンピースと組み合わせると思うよ。」
「そうですか。一応女王ぽい印象を与えてみようかなって思ったのです。」
「瑠音ちゃんのような可愛い女王様なら、ついてくる人も多いかもね。あ、そうそう。授業中とお弁当の時は外した方がいいよ。せっかくの可愛い手袋が台無しになるから。」
「ありがとうございます。そうさせて頂きます。」
「あと、一つだけわがままを言ってもいいですか?」
「何?」
「よかったら、一度メイクをして頂きたのですが・・・・」
「喜んで。おばさん、瑠音ちゃんのために可愛い女王様にしてあげる。」
「約束ですよ。」
「大丈夫。ちゃんと覚えておくよ。」
ゆかりのお母さんはプロのメイクアーティストで、いろんなモデルのメイクを手掛けてきたひとなので、つい甘えてしまうこともあります。
「あれ、ゆかりはまだ?ちょっと待っててね。呼んでくるから。」
おばさんは大声でゆかりを呼びながら、部屋に向かいました。
「ゆかり、したくまだ?玄関で瑠音ちゃんが待っているから早くしなさい!」
「あともう少し。」
「あ、制服のリボン曲がっているよ。」
そういわれて急ぎ足で階段を下りてきて私のところにやってきました。
「あ、早速手袋してきたんだね。とても可愛いよ。」
「ありがとう。」
その後も手袋した通学が続くようになりました。
そのせいか体の一部となったような気がして、どこへ行くにしても着用することが多くなってしまいました。
日曜日の午後のことです。私はゆかりの家に呼ばれて、優雅に庭でティータイムを堪能していました。
おばさんがチョコレートのケーキを作ったので頂くことになったのですが、口の中に残るほろ苦さが何とも言えませんでした。
「お口に会いましたか?女王様。」
そういってきたのはおばさんでした。おばさんは軽くにこやかな表情で私を見つめていました。
「とても美味しいです。」
「紅茶のおかわりはいかがですか?」
「すみません、あと一杯だけ頂けますか?」
私は紅茶を飲み終えて、食器の片付けを手伝った後、ゆかりの部屋でアルバムを広げて見ていました。
初めて保育園で友達になれた日のこと、公園で一緒に遊んだ日のことなど、思い出話に花を咲かせていました。
「そういえば、よく帰りが遅くなった時にはゆかりの家で食事をしていたよね。」
「女王ったらその時から遠慮知らずだったから。そのあとなんか一緒に風呂に入ったりして。」
「昔はそれが当たり前だったんだよね。」
「学校に入ってからも宿題を写させられることもよくあったし。」
「宿題丸写しして、先生に怒られていたんだよね。廊下にもよく立たされていたよ。」
「自業自得だよね。」
「それはちょっと言い過ぎだって。」
思い出話に夢中になっていたら夕方近くになっていました。
「そろそろ帰るね。」
「あのさ、今度の日曜日空いてる?よかったら水族館に行かない?」
「いいよ。その前におばさんの予定ってどうなってる?」
「うちの母さんなら大丈夫だと思うけど。なんで?」
「約束したの。メイクしてもらうって。」
「そういうことだったのね。たぶん大丈夫だと思うよ。」
「あと、ウィッグ持っていたら貸してほしいんだけど。」
「薄い金髪のロング?」
「うん。」
「それなら女王にあげる。私が持っていてもしょうがないし。じゃあ、日曜日に母さんに渡しておくから。」
「ありがとう。」
日曜日、私は約束の時間より早めにゆかりの家に行っておばさんにメイクをしてもらうことになりました。
最初にカラコンをつけて、ウイッグネットを被り、そのあとは念入りにメイクが始まりました。
ファンデーションやアイライナー、つけまつげ、そしてピンクのルージュなどつけて仕上げにウイッグをつけてもらいました。
「お気に召しましたか?女王様。」
「これ、本当に私なんですか?」
「そうだよ。」
まるで違う自分を見ている感じがして仕方がありませんでした。
メイクで変身したあとの私を見たゆかりは驚いた表情で眺めていました。
「さすが母さんだ。」
「あなたもついでだから、やってあげようか。」
「いいの?」
「瑠音ちゃん、悪いけど少しだけ待ってくれる?」
そういって、ゆかりのメイクにかかった。
メイクを終えた後は二人で電車に乗って、水族館に向かいました。
中を入ってみると小さな海底にいるかのようにいろんな魚が泳いでいました。
見慣れた魚から、今まで見たことのない魚までいたので驚くばかりでした。
そして、極めつけはイルカのショーでした。
ショーを見て感動した後はお土産を買って帰るだけでした。
時間に余裕があったので、近くのカラオケルームに立ち寄って2時間ほど歌いました。
私の変身もそろそろ終わりが近付くと思うと、少し寂しくなってきました。
「ねえ、ゆかりもう少し付き合ってくれる?」
「なんで?そろそろ門限だし、帰らないとおばさんに怒られちゃうよ。」
「わかってる。明日から学校でしょ?さすがにこれだと・・・」
「気持ちはわかる。じゃあ、せめて写真でも撮ろう。瑠音が本当の女王様になった記念。」
ゆかりはスマホを取り出して、私とゆかりとのツーショットをとりました。
そのあと、私のスマホでも何枚かとりました。
「これで満足でしょ?またお出かけするときには母さんに頼んであげるから。」
「ありがとう。」
家に帰る前にゆかりの家に立ち寄って、おばさんにメイクオフをしてもらい、一言お礼を言って帰りました。
そのあと、平凡な毎日を過ごしてきたわけですが、私がお手洗いでウイッグを被って手袋して校門を出ようとした時に、「日下せんぱーい!」と大きな声で近寄ってきた女の子がいました。
「女王、知り合い?」
ゆかりが聞いて来たら「私、1年の小森裕子と言います。」
「小森さんがなんで?」
「誰にも話しません。日下先輩が女王に変身したのを見ました。」
「別にしゃべってもいいけど、どうしたの?」
「実はもうじき体育祭じゃないですか。その時に仮装リレーがあるのですが、良かったら日下先輩にでて頂きたいと思っているのです。」
「いいよ。」
「本当ですか。ありがとうございます。」
当日、おばさんに来てもらえないか頼んでみましたが、残念なことにその日は仕事が入ってしまったので、メイクは断念しようかと思いました。
「当日私でよかったら、してあげるから。母さんには基礎的なところは教わっているから、母さんのようにはいかないけど、女王にふさわしいメイクはしてあげるから。カラコンとウィッグ、手袋は忘れないでね。」
「わかった。」
当日に向けて衣装作りや応援に使う道具の準備で追われていました。
「ねえ、瑠音は仮装に出るって聞いたけど、何やるの?」
「私は体操着着た女王かな。」
「瑠音の持ちキャラ、そのまんまだね。」
クラスの何人かに嫌味ぽく言われましたが、まったく気にせず準備をしていきました。
そして体育祭当日、その日のために練習してきた成果を発揮する日でもありました。
短距離走、長距離走、障害物リレー、玉入れ、応援合戦など終わり、ついに仮装リレーの順になってきました。
私は教室でゆかりにメイクをしてもらい、ウイッグと手袋をして出てきました。
もちろん、途中でウイッグが外れないようにアメリカピンで固定もしてもらいました。
さらに女王らしさを強調するために姉からエナメルのバッグも借りてきました。
「今日の瑠音、やけに気合いが入っているね。」
「だって瑠音=女王だから」
何人かのクラスの人の会話が聞こえましたが、無視して競技に出ました。
私の出番になり、全力で走ましたが、結果は2位で終わりました。
来年は1位とれるように頑張ろうって思いました。
未練がましかったのか、閉会式が終わってもこの姿でいたので、ゆかりに「今度の週末母さんいると思うから、その時に頼んであげるよ。だから今日のところは元の瑠音に戻ってよ。日曜日、近所で打ち上げをやる予定でいいるから、その時に良かったら女王になってよ。」
「うん、ありがとう。」
私は言われるままに元に戻って、片づけを手伝って、家に帰りました。
打ち上げ当日には約束通りおばさんに頼んで、女王の変身を手伝ってもらい、待ち合わせ場所へ向かいました。
「お、女王の登場だ。」
「遅いよ。」
「みんなごめん。」
近所の公園でコンビニで買ってきたお菓子を広げて、飲んで食べて騒いでいました。
撮影を担当していた、大野佳代子が体育祭の写真をプリントアウトしてみんなに見せていきました。
一番目立ったのは私でした。
完全に女王になりきっていたって感じでした。
他にも4組の応援団も負けずに気合いが入って今した。
せっかくなので、ここでも記念写真をとって、ごみを片付けた後、時間とお金に余裕のある人だけ駅前のカラオケルームで3時間歌い通して、その日の一日が終わりました。
お話は1年後に飛びます。
私達は3年生になり、進路のことで先生や親ともめている日々を過ごしていました。
もちろん、私もその中の一人でした。
私が真面目な顔してモデルになると言い出したら、親は猛反対。
コスプレやるのとわけが違うと跳ね返されて、相手にしてくれませんでした。
確かにそれは一理ありました。
しかし、ゆかりのお母さんのメイクの技術に惚れて、私は女王を極めたいと思っていたのです。
手袋、ウィッグ、カラコンが私のトレードマークとなっていたので、それだけは絶対に譲れませんでした。
3者面談では母と喧嘩することもありました。
でも、これは親の将来ではなく私の将来なので、周りの大人には譲りたくないと思いました。
母はとうとう折れたのか、途中で挫折だけはしないようにと言ってきました。
私は芸術系の専門学校へ行くことを決め、翌年の3月の卒業式を迎えました。
先生から卒業証書を受け取り、教室で記念撮影を済ませたあと、お約束の女王への変身をしました。
「日下、卒業式ぐらい普通の姿でいられないのか?」
「これが私のトレードマークですから。」
「仕方ない。もう一度記念写真を撮るわよ。」
担任の沢野先生と私を囲むように教室で集合写真を撮りました。
校舎を出て、在校生に見送られて、校舎の前で記念撮影を終えたら、打ち上げパーティを開くことになりました。
学校近くのファミレスで最後の制服姿の寄り道をしました。
「みんな、卒業おめでとう!卒業証書はもらったか!」
「おお!」
「もらってない人は今すぐ校長室へ行ってもらってこい!」
そう言ったら、いっせいに笑い声が飛びました。
元クラス委員の大池博美が乾杯の音頭をとった後、出てきた料理を平らげ、またしても記念撮影をしました。
店を出た後、大池が「今日でこのクラスは解散となります。みんな4月からそれぞれ別の道を行くけど、最後までめげずに頑張ってください。瑠音、今日であんたの女王も見納めだね。モデルなるって聞いた時には驚いたけど、雑誌のトップに飾ったら絶対に買うからね。」
大池は少し涙声で私に言いました。
「ありがとう、私一生懸命頑張るから」
さらに3年後に飛びます。
「女王、今日は雑誌の撮影と午後からファッションショーがあります。」
「了解しました。」
私はマネージャーに言われるまま、忙しいスケジュールに追われて動いています。
雑誌の撮影とは5月号の表紙に載る撮影ですので、少々緊張しています。
「女王、メイクの時間です。」
そういってきたのは幼馴染の富永ゆかりでした。
彼女のメイクの技術はすでにおばさんを超えていました。
今では私の専属になるくらいです。
「ねえ女王、来週の日曜ってオフじゃん。久々に近所の公園に行かない?」
「いいよ。本当に久々だよね。」
「そうだね。」
日曜日、久々のオフを利用して近所の公園で遊ぶことになりました。
「女王覚えてる?あの砂場」
「覚えているよ。二人でトンネル掘って遊んでいたよね。」
「ドロンコになって、よく母さんに叱られれていたよ。」
「私も」
「あの時が本当に懐かしいよね。」
「私達、おばあさんになっても変わらない付き合いをしようよ。」
「うん。」
「約束したからね。」
女王になっても私は私。でも今の私は高校生の時にやっていた成りきりの「女王」ではなく、みんなが憧れる「女王」に成れるよう、頑張ります。
5月号の発売日から一週間がしたあと、街を歩いていたら金髪のウィッグにミドルサイズの手袋を着用した、女性を見かけるようになりました。
モデルの力ってすごいものなんだなって私は思いました。
おわり
皆さんが想像している、女王と言えば悪役令嬢のようにしもべを何人も連れて歩き、なんでも自分の思い通りに行かないと気が済まないという性格を想像いたしますが、彼女は保育園からの幼馴染だけの二人きりの時間が多く、特別なものは一切望まず、ただ女王の姿に憧れていたという普通の女の子でした。
彼女の女王への憧れは強く、将来モデルになりたいというくらいの思いがありました。
もしこれを読んで、自分に強い思いがあったら最後まであきらめない気持ちでいてくれると、ありがたいです。