その六
「起きておられますか?」
障子戸越しに千沙様のお声がかかって起き上がると、夜んなってたな。……寝てばかりだってかい。他ん時はそんな事なかったんだけんど、この時はなぜか寝ちまったんだよ。いつもいつも寝てばかりじゃないんだよ……
「はいはい、ただ今起きましてござります」
今思っても間の抜けた返事だったな。
「寝てござっしゃったのか? おへそは出してはおらなんだろうな?」
「へえ、しっかりと押さえておりました」
わたしの返事に千沙様はからからとお笑いになってさ。……姫様に向かってなんてこと言うんだって? 良いじゃねえか。それだけこのお屋敷の方々と馴染みになってことさ。どうだい、羨ましいだろう?
千沙様の案内で、いつもとは違う部屋へ向かったんだ。はて、こんなお部屋があったかなって思ったけんど、お屋敷中巡ったわけではないし、わたしが知らなかっただけなんだろうって思ってさ。
さて、障子戸を開けると、殿様、お内儀以下里の衆が子どもまで居てね。膳も皆で持ち寄ったとかでごちそうだらけでさ、どこから持ってきたのか酒まであってねぇ。
……え? そんな大広間があったのかってかい? そんな事言われたってさ、有ったもんは有ったんだから仕方ないじゃないかね。
わたしが部屋へ入るとさ、殿様がすっと立ち上がられてね。
「さあさ、皆の衆、今宵は無礼講じゃ!」
殿様の掛け声で宴会が始まったんさ。
いやあ、楽しかった。ごちそうも美味だし酒も美味。殿様と御家来衆のかつての武勇伝が飛び出すし、女衆はちやほやしてくれるし、子どもたちも「おっちゃん、おっちゃん」ってなついて来るし。お内儀も千沙様も楽しそうでさ。正直、ずっとここに居たいって気になっちまったんだけんどね。
でもね、送別の宴となれば、そんなこと思うのが間違いと、心を鬼にしたんだよ。……なんだって? 顔はすでに鬼みたいにひどいって言うのかい? 大きなお世話だよ!
それで、宴が終わったのはかなりの夜更けだったな。気が付くと里の衆は皆帰ったようで、殿様とお内儀と千沙様だけになっていた。
「だいぶ酔うたみたいじゃな。どれ、手を貸そう」
殿様はそう言ってわたしを抱き起してくださってね、殿様自ら肩をお貸しくださって、わたしを部屋まで連れて行ってくださって。
「どうじゃ、この里は?」
途中で殿様がお聞きなさる。
「へえ、とっても良い所で」
わたしも正直に答えたよ。
「それは良かった。わしらもおぬしが気に入ったぞ。明日は見送れぬが、また来るがよい。おぬしならば歓迎じゃ」
そう言ってからからお笑いになってさ。それから部屋の前まで来てね。
「ありがとうござりました」
って頭を下げてさ。頭を上げるともう殿様はいらっしゃらない。せっかちなお方だって一人くすくす笑ったよ。それから、千沙様が敷いてくれたんだろう布団に転がって、雨の降っている音を子守歌にすぐに寝ちまった。……千沙様によからぬこと考えて寝たんじゃないかってかい。冗談はお前さんお顔だけにしなよ。