その五
玄関に置かれた傘をお借りして、一人で外に出てみたよ。ゆっくりと見て回ろうと思ったんだけんど、子供らに見つかっちゃってね、あっという間に囲まれちまったんだ。皆雨に慣れちまってんのか、傘を差しちゃいないんだ。まあ、子供は雨の子って言うからね……知らん顔してんじゃないよ。そりゃ雨じゃなくって風だろうって、今のは突っ込みどころだよ。ま、いいか……
「おっちゃん、どこへ行くんだ?」
「どこって事はないけんど、みんなの親御さんにご挨拶をと思うてな」
「父は親方様と出掛けておる。母しか残っておらんぞ」
「オレん所は誰も居ねえ」
「そんな事より、またなんか面白い話を聞かせておくれよう!」
その言葉に子供ら皆が「そうだ、そうだ」と言いだしてさ。……ほんに、子供ってのは自分の都合しか考えないもんさ。それがお侍のお子達でも変わらないんだね。
わたしゃ、里の衆へのご挨拶廻りをやめて、子供ら相手に話をしてやったよ。何を話しても喜んでくれるってのは気持ち良いやね。わたしもすっかり好い気になって話し込んじまったよ。それでおしまいさ。結局挨拶廻りはできなかったなあ。そのままお屋敷の戻ったよ。雨も強くなってきたしね。でも、子供らは平気な顔をして、どこかに行ってしまったよ。
翌日は、朝餉を頂いた後に旅立ちの支度をしてたんだ。ここを去ったら、その足でなじみの村へ足を延ばそう、なんて考えながらね。
そうこうしていると、千沙様が膳を片付けに来られた。
「なんだか、楽しそう……」
ちょっと淋しそうな物言いだったなあ。
「いえいえ、そんな事はございませぬ」
わたしゃ、慌てて言ったよ。なんだか、千沙様を泣かしちまった気分になってしまってさ。
「次に参ります時には、より新しく珍しい物をお持ちいたします故、お心待ちにして頂きとう存じます」
床におでこを引っ付けながら、とにかく一生懸命に言い訳がましい事を並べ立てたなあ。そしたら、わたしのその姿が面白かったのか、からからと笑いだしてさ。
「それでは、まるで這いつくばった蛙じゃぞえ」
千沙様は笑いながら膳を下げて行かれた。ほっとしたような、情けないようなって感じだったね。
しばらくしたら千沙様がまた来てさ。
「今宵は宴会じゃ。これからこしらえじゃ。呼びに来るまでここから出てはならんぞ」
「このような朝からでございまするか?」
「そうじゃ。里の者皆でこしらえるのじゃ」
「こんなわたくしめに勿体のない……」
「気にするな。あなたを出仕にして皆で楽しむのだから」
先ほどよりもさらにからからとお笑いになって障子戸をぴしゃりとお閉めになってね。
恐縮するやら嬉しいやらでさ、とにかく言われた通りにしていようと、ごろりと横になって、今度ここを訪ねる時には何を持ってこようかなんて、あれこれ考えているうちに寝ちまったんだな。