表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SkyFall/Fantasma  作者: 山下愁
Wars:6 卑劣を極めた司令官

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/276

第4話【戦略遊戯】

 戦略遊戯。

 かつて、グローリアとエリスが授業として行っていた戦略の競い合いである。

 氷で作られた人形を動かして、家から脱出する為の戦略を考える。人形は殺人鬼と子供の二つ――エリスが殺人鬼を務めて、生徒が逃げる子供の役を担うのだ。

 戦略遊戯には規則が一つだけ設けられていた。

 最初はなにもない状態から始まり、()()()()()()()()()()()()。例えば『子供部屋には鍵がかかっている』と規則をつければ子供部屋に該当する部屋には入れないし、『書斎の扉は壊れている』と規則を決めれば扉を閉じていても侵入が可能となってしまう。先に規則を決めれば有利になり、生徒たちは幾度となくエリスに先手を許してしまった。

 ――ここにいる、グローリア・イーストエンドという青年を除けば。


「なんだか、懐かしい感じがします」


 氷でできた椅子に優雅な姿勢で腰かけながら、エリスが穏やかに微笑む。

 机を挟んで対峙するグローリアもまた、朗らかな笑みを絶やさずに「左様ですか」と応じた。懐かしいもなにも、もう彼女の生徒たちは存在しないのに。一体どこまで記憶が遡行そこうしているのだろう。

 大きめの人形の頭を指先で撫でて、エリスは瞳を伏せる。


「生徒たちの作戦に、何度も度肝を抜かされました。いつか負けてしまうのではないかとヒヤヒヤしたものです」

「ただの一度も負けたことはないと仰っていましたね、大人の意地ですか?」

「それもあるでしょうが……そうですね」


 殺人鬼の人形を摘み、エリスはまず人形を玄関に設置した。


()()()()()()()()()()()()()()()

「…………そうですか」


 子供の人形を掴んだグローリアは、人形の家を俯瞰ふかんで見下ろした。

 屋根がないので、屋敷の構造は丸見えである。子供部屋に書斎、調理場や風呂場など一般的な屋敷と同じもの。ただし細かな構造は真っさらな状態で、これから規則を付け足すごとに壊れていく氷の屋敷。

 まずはどこからにしよう。グローリアは少しだけ悩んで、まずは子供の人形を二階の書斎に設置した。


「よろしいのですか?」

「構いません」


 グローリアはにっこりとした笑みで頷く。


「貴殿は僕の戦略によって敗北となりますので、負けた時の言い訳を考えておいてください」

「…………あらあら、随分と自信がおありなようで。この戦略遊戯の規則すら理解していらっしゃらないのに」

「貴殿の動きを真似ますよ」


 口元を僅かに痙攣させるエリス。――あれは、苛立っている証拠だろう。

 相手を煽って正常な判断を下せなくする作戦だが、さすがグローリアの師である。きちんと理性で怒りを抑え込み、多少の煽りに対しても呼吸一つでなかったことにした。偉そうな人間ならムキになって言い返してきて、冷静な判断を下せなくなるというのに、彼女の理性は鋼よりも強靭である。

 これはなかなか手厳しい。グローリアは胸中でため息を吐くと、


「それでは始めましょうか」

「ええ。よろしくお願いいたします」


 開始を宣言すると同時に、玄関へ設置したエリスの人形がひとりでに動き始める。

 この戦略遊戯の面白いところで、駒は操る者の意思を読み取るのだ。意思に沿って屋敷の中を動き回り、追加される規則に従う。


「規則付与。書斎の鍵は壊れているので、誰でも侵入可能とする」

「あら、それは自殺行為ではありませんか?」


 着実に二階へ進んでくる殺人鬼の人形を操るエリスは、グローリアの判断を嘲る。

 書斎に隠れるグローリアにとって、鍵が壊れていることは自殺行為にも等しい。それは殺されようとしていることと同じだ。


「規則を付与できるのは、屋敷の構造だけです。人形の身体能力には付与できませんよ」

「――ただし書斎の扉を、本棚が塞いでいる」


 グローリアはさらに規則を付与した。

 鍵がなければ鍵の代わりになるものを与えればいい。いわゆる障壁である。

 グローリアは籠城することに決めた。まずは部屋に閉じこもって、相手の出方を待つことにしたのだ。


「なるほど、なるほど。そういうことですね」


 エリスは楽しそうに頷くと、


「それではこうしましょう。――規則付与、階段の踊り場には斧が掲げられている。殺人鬼はそれを武器とする」


 階段を上っていたはずの殺人鬼の人形は踊り場の辺りでピタリと止まり、そして手の部分になにか細長いもの――斧を装備していた。


「殺人鬼なのだから、武器ぐらい持っていないと殺せませんね」

「体術で絞め殺しにくるものかと思っていましたが、まさか斧で頭をカチ割りにくるおつもりですか? 随分と野蛮、いえ原始的な殺害方法ですね」

「命乞いは聞きませんよ。なにせこれは戦略遊戯ですので」


 斧を装備した殺人鬼は、着実に子供が隠れている書斎まで近寄ってくる。そして、手にしたその斧で本棚が塞ぐ扉を壊し始めたのだ。

 本棚を壊し切っていないので、書斎の中へ入ることは不可能。グローリアは紫色の瞳をスッと細めると、さらに追加の情報を付与した。


「規則付与、書斎の本棚に隣の部屋へ通じる隠し扉がある。子供は隠し扉を通じて書斎を出る」

「――なるほど。さすがですね」


 書斎に設置されたはずの本棚が扉となって、グローリアが操る子供の人形は音もなく隣の部屋へ脱出する。それと同時に殺人鬼の人形が書斎へ侵入してきて、子供を逃してしまったことになる。

 しかし、付け足した規則は殺人鬼にも適用されるもの。すぐに隠し扉を通じて、子供を追いかけてくることだろう。

 ――そんなことは織り込み済みだ。


「規則付与。廊下には飾られている花瓶がある。子供は逃げる途中に花瓶を割ってしまい、廊下に水をぶち撒ける。廊下は滑りやすくなっているので、殺人鬼も転んでしまうだろう」


 隣の部屋から脱出した子供の人形は、廊下に出現した壺のようなものを割ってしまう。壺からは液体が溢れて、廊下全体に広がった。子供は躊躇うような素振りを見せたものの、すぐさまその場から逃げ出した。

 子供を追いかけて部屋の外に出てきた殺人鬼は、濡れた廊下を滑らないように進んでくる。滑るかもしれないという規則が付与された以上、確実性はなくとも転ぶ可能性は非常に高い。行動が慎重になるのも頷ける。

 しかし、グローリアにはそれだけで十分だった。あとは階段を下れば出口に一直線である。殺人鬼の数を増やすことはできないので、このまま屋敷を脱出すればグローリアの勝ちだ。

 ――まあ、一筋縄ではいかないのは予想していたのだが。


「規則付与。一階へ繋がる階段は封鎖されました。わたしが階段を上がる際、近くの飾り棚を倒しておきましたので」

「――へえ、そういうことも可能なんだ」


 グローリアは、思わず素が出ていた。

 順調に階段を下っていた子供の人形だが、一階の床を踏むより先に動かなくなった。その目の前には巨大な棚が横倒しになっていて、上っているうちに殺人鬼へ追いつかれてしまう可能性が出てきた。

 素早くグローリアは二階の部屋の数を確認する。

 大小様々な部屋があるが、使った部屋は書斎とその隣の部屋の二つ。斧で叩き壊されたとはいえ、入口が塞がれた状態では部屋の中に入ることは不可能。当然その隣の部屋の位置から殺人鬼がやってきているので、必然的に書斎方面への逃げ道はない。

 幸いにも書斎は二階の奥まった部分にあるので、殺人鬼との距離はまだある。おそらくエリスが焦らしているのだろうが、その油断が命取りだということを彼女は知らないようだ。


(――僕の名前(グローリア)の由来は、栄光という旧語からきている)


 けれども、実際は栄光なんて胸を張れるようなものではない。

 卑劣で、卑怯で、味方を失わない為ならなんでもやる。騙し討ちに罠に挟撃に待ち伏せ、夜襲や暗殺なんかもやった。正義とは程遠い、ただ勝つ為の戦略を。

 だから、今回も同じこと。

 これは戦争だ。遊戯であれ、相手が恩師であれ、今は圧倒しなければならない敵。考えろ。相手を出し抜き、余裕ぶって悠々と歩いてくる殺人鬼を圧倒しろ。


(――書斎の反対隣は寝室か。夫婦の寝室……構造で一般的なのは)


 エリス・エリナ・デ・フォーゼとグローリア・イーストエンドの圧倒的な差があるとすれば、関わった人員の数だろうか。

 極寒の地において自らの戦略を教示し、そして子供たちを立派な指揮官に育てたエリスとは違い、グローリアは実際に兵を動かしてきた紛れもない本物の指揮官だ。作戦に納得しない天魔憑てんまつきがいれば納得いくまで説明したし、好き勝手に動きすぎる天魔憑きがいれば知らず知らずのうちに囮として使ったこともあった。

 そしてなにより、戦略を補佐してくれる仲間の存在がいた。


(ごめん、ごめんね、ユフィーリア。本当に僕は馬鹿だ。エリスに教えてもらったことよりも、君たちが示してくれた道の方が、僕を構成する情報として多いよ)


 奪還軍の中でも特別に強い彼女。

 天魔最強を謳われる【銀月鬼ギンゲツキ】と契約を果たしただけではなく、その卓抜した戦闘技術は人間の時より培われてきたものだ。最高総司令官であるグローリアを信じて奪還軍に所属した、文字通り誰よりも強い天魔憑き。

 何度も彼女は説得してくれた。馬鹿なことを言うグローリアを正気に戻そうとしてくれた。

 だからこそ、グローリアも彼女に応えるのだ。


「――あら、寝室に逃げるおつもりですか?」


 エリスが笑う。

 彼女の言う通り、グローリアは子供の人形に寝室へ逃げるように命じていた。ちょうど殺人鬼が滑りやすくなっている廊下を通り過ぎたあとで、捕まえようとしてきた矢先にするりと寝室へと飛び込む。

 しっかりと内側から鍵をかけて、グローリアは部屋の隅にまで子供の人形を退避させる。閉ざされた扉の前では殺人鬼の人形が部屋の中へ踏み込むことを躊躇っているようだったが、エリスがすぐに規則を付与してくる。


「規則付与、殺人鬼は書斎にてこの屋敷の部屋を自由に行き来できる鍵束を拾った」


 なるほど、そうくるか。

 これでは鍵をかけたところで意味などなく、殺人鬼は子供を追いかけてどこまでもやってくる。部屋の鍵などあってないようなものだ。

 殺人鬼の人形は鍵束を使って、扉を開けてくる。開かれる扉。子供を追い詰める殺人鬼。


「さあ、これで終わりですよ」


 斧を掲げた殺人鬼が、子供に近づいてくる。

 子供を操るグローリアは、その恐ろしい光景に臆することはない。


(――()()()()


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ