第1話【近づく収穫祭、そして】
季節もすっかり秋めいてきたが、地中深くに存在する人類最後の都【閉ざされた理想郷】では季節なんて関係がなかった。
主街区となっている第一層は今日も人で賑わっていて、建ち並ぶ店も客を呼び込もうと活気づき、怪しい露天商がそこかしこにのさばっている。猥雑として、混沌として、騒がしく、陽気な雰囲気がこの第一層の特徴とも言えようか。
ただし、今日ばかりは少しだけ勝手が違っていた。――主に、店の商品に関してだが。
「第三層で作られたカボチャだよ。収穫祭の置物に如何ですか?」
「収穫祭の仮装はお決まりですか? 当店では多数の貸し衣装をご用意しております。お店に置かれていない仮装でも、ご要望があればすぐにお仕立て致します!!」
「収穫祭用のお菓子のご準備がまだの方は、当店までお越しください。多数のお菓子を取り揃えております!!」
店員が客を呼び込む言葉として出てくるものが、収穫祭という三文字だった。
どこの店も装飾が蝙蝠やカボチャを使ったものへと変わり、カボチャを題材にした商品を売り出し、客引きをする店員は魔女や吸血鬼などの仮装をしている。どこの店も、もうすぐ開催される収穫祭に向けて力を入れているようだった。
それは【閉ざされた理想郷】の住民も同じことが言えた。
子供が喜びそうなお菓子を大量に作り、仮装用の衣装を購入するか借りるかの議論が交わされ、軒先にカボチャのランタンを飾る。もう少し豪勢になると、扉周りがカボチャだらけになっていた。それだけ誰も彼もが収穫祭の準備に熱中していた。
「――――はーああああ」
周囲が浮かれているというのに、深々とため息を吐く存在が一人いた。
【閉ざされた理想郷】第一層にある大衆食堂の一角にて、机に突っ伏す銀髪の女である。やはりこの大衆食堂内も収穫祭に向けてカボチャや蝙蝠や蜘蛛の巣などの装飾が施され、利用者も仮装して驚かすかなどの議論をしているのに、彼女だけは重苦しいため息を繰り返していた。
もぞもぞと心底かったるそうに上体を起こした彼女は、店内の華やかな装飾を一瞥してさらにがっくりと肩を落とす。【閉ざされた理想郷】では収穫祭の開催を待ちわびているというのに、何故か彼女だけは喜んでいる様子はなかった。
透き通るような銀髪に、宝石の如き気品を感じる青い瞳。人形めいた顔立ちは憂いに満ちて、全身から漂う気配は悲しみのそれ一色だ。男なら誰もが振り返る絶世の美女であるが、着飾るということを一切せずに、着古したシャツと軍用ズボンという簡素を通り越して無骨な格好をしていた。黒い外套の上から大太刀を吊り下げた帯刀ベルトを巻きつけ、細い腰を知らず知らずのうちに強調している。
銀髪碧眼の彼女――ユフィーリア・エイクトベルが嘆いているのは、なにも収穫祭が面倒だとか、そういう訳ではなかった。むしろ楽しいことは大好きなので、収穫祭は大いに楽しんでやろうという気概さえあった。
「……どうした、ユフィーリア。そんなに何度もため息を吐いて」
「あー、おう。ちょっと憂鬱でな」
「貴様が憂鬱という感情を知っているとは驚きだ」
「お前はちょいちょい俺を馬鹿にしてくるけど、なんなの? わざとなの?」
ユフィーリアの対面に座ってきたのは、黒い髪に赤い瞳を持つ少年だった。
鈴が括り付けられた赤い髪紐によって黒い髪をポニーテールにし、鮮烈な印象を与える赤い瞳は真っ直ぐにユフィーリアへと向けられている。顔の半分以上を黒い布によって覆い隠しているが、それを差し引いても美しい顔立ちであることは分かる。黒いシャツに細身のズボンという黒ずくめの服装の上から、華奢な体躯を強調するようにベルトでぐるぐる巻きにされた格好は、劣情を抱いてしまいそうな雰囲気さえある。
少年――ショウ・アズマは紅茶が注がれた陶器のカップを傾けつつ、
「それで、なにかあったのか? まさか、また賭け事で給金を使い果たしてしまったとか?」
「それは何度もやってるから落ち込まねえよ。――はーあああ」
重いため息を吐き出すと同時に、ユフィーリアは再び机の上に突っ伏した。天板に思い切り額をぶつけたのだが、痛いと思うよりもユフィーリアは絶望していた。
机に突っ伏した状態で、ユフィーリアは優雅に紅茶のカップを傾けるショウに問いかける。
「ショウ坊。お前、今年でいくつになる?」
「天魔憑きに年齢を問うのは如何なものかと思うが」
「いいから答えろ。怒らないから」
「怒る怒らないの問題があるのか」
不思議そうに首を傾げる彼だったが、仕方がないとばかりに自分の年齢を明かす。
「【火神】と契約したのが、一五の時だ。それ以降は歳を重ねていない」
「ゔぁーッ!!」
さらに絶望したユフィーリアは、力任せにテーブルをぶん殴った。テーブルが凹んだ。
自分の回答がなにがいけないものだったのだろうか、とさらに首を傾げるショウの背後から、凶悪な顔面になにやら悟りを開いたような表情を浮かべた巨漢がポンと彼の肩を叩いた。
灰色の髪に迷彩柄の戦闘服を着た、筋骨隆々とした巨漢である。頭頂部から狼の耳を生やし、尻にはきちんと狼の尻尾も生えている。眼球だけで他人を殺せそうな彼は、優しい口調で言う。
「あのねぇ、収穫祭の当日はユーリの誕生日なんだよぉ」
「誕生日?」
「そうなんだよぉ」
「余計なことを言うんじゃねえ、エド」
ユフィーリアは狼の耳を生やした強面巨漢――エドワード・ヴォルスラムを睨みつける。
エドワードは笑いながら「怖い怖い」と戯けるが、
「でもねぇ、事実だしねぇ」
「誕生日なんてこなければいい」
「一体ユフィーリアは何歳になるのだ?」
ショウが逆に質問をしてきて、しかも年齢に関する質問をしてきて、ユフィーリアは口を閉ざした。年齢だけは言いたくなかった。
しかし、エドワードがまたも口を滑らせる。
「ユーリが天魔と契約したのは二八の時だよぉ」
「言うんじゃねえこの馬鹿!!」
ユフィーリアはエドワードに怒声でもって返すが、ショウの一言で心がポッキリと折れた。
「二八? 全く見えないが」
「――――」
「ユフィーリア? ユフィーリア? どうしたユフィーリア、やはり俺はなにか悪いことを言ってしまったのか?」
膝から崩れ落ちたユフィーリアに、ショウが心配してくる。自分の発言がユフィーリアを傷つけたと思ったのだろうが、なんてことはない、勝手にユフィーリアが傷ついているだけでショウは何一つ悪くないのだ。
ただ、ショウがこんなに若くして天魔憑きになったとは思わなかった。せめて一八ぐらいだと思っていたのだが、まさか一五とは。
気分がすでに青々と染まってしまったユフィーリアは、もう机に突っ伏したまま言葉を発することがなくなった。
「あ、そういえば」
エドワードがポンと手を打ち、
「最高総司令官殿が呼んでたよぉ。なんかまた第零遊撃隊に任務があるんだってぇ」
こうしてユフィーリアとショウのつかの間の平和は、終わりを告げる。




