第5話【葬儀屋一族】
今日ほど戦場に絶望したことはない。
「……なーにこれェ」
どこまでも広がる荒野を眺めて、ユフィーリアは遠い目をした。
ショウによって引きずられてきた北戦線には、大量の鶏がいた。ついでにヒヨコもいた。ピヨピヨ、ピヨピヨ、コケコッコーと喧しい。
これがただの鶏やヒヨコであればなんら問題はなかっただろうが、相手は天魔である。鶏の大きさが桁違いで、さらにヒヨコも見上げるほど巨大である。
「……自分の身長が縮んだように思えてくる」
「貴様の身長は平均的だろう」
隣に立つショウが平然と言ってくるので、ユフィーリアは彼の背中を蹴飛ばしてやった。
前につんのめるショウが「なにをする」とユフィーリアに抗議してきたので、彼に中指を立ててやってユフィーリアは吐き捨てた。
「一人で解決しやがれ、空っぽ野郎。俺は知らん」
「了解した」
ユフィーリアの理不尽な命令すらも意見することなく、ショウは淡々と受け入れる。
ピヨピヨ、コケコッコーと混沌とした地獄の戦場に一人で向き直り、彼は両腕を広げる。握っただけでも折れそうな華奢な腕で立ち向かうつもりかと思いきや、彼の両手に炎が灯った。
「……お?」
ユフィーリアは目を見張る。
ショウの両手に灯った炎は形を変えて、薄紅色の回転式拳銃へと変貌を遂げる。彼は自らが作り出した二挺の回転式拳銃を構えて、鶏の群れへと突撃していった。
「そういやあいつ、葬儀屋一族の天魔憑きだったっけな」
この世には天魔を葬儀する為の天魔が存在し、それを葬儀屋一族と称している。
火葬、水葬、埋葬、風葬の四種を司るその葬儀屋一族は、生物を殺すことに特化していた。ショウ・アズマという少年が炎を操っていたところを見る限り、彼は火葬を司る天魔【火神】の天魔憑きなのだろう。
なるほど、これは確かに使える手足だ。葬儀屋一族の天魔は総じて強く、異能力の自由度も高い。下手をすれば地上に蔓延る天魔を一掃することだってできるだろう。命令という言葉を使えば従ってくれるのだから、上手く利用すればいいだろう。
「任務を開始する」
ショウの淡々とした言葉を皮切りに、戦争の火蓋が切って落とされた。
文字通りである。彼が空に向かって右手に握った回転式拳銃を突きつけて引き金を引くと、炎の雨が降り注いだのだ。
燃え盛る炎は容赦なく鶏たちの大部分を焼き払い、消し炭にする。「コケーッ!!」と騒ぐ炎の雨から逃れた鶏たちを、ショウは左の回転式拳銃でもって追撃した。
「紅蓮星」
立て続けに三度ほど。回転式拳銃から、火球が三つ吐き出される。
放たれた火球は三匹のヒヨコにぶち当たり、ピヨピヨという断末魔を上げながら三匹のヒヨコは焼き鳥にされてしまった。
「へえ、やるじゃねえか」
呑気に呟くユフィーリア。
巧みに炎を操り、寸分の狂いもなく火球をぶち当たる射撃の腕前は見事の一言に尽きる。ユフィーリアは射撃に自信がある訳ではないので、彼の凄まじい戦いぶりに口笛で称賛した。
少年の戦いは続く。消し炭になったヒヨコの亡骸を蹴飛ばして、逃げようとしていた鶏の背中に向かって火球を放つ。あっという間に火だるまとなった鶏はジタバタと暴れながら「こけ、こけ、コケーッ」と叫びながら死んでいった。
我が子を殺された恨みか、親鶏がショウに向かって鋭い嘴を突きつけてくる。だがショウは飛び退いて嘴を回避すると、
「失せろ」
短い、そして残酷な一言。
嘴を空振させた鶏の顔面に回転式拳銃を突きつけたショウは、問答無用で引き金を引いた。全身を炎に包まれることとなった鶏は、哀れ自分の子供と同じ運命を辿ることになってしまった。
バサバサと飛ぶ機能を有していない翼を動かして逃げようとする鶏の群れに、ショウがトドメを刺す。
「全て灰になれ」
ショウを中心として、紅蓮の炎が爆発する。
地表を舐めるように炎が溢れて、ヒヨコや鶏を焼き殺していく。逃げようとしてもすでに遅く、地上を舐めるように広がっていく火葬の脅威から誰も逃れられなかった。空に逃げ帰ろうとした鶏は、自分が飛べないことを理解していなかったのか墜落してやはり消し炭になった。
呆気なく片付いた天魔の群れに拍子抜けするユフィーリアだが、ショウの炎からギリギリのところで逃れたヒヨコを発見する。恨みがましいつぶらな双眸でショウを睨みつけたヒヨコは、死骸の群れで立ち尽くすショウに突撃しようとしたが、
「残念、俺のことも忘れんなよ」
地面を蹴飛ばしてヒヨコに肉薄したユフィーリアは、目にも留まらない速度で抜刀する。黒鞘から抜き放たれた薄青の刃が、ヒヨコの首を綺麗に落とした。
消し炭だけが転がる戦場に、生々しい音を立ててヒヨコの死骸が転がる。刃に付着した血糊を払い落として納刀すると同時に、ユフィーリアは背後でなにかが倒れる音を聞いた。
「おい、お前ッ!?」
消し炭となった鶏たちの死骸の中心で、ショウがぺたりと座り込んでいた。
慌てて駆け寄ると、彼はなんだか苦しそうにその儚げな美貌を歪めている。
「どうした? どこか怪我か?」
「怪我ではない、が……」
ぐぅぅぅ、と。
静謐に満たされた戦場に、間抜けな音が落ちる。
一瞬だけ思考回路が停止しかけたユフィーリアは、思わずショウの薄い腹へ視線を落としていた。彼は腹を押さえて、細々とした声で訴えてくる。
「……腹が減った」
「……なんで?」
「俺の異能力である『火葬術』は、俺の体力を消費する」
「で?」
「使えば使うほど、腹が減る」
ぐくぅ、とショウの腹が合いの手を入れるように鳴く。
ふと、ユフィーリアはショウが大衆食堂で大盛りのオムライスを掻き込んでいたことを思い出した。あれは単に彼自身が大食いだからではなく、少しでも体力を回復する為の行動か。
「まあ、大群は片付いたし一度【閉ざされた理想郷】に戻るぞ。歩けるか? 歩く気力があるなら補助ぐらいしてやっから掴まれ」
「すまない……」
ショウに肩を貸してやり、ユフィーリアは【閉ざされた理想郷】にある本部に戻ろうとして。
――べちゃ、と。
背後で、そんな音を聞いた。
それは高いところからなにか水っぽいものが叩きつけられたような、そんな音で。
背筋を撫でる冷たい感覚に、ユフィーリアは肩を貸していたショウを振り払った。唐突に地面へ叩きつけられることとなったショウは「うぐッ」と呻くが、ユフィーリアはそれどころではなかった。
振り向きざまに、ユフィーリアは大太刀を抜き放つ。黒鞘から放たれた薄青の刃は、透明ななにかを断ち切った。
「水ッ!?」
ユフィーリアは驚愕する。
頰に触れた液体は紛れもなく水だが、この辺りには川もなにもない。雨が降るような気配もなく、ならば水をぶっかけてくる相手は――。
「ほう、あれを切るか。さすが最強の二文字を背負うだけある――【銀月鬼】よ」
嗄れ声がユフィーリアの耳朶に触れた。
消し炭となった同胞たちの屍を踏みつけ、透明な二足歩行の虎が立っていた。左右に引き裂けた大きな口からは、やはり透明な牙が覗く。しかし透明なのは表面だけで、臓器や血管などは丸見えになっている気持ち悪い姿をしていた。
液状生物と虎をかけ合わせたかのような悍ましい姿の虎は、ギョロリと眼球を動かしてユフィーリアと地面に座り込んだままのショウを睨みつける。
「同胞をこれほど殺すとは、天魔の風上にも置けん奴め」
「誰と勘違いしてるのか分かんねえが、俺は【銀月鬼】じゃ――」
ない、という言葉は咆哮によって掻き消される。
横から水で作られた虎が牙を剥き、ユフィーリアに襲いかかる。大太刀を顔面に叩きつけるとバシャンと水飛沫を散らして消えるが、水滴が再び集合して虎の形を作り直してしまう。居合斬りや物理攻撃は通用しないという訳か。
極大の舌打ちをしたユフィーリアに、ショウの細々とした声が投げかけられる。
「ユフィーリア・エイクトベル……ここは、逃げるべきでは……」
「馬鹿野郎、ここで逃げてたら男が廃る」
ユフィーリア・エイクトベルは元男性である。
天魔最強と名高い【銀月鬼】と契約をして、異能力も戦闘力も容姿も同胞に抱く憎悪さえも引き継いだ。今は女性であっても、矜恃と性癖は男のままだ。
ここで敵前逃亡をすれば男として負けだ。ならば、立ち向かうのみだ。
「ほう。【銀月鬼】ではないとすれば、汝は一体誰だ?」
「冥土の土産に教えてやるよ、耳の穴かっぽじってよーく聞いてな」
大太刀を鞘に納めたユフィーリアは、水の虎に引き裂くような微笑みを見せて、
「俺の名前はユフィーリア・エイクトベル――【銀月鬼】と契約した元男だッ!!」
バサッと黒い外套を翻すと、はためく裾の下からストトンとマスケット銃が滑り落ちてくる。全てが銀色に塗り潰された、まるで玩具のようにも見える代物である。撃鉄の部分に赤い石が埋め込まれていて、銃身にはなにやら複雑な溝のようなものが刻み込まれていた。
ユフィーリアは左手でマスケット銃を拾い上げると、水の虎に銃口を突きつける。狙うは、その透明な皮膚の下で脈動する心臓だ。
「あばよッ」
ユフィーリアは引き金を引く。
すると、マスケット銃の撃鉄部分に埋め込まれた赤い石が砕け散り、銃身に刻み込まれた溝を赤い光が駆け抜ける。銃身を駆け抜けた光は銃口に集束し、一条の光となって放たれた。
――明後日の方向へ。
「…………」
「…………ノーコン」
「うるせえ!! 久々なんだよ!!」
ポツリと呟いたショウへ振り返り、ユフィーリアは叫ぶ。
「つーか体力切れでへたり込んでる根性なしよりマシだな!!」
「心外な。俺の方が先程のマスケット銃は上手く扱える」
「なにに張り合ってるんだよ、あれは俺の装備だっつの誰が譲るか!!」
「汝等……ちとお遊びが過ぎるぞ……」
異様に低い嗄れ声が聞こえてきて、ユフィーリアとショウの視線が移動する。
透明な虎が俯き加減でブルブル震えていて、そのすぐ側に水で作られた虎が次々と作り出されていく。一匹、三匹、五匹と順調に増えていき、それに伴うようにしてぐるるるぐるるると呻き声の合唱が――。
「調子に乗るなよ、人間風情が!! この【水虎】に敵うとでも思うてか!!」
透明な虎――【水虎】が叫ぶと同時に、水の虎の群れがまとめてユフィーリアに襲いかかってきた。さすがにあの数をまとめて相手をするとなると多少の心構えが必要なので、ユフィーリアは逃げることにする。
へたり込んでいたショウを担いで水の虎に背を向けると、
「逃げるのは男が廃るのではなかったのか」
「戦略的撤退だ役立たず!!」
やっぱりこの少年とは気が合わない――そんなことを思いながら、ユフィーリアは【水虎】の前から逃げ出した。




