第10話【ここから再出発しよう】
空をふよふよと移動して、ショウの奪われた【火神】が帰ってきた。
手のひらですくってやると、ほんの少しだけどくどくと脈動していて、とても暖かい。ショウは【火神】を静かに見下ろすと、まるで水でも飲むかのように口の中へと流し込んだ。
熱いなにかが、喉を通り越して胃の腑へと落ちていき、全身が満たされていくような感覚が走る。ぞくぞくとした感触に身震いをすると、遅れてカツンと石ころを蹴飛ばす音を聞いた。
「よう、ショウ坊。完全復帰、おめでとさん」
「ユフィーリア……」
最後に菖蒲へトドメを刺したのは、ユフィーリアだった。
少しだけ疲れた様子の銀髪碧眼の美しい相棒は、いつもとは違う大太刀を引きずっていた。白鞘に納められた大太刀で、いつもの愛刀はきちんと腰の帯刀ベルトに突き刺さったままだ。
ユフィーリアは自分が持つ別の大太刀に視線が集まっていることに気がついて、カタカタと白鞘に納められた大太刀を揺らす。
「【銀月鬼】から借りた神器だ。こいつを使うと、絶刀空閃を使ってもぶっ倒れねえ」
「ならば、いつもそれを使えばいいだろう」
「この刀は軽すぎんだよ。それにこいつは苦楽を共にした相棒だぞ、簡単に手放せる訳がねえだろ」
コンコンとユフィーリアは帯刀ベルトから吊り下げられた大太刀を軽く叩く。
ショウが「そうか」と応じると、彼女は言いにくそうに銀髪を掻きながら「あー」と唸った。
「悪かったな、今までこんな自分勝手な相棒に付き合わせてよ。――お前にも酷いことを言っちまったし、幻滅したんなら一緒にいなくてもいい。すまなかった」
そう言って、彼女はあろうことか、頭を下げたのだ。
これには周囲が驚いていた。グローリアも紫色の瞳が零れ落ちんばかりに見開いて、「えええええ!?」と叫んでいた。補佐官のスカイなんかは使い魔を取り落とす始末だし、エドワードやハーゲンやアイゼルネなどの戦友は「頭下げた!?」「てか、謝った!?」「明日は槍が降ル♪」と驚いていた。
彼女が謝ることではないのだ。むしろ、謝らなければならないのは――。
「顔を上げてくれ、ユフィーリア」
言われて、ユフィーリアはゆっくりと顔を上げる。
彼女はご機嫌を伺うようにショウの赤い瞳を見上げ、それから「……なんだよ」とやや沈んだ声で応じる。
「俺も悪かった。貴様の期待に応えられることができなかったこともあるし、貴様を大いに傷つけた。その点は深く反省するべきだと思う」
ショウはユフィーリアを、大切な相棒を傷つけた。
彼女自身は命令を無視した円滑な相棒関係を築きたがっていたが、自分は命令されたからという言葉を使ってしまった。実際にはそういうつもりは毛頭なかったのに、自分の中にまだ傀儡の部分が残っていた為にそうなってしまった。
でも、今は違う。
【火神】を真正面から捩じ伏せた気高さが、今のショウにはある。誰にも負けない、強い意志がある。
「貴様を傷つけた俺には、その資格はもうないかもしれない。それでも、俺は貴様の相棒でいたい。ユフィーリア・エイクトベルの相棒でいたい」
ユフィーリアの青い瞳が、僅かに見開かれる。
「今はまだ弱いかもしれないが、貴様の隣に並べるような立派な相棒になる。――だから、その、俺を相棒でいさせてもらえないだろうか?」
これは、間違いなく自分の意思だ。
誰に命令された訳でもなく、自分のやりたいことを口にしただけだ。
水を打ったように静まり返るその場に、ユフィーリアのため息が落ちた。やはりダメなのか、とどきりと心臓が跳ねたが、彼女の反応は異なっていた。
スッと静かに差し出される右手。視線を辿った先にいる彼女は、快活な笑みを浮かべていた。
「おうよ。お前が立派な相棒になれる日を、先で待ってるぜ」
それに対して、ショウもまたユフィーリアの差し出した右手を掴み返した。
「――ああ、待っていてくれ」
そう言って。
ショウは、久方ぶりに笑った。
それは誰もが見惚れるような綺麗な笑みで、年相応にあどけない表情だった。
☆
全てを静観していたグローリア・イーストエンドは、状況が丸く収まったことに感謝した。
これで本格的に第零遊撃隊が解散ということになったらどうしようかと思ったが、ショウが無事にユフィーリアと仲直りしてくれてよかった。というか、勝手にそんなことになっているとは知らなかった。なんでそんなことになってるんだ。
そんなことを悶々と考えていたグローリアだが、不意に背後から「最高総司令官殿」とやたら他人行儀な呼び方をされる。居住まいを正して振り返ると、八雲神が狐巫女を従えてグローリアの前に並んでいた。
「これはこれは、八雲神殿。お疲れ様です」
「……よもや、まさか本当に倒すとは思わなんだ。御主はいい部下に恵まれておるのう」
「そうですね。それが僕にとっての一番の幸福かもしれません」
グローリアはにっこりと微笑んだ。
八雲神もつられて「カッカッカ」と笑い、
「悪夢の繭は消え去った。儂が懸念していたことはもうない。――で、御主の傘下に下るという話は、まだ有効かえ?」
「え?」
薄紅色の瞳を輝かせた銀髪の狐巫女は、ころころとグローリアの反応を楽しむように笑う。
「儂が御主の誘いを断ったのは、ひとえに悪夢の繭が巣食っていたからじゃ。それがなくなれば、儂の懸念事項もなくなるものよ」
「いいんですか、僕の利用されても?」
「構わんよ。むしろ、そのぐらい清々しいほどの正直であれば、儂も気分は悪くない」
よろしく頼むぞ、と八雲神が手を差し出してくる。
グローリアは朗らかな笑みを浮かべたまま、八雲神の手を握り返して「こちらこそ」と迎え入れた。
当初の目的は達成され、激戦は幕を下ろしたのだった。




