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SkyFall/Fantasma  作者: 山下愁
Wars:4 紅蓮の帰還者

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第6話【彼の帰還】

 今まで、幾度となく絶体絶命の危機に瀕してきた。

 三〇体前後の天魔に囲まれたこともあったし、生活費を全部賭け事に使ってしまって水と奪還軍本部で食べられる昼飯だけで命を繋いだこともあった。

 ここ最近の任務は危険な代物ばかりで、王都を奪還した時は猛毒の中を一〇分にも渡って歩き回ったし、海に浮かぶ商業都市では絶望を糧とする巨大な天魔てんまと戦った。何度攻撃しても再生してしまうなんて天魔にはよくあることで、頑丈な天魔だからこそなせる技かと納得している部分さえもあった。

 だから今回も同じこと。作戦があって、仲間がいれば、多少の不安があっても乗り越えられるだろうとは考えた。

 ――結論として、その考えは愚かだったのだが。


「あーあ、本当に損な役回りだよなァ。どういう風に生きたらこんな展開になるんだよ」

「日頃の行いじゃない? 具体的に言えば、今月の家賃払ったの?」

「踏み倒した」

「屑だねぇ。じゃあこれは天罰だよぉ」

「だったらお前はどうなんだよ。この状況に巻き込まれたってことか? 俺だけに責任を押しつけるのはおかしくね?」

「俺ちゃんは健全だもーん、ちゃんと家賃も払ってるしぃ」

「この前イケメンの天魔がいたって、しつこくケツを追いかけ回したことは知ってるからな」

「な、何故それを!?」


 ユフィーリアとエドワードのなんでもない会話が繰り広げられ、しかし二人の目は死んだ魚のように虚ろである。会話だけ見れば他愛のない雑談なので随分と余裕があるようにも受け取れるだろうが、実際には現実逃避をしているだけだ。

 彼らが今いる場所は、悪夢の繭に程近い崩れかけた社の屋根の上だった。

 そしてその周りには、悪夢の繭の根がこれでもかと這いずり回っていた。つまり取り囲まれていたのである。

 二人して膝を抱えて遠い目をしながら、平坦な声で「あはは」とか「うふふ」とか笑っている。常識ある人が目撃したら、確実に精神科の受診を勧めるぐらいに、彼らの今の状態はやばいの一言に尽きた。


「……エド、これ飛び越えられない?」

「ユーリ投げてくれる?」

「おう、虚数の彼方までぶっ飛ばしてやるから歯ァ食いしばれ」

「なんで拳を構えるかな? 俺ちゃん死んじゃうよ?」

「お前を殺して俺は生きる」

「屑!! 本当に屑だねぇ!! 俺ちゃんはユーリの質問に答えただけでしょ!?」


 たしん、たしん、とエドワードは怒った様子でふさふさの尻尾を社の屋根に叩きつけるが、威嚇するように鎌首をもたげた悪夢の繭の根に「ひええッ」と悲鳴を上げると、ユフィーリアの背後に隠れた。ご丁寧に頭を抱えている状態である。

 ユフィーリアはそんな彼の頭を軽く引っ叩き、呆れた様子で言う。


「変な真似はやめろ」

「あ、バレた?」

「バレるだろ。怖がり方がわざとらしい」

「いやー、もうこうして冗談でも言ってないと本当に精神的に参っちゃうんだよねぇ。怖いのは確かだよ? だって陽動が通じないんだもんねぇ」


 舌を出して笑うエドワードに、ユフィーリアは「だよなァ」と半ば諦めたように返した。

 通常の天魔であれば通用するはずの戦術が、ことごとく通用しないのだ。誰も彼も一生懸命に己を振るい立たせて悪夢の繭と対峙しているが、その成果は芳しくない。ユフィーリアも何度か切断術を叩き込んでやったが、そのたびにあらぬ方向から根っこがすっ飛んできて襲いかかってくるのだ。

 エドワードも陽動として四方八方に走り回ったのだが、根っこが囮に食いつくことはなかった。エドワードの本来の仕事は陽動や奇襲であり、それらが通用しないとなるとできることは大幅に狭まる。


「いっそ本体に切断術でも叩き込んでやったらぁ?」

「もうやった」

「結果は?」

「ダメだ。視界に根っこが入ってきて、そっちに邪魔される」


 視界に入った如何なるものでも切断する『切断術』だが、()()()()()()()()()()()()()()()()という欠点がある。目的のものをしっかりと視線の先に置かなければならず、そこに邪魔が入れば意識がそちらに傾いてしまい、攻撃が失敗に終わる。

 悪夢の繭の根は本体を守るように何度もユフィーリアの視界に入り込んできて、そのたびにユフィーリアは根を切断する羽目になった。もういっそ面倒になってきた。

 社を取り囲む悪夢の繭の根をどうやって対処するか、とユフィーリアが考えていると、ふとエドワードがこんなことを言い出した。


「ショウちゃんならさ」

「あ?」

「できたんじゃないかなぁ。これらを焼き尽くして、根っこもなにもかも焼き尽くせば、打開できたんじゃないのかなぁ?」

「あいつの術式は生きている奴限定だぞ。あれどう見ても植物とか得体の知れない奴だろ、ンなモンにあいつの術式が通じる訳がねえだろ」


 ユフィーリアは厳しい口調で一蹴する。

 確かに、ショウの術式であるならば広範囲に渡って悪夢の繭の根を焼き尽くすことができるだろう。彼はそれだけの実力を有している。

 だが、そんな希望的観測ではこの状況を打破することなどできやしない。ユフィーリアは仕方がないとばかりにため息を吐くと、立ち上がって社を取り囲む悪夢の繭の根を見据えた。


「エド、走れるか?」

「走ろうと思えば走れるけど、なにする気なのぉ?」

「『絶刀空閃ぜっとうくうせん』で切り開く。お前は走ってグローリア呼んでこい」

「ダメだよぉ!?」


 エドワードが弾かれたように立ち上がって、銀灰色の瞳を見開いて叫ぶ。犬歯を剥き出しにして怒った様子の彼は、ユフィーリアの選択を否定する。


「ユーリはなにを考えてる訳ぇ!? お前さんが戦えなくなったら、悪夢の繭を倒すのは誰がやるんだよぉ!! 八雲神やくもがみに奥の手を使わせる訳にはいかないって言ってたでしょぉ!?」

「使わせる訳にはいかねえ。けど、俺が決定打にならなくてもいいだろ」


 奪還軍は誰も彼も優秀な天魔憑てんまつきだ。きっとユフィーリアが活躍の場を潰しているだけで、悪夢の繭と互角に渡り合えるだけの実力を有している何某がいるかもしれない。

 だから、ユフィーリアはその可能性に賭けることにした。

 大太刀の鯉口こいくちを切り、ユフィーリアは真剣そのものの表情で言う。


「大丈夫だって。死ぬ訳じゃねえんだ。気絶するだけで、グローリアに拾って貰えりゃ上出来だろ?」

「お前さんはそれでいいのぉ? 悪夢の繭に飲み込まれた菖蒲あやめに、一発ぐらい殴ってやらなくて……だって」

「使える方法は全部使ってやるのが俺だ。――頼む、エド。やらせてくれ」


 ユフィーリアのあまりの真剣さに、エドワードはグッと言葉を詰まらせた。迷うように視線をうろうろさせて、それから諦めたように「分かったよぉ」と頷く。

 彼には辛い選択をさせてしまったかもしれないが、これでいいのだ。ユフィーリアは後悔なんてしていないし、きっと誰かが悪夢の繭を片づけてくれる。

 静かに瞳を閉じて、呼吸を整える。徐々にユフィーリアの五感から音や触覚が消え去っていき、そして無音の極地に至ったその時だ。


 ()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ひび割れた空に響き渡る、癪に触る女の声。余裕たっぷりといったような風の彼女の言葉に、五感を置き去りにしかけたユフィーリアの意識が現実に引き戻される。

 この声は、この女は、許してはおけない奴のものだ。

 足の底から溶岩の如く湧き上がってくる激情に任せて叫ぼうとしたが、社を取り囲んでいた悪夢の繭の根が急激に引き上げ、瓦礫の山や氾濫しかけた小川などの荒れ果てた『斗宿ヒキツボシ』の大地が現れる。「さあどうぞ、お通りください」とばかりの相手の態度に、ユフィーリアの苛立ちはさらに増した。


「……ユーリ」

「行くぞ、エド。納得できねえけどな」


 舌打ちをしたユフィーリアは、崩れかけた社の屋根から飛び降りて荒れ果てた『斗宿』の地面を歩いていく。その後ろを、エドワードが不安そうな足取りでついてくる。

 ふざけた真似をしやがって。

 苛立ちが現れるかのようにドスドスと足を踏み鳴らして、ユフィーリアは堂々と歩進んでいった。


 ☆


 そうして歩いた先で、ユフィーリアとエドワードはようやく奪還軍と八雲神と合流することができた。奪還軍の面々はユフィーリアとエドワードの二人組を目の当たりにすると、安堵したような表情で「無事だったんだな」「生きててよかった」などと口々に言う。

 真っ先になにか言ってくるだろうと思っていたグローリアは、急に大人しくなった悪夢の繭を睨みつけたまま微動だにしない。スカイもそのすぐそばに姿勢悪く立っていて、使い魔たる巨大なからすたちに上空から悪夢の繭の調査をするように命令していた。


 揃いも揃って怖いお顔。

 この子が泣いてしまいます。


 唐突に聞こえてきたその声に、ユフィーリアは弾かれたように顔を上げる。

 聞き覚えのある女の声。紛れもなくそれは、悪夢の繭を暴走させるきっかけを作り、ショウから【火神ヒジン】を奪った張本人のものだ。


「菖蒲……!!」


 憎悪の色が滲むその声に、悪夢の繭から発されるだろう菖蒲の声はくすくすと笑って対応した。


 怖い怖い。

 どうしてそう睨むのですか?

 貴女様は笑った方が素敵だと思いますけれど。


「君のような子に笑うなんてもったいないよ」


 菖蒲の冷やかしに応じたのは、グローリアだった。

 妖しく輝く紫色の瞳で悪夢の繭を睨みつけ、彼は携えた懐中時計が埋め込まれた大鎌をくるりと回し、その石突いしづきで足元の地面を叩く。


「随分な真似をしてくれるじゃないか、菖蒲ちゃん。馬鹿にしているつもりなのかな?」


 馬鹿にしているだなんて、そんな訳ありません。

 ただほんの気まぐれです。

 他人の優しさを疑いますと、将来的に敵を作りますわ。


「君の優しさなんて、敵から塩を送られるようなものだと思うけどね。少なくとも僕にとっては屈辱だよ」


 グローリアが吐き捨てるように言う。

 ユフィーリアもまた、彼の言葉には大いに賛成だった。悪夢の繭の根を退かせるということは、せっかく切り札を使おうとしたユフィーリアにとっても屈辱以外の何物でもない。馬鹿にしているとさえ言えるだろう。

 ――どうせお前は無力なのだから、このぐらいはしてやろう。そう言っているようにも聞こえたのだ。


「……ッざけんじゃねえぞ、クソアマ。『斗宿』を壊すわ、馬鹿にしてくるわ、挙げ句の果てにショウ坊の奴から【火神】を奪いやがってこの野郎。絶対に許すか三度ぐらいぶっ殺してやる!!」

「え、ちょ、ユーリ!?」


 エドワードの制止を振り切るようにして、ユフィーリアは走り出した。ちょうど悪夢の繭の根も退いて、菖蒲を擁する本丸までは一直線に行ける。

 誰もが目を剥いて驚いただろう。菖蒲にとっては飛んで火に入るなんとやらである。馬鹿正直に一直線で突っ走ってくるユフィーリアなんて、格好の餌でしかない。

 しかし、ユフィーリアも対策をしないで悪夢の繭に突っ走る訳ではない。風の如く走りながら外套の内側から小さな紙を取り出して、それを口の咥えた。トランプのカードよりも小さい、本当に紙切れと呼んでも差し支えないその紙面には、呪文のような文字が走り書きされていた。

 ユフィーリアは、咥えたカードの紙面を指先でなぞる。すると紙面に描かれた文字が淡い緑色に輝いて、紙面から滑り出てくると走るユフィーリアの周りを取り囲み始めた。


「『聖女の微笑みの讃美歌を』」


 ユフィーリアの詠唱に反応するようにして、緑色の文字が増殖して幾何学模様を織り成していく。


「『魔女の破瓜に盃を』」


 幾何学模様は二つ、三つと数を増やしていき、合計で一五個となった。

 一五の幾何学模様は、ユフィーリアの背後に控えるようにして滞空する。


「『銀狼の咆哮に弾丸を』!!」


 そしてユフィーリアの詠唱は最後を迎えた。

 背後に滞空していた幾何学模様の中心が揺らめいて、銀色の銃身がずるりと伸びてくる。銃身には流れる水のような溝が刻み込まれていて、ユフィーリアの装備の中にあるマスケット銃と酷似していた。


「――銃火が告げる勝利の鐘(エンドネストラーレ)!!」


 最後の言葉を引き金とし、幾何学模様から作り出された一五のマスケット銃が一斉に火を噴いた。

 一五発の弾丸が射出され、目の前に聳え立つ悪夢の繭の幹――ぽっこりと膨れた部分に、全ての弾丸がぶち当たる。だが、傷一つ見当たらない悪夢の繭は、ユフィーリアの攻撃が通用していないことをまざまざと見せつけていた。


「チッ、まさかこの攻撃も通用しね――()()()!?」


 悪態を言い終わる前に、ユフィーリアは喀血かっけつした。

 喉の奥が焼けるように熱い。全身の血管を無理やり引き千切られたかのような激痛と目眩がユフィーリアを襲い、体をくの字に折り曲げて口から鮮血を吐き出した。

 やりすぎたか。

 ユフィーリアは少しだけ後悔した。天魔憑きになってからはこの手を使うことはなかったのだが、まさかここまで酷い拒否反応が出るとは思わなかった。


 それはそれは、恐ろしいものをお使いになられますのね。

 天魔殺しの魔導書――そのページではございませんか。

 でも、天魔の身の上でありながらそのような悪手を取るとは、【銀月鬼ギンゲツキ】ともあろう貴女様が珍しいものですね。


 傷一つついていない菖蒲は、馬鹿にしたように言う。

 ユフィーリアが使った先ほどの紙切れは、天魔を殺す為に人間が作った呪詛の塊のような魔導書だ。そのページに記載された呪文を唱えれば、天魔がバタバタと倒れて死んでいくという眉唾のような話である。

 ユフィーリアはこの原典オリジナルを見たことがあり、それらのいくつかの呪文を書き写したのだった。別に字が読めなくても書き写す程度であれば、学がなくてもできるものだ。簡易の呪符のようなものとして、ユフィーリアがまだ人間だった頃に切り札として用いていた訳である。

 そして、当然ながらこの魔導書を、中途半端とはいえ天魔の状態であるユフィーリアが使えばどうなるか。

 答えは体に拒否反応が出ることになってしまうのだ。


「こんな、ところで――!!」


 口の中に溜まった鮮血の混じった唾を吐き捨てて、ユフィーリアは大太刀を抜き放つ。目の前に見据えた悪夢の繭を切断したはずが、守るようにして根っこが素早く伸びてきて、ユフィーリアの視界を邪魔した。

 容易く切断されたのは根っこだけで、ばたりと根っこの端が地面に落ちてくる。根元の方は切断された箇所から再生が始まり、いまだ蠢いていた。

 ユフィーリアは舌打ちをすると、痛みが残る足にむちを打って走り出す。

 痛みなどこの際どうでもいい。

 この女だけは絶対に許さない。

 エドワードには「他に託す」的な発言をしたが、前言撤回だ。この女だけは一発殴るとは言わずに、三度殺しても足りないぐらいだ。


「――おおおおおおあああああああああああああッ!!」


 裂帛れっぱくの気合と共に、ユフィーリアは跳躍した。

 地面を蹴飛ばして空中を舞うと、彼女は抜き放ったままの大太刀を逆手に持ち替えて、ぽっこりと膨れた悪夢の繭の幹に薄青の刀身を突き刺す。

 ずぶずぶと肉を引き裂くような柔らかい感触が、大太刀を通じてユフィーリアの手のひらへと伝わってくる。その不快感に顔を顰めたユフィーリアだが、そこで気づいた。


 あら、こんにちは。


 なんでもない様子で挨拶をする菖蒲が、目の前にいる。

 薄青の刀身を突き刺したはずだが、その刀身がなにも傷つけていない様がよく見えた。

 ()()()()()()()

 妊婦のように膨らんだ悪夢の繭の幹だが、ユフィーリアの眼前に広がっているものは木の質感を持っていない。透明な膜の中は羊水で満たされて、その中に触手で繋がれた菖蒲とその中を揺蕩たゆたうなにかがいた。

 そのなにかは、人の形をしていなかった。液状であり、もやであり、獣のようであり、しかしこの世のどんな生物にも当てはまらない不可解で不思議な姿形をしている。

 言葉で表すことはできないが、一つだけ確かな情報がある。

 それがなんであれ、どんな姿をしていようと、おぞましいものには変わりはないのだと。


「こ、の!!」


 せめて菖蒲だけでも傷つけられないものかとユフィーリアはさらに大太刀を押し込めるが、突き刺さった大太刀に不快感を表したのか、悪夢の繭が唐突に震え出した。

 落ちないようにと突き刺さった大太刀に縋りつくユフィーリアは、その時、なにかに足を掴まれてしまった。

 見れば、悪夢の繭の幹からなにやら触手のようなものが伸びている。ユフィーリアの足に絡みついたそれは、ユフィーリアを膨らんだ腹の中に引きずり込もうとしているようだった。


「離せコラ!!」


 触手を振り解こうとするが、なかなか上手くいかない。なんとか引きずり込まれないようにと足をバタバタと振り回すも、それも今一つの効果だ。

 今日で何度目か分からない舌打ちをしたユフィーリアは、大太刀を引き抜いて体勢を立て直すかと決め、大太刀を引き抜こうと腕に力を込める。が、


「――ッ!!」


 すぐ近くから触手が伸びてくると、ユフィーリアの腕にぐるりと巻きつく。右手だけではなく左手にも巻きついて、ユフィーリアは完全に悪夢の繭から離れることができない状態になってしまった。

 透明な膜の向こう側で笑う菖蒲は、ユフィーリアの状態を歓迎しているようだった。


 よかったですね。

 我が子が、貴女様を大層気に入ったようです。

 貴女のことを食べてしまいたいぐらい、大好きだと。


 どきり、と心臓が跳ねる。

 このまま悪夢の繭を引き剥がさなければ、ユフィーリアはこの得体の知れないものに食われて死んでしまう。そんなのは嫌だ。

 死にたくないという感情以前に、ユフィーリアはショウの【火神】を取り返してやらなければならない。もっと自分が上手く動けていれば、ショウだって【火神】を奪われるようなことはなかったのだ。

 ――そう、自分がもっと上手く、上手くやれていれば。

 ――()()()()()()()()、だなんて口走らなくてもよかったかもしれないのに。


「食われて、たまるか、よ」


 みしり、と骨が軋むぐらいにユフィーリアは力を込めた。

 無理やり触手を千切れば、確実にユフィーリアの体が傷つく。腕の筋肉が切れるか、関節が外れるか、最悪の場合は腕ごと持っていかれるかもしれない。

 それでも死ぬ訳にはいかなかった。

 まだ、ショウに謝ってないのだ。


「こんな、ところで!! 誰が!! 死ぬかァッッッッ!!!!」







「ユフィーリアを離せ、このアバズレが!!」






 聞き覚えのある凛とした声が罵倒の言葉をなぞり、次の瞬間、紅蓮の炎が的確にユフィーリアの腕と足に巻きついていた触手を焼き払う。

 思考回路を回すより先に、ユフィーリアは大太刀を引き抜いて戦線を離脱していた。重力に従ってユフィーリアの体は地面めがけて落下するが、不思議と焦りも怯えも恐怖もなくなっていた。

 ああ、帰ってきたのかと。

 あれほど酷い言葉を連ねて、酷い態度も取ったというのに、帰ってきてくれたのだと。


「遅えよ、ショウ坊」


 果たして、遠くに佇む彼には届いただろうか。

 いつもとは違う赤々と燃える回転式拳銃リボルバーを握りしめ、艶やかなポニーテールを飾る赤い髪紐に括りつけた鈴がちりんと涼やかな音を奏でる。

 口元を引き結び、能面のような無表情のまま、赤い瞳の少年は告げた。


「待たせた、ユフィーリア」


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