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SkyFall/Fantasma  作者: 山下愁
Wars:3 悪夢の繭

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第3話【『斗宿』へ行こう】

「『斗宿ヒキツボシ』だァ? おいおい、グローリア。お前はあんな眉唾を信じてんのか?」


閉ざされた理想郷(クローディア)】の第一層に存在するアルカディア奪還軍の本部に、ユフィーリアの訝しむ声が響く。

 一階の大衆食堂は本日もお祭り騒ぎで、待機を命じられた同僚の天魔憑きがカードゲームやら猥談やらに興じていた。それらを横目に二階の上官殿の部屋へと向かったユフィーリアとショウの第零遊撃隊は、上司から告げられた行き先に盛大な疑問を抱いた。

 神宮『斗宿』の話なら、ユフィーリアも聞いたことがある。

 最古の天魔の一体に数えられる【白面九尾ハクメンキュウビ】が取り仕切る都であり、東の果てに存在すると言われている幻の霊殿だ。地図上に存在せず、噂に尾ひれや背びれがついただけのおとぎ話でしかないと思っていたが――。

 数多の戦術書が床に散乱する部屋の主である最高総司令官――グローリア・イーストエンドは、変わらず朗らかとした笑みを浮かべながら「眉唾じゃないよ」と否定してくる。


「確かに僕も眉唾だと思ってたんだけどね、スカイが招待状を持ってきてくれたんだ」

「あいつが書いたんじゃね?」

「面倒くさがりのスカイが、わざわざ墨まで使って招待状を偽造すると思う?」


 はい、証拠。

 そう言ってグローリアが手渡してきたのは、立派な巻物だった。試しに広げてみると、年季の入った紙面には確かに墨を使った達筆が綺麗に整列していた。

 しかしユフィーリアは文字が読めないので、紙面を無言でショウに見せる。言わずとも理解してくれたショウは、紙面に並んだ文章を読み上げた。


「補佐官殿よりお話は伺いました。我が神殿『斗宿』にお招きしたいと思います」

「はーん、なるほどな。確かに信憑性は高い」


 しかし、新たな問題が浮上する。

 招待するとは書いてあるものの、この『斗宿』の居場所がどこにも書かれていないのだ。巻物には簡素な文章が並んでいるだけで、地図すら書かれていない。

 不親切極まりない招待状を貰ったにもかかわらず、グローリアは特に気にした様子はない。むしろどうやって【白面九尾】を奪還軍に引き込むか、それを考えているようだ。

 ユフィーリアはこっそりと、隣で直立不動の姿勢を維持するショウに耳打ちする。


「ついにグローリアが壊れたな」

「一週間の徹夜を何度も繰り返しているようだ。疲れているのだろう」

「僕はいつだって正気だし、徹夜してるのは三日ぐらいです!! 最近はちゃんと寝てるんだからね!!」


 部下に正気を疑われて憤慨するグローリアだが、そもそも徹夜をしないという選択肢はないのだろうか。仕事中毒も大概にしてほしいものである。

 ユフィーリアとショウによる哀れみの目線を問答無用で無視して、グローリアは「そこで」と話題を強制的に軌道修正する。


「君たちには僕の護衛として、この『斗宿』まで同行してほしいんだ」

「拒否したところで、どうせ『空間歪曲ムーブメント』を仕掛けてでも連れてくんだろ」

「よく分かってるじゃないか」


 なにがよく分かっているだろうか。事実、そうするしか彼には手段がないはずだが。

『空間歪曲』と聞いて、ショウの表情が若干強張った。それもそのはず、以前アクティエラを奪還する際に高高度から命綱なしで叩き落とされたのだ。その心的外傷トラウマがいまだに彼の心を蝕んでいるのだろう。高所恐怖症になってもおかしくない経験だった。

 まさかまた『空間歪曲』によって高高度から叩き落されるのではないかと思ったらしいショウが足元を警戒するが、ユフィーリアは「落ち着けショウ坊」と狼狽えた様子のショウに言う。


「その時は俺の大太刀でこの阿保司令官の首を落としてやるから」

「僕死ぬ前提なの?」

「了解した。その暁にはイーストエンド司令官の葬儀は任せてほしい」

「そして葬儀されちゃうの!? やめてよまだ死にたくないよ!!」

「じゃあ殺させるような真似はしてくれんなよ、グローリア。高高度から叩き落としたらどうなるか分かってんだろ?」


 見せつけるように腰からいた大太刀の鍔を指先で押し上げるユフィーリアに、グローリアは言い訳をするように「そんなことしないって」と叫んだ。

 さすがの天才司令官でも命の危機を悟ったのだろう。部下から命を狙われるという最悪の結末を免れる為に、それほど鍛えられていない薄い胸板をどんと叩く。


「今度は僕もちゃんと『空間歪曲』で移動するよ。座標の計算もするしね」

「本当かァ? 嘘吐いたらお前、助けてやらねえからな。自力でどうにかしろよ」

「部下から見捨てられるとか人望ないなぁ、僕……」

「この件に関しては過去のお前を恨め。クソ真面目なショウ坊にすら庇ってもらえないってことを自覚しろよ」


 しくしくと嘘泣きを披露する上官を相手に、ユフィーリアはなおも不遜な態度を貫く。ショウもさすがにグローリアを庇うことはせず、ただ沈黙を保っていた。

 数秒前までは(出てもいない)涙を拭う仕草を見せていたグローリアだが、司令官室の下部に取りつけられた潜り戸から猫の怪物が滑り込んできたことで、嘘泣きをピタリとやめる。変わり身の早さにユフィーリアは若干引いたが、猫の怪物を介して聞こえてきたもう一人の上官の気怠げな声でようやく思考回路を仕事用へと切り替える。


【位置の割り出し、終わったッスよ。――あー、ユフィーリアとショウ君は本当にご苦労様ッス。せっかくの休みなのに】

「だいぶ開き直ってきたから大丈夫だ」

「僕の時とだいぶ態度が違くない!?」

「自分の薄い胸板に手を当てて聞いてみろ。答えは出てくるだろ」


 そろそろ本気で泣きそうになっている最高総司令官へ追い討ちをかけるように辛辣な台詞を吐き捨て、ユフィーリアはやれやれと肩を竦めた。自分に罪の意識はないのか、この上官。

 積み上げられた戦術書の上にでんと尻を据えた猫の怪物は、他人の視線など気にも留めずに毛繕いをし始めるが、それを介するスカイの声は変わらず気怠げに聞こえてくる。


【位置は東の果ての山奥ッス。結構な山奥にあるんで、グローリアの『空間歪曲』で飛んだ方がいーッスね】

「高高度から命綱なしで叩き落とされなきゃ、俺だって文句はねえよ」

【今回はそういう事態にはならねーんじゃねーッスかね。なんせ移動するのには自分も含まれてッスから。生き汚いグローリアなら自分が組み込まれてるなら絶対失敗はしねーッスよ】

「…………お前って変な方向で信頼されてんのな」


 スカイの容赦のない言葉に、とうとうグローリアは机に突っ伏して本気で泣き始めた。さめざめと泣く様にさすがのユフィーリアも同情の視線を向け、ショウもぽんぽんとグローリアの背中をさすってやる。慰めているつもりなのだろうか。

 二人の部下から辛辣な言葉を貰い、精神状態が若干よろしくない最高総司令官は、愛用している懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を手繰り寄せた。


「……失敗したら、ごめんね……その時は、一緒に死のうね……」


 もし高高度から叩き落とされることになったら、助けてやらねえとやべえな。

 座標計算に対する自信を完全に打ち砕かれてしまったグローリアが『空間歪曲』を静かに発動させる姿を目の当たりにし、ユフィーリアは自分の考えを改めた。


 ☆


 結論から言うと、今回のグローリアによる『空間歪曲』は大成功した。

 歪んだ空間の向こうにはやや湿った地面が存在し、書籍だらけの室内から陰鬱な雰囲気の漂う森の中が広がっていた。

 鼻孔を掠める草木の独特の香りに、ユフィーリアはついに戦場へやってきたのかと実感する。今回は戦う訳ではないが、最高総司令官の護衛ともなれば警戒する必要はあるだろう。


「……無事に着いたのか?」

「接地してるんなら死んでねえってこったな」


 遅れて空間の歪みからおそるおそる顔を出したショウが、眼前に広がる鬱蒼とした森に眉を寄せる。表情は「こんなところに最古の天魔の一体が存在するのか?」と疑問に思っているようだが、ユフィーリアも彼と同じ疑問を抱いた。

 最後にひょっこりと出てきたグローリアは、あれだけ言葉による強烈な一撃を二度も貰ったにもかかわらず、虚空に浮かぶ歪みから出てきた時には立ち直っているようだった。ケロリとした様子で懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を振り、『空間歪曲』を解除する。


「スカイの話だと、この辺りに鳥居があるみたい」

「鳥居だァ?」


 この鬱蒼とした森の中に、そんなものがあるとは思えないのだが。

 ユフィーリアは試しにぐるりと周辺を見渡してみるが、鳥居を形作るものは片鱗すら見えない。どこまでいっても緑、緑、深緑があって緑だ。


「そもそも鳥居ってなによ」

「朱色の門のようなものと思えばいい。この森の中では逆に目立つ」


 ユフィーリアの率直な疑問に、ショウが淡々とした調子で答える。彼もまた『鳥居』を探しているようだが、朱色の門らしきものは見当たらないらしい。

 確かにそれほど明るい色であるならば、いやでも目につく。

 しかし、どこを探しても朱色の門らしきものは見当たらない。木の陰に隠れている様子もなく、代わり映えのない鬱々とした森があるだけだ。


「グローリア、本当にあるんだろうな? 眉唾を信じた結果がこれって訳じゃねえよな?」

「わざわざ招待状を出してきたんだよ。眉唾ではないことは明らかだよ」


 見当たらない鳥居の存在に早くも諦めかけているユフィーリアに、グローリアは自信満々にそう言った。

 わざわざ巻物の招待状をよこしてくるぐらいなのだから、ユフィーリアとて眉唾ではないと信じたいところではある。だが、肝心の入り口が見つからないのだから、件の【白面九尾】は親切心がないらしい。

 見える範囲で存在しなければ、移動するべきだ。ユフィーリアはショウに「グローリアのそばから離れんなよ」と命じて、自分は先に歩くことにする。

 邪魔な雑草を踏み分けて、視界を覆う枝を払い除け、ユフィーリアはひたすら薄暗い森の中を突き進む。


「そういや、なんで急に【白面九尾】を奪還軍に引き入れようってことになったんだ?」

「王都の復興作業がなかなか進まないからだよ。防衛線を築く為に、【白面九尾】の結界が必要なんだ。君たちを動かせば、その分戦力が減っちゃうからね。餅は餅屋ってことだよ」

「……なんで王都の復興作業まで俺らがやんなきゃいけねえんだ?」

「【閉ざされた理想郷】で引きこもってる人間様を地上に立たせる訳にはいかないからね。天魔と出くわしても物ともしない僕たちが代わりに復興作業をしてあげなきゃいけないんだよね」


 なんかグローリアの言葉の端々に棘が混ざり始めたので、ユフィーリアは「そっか、頑張れよ」と強制的に会話を終了させた。これ以上、この話題に踏み込めば彼の黒い部分に触れてしまうような気がした。

 気が滅入りそうな深い森の中を彷徨い歩くこと、およそ五分。湿った地面にも歩き慣れた頃、唐突に視界がパッと開けた。

 鬱蒼と生い茂る木々のせいで陽光すら差し込まなかったはずだが、そこだけは木が一本も生えておらず、明るい陽射しが燦々と降り注ぐ広々とした空間があった。


「――なんだ、あれ」


 ユフィーリアの呟きが、静謐せいひつの中に溶け込んでいく。

 広々とした空間は四方を山に囲まれていて、おそらくここまで到達するには山を越えるか森を抜けるしか方法はないだろう。誰一人としてこんな場所など訪れる気配がないのに、

 ――そこには何故か、色褪せた赤い鳥居がポツンと立っていた。

 空間の隅に立っている訳ではなく、まるでこの開けた空間に建物が造られることを阻むようにどんと真ん中に鎮座している。なにを示しているのか皆目見当もつかず、ユフィーリアたち三人は陽射しを浴び続ける鳥居を見上げていた。


「なんでこんなところに立ってんだ」

「不明だ。周辺に建物の影すら見当たらないのに」


 ユフィーリアの率直な疑問に対してショウが即座に答えを返し、そして二人して首を傾げる。建物が存在しているのであればまだ分かるが、何故鳥居だけがポツンと残っているのか。

 それとも、かつてはここに建物が存在していたが、天魔の襲来に際して壊されてしまい、今は鳥居だけが残ってしまった状態か。――ならば、天魔は何故鳥居だけを破壊しなかったのかという新たな疑問が生まれてしまうが。


「招待されておきながら地図すら寄越されなかったとか……いや、本当にこれって招待されてるって思えんのか?」

「招待されてるって信じたいけどなぁ。迎えられてないのかな、僕」


 敵影も確認できない平和な空間なので、グローリアは護衛の第零遊撃隊を抜き去って鳥居に近寄っていく。なにが起きるか分からないというのに無謀な真似をする上官の背中を、ユフィーリアとショウは慌てて追いかける。

 踏み入れた瞬間に罠が発動しないかと警戒するが、なんの障害もなくすんなりと鳥居に近づくことができた。それでもいつここに天魔が降ってくるか分からない状況なので、警戒は解けない。


「この鳥居が怪しいんだよねぇ。真ん中に立ってるのがおかしくない?」

「天才様と意見が合うなんて、明日は天魔じゃなくて槍が降ってきそうだ」

「ユフィーリア、なんか言葉の端々に棘を感じるよ。悪意ある?」

「ねえな。帰りたい」

「ちゃんと仕事して!!」


 そろそろ本気でやる気をなくしてきたユフィーリアは、警戒を怠らないとは言いながらも完全にだらけていた。

 存在するかどうか怪しい相手からの招待状すら、最初から信用していなかったのだ。いざ目的地まできてみたら、見るからに怪しい鳥居を残して他は更地である。もはやこれは完全に詐欺だ。せっかくの休みを潰してやってきたのだから、こんな詐欺紛いのことはしないでほしかった。

 煙草でも吸おうかと外套の内側から煙草の箱を取り出すと、鳥居の柱のそばにしゃがみ込んでいたショウが唐突に「む?」と声を上げた。


「どうした、ショウ坊。拾い食いはできねえぞ」

「鳥居になにか文字が刻まれているぞ」

「文字ィ?」


 柳眉を寄せたユフィーリアは、火のついていない煙草を咥えてショウの隣にしゃがみ込んだ。促されるままに朱色の塗装が施された鳥居の門を観察すれば、確かにそこには文字が刻み込まれている。


 通りなさい。

 通りなさい。

 これより先は神の世界。

 鳥居の先は神の世界。

 俗世から外れた古き世界。


 通りなさい。

 通りなさい。

 覚悟があるなら通りなさい。

 俗世へ戻れぬ覚悟があるなら通りなさい。

 それができぬなら帰りなさい。


 小さく刻み込まれた詩的な文章は、ユフィーリアでも読める旧字で構成されていた。

 一通りそれらに目を通して、ユフィーリアは納得したように「うん」と頷くと、


「なるほど、分からん」

「分からんのか」

「おっと、ショウ坊。まさか俺に頭脳面での期待を抱いてるな? 残念ながら俺は馬鹿だぞ。自分でも認めるぐらいにはな」


 そもそも統一新語を読むこともできなければ書くこともできないと豪語するほど、ユフィーリアは高等教育を受けていないのだ。独学で頑張れる範囲は限られてくるし、というか文字を読んでいると眠くなる性格なので、読み書きができなくても感覚でいけると思ってしまうのだ。

 自信満々に豊かな胸を張るユフィーリアへ、ショウの湿った視線が送られる。目は口ほどに物を言うとはこのことだろう、確かに彼の赤い瞳は「そんなことを威張るな」と言っているようだった。


「とりあえず、鳥居を潜ってみりゃいいんじゃねえか? 帰れる保証はしねえって書いてあるけど」

「そんな実験みたいなことしたくないよ!!」

「帰れなくなるってだけで、別に死ぬって訳じゃなさそうだぞ。ほれ、潔く行ってこい」

「ユフィーリア、ちょっと楽しんでるよね!? 帰れなくなるっていうのは困るんだけど!!」


 ニヤニヤとした笑みを浮かべるユフィーリアは招待状を貰った張本人であるグローリアを鳥居の向こう側へと引きずり込もうとするが、グローリアは両足を踏ん張ってユフィーリアの剛腕に抗った。元からそれほど力を出していないので、ユフィーリアとグローリアの力は拮抗する。意地でも鳥居を潜ろうとしないグローリアを鳥居の向こう側に連れて行く為、ユフィーリアは徐々に力を込めていく。

 はた目から見れば、駄々を捏ねる子供を引きずる母親である。そういえば【閉ざされた理想郷】にある病院の前で、同じようなやり取りしていた親子がいたような気がする、とユフィーリアは頭の片隅で考えていた。

 自分の力ではユフィーリアに敵わないと見るや、グローリアは握りしめた招待状の巻物をユフィーリアに押しつける。いきなり手渡された巻物をほぼ反射的に受け取ってしまった為に、ユフィーリアの思考回路に一瞬の空白が生まれてしまう。その隙を見逃すグローリアではなく、すかさず彼はユフィーリアの肩を押してくる。

 彼女の背後で待ち構えているのは、踏み入れば二度と帰れなくなるかもしれないと言われる神の世界へと入り口だ。


「ちょ、おい、汚えぞグローリア!! お前が受け取ったんだろうが!!」

「上司を進んで亡き者にしようとする君の屑さには呆れるよね!! だから君が実験台になってね!!」

「亡き者にしようとはしてねえよ!! ただ帰れなくなるかもしれねえって言っただけだろ!? どのみち俺とショウ坊はお前の護衛でついていかなきゃいけないんだから、帰れなくなるのは俺らも同じだろ!!」

「そう言って君たちは本当に僕についてくるのかな!? 僕だけ先に行かせてついてこないってこともあり得るんだよね!!」

「――なるほどその手もあったか!!」

「あ、盲点だった!! ユフィーリアは馬鹿だからそこまで思いつかなかったか!!」

「ンだと本気で投げ入れて帰るぞ!?」


 鳥居の向こうに押しやられまいと両足を踏ん張って耐えるユフィーリアだが、意外にもグローリアの力が強くて少しでも気を抜けば鳥居の向こう側へと倒れ込んでしまいそうだった。見た目がもやしだと侮っていたが、やはり彼も天魔憑きである以上、人の枠から超えた存在なのだろう。

 それならば、とユフィーリアはグローリアの腰を掴む。「うわッ」と声を上げたグローリアをひょいと持ち上げて、そのまま立ち位置を入れ替えた。今度はグローリアが、大口を開いて待ち構える神の世界へと入り口を背負うことになる。


「ほーらこれで形成逆転だな。あとは巻物を渡しておしまいだ。観念しろグローリア、お前のようなもやしが現場で『最強』って言われてる俺に勝てる訳がねえんだよ!!」

「そうはいかないもんね!! 適用『時間静止クロノグラフ』!!」

「お前本当に汚ねえな!?」


 往生際が悪いグローリアは、とうとう術式による強硬手段に出た。ユフィーリアの動きを静止させ、そのまま鳥居の向こう側へと押しやろうという魂胆らしい。

 時間という呪縛に囚われてしまったユフィーリアは、グローリアに背中を押されて徐々に鳥居の向こうへと近づけられていく。卑怯な手段に出た上官になんとしてでも抗う為に、ユフィーリアもまた最後の切り札を使うことにする。

 すなわち、それは。

 鳥居の柱のそばにしゃがみ込んだまま、詩的な文章の解読に勤しむ相棒だ。


「ショウ坊、命令だ!! グローリアをなんとか止めろ!!」


 魔法の言葉を叫ばれたことでショウは柱に刻まれた文章の解読をやめて、弾かれたように顔を上げる。そして相棒たるユフィーリアが上官に鳥居の向こうへと押しやられそうになっている光景を確認すると、命令に従ってユフィーリアからグローリアを引き剥がそうとする。

 しかし、ユフィーリアの相手は天才と名高いグローリアだ。ショウが命令に忠実であることは織り込み済みであり、また己自身の立場を利用する。


「ショウ君、命令。ユフィーリアを鳥居の向こうへ押しやるのを手伝ってほしい」


 静かに、余裕を持って、グローリアは命令を放った。

 ショウの動きが止まってしまう。彼の場合、どちらの命令を優先すべきか決めあぐねているようだった。

 ユフィーリアは舌打ちをする。グローリアの意図を察知したのだ。

 彼が口にした命令の内容は本意ではない。あれはショウを足止めする為の工作であり、命令など遵守されなくてもいいのだ。先に命令したユフィーリアを優先するか、立場が上のグローリアを優先するか、その()()を生じさせることがグローリアの目的なのだから。


「お前……本当に汚え!!」

「最高の褒め言葉だよ。僕が卑劣で卑怯な作戦ばかり立てることは、今に始まったことじゃないでしょ?」


 実に清々しい笑みを浮かべてグイグイと鳥居へと押しやるグローリア。

 頼みの綱であるショウは使えない。体の動きは時間を止められているので動けない。――武器を奪われてもある程度までなら戦えるが、体の動きを封じられてしまえば策を講じることすらままならない。

 もはや圧倒的に不利な状況に立たされたユフィーリアだったが、救いの手は唐突に差し伸べられた。



「――――あらあら。玄関でなにやら揉め事が起きているのできてみれば、もしやアルカディア奪還軍の最高総司令官様でございますか?」



 穏やかな口調が、第三者の声によって紡がれる。

 それだけで、ユフィーリアとグローリアのしょうもない小競り合いが止まった。どちらの命令を遂行するべきかと狼狽えていたショウもまた、思考を放棄して声が飛んできた方向を見やる。


「あら、あらあらあら。お連れ様もいらっしゃいますか? まあまあ、なんとまあ。そうでございますわよね。最高総司令官様ですもの。護衛の一人や二人、共にいらっしゃることは当たり前でございましたのに。あらあら」


 穏やかで、けれども気品のある口調の正体は。

 鳥居の向こうに佇む、巫女服を着た金髪の妙齢の女性だった。

 艶やかに微笑む金髪の女性の頭頂部には、髪色と同じ金色の狐耳が揺れていて、真紅の袴の背後からもまたふさふさとした金色の狐の尻尾が七本も生えていた。頰に手を当てておっとりとユフィーリアたちのしょうもない喧嘩を見ていたらしい彼女は、


「ようこそ、神宮『斗宿』へ。グローリア・イーストエンド様、お迎えにあがりましたわ」


 彼女の背後には、道があった。

 どこまでも、どこまでも続く、鳥居の道が。


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