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SkyFall/Fantasma  作者: 山下愁
Wars:3 悪夢の繭

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第2話【イカサマ賭博場】

 ちーん、じゃらじゃら。

 そんな生々しい音がぶつかり合うこの空間は、金色と黒と赤とその他とても煌びやかな色で満たされていた。天井から吊り下がった豪奢なシャンデリアには希少な鉱石である輝光石きこうせきがふんだんに使われていて、煌々と橙色の光を室内に落としていた。

 甘やかな煙草の臭いが室内に充満していて、吸い込む空気に独特の臭いをつけている。歓声や自暴自棄になった声などが衝突して一種の音楽を奏でるそこは、絢爛豪華で一夜の夢を築く最高の戦場だった。


「――()()()


 そんな中に、無情にも嘘を見抜く声が凛と響く。

 ディーラー服に身を包んだ壮年の男と、嘘を見抜いた彼女の隣に座った草臥れた様子の男が同時に手にしたカードを取り落とした。バラバラと散らばったカードは、ベルベット生地の台座の上に落ちてその手札を晒す。

 嘘を見抜く宣言(ダウト)をしたのは、銀髪碧眼の美しい女だった。透き通るような銀髪は寝癖が目立つほどぼさぼさであり、真剣そのものである青い瞳は宝石の如き気品さを漂わせる。人形めいた顔立ちは息を飲むほどの美しさで、白磁の肌はシミ一つなく瑞々しい。

 これだけ浮世離れした美貌を持つ女だが、ドレスや煌びやかな装飾品の類は一切身につけていない。彼女は着古したシャツと厚手の軍用ズボン、それから夜の闇に紛れる黒い外套を着用していた。細い腰を強調するかのように帯刀ベルトを巻きつけてはいるものの、刀剣の類はいていない。この煌びやかな空間に出入りする際に、入り口で預ける決まりとなっている。

 嘘を見抜いたことを宣言した銀髪碧眼の美女は、にんまりと桜色の唇を不敵に吊り上げる。それから白魚のような指先でベルベット生地の台座を叩くと、


「分かりやすいイカサマを使ってんじゃねえよ、三下が」


 美女にあるまじき獰猛な笑みに気圧されたディーラーは恐怖のあまりに生唾を飲み込むと、震える声で宣言する。


「ま、参りました……」


 そして銀髪碧眼の美女には、嘘を見抜いた賞品としていくらかのチップが配当される。この煌びやかな空間において、通貨の役割を果たすメダルだ。

 金属特有の光沢を放つメダルの山を築く銀髪の女――ユフィーリア・エイクトベルは、自信を喪失したらしい隣の男と怯えた様子のディーラーを軽い調子で笑い飛ばした。


「にゃははッ!! 楽勝楽勝」

「すごいねぇ、ユーリ。これで三五勝目じゃないのぉ」


 ユフィーリアが築いたメダルの山を覗き込む頭頂部から狼の耳を生やした強面の巨漢――エドワード・ヴォルスラムは、飄々とした言葉でユフィーリアへと賛辞を送る。

 メダルの山から一枚を摘んで手慰み程度に弄ぶユフィーリアは、得意げに鼻を鳴らした。


「まあな。最近はちょっとばかり練習していたしな」

「だから最近はダウトばっかりだったんだねぇ。そんなことしなくても、ユーリならこの賭博場でも勝てるでしょぉ?」

「無理だな。俺程度のイカサマなんざ、すーぐに見抜かれて剥かれて終わりだ」


 ディーラーから新たにカードが配られる。

 手札である五枚のカードを眺めながら、ユフィーリアは肩を竦めた。絵柄も数字もなに一つ揃っていない雑魚の配役だ。それでも勝つ為の戦術は、すでに決まっている。


閉ざされた理想郷(クローディア)】の第二層は、歓楽街が広がっている。娼館や怪しい飲み屋などはざらにあり、賭博場もそこかしこに乱立している。甘やかな香水の匂いと煙草の臭いが入り混じり、男が美人な娼婦に金を貢ぎ、女は飲み屋の美形な店員に入れ込む。この世の娯楽という娯楽をありったけ詰め込んだのが、第二層に広がる歓楽街だ。

 その歓楽街でもとびきり異質な賭博場が、ユフィーリアたちが現在遊んでいる『ジャックポット』だ。第二層で最も大きな賭博場であるが、この賭博場が有名なのは店の大きさからではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 よほどの強運を持っていない限り、この賭博場では絶対に勝てない。ディーラーの方がイカサマを仕掛けてくるので、勝利したければディーラーのイカサマを上回るイカサマを仕掛けなければならないのだ。イカサマとイカサマがぶつかり合う博徒の戦場――それがこのジャックポットだ。


 ところが、このイカサマが推奨されている賭博場において唯一の必勝法がある。

 それは()()()()()()()()()()()

 ディーラーとイカサマの勝負をするよりも、ディーラーや他の博徒のイカサマを見抜けば少ないけれど配当が貰える仕組みだ。イカサマも極まればもはや魔法であるが、観察眼が優れてさえいれば見抜くことは可能だ。

 それでもあまりこの方法で勝とうとする者はいない。何故なら危険性が高すぎるからだ。見抜いたはずのイカサマが間違っていた場合は賭け金の倍額を支払わなければならないし、そもそもイカサマが見抜けない可能性があるのだ。勝てる戦を推奨しているはずのジャックポットにおいて、ユフィーリアは異質とも言えた。


 ポーカーのイカサマを見抜いて三五勝目と着々と勝ちを積み重ねていくユフィーリアは、次いで二番目の席に座る男が袖にカードを仕込んでいるというイカサマを見抜いた。「ダウト」と宣言すると二番目の席に座る髭の男は、頭髪が薄くなった頭を掻き毟った。

 ディーラーが可哀想なものでも見るかのような目で今しがたイカサマを見抜かれた男を見やり、ユフィーリアへ配当を支払う。じゃらじゃらとメダルを積み上げて山を築き、ユフィーリアは三六勝目を記録した。


「えげつないねぇ。これ邪道って呼ばれてるのにねぇ」

「見抜かれるイカサマが悪いんだよ。あの程度は手先が器用なら誰でも使えるぜ」

「ユーリは使わないのぉ? イカサマ」

「使ってもいいけどすぐにバレる。ここはイカサマの熟練者が揃った激戦区だぜ? 下手なことすればカモにされて剥かれるっての」


 エドワードの言葉に、ユフィーリアは肩を竦めた。

 確かにユフィーリアは手先が器用であることを自負しているし、代表的なイカサマ程度であればできる。だが、この賭博場でユフィーリアのイカサマの技術が通用するのかと問われれば通用しないだろう。賭博で飯を食っている熟練者を相手に、趣味で賭博をやっているようなユフィーリアが真っ向勝負で勝てる訳がないのだ。

 すっかり戦意を喪失してしまったらしい賭博師たちは、ディーラーから配られたカードで粛々とゲームをこなすだけの人形になってしまった。どうやらネタ切れのようで、見抜くイカサマがないのであればユフィーリアも用事はない。すっかり魂が抜けてしまった様子のディーラーに「俺は降りるわ」とだけ告げて、大量のメダルを籠に入れて席を立った。

 賭博場の隅に併設された酒場に歩み寄ると、イカサマを見抜いて稼いだ大量のメダルを無愛想な酒場の店主に突きつける。背の高い丸椅子にどっかりと座ると、


火酒ウイスキー氷割り(ロック)。エド、お前は?」

「なぁに、奢ってくれるって太っ腹じゃないのぉ? 俺ちゃんも同じ奴ねぇ」


 ユフィーリアの隣の丸椅子に腰を下ろしたエドワードも、酒場の店主にユフィーリアと同じ酒を注文した。

 大量のメダルが入った籠から一掴みを取り出して懐にしまうと、酒場の店主は火酒の瓶を持ってきた。専用のグラスに火酒を注いで、さらに巨大な氷の塊を酒に浮かべる。琥珀色の液体にぷかぷか浮かぶ氷の塊が、輝光石の明かりを反射して幻想的に煌いた。

 出された二つのグラスをそれぞれ手にしたユフィーリアとエドワードは、グラスを天井に掲げた。


「俺の勝利にかんぱーい!!」

「店側は二つの意味でかんぱーい!!」


 勝利の余韻に浸る二人は陽気なものであり、仲良く琥珀色の酒を一息に呷ってグラスを空にする。喉が焼けるほどの熱い液体が胃の腑へと落ちていき、酒精アルコールが全身を巡る。

 氷だけになったグラスを無愛想な店主に突き出して「おかわり」と要求すると、ユフィーリアの手からグラスを引ったくって店主は追加の火酒をなみなみと注いだ。愛想が微塵もない店主は、やはり無言で追加の酒をユフィーリアの前に置く。

 無愛想な店主などに目くじらをたてるほど、ユフィーリアは狭量ではない。むしろ今なら、どんなことをされても笑って許してしまいそうな余裕さえあった。提供された火酒を一気に飲み干すなどというもったいない行為はせず、ちびちびとグラスを傾けていく。


「いやぁ、ユーリに酒を奢ってもらう日がくるとはねぇ」

「俺だって金があれば奢るっての」

「その前に家賃を払おうねぇ」

「あー、あー、聞こえなーい」


 ユフィーリアはエドワードの正論を、耳を塞いで拒否した。せっかく気分がいいのに、現実的な話は聞きたくないのである。確かに払わなければならないのだが、今はそんな現実など忘れてしまいたい――というなんとも屑な現実逃避が本音である。

 無愛想な店主に、エドワードは酒のおかわりを注文する。空のグラスを引ったくられて、琥珀色の酒がなみなみと注がれたグラスをドンと目の前に置かれた。強面の彼もまた無愛想な店主の態度を気にすることなく、舐めるように琥珀色の酒を消費していく。


「いやー、最近は忙しくて酒飲む機会もなかったからねぇ」

「本格的に天魔との戦争が始まっちまったからなァ。無理もねえだろうよ」

「休みなんてないからねぇ。いつも待機待機で……気の置けない連中と飲むのが最高だよねぇ」

「違いねえな」


 うははは、と二人して笑った。酒精のおかげで気分も高揚し、頰もほんのり赤みが差している。

 グラスに注がれた琥珀色の液体を半分ほど飲み干したその時、背後の方で「ぎゃあああああッ!!」と悲鳴が劈いた。利用客や店員は何事かと広々とした賭博場を見渡すが、酒場にてすでに酒杯を傾けている二人は我関せずで火酒をちびちびと消費していく。

 これが別の誰かであれば反応しただろうが、声の主はユフィーリアとエドワードの知り合いなので無視した次第である。


「あー、ちくしょう!! なんでスロットなのに負けるんだよ!!」

「面白いぐらいに金が吸い込まれていったナ♪ 見てて滑稽♪」

「笑ってるぐらいなら止めろよ!! やめ時が分からなくて二万も突っ込んじまったぞおい!!」


 ぎゃーぎゃーと喧しく騒ぐのは、毬栗いがぐりを想起させる赤茶色の短髪に琥珀色の瞳を持つ少年だった。着込んだ黒いつなぎがこの煌びやかな空間に悪目立ちしていて、賭博場の出入りを禁じられてもおかしくないほどに幼さを残す顔立ちは怒りに歪んでいる。だが、年齢を止められてほとんど不老不死となった天魔憑てんまつきにとって、年齢制限など関係ないのである。

 少年を戯けた調子でからかっているのは、かぼちゃの被り物をしたディーラー服の男だった。被り物の下から流れる蛍光緑の頭髪は目に眩しく、ディーラー服を着ているのでここの従業員かと勘違いしてしまいそうになるが、よく見れば制服の意匠がかなり違っている。おかげで仮装めいた雰囲気がある。

 鬱陶しそうに振り返ったユフィーリアは、かぼちゃ頭のディーラーに向かって噛みつく少年へと苦言を呈する。


「おい、ハゲ。自分のせいで負けたんだろ、責任転嫁するのはちょっと違うんじゃねえか?」

「だーれがハゲだ!! この髪の毛見てみろ、ちゃんと生えてんだろうがよーッ!!」


 自分の短い髪を掴んでぐいぐいと引っ張り、禿げていないことを全力で示してくる少年――ハーゲン・バルターは、ユフィーリアの手の中で揺れる琥珀色の液体を見て顔を顰めた。


「うーわ、コイツ昼間っから酒飲んでるよ」

「俺はちゃーんと勝ったんだもんね。あと今日は休みだからいいだろ」

「昼間っから賭博場にきて酒をかっ喰らってると、本当に見た目とあってねーよナ♪」


 からからと楽しそうに笑いながら言うかぼちゃ頭のディーラーことアイゼルネを睨みつけ、ユフィーリアは残った火酒を飲み干した。カウンターにグラスを置くと、溶けかかった氷の塊がカランと音を立てる。

 別に趣味嗜好がどんなものであってもいいだろうに。誰にも迷惑を――多少はかけているだろうが、無趣味なユフィーリアにとって日々の楽しみはこれぐらいしかないのだから。

 酒場の店主にもう一杯と頼もうとしたが、ふと誰かがいないことに気がついた。ほろ酔い状態のエドワードは賭博場を見渡すユフィーリアに異変を感じ取ったらしく、銀灰色の瞳を眇めて「どうしたのよぉ?」と問う。


「ショウ坊どこ行ったよ」

「あれ? ハーゲン、お前さんと一緒じゃなかったのかい?」


 ユフィーリアの質問に対して、エドワードはハーゲンとアイゼルネの二人組を見やる。

 ハーゲンは「え?」と初耳とでも言うような反応を示し、


「てっきりオレら、ユーリとエドんとこにいると思ったんだけど?」

「え、いないよぉ?」

「行方不明♪」

「…………いや、あり得るかもな」


 ユフィーリアの脳裏によぎったのは、蒼海に浮かぶ鋼鉄の島に潜入した際のできごとだ。

 寄生虫によって多数の人間が操られた状態にあったが、何故か相棒の少年を愛らしい少女と勘違いして言い寄ってくる変態が多かったとか。中には彼に給仕服を着させて「ご主人様」と言わせようとした変態もいた。

 命令と文頭につければ、どんな内容でも従ってしまうお人形。クソがつくほどの真面目な少年の性格につけ込んで、あんなことやそんなことを命じられてやいないだろうか?

 四人はバッと円陣を組み、雑踏に紛れる程度に声を潜めて作戦会議を開始した。


「どうする、誘拐でもされてたら」

「あの子に限って実力的にはあり得ないだろうけど、あり得ちゃうんだよねぇ」

「ついてこいとか言われてたら絶対について行っちゃうだろ」

「食べ物で釣られる線もありだナ♪」

「子供じゃねえんだからそれは――ないとは絶対に言い切れねえ」

「ここって子供には退屈な場所だしねぇ」

「便所にでも行ったんじゃね?」

「誰にも言わずにどっか行くカ♪ あんな真面目な奴がヨ♪」


 あれこれとユフィーリアたちが意見を出し合っていると、遠いどこかで「退いてくれ」という淡々とした声が聞こえてきた。

 円陣を組んでいた四人は、弾かれたように顔を上げる。人混みの中に紛れ込むようにして、彼らはいた。

 いかにも堅気ではなさそうな服装の男が、黒髪赤眼の少年の腕を掴んでいる。少年の方は能面のような無表情ではあるものの、どこか心底嫌そうな雰囲気があった。

 綺麗に飾りつければ、この煌びやかな空間に映えそうな少年である。艶のある黒い髪をポニーテールにし、夕焼け空を溶かし込んだかのような赤い瞳は鮮烈な光を宿す。顔の半分以上を口布で覆い隠した状態であってもなお、隠すことの神秘さが美貌を引き立たせる。黒いシャツと細身のズボンと革靴という全身黒ずくめの衣装を着込み、華奢な体躯を強調するかのようにベルトが雁字搦めに巻きついている。――見る者が見れば、なんだか劣情を誘う格好であることは否めない。


「いいからこっちにこい!!」

「何故」

「言わせるつもりか!?」

「理由を聞いているだけだが」


 明らかに堅気じゃない方の男は少年を裏の方に引っ張っていきたいようだが、クソ真面目な少年は連行される理由を聞いていた。多分あれは、きっとまともな理由ではない。

 予想通りの展開に頭を抱えそうになったが、とりあえず連れていかれては困るので助けることにした。ユフィーリアが無言で男と少年を指で示すと、残りの三人も無言で頷く。意思疎通が取れているとは素晴らしい。


「おーい、ショウ坊。その趣味の悪いお友達は一体誰だ?」

「いやー、すいませんねぇ。うちの末っ子がなんかご迷惑をおかけしたようで?」

「ところでウチの末っ子になにかご用事でもあったんですかねェ?」

「要件ならオレ様たちが聞くゼ♪」


 ユフィーリアは持ち前の剛腕で相棒を男から引き剥がし、男が追いすがろうとしないようにエドワード、ハーゲン、アイゼルネが間に入る。唐突に現れた強面とかぼちゃが効いたようで、男は屁っ放り腰になりながら逃げ出した。

 きょとんとした様子の黒髪の少年は、不思議そうに首を傾げている。まあ、確かに見てくれは男受けのいい大人しそうな容姿であるし、命令されればほいほいと従ってしまうお人形さんなのだから絶好のカモだ。

 深々とため息を吐いたユフィーリアは、相棒の頬を強めに抓った。思いのほか柔らかかった。


「痛いぞ、ユフィーリア。なにをする」

「そりゃこっちの台詞だ、ショウ坊。勝手にいなくなるたァどういう了見だ?」


 頬を抓られても表情一つ変えない少年――ショウ・アズマは「勝手にいなくなってなどいない」と否定する。


「チョコレートを販売している従業員を追いかけていたら迷った」

「それを勝手にいなくなるって言ってんだよ。なに真面目な顔で言ってんだよ、ちょっと説得されそうになっただろ」

「だから痛いと言っている」

「痛くしてんだよお仕置きだっつの!!」


 真面目を通り越して食い意地の張った天然ボケの相棒に仕置きと称して頬を容赦なく抓るユフィーリアは、意外と伸びるショウの頬を堪能する。お仕置きというより、もう頬を抓るのが楽しくなりつつあった。

 しばらくショウの頬の柔らかさを堪能していたが、おそらく今後もこのようなことがあり得そうな予感がしたユフィーリアは仕方なしにショウの頬を解放してやった。


「お前には首輪が必要だな」

「俺は犬猫ではないのだが」

「ふらふらってどっかに行っちまうんだから、必要だろうがよ」


 文句を垂れるショウを無視してユフィーリアが外套の内側から取り出したのは、赤い髪紐だった。色鮮やかな赤い髪紐の先端には銀製の鈴が括りつけられていて、髪紐が揺れるたびにちりちりと涼やかな音を奏でる。

 真っ赤な髪紐を装備したユフィーリアは、たじろぐショウにじりじりと近寄っていく。気分は警戒する猫に首輪を嵌める感じだ。


「俺は犬猫ではないと言っている」

「まあまあ、絶対似合うから。大丈夫。俺ってば趣味はいい方だってよく言われる」

「その理論は果たして合っているのか」


 距離を詰めてくるユフィーリアから視線を外さずに逃げるショウだが、背後に忍び寄ったエドワードに羽交い締めにされて身動きができなくなってしまう。さすが索敵と強襲を担当する部隊の隊長である、その素早さは見習うべきだろう。


「は、放せ!!」

「いやー、俺ちゃんも首輪をつけることは賛成なのよねぇ。だってお前さん、ユーリの相棒君でしょぉ? どっかふらふら行かれちゃったら、誰があの自由奔放な屑美人の手綱を握るのよぉ?」

「何故、俺だけにその責務を負わせようと!?」

「ユーリ、今だよぉ」


 エドワードが羽交い締めにしてくれているおかげで逃げられない状態のショウの首へ、ユフィーリアは髪紐を器用に結びつける。呼吸を阻害しない程度に緩めた調子で結びつけ、綺麗な蝶結びにしてやる。

 黒ずくめのショウの格好に、赤い差し色が生まれた。揺れ動くたびにちりちりと小さな鈴の音が聞こえてきて、なんとも可愛らしいというかなんというか。

 羽交い締めの状態から解放されたショウは、不機嫌そうな様子で首に巻きつけられた髪紐を指先でいじる。なんの変哲もない蝶結びだと分かると、するりと解いてしまった。


「首につけるな。絞まるかと思ったではないか」

「首絞めなんざ誰がするかよ。ンな性癖ねえよ」

「これは必要ない」

「俺の髪の長さじゃ結べねえからお前が持っとけ。ていうか持ってろ。絶対に落とすなよ」

「何故」

「なんでもだよ」


 ショウ程度の髪の長さがあれば、戦闘時に敵に髪を掴まれた拍子に切るという事態もあり得る。髪がすぐに伸びるとは不明だが、予備の髪紐ぐらいは持っていても損はないだろう。

 鈴のついた赤い髪紐をじろりと不満げに見下ろして、ショウは「仕方あるまい」とズボンのポケットに入れていた。――武器のように空中から呼び出すという芸当は通じないようである。

 すると、どこからか走り寄ってきた鼠がユフィーリアの足をよじ登り、肩までやってくると尖った鼻先をふすふすと鳴らした。しかもこの鼠、普通の鼠ではなく一つ目の鼠である。

 あ、なんだかものすごく嫌な予感。

 ユフィーリアは肩に乗った鼠を引っ掴んでショウに燃やすように命令しようとしたが、先手を打つように鼠を介して朗らかな青年の声が賭博場に響き渡る。


【ユフィーリア、ショウ君。お出かけするから今すぐ本部に戻ってきて】

「…………今日は休みなんだけどなァ?」

【拒否権はないよ】


 言いたいことだけ言い残すと、鼠は用事が済んだとばかりにユフィーリアの肩から逃げ出した。あっという間に見えなくなった鼠を睨みつけて、ユフィーリアはぼさぼさの銀髪を掻く。

 せっかく久しぶりの休日だというのに、何故また仕事をしなければならないのか。お出かけとは銘打っているが、お出かけするのは上官殿であってユフィーリアとショウは護衛に過ぎない。楽しくもなんともない訳である。

 こんな仕事はサボるに限る。ユフィーリアは人混みに紛れて隠れようとしたが、逃げる彼女の襟首をショウがぐわしッ!! と掴む。先ほど髪紐で首を絞めようとした恨みを晴らさんとばかりの強さで、容赦なくずるずると引きずっていく。


「ちょ、待っ、ショウ坊、首が首が絞まって」

「貴様も先ほど首を絞めてきたではないか。これでおあいこだ」

「俺はちゃんと苦しくない程度にやってやったろうがよ!! あ、待って本気で苦しい絞まってる絞まってるってばーッ!!」


 問答無用で引きずられていくユフィーリアの断末魔は、賑やかな賭博場に埋もれていった。


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