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SkyFall/Fantasma  作者: 山下愁
Wars:3 悪夢の繭

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第1話【東の果ての噂】

 グローリア・イーストエンドは悩んでいた。

 穏やかな午後の陽気は働き者に微睡まどろみを与え、それが晴れ渡った蒼天の下ともなれば眠気は最高潮に達する。燦々《さんさん》と降り注ぐ陽光の下で眠ることができたらどれだけ幸せだろうかと思いきや、世界はそう簡単に回っていないのだ。

 とにかく、グローリアは悩んでいた。柔らかな風に黒髪を靡かせて、中性的な顔立ちはしかめられ、怜悧れいりな印象を与える紫眼は不機嫌そうに吊り上がる。頭を掻き毟ったのか、ハーフアップにまとめているはずの髪型が少し乱れていた。

 悩みに悩み抜いて、それからグローリアは蒼穹を振り仰いで叫んだ。


「なんで!! 奪還軍が復興作業までやらなきゃいけないんだよ!?」


 グローリアの絶叫が、伽藍がらんとした王都の街並みを駆け巡っていく。

 崩れかけた建物やひび割れた道路を見ると、ここで激しい戦闘が繰り広げられていたことが嫌でも分かる。だが、それもすでに終わったことなのだ。あとはこの荒れ果てた王都アルカディアの街を綺麗に整えれば、モグラよろしく地中に引きこもっている人類がひょっこり出てきて復興作業をしてくれる手筈になっている。

 確かに建物を修繕することには問題ない。人類が戻ってくることを前提にして、建物に関する被害は最小限に留めるように言ってある。もし仮に壊してしまったとしても、グローリアの時を操る術式――『時空操作』にかかれば、数秒で元の状態に戻すことができる。

 あとは煮るなり焼くなり好きにすればいいものを、臆病な人類の皆様は王都の復興作業すらやりたくないと駄々を捏ねて、奪還軍に丸投げしたのだった。一体人類は奪還軍をなんだと思っているのだろう。


「僕たちや天魔が壊した建物を直すのは分かるけど、その他の建物の修繕までやらせようっての!? それはセコくないかな!? 僕たちは人類の為に戦う兵士であって、便利屋じゃないんだけど!?」


 人類に対する愚痴を言えばキリがなく、グローリアは「あー、もう!!」と黒髪を掻き毟って叫んだ。

 彼らが怯える理由も、なんとなく理解できる。地上はいまだ怪物の脅威に晒されていて、グローリアたちとは根本的に体の構造が違っている人類の皆様からすれば、怪物が蔓延る地上になんて死んでも行きたくないのだろう。生存の為なら地上での生活を放棄して、地下に潜るという選択に走るぐらいだ。利用できるものはたとえ化け物であっても利用してしまおう、という魂胆が透けて見える。

 いくら黒髪を掻き毟ったところで意味などなく、グローリアは諦めたように崩壊した王都アルカディアの街並みを見やった。


「あー……()()()()()()


 ポツリと呟く。

 つい先ほどまでは王都の街並みに人の気配どころか生物の気配すらなかったのに、いつのまにか二足歩行する猫の怪物が迷い込んでいた。集団で彷徨っている訳ではなく、一匹で敵陣まで散歩しにくるとはいい度胸である。

 とはいえ、グローリア・イーストエンドに他者を傷つける異能力は備わっていない。二足歩行でのっしのっしとひび割れた道路を闊歩する猫の怪物を、高い城壁の上から睥睨したグローリアは携えた死神の鎌を掲げる。歪曲した刃と長い柄が垂直に交わる部分に埋め込まれた懐中時計が、チクタクと止まることなくが現在を刻み続ける。


「はい、帰って。適用『空間歪曲ムーブメント』」


 歪曲した刃で猫の怪物に狙いを定め、グローリアはなんでもない風に術式を発動させた。時と空間を自在に操るグローリアの、空間を操る部分が遺憾なく発揮される。

 獲物を探して彷徨い歩いていた猫の怪物の足元が、唐突に()()。水面の如く揺れる空間に猫の怪物は驚いたように飛び上がったが、歪んだ空間はさながら底なし沼のように猫の怪物を飲み込んでいく。距離があるので断末魔や悲鳴は聞こえないのだが、なんかにゃーにゃーと喧しいのは察することができた。

 心底面倒くさそうに歪む空間へ猫の怪物を送り込んだグローリアは、なんとはなしに頭上に広がる青空を見上げてみた。


「うん、今日もいつも通り。天魔は降ってきてるなぁ」


 平然と呟くグローリアだが、よくよく聞いてみるととんでもないことを口走っている。

 彼が見上げる青空には、無数の異形の怪物が雨の如く地上へ降り注いでいる様子が見て取れた。常識的な思考ができる誰かがこの光景を見れば確実に悪夢であることを疑うが、空から降り注ぐあれらを敵と認識するグローリアには慣れたものである。


 天魔――空から降り注ぐ異形の怪物を、人類はそう呼んで恐れていた。

 遥か昔に天魔が地上に降ってきた時は、人類は異形の怪物と交流をしようとしたらしいが、残念ながら天魔と人類は相容れることはなく、天魔の一方的な蹂躙に人類は地下深くに潜り込んで逃げるしかなかった。

 およそ一〇〇年が経過した現在でも、人類の天魔に対する恐怖心は根強く残っている。


 そんな地中に埋もれた生活をする人類の代わりに天魔と戦争をしているのが、グローリアたち天魔憑てんまつきだった。

 天魔憑きは降り注ぐ天魔の中でも話の通じる天魔と人間が契約し、天魔の持つ異能力を引き継いだ人間のことを示す。一般人と比べて純粋な力や身体能力、寿命や体の頑丈さは桁違いだ。

 人の姿をしながら、常人から外れた力を発揮する彼ら天魔憑きは、今日も明日も地上奪還に向けて天魔と戦争をしているのだった。


 閑話休題。

 かつては強力な天魔に支配されていた王都アルカディアを奪還し、さらに倒した天魔が振り撒いた毒の除染作業も終えた。残すは王都の復興作業のみなのだが、空から降り注ぐ天魔がたびたび王都に入り込んでくるので復興作業が思うように進まないのである。それが目下、グローリアを悩ませている原因だった。


「このまま復興作業が進まなければ、あのクソアバ……いや、騎士団団長殿がなんて言うか。僕絶対にこのまま王都を更地にしちゃうよ」


 あの生意気な人類の治安維持を担当する自警団――騎士団の団長である女の顔を脳裏に思い浮かべたグローリアは、腹いせに携えていた死神の鎌の石突で足元の城壁をぶっ叩いた。ゴガッ!! と聞いてはいけない音が、静かな王都に響き渡る。よく見ればちょっと城壁が凹んでいた。

 ただでさえ嫌いな女の顔を思い浮かべることになってしまい、グローリアの機嫌は急降下する。垂直に落下していく機嫌は足元の城壁を通過して、そのまま地面まで突き刺さらない勢いだった。今の彼に冗談など言おうものなら、趣味の悪い石像(比喩にあらず、時間を止めればそのぐらい可能)ができあがる。


「天魔のせいで復興作業は進まないし、怯えた人間どもは使えないし、部下のみんなは簡単に動かせないし……もうどうすればいいのかなぁ」


 このまま放置してしまおうか、ともグローリアは考えた。天魔憑きが人間の代わりに請け負った業務は天魔を倒すことだ。本当なら回収作業や王都の除染作業も管轄外であるが、地上に対して並々ならぬ恐怖心を抱く彼らに代わってやってあげているだけである。

 しかし、このまま王都を放置するとせっかく奪還した王都が、再び天魔に占拠されてしまう。生きているだけで猛毒を撒き散らす【毒婦姫ドクフヒメ】以上の個体が出てこられると厄介なのだ。

 王都の復興作業には防衛線を築くことが条件になってくるが、その防衛線に割く人員がいないのである。アルカディア奪還軍は『軍』と名乗ってはいるものの、五〇〇人はいるかどうかという集団だ。軍と呼べるほどの人数まで人員がいないのだ。


「大体さ、人類の皆様は僕たちの苦労を分かってないんだよ。『天魔と契約したんだからできるでしょ?』とか『天魔憑きなんだからできないって言わないよね?』とか『少しは人類に貢献しろよ天魔憑き』とかさ。――あ、最後のあれはユフィーリアが病院送りにしたっけ」


 ぶつくさと文句を垂れながら、グローリアは侵入してきた六本足の兎の天魔を『空間歪曲』で王都の外へと転送する。無人の王都を闊歩していた兎の天魔は、急に王都の外へと放り出されて驚いているようだった。実際に「あっれェ!? ここどこだ!?」と絶叫していた。あれ、喋れたのか。

 こんな復興作業に頭を悩ませているぐらいなら、次の都市を奪還する為の作戦を考えていた方が遥かに有意義である。

 それでも仕事である以上、グローリアはその任務から逃げ出すことはできない。

 不機嫌そうに防衛線をどうするかと頭を働かせていると、脛の辺りになにか硬いものを擦りつけられているような感覚があった。グローリアは一度思考をやめて、足元へと視線を落とす。

 そこには黒い猫がいた。普通の猫ではなく、尻尾が二股に分かれていて、なおかつ背中に蝙蝠こうもりの羽が生えている。どこからどう見ても異形の怪物であるが、その愛らしい見た目から凶暴性を感じさせない。


「どうしたの、スカイ。君の我儘に付き合っている暇はないよ」

【失敬な。ボクがいつ我儘を言ったんスか】

「常日頃から働きたくないって我儘を言ってるじゃないか」


 猫の怪物を介して聞こえてくる青年の声は、どこか不満げであり気怠げでもあった。反論することすら面倒になったのか、青年の声は【もーいーッスけど】と適当に会話を切り上げる。青年の気怠げな声に反して、猫の怪物自体は毛繕いに夢中になっているが。

 アルカディア奪還軍最高総司令補佐官――スカイ・エルクラシスは、猫の怪物を介して会話を続ける。


【働きたくないのは全人類の共通意識ッスよ。怠惰は大切ッス】

「だから君は部屋に引きこもってばかりで、全然外に出ないんだね。たまには日光に浴びないと干からびちゃうよ?」

【ボクは使い魔が外に出てるだけで十分ッスよ】


 ようやく毛繕いが終わったらしい猫の怪物は、つぶらな緑色の瞳でグローリアを見上げてくる。どうやら甘えているようだが、猫を介して聞こえてくるスカイの声はどこまでも面倒そうである。


【防衛線の構築に悩んでいるよーッスね】

「まあね。君の使い魔を頭数に入れてもいいなら、僕の悩みは簡単に解消できるんだけど」

【残念ッスけど、ボクの使い魔に戦う能力はねーッスよ。ボクが命じるのがめんどっちい】

「面倒なんじゃなくて、できないんでしょ?」


 グローリアの紫色の瞳が、猫の怪物を介して会話をする青年を見透かす。図星を突かれたスカイは【ンなことねーッスよ】と訴えるが、少しだけ声に不満が残っていた。

 多数の使い魔と五感を共有する『共有術』の行使者であるが、スカイは自分の使い魔を攻撃用として使っていない。使い魔に攻撃を命じることは術式の範囲外らしく、あくまで天魔に狙われる心配がいらない出力機として用いることしかできないようだ。

 スカイはわざとらしく咳払いして、


【話は戻すッスけど、防衛戦の構築でお困りのよーッスね?】

「そうだね。君の使い魔を」

【その回答だと堂々巡りになるんで話を進めッスけど、アンタのお悩みを一発で解決できる方法があるって言ったらどーするッスか?】

「えー、信用できないなぁ」


 迷い込んできた鶏の姿をした天魔を『空間歪曲』で追い出しつつ、グローリアは怪しむような目線を猫の怪物にくれる。

 構ってくれないと見るや途端にゴロリと城壁の上に寝転がり始めた猫の怪物だが、それを介して聞こえてくるスカイの声は【ふっふっふー】と珍しく楽しそうだった。


【実はッスね、防衛を得意とする天魔憑きがいるって情報を得たんスよ】

「へえ」

【あ、信じてねーッスね。「白面九尾ハクメンキュウビ」の話ッスよ】

「スカイ、君はあんな眉唾まゆつばを信じているの?」


 グローリアは呆れたように肩を竦めた。

【白面九尾】――()()()()()()()()に数えられる個体で、古くから人類と共にあった天魔だとされている。天魔が空から降り注ぐ前から存在したそれは、ほとんど伝説上の天魔だと囁かれていた。

 退魔調伏と結界を張ることを得意とし、強い神通力を持つが故に一部では神と崇められているらしい。

 しかし、その最古の天魔は東の果てにいるという話以外はほとんど作り話らしく、どれが本物の情報か錯綜さくそうしてしまっているのだ。グローリアもそんな天魔がいればぜひ戦力として引き入れたいものだが、見つからないものを探したところで労力は無駄なのである。

 ところが、スカイがその話題を出してきたのは理由があった。


【見つかったんスよ】

「なにが」

【「白面九尾」の居場所】

「本当に?」

【本気で本当ッスよ。招待状もきちんと届いてるッス】


 ほら、証拠とスカイは言うが、寝転がる猫の怪物のどこにも招待状らしき封書は見当たらない。

 これのどこが証拠なのだろうか、どこにも証拠はないではないか。グローリアは寝ぼけたことを言う補佐官に苦言を述べようとするが、ふと視界に影が差して文句が引っ込んでしまった。

 見ればポロポロと止むことなく降り続く天魔の雨を縫うようにして、巨大なからすが飛んでくる。大きく翼をはためかせて風に乗り、ぐるりと旋回して城壁の上に立つグローリアの目の前で着地する。寝転がっていた猫の怪物が、日陰ができたことに対して文句を言うように「うなぁーん」と鳴いた。

 巨大な鴉の鋭いくちばしには、巻物が咥えられていた。水晶玉のような澄んだ両眼でグローリアを見下ろし、嘴に挟んだ巻物を差し出してくる。

 半信半疑でグローリアは巻物を抜き取って、結ばれて紐を解く。古めかしい色味の紙面に目を走らせると、墨の匂いがする文字には確かに『アルカディア奪還軍最高総司令官、グローリア・イーストエンド殿』と書いてある。


 アルカディア奪還軍最高総司令官、グローリア・イーストエンド殿。

 補佐官殿よりお話は伺いました。

 我が神殿『斗宿ヒキツボシ』にお招きしたいと思います。


 短い文章が綺麗に並んでいて、それだけでなにやら緊張感の漂う代物のような気がした。

 グローリアは紙面から顔を上げて、明後日の方向を見上げる巨大な鴉へ話しかけた。


「なんて言ったの?」

【いや、普通に「ちょっとウチの最高総司令官がアンタにお話があるみてーなんで、話し合いの場を設けてやってはくんねーッスかね」って】

「あたかも僕が命じたように振る舞わないでくれる!?」

【本音は?】

「超グッジョブ、スカイ。僕の給金から高級猫缶を進呈したいぐらいだよ」


 せっかく優秀な補佐官が取ってきてくれた好機チャンスだ。これを逃してしまえば、防衛に特化していると名高い【白面九尾】を同胞として引き入れる瞬間を失ってしまう。

 幸いにも、グローリアは交渉術には自信がある。これまでも、同じ天魔憑きを話術で奪還軍に引き入れてきたのだ。だから今回も同じことである。

 巻物を丁寧に巻き直したグローリアは。鴉へと意気揚々と振り返る。


「スカイ。僕は一度、奪還軍の本部に戻るよ。だから本部に第零遊撃隊を招集しておいてくれる? 確か今日は二人とも休みだったはずだよね?」

【幸いなことに、二人一緒に行動してッスよ。まー、文句言われた時の言い訳を考えておいた方が賢明かもしんねーッスけど】


 スカイの不穏な言葉は鮮やかに無視して、グローリアはどんな風に交渉を進めるべきかの戦術を頭の中で組み立てながら、懐中時計が埋め込まれた死神の鎌をくるりと回す。宣言をしなくても適用された『空間歪曲』の歪みに身を投じ、澄み渡った蒼穹の広々とした果てのない世界から視点が切り替わり、戦術書がそこかしこに積み重ねられた司令官室が広がる。

 ――さあ、勝鬨を上げようか。


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