序章【繭の胎動】
「――――、――、――――」
「――、――、――――」
「――――、――――、――」
幾重にもなる詠唱が、一定の速度で広い室内にこだまする。
不気味な雰囲気すら漂う室内は、真円の形をしていた。滑らかな曲線を描く壁に沿って並んだ一二人の巫女が、一心不乱に詠唱を続けている。
途切れることなく詠唱を続ける一二人の巫女を、一段高い位置から見下ろした銀髪の青年は、金色の双眸を音もなく眇めて、厳しい声音で少し後ろに立つ妙齢の女性へと振り返りもせずに言う。
「ちと厳しいな」
「ええ」
青年の言葉に、女性は静々と頷く。
ため息を吐いた青年は、巫女を見下ろしていた視線をゆっくりと上げた。
そこには《《異形の怪物》》が、どんと鎮座していた。
「――――、――」
「――、――」
「――――、――――」
一二人の巫女が取り囲む中心には、黒い塊が存在している。
広々とした部屋の中心を支配するそれは、高い天井にまで到達して根を張っていた。樹木のようにも見えるそれは凄まじいほどの巨大さを誇り、時折どくんどくんとさながら心臓のように脈動する。
目を凝らすと肉のような質感を持ち、床を這う黒い根がゆっくりと巫女に這い寄るが、巫女の詠唱によって後退していく様が見える。
大樹のようにどっしりと根を張っているだけなら、一二人の巫女を総動員させて詠唱などさせずとも、青年一人の異能力だけでどうにかなってしまう。しかし、そうできない理由があった。
天井にまで届く巨大な黒い塊の中心は、ぽっこりと膨れていた。それは例えるなら、妊婦の腹のように。
「――――これを抑え込まねば、この世界は崩壊するだろう」
「承知しております」
「巫女を随時交代して、調伏作業に当たってくれ。御主も調伏作業に加わってもらうぞ、葛葉」
「承知いたしました」
妙齢の女性はやはり静々と頷くと、滑るようにして部屋から去っていく。
残された青年は赤子のようなものを孕む黒い塊をじっと睨みつけて、
「――悪夢の繭、御主がこの世を壊すことはないと思え。我ら神宮『斗宿』に、調伏できん魔物はおらん」




