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SkyFall/Fantasma  作者: 山下愁
Wars:2 蒼海の実験場

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第18話【黒幕】

 恐怖。

 恐怖。

 恐怖。

 恐怖。

 ――――――――――絶望。


「あ、ああ……」


 ナツキは絶望に満ちた声を漏らした。

 濡れた弟の体を抱きしめて、震える体を誤魔化す。怖くて怖くて怖くて仕方がなくて、少しでも救われると思ってしまった愚かな自分を殴ってやりたい衝動に駆られる。

 喉の奥がカラカラに渇いていき、心臓が早鐘を打つ。背筋に冷や汗が流れ落ちていき、ガチガチと歯も噛み合わない。

 弟を含めてナツキを救ってくれると宣言してくれた彼らは、蠢く闇の攻撃を受けて展望台の端まで弾き飛ばされてしまった。


 どうして救われると思ったのだろう。

 どうして救われると思ってしまったのだろう。

 どうして救われるかもしれないと希望を見出してしまったのだろう。

 ――本当は、救われることなどないのに。


「おお、おお。実にいい、実にいい感情だ。堪らなく美味だ。やはり希望を見出したそのあとで、奈落の底に叩き落としてやるその瞬間が一番美味だ」


 嗄れ声は笑っている。

 恐れるナツキを嘲るように、少しでも希望を見出してしまった少女が絶望に染まるその瞬間を楽しむように。


「もう嫌だ……もう、嫌……」


 どこまで踏み躙られればいいのだろう。

 もう十分に苦しい思いをしたはずなのに、少女にはほんの僅かな救いも許されないのか。

 絶望の淵でもがき苦しむ少女は、絞り出すような声で叫んだ。


「…………誰か助けてッ……!!」


 その『助けて』に応じる声は、


「「――――()()()」」


 あった。


 ☆


 正直なところ、ぶん殴られた全身がものすごく痛い。

 動かすたびに鈍い痛みを訴えてくる上に、特に鳩尾の被害は酷いものだった。なんだったら食べたものを吐き出す勢いの痛みがいまだに残り続けており、巨大な窓ガラスに衝突した背骨も痛い。

 それでも、痛いから嫌だと嘆いている場合ではないのだ。

 救いすら与えてもらえずもがき苦しむ寄生虫の宿主たる少女は、目覚めない最愛の弟を抱きしめて「助けて」と叫んだのだ。雑音に掻き消えてしまいそうなほどにか細い声だったが、それだけでユフィーリアとショウが動く理由に値した。


「やいやい、どこの誰だか知らねえがやられたら数倍にしてやり返すをモットーとしている俺をぶん殴るたァいい度胸してんなおい。鳩尾を重点的に一〇〇発は殴ってやるからさっさと腹出せオラァ!!」

「ユフィーリア、そもそも拳が届かないと思うのだが」

「うるせえショウ坊、世の中には勢いってモンが大切なんだよ!!」

「そうか」


 漫才のようなやり取りを経て、ユフィーリアは改めて天井を見上げる。

 天井にわだかまる闇に、ぎょろりと眼球が浮かんでいる。軽々と輝く黄金色の瞳が、ユフィーリアとショウを忌々しげに睥睨へいげいしていた。


「おのれ、まだ息があるのか」

「残念だったな。殺したけりゃ窓ガラス割る勢いで殴ってこいよ」


 ベーッと舌を出して挑発をするユフィーリアの横で、ショウが眼球の浮かぶ闇へ向けてマスケット銃を突きつけていた。先ほどまでは真面目な様子でボケていたが、その雰囲気はどこへやら、鋭い眼光を放つ赤い瞳で黄金色の眼球を睨みつけた。


「姿を見せたらどうだ。留まり続けるのであれば、容赦なく燃やす」

「…………ふは、ふはは。ふははははは。恐れを知らぬとは素晴らしい。全く、命知らずな愚か者め」


 闇に浮かぶ黄金色の眼球がぐんにゃりとひん曲がり、笑っている様相を見せる。それから「いいだろう」と闇は頷いた。


「ならば刮目かつもくせよ。我が姿を見て、恐れ戦くがいい!!」


 高らかにそう宣言した闇は、突如として膨張を始める。

 ユフィーリアは膨れ上がる闇に怪訝な眼差しを向けるショウの頭を引っ叩き、「なに挑発してんだ!!」と怒鳴った。そういう加減を知らない彼は火に油を注いでしまったようで、面倒なことがさらに面倒な方向へと転がってしまった。

 立ち尽くすショウを引きずって座り込むナツキといまだ気絶した状態から目覚めない一般人を守るように闇と対峙したユフィーリアは、外套の内側から軍旗を取り出す。旗竿をしっかりと握りしめて、天高く軍旗を掲げる。


「弱き民を守れ――『|輝ける栄光を捧げる勝利のシャルル・アングリラーレ』!!」


 風もないのに軍旗が空中になびき、白い燐光がユフィーリアやショウ、ナツキや一般人に取りつく。あらゆる攻撃を弾くことができる『輝ける栄光を捧げる勝利の旗』であれば、相手がどんなことをしてきても耐えることができる。

 膨れ上がる闇は、ついに展望台を突き破り始めた。さながらそれは、卵の殻を破る雛鳥ひなどりのようであり、展望台というまゆから生まれたものは雛鳥よりも凶悪な怪物だった。

 ガラガラと崩れ落ちる天井の瓦礫を軍旗で守りながら、ユフィーリアは闇の正体を目の当たりにして息を飲んだ。

 夜空に浮かぶ青白い月に食らいつかんとする巨大な口から、獣の咆哮ほうこうが放たれる。四本の太い足でつるりとした床を踏みしめて、長い尻尾は二本生えている。ぎょろりとした黄金色の眼球は炯々と輝き、生え揃った鋭い牙の隙間から涎が滴り落ちる。


「――――我が名は【魔道獣マドウジュウ】、絶望を食らって生きる魔獣よ」


 その外見と嗄れ声が妙に合っていて、なるほど老獪な猫だとユフィーリアは素直に思った。それを言葉にする余裕はなかったが。


「ナツキ嬢、お前は天井に隠れてたのがあんな化けモンだったって知ってる?」

「知らない……」


 ナツキは首を横に振った。恐怖のあまりか、眠り続ける最愛の弟を抱きしめて否定した。


「あんなの……知らない」

「ついでに言うが、思い入れもねえな? 背後から急に襲ってきたりとかしねえよな?」

「しない!! な、なんでそんなことをするの!?」

「いや、実際にされたし」


 少年が正気を失ってショウの腕を引き千切り、トドメを刺そうとしたその直後に背後からシズクに撃たれたことを思い出して、ユフィーリアは苦笑いを浮かべた。効力の切れた軍旗を乱暴に外套の内側へしまい込み、マスケット銃で巨大な黒猫――【魔道獣】を照準するショウに命令した。


「ショウ坊、ナツキ嬢と気絶した一般人どもを連れて先に行け!!」

「一人で戦うつもりか!?」

「俺は殿しんがりだよボケ!! 先導しろっての!!」


 ユフィーリアが一人で戦うことに対して敏感に反応するショウの尻を蹴飛ばして、ユフィーリアは【魔道獣】へと向き直った。相手の実体がある以上、見えるものであればどんなものでも切断できる切断術が使える!

 視界で【魔道獣】を捉えて、ユフィーリアは距離を飛び越える居合を放った。薄青の刃は虚空を掻き切り、しかし確実に【魔道獣】の右前足を切断する。

 だが、


「――――ふん、甘いわ」


【魔道獣】の嘲る言葉。

 確かに苦悶も絶叫もなかったが、四肢の一つを欠いただけでも筆舌に尽くしがたい痛みを伴うはずだ。それなのに、何故そこまで余裕の態度が取れるのか。

 ユフィーリアは青い瞳を見開く。相手の態度に異変を感じた。

 目の前にどっしりと存在する巨大な黒猫は、ニィと牙を剥き出すようにして笑う。なくなった右前足の切断面からは、鮮血の代わりにしゅうしゅうと煙のような闇を噴き出していた。笑うほどの余裕があるということは、痛みなど存在しないということと同義だ。


「――言ったろう? ()()()()()()()()()()()()()()()


 弾かれたようにユフィーリアは背後を振り返った。

 つられてショウとナツキも、その背後で庇う存在を視認する。


「う、うあ……」


 いつのまに起きたのだろう。

 ナツキの寄生虫によって操られ、そして現在は支配が解かれている一般人が次々と意識を覚醒させていた。

 彼らの目の前には、あの悍ましい姿をした化け物がいる。四肢を欠損した状態でなおも苦しむ様子など見せず、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべて観察している。

 常日頃からこんな化け物を前にしているユフィーリアやショウにとって、【魔道獣】なんてただの敵に過ぎない。斬って殺して燃やしてしまえば終わりという存在だ。

 それでも、あれに見慣れていない一般人からすればどれほど恐怖する光景だろうか。あの化け物を目の当たりにして、無事で済むと誰が思うだろうか。


「――ああ、ああ。いい絶望だ。食らい甲斐があるというものだ」


 嗤う【魔道獣】の黄金色の瞳が、一際強い光を放った。

 すると、どうだろうか。今までガタガタと震えていたはずの一般人の体から、暗い色をしたもやが漏れ出てくる。靄は【魔道獣】の引き裂くように開いた口の中へと吸い込まれて、それを美味そうに【魔道獣】は舐め取った。

 靄を吸い取られた一般人の瞳からは光がなくなり、虚ろなガラス玉のような瞳を虚空へと投げていた。ぼんやりしたその様は空っぽの人形のようであり、もう【魔道獣】を見ても恐怖心を抱いていなかった。


「人間は実にいい、無限の絶望を生み出してくれる。引き裂き魔を演出させた時もそう、次は自分の番かもしれないという恐怖心と犠牲者が今際の際に生み出すこれ以上ない絶望は――ああ、どんな甘露にも勝るものだ」


 ユフィーリアは改めて【魔道獣】を見やった。

 確かに【魔道獣】は、規格外の巨躯を持つ黒猫の様相を見せていたはずだ。よくもまあ、あの展望台に大人しく収まっていたなと感心するぐらいに。

 だが、先ほど一般人からの絶望を食らったことによって状況は変わった。


「でかくなった……ッ!?」


 絶望を食らって生きるということは、そこに絶望を生み出す餌がいれば無限に生きていけるということだ。

 四肢を欠損したはずの【魔道獣】の傷はいつのまにか再生されていて、さらにその巨躯は二回りぐらい大きくなっていた。

 唖然と立ち尽くすユフィーリアに、ニタリと笑う【魔道獣】は言う。


「そういえば、よくもまあ我の足を斬ってくれたな。愚かな小娘よ」


 ゆらりと振り上げられる前足。

 回避行動を取ろうにも、どこに逃げればいい? 壁はすでに取り払われて、床を越えた先はすでに真っ暗な海しかない。高高度から用意もなく落ちれば、いくら『最強』とて死は免れない。

 考える暇も余裕もなく、ついに死神の鎌は振り下ろされた。


「――――仕返しだ」


 左半身に【魔道獣】の前足が叩きつけられて、ユフィーリアは夜空へと吹っ飛ばされた。

 展望台から弾き飛ばされた彼女は、暗い海へと落ちていく。


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