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SkyFall/Fantasma  作者: 山下愁
Wars:2 蒼海の実験場

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第17話【守る者、奪う者】

 昇降機がどの階層にいるかを示す装置が、ゆっくりと動き始める。最初は左端を示していた針だが、徐々に右へ傾いてきて最上階へ向かっていることが分かる。

 その様を眺めていた少女は、形のいい鼻をフンと鳴らした。それから残しておいた手駒に手を振っただけで命じて、閉ざされた昇降機の扉の前へと立たせる。彼らの手には機関銃が握られていて、その銃口は一斉に昇降機の扉へと突きつける。

 なんと愚かだろうか、わざわざ昇降機を使ってくるなど死ににくるようなものではないか。

 どうやら『一の島(アインス)』まで到達した奪還軍とやらは、相当な脳筋のようだ。散々脅しにかけられたが、これなら勝てそうである。


(ごめんなさい。でも、弟の為に死んでください)


 これから昇降機を使ってやってくる奪還軍の面々に心の中で謝罪する少女は、昇降機が目的の階層に到着したことを告げる鐘の音を聞いた。針はすでに右端を示していて、最上階に到達したことを告げていた。

 扉がゆっくりと開いていく。

 少女は手駒に機関銃を構えさせて、扉が完全に開くその瞬間を待った。扉が開いた瞬間に機関銃を持った手駒たちと対面を果たして唖然とする彼らの顔面を、判別できなくなるぐらいにボロボロにしてやるのだ。


「――――――――え」


 少女は完全に開いた昇降機の内部を見て、唖然と呟いた。

 昇降機には誰も乗っておらず、内部は空っぽだったのだ。意識がない手駒たちは機関銃を構えたまま動こうともせず、主人である少女の発砲許可を今か今かと待ちわびている状態だ。

 だから少女は、すぐさま発砲許可を出してのこのことやってきた奪還軍とやらを蜂の巣にしてやるはずだった。

 それなのに。


「――――いない? どうして」


 その時、少女は軽薄さが滲む声を聞いた。


「いや、まさか簡単に騙されてくれるたァな。もしかしてお嬢さん、戦闘慣れしてないか?」


 弾かれたように昇降機の内部を見やる少女。

 そこには誰もいないはずなのに、そこに誰かがいるように空間が揺らいでいる。さながらそれは、よくできた光学迷彩。しかしその実態は、禍々しい髑髏しゃれこうべを抱えた銀髪碧眼の美しい女と、黒髪赤眼の能面のように表情一つ変えず女の肩を支えにしてマスケット銃を構える少年がいた。

 いつのまにいたのだろうか。

 いや、()()()()()()()()()()()


「う、」

「やれ、ショウ坊」


 無情に下された美しい女の命令に従って、少年がマスケット銃の引き金を引く。

 銃声の代わりに少女が目にしたのは、鮮烈な赤と手駒が燃えていく瞬間だった。


 ☆


 ユフィーリアが外套の内側から取り出したものは、禍々しい雰囲気を放つ髑髏だった。側頭部からは鉄製の持ち手が伸びていて、見た目から察するにカンテラの一種だろうか。

 用途が分からず首を傾げるショウに、ユフィーリアはマッチを取り出しながら説明してやる。


「こいつは『闇夜の提燈(ゴーストランプ)』ていう道具だ。効果は透明化」

「ほう」

「こいつが燃えている間だけは透明になることができる。見てろよ」


 火がついたマッチをぽっかりと開いた眼窩がんかに差し込んで、ユフィーリアは髑髏の中に火を灯した。髑髏の中から赤々とした炎が勢いよく噴き出ると同時に、ショウの視界からユフィーリアの姿が()()()()()

 いきなり姿を消したユフィーリアに、相棒の少年は驚いた様子で周辺を見渡していた。その様子を間近で観察していたユフィーリアは、声を押し殺して笑う。

 姿は透明になるだけであって、触ろうと思えば触れるし会話だって成立する。要はカメレオンの擬態と同じようなものなのだ。勘のいい相手であればこの透明化は看破されてしまうし、足音も普通に立つし、聞こえはいいかもしれないが敵の目を欺くのにはイマイチである。

 この『闇夜の提燈』の効果が見込める相手は、()()()()()()()()()()()()()()。戦闘に慣れていると自然と気配に敏感に反応するので、この透明化を見破られてしまう可能性が高い。また聴覚や嗅覚に優れていても見破られてしまう。戦闘に慣れていなければ、恐ろしいほどに聴覚や嗅覚に優れていること以外なら見破ることはできない。

 ユフィーリアは髑髏の中に浮かぶ炎を吹き消した。蝋燭ろうそくが燃える独特の臭いが鼻孔を掠め、同時にショウの視界にユフィーリアが姿を見せる。再び現れたユフィーリアに、ショウは迷子の子供がようやく親を見つけたような安堵した表情を一瞬だけ見せた。


「こいつで姿を消して、昇降機に乗り込む。運が良ければ相手は怯むだろうよ」

「なるほど。故に運がどうのという発言に繋がるのだな」

「そういうこった」


 闇夜の提燈は姿自体を透明化して相手の攻撃をすり抜けることはできず、ただ擬態して相手の視界から姿を眩ませるだけにしか過ぎない。相手が警戒して昇降機内に爆弾でも転がしてくれば、ユフィーリアとショウは木っ端微塵になってしまう。

 相手を一瞬だけでも怯ませることができるかどうか――これは大博打なのだ。


「しかし、これは一人用ではないのか」

「使用者に触ってりゃそいつにも適用される。ショウ坊は俺の後ろでマスケット銃を構えて待機だ」


 ユフィーリアは自分の親指を背中で示して、


「俺が合図する。いいな?」



 そして現在。

 先手必勝は叶い、相手は戦闘慣れしていない少女のようだった。ユフィーリアは賭けに勝ったようだった。

 昇降機の扉が開いた時にずらりと機関銃の銃口が並んでいた時は、さすがのユフィーリアでも死を覚悟した。ショウを背後に配置させた理由は、もし昇降機の扉が開いた途端に相手が攻撃をしてきた時にショウの盾になる為だ。一発か二発程度ならユフィーリアもどうとでもなるし、なんなら機関銃の攻撃が始まるその前に切り札である『絶刀空閃ぜっとうくうせん』を叩き込んでやるのも手だ。

 しかし、ユフィーリアは賭けに勝った。相手は戦闘慣れしていない少女であり、闇夜の提燈の効果によって姿を擬態しているユフィーリアとショウの存在に気づかず、こちらに先手を許してしまった。構わず撃っていればまだ勝算はあったのに、発砲を躊躇ってしまったのが彼女の敗因だ。


「はははッ。上手くいったな、ショウ坊」

「そのようだな」


 機関銃を構えた相手の手駒を蹴散らして、ユフィーリアとショウは悠々と最上階の床を踏む。

 大理石とはまた違った、つるりとした床に二人分の足音が響く。

 最上階は広々としていて遮蔽物が存在せず、壁は一面ガラス張りという空でも飛んでいるような気分になってくる部屋だった。ガラスの向こう側に広がる明かりの消えた摩天楼まてんろうは不気味な空気をまとっていて、黒い海は深淵のようだ。天井は相当高いようで、終わりが見えない。

 どうやら最上階は展望台のようになっているらしい。まあアクティエラの中で最も高い鉄塔なのだから、商売を主な仕事とする商人たちがこの塔を有効活用しない訳がない。予想だが展望台にして集客を狙ったものだろう。

 寄生虫の親玉らしい少女は、へたりと冷たい床に座り込んでいた。明るい茶色の髪と黒曜石のような瞳が特徴で、幼さを残す顔立ちは恐怖に塗り潰されている。ユフィーリアの視線を受けた彼女はあからさまに怯えて、その小柄な体を震わせていた。


「ユフィーリア、あそこにいた」

「お?」


 ショウが指で示した先は、展望台となる最上階でもさらに一段高いところだった。一部分だけ盛り上がっているのは、有料の双眼鏡を設置して遠くの景色をよく見させる為か。

 そこを占拠するように、巨大な水槽がどんと鎮座している。緑色の液体が空虚な水槽を満たしていて、その中に少年が沈んでいた。呼吸は問題なく行われているようで、管を咥えた少年の口の隙間からこぽこぽと気泡が出ていく。ユフィーリアが斬り飛ばしたはずの右腕は、今や肘の辺りまで再生していた。

 あれがシズクが『助けてほしい』と願った少年――スバルとやらか。意外と簡単に見つかって助かった。

 冷たい床の上に横たわる寄生虫の支配から解放されて眠る人間どもを軽く蹴飛ばして退けつつ、ユフィーリアとショウはスバルの沈む水槽へと歩み寄ろうとした。


「――――()()()!!」


 冷たい床の上にへたりと座り込んでいた少女が、キンと喧しい絶叫を上げる。部屋の構造も相まって少女の絶叫は反響して、ユフィーリアとショウは揃って顔を顰めた。

 少女は黒曜石の瞳をキッと吊り上げると、震える足を無理やり動かしてユフィーリアとショウの進路に立ち塞がる。少し小突いただけで転がってしまいそうなガタガタと震える彼女は、それでも懸命にユフィーリアとショウに立ち向かおうとしていた。


「あの子には、絶対に触らせない!!」

「邪魔するってんなら容赦はしねえぞ」


 対してユフィーリアの態度は、恐ろしく冷たいものだった。

 冷水をぶっかけられたような反応を見せる少女に、ユフィーリアは腰にいた大太刀に手をかける。ショウもまた正真正銘の敵に対して容赦する様子はなく、マスケット銃の他に回転式拳銃も呼び出してその銃口を彼女に突きつけた。


「こっちは親玉を殺せって命令も受けてんだ。お嬢さん、悪いがお前に対してはなんの思い入れも目的もねえよ。今ここで首を刎ねても、別に墓を作ってやろうとは思わねえぞ」

「……………………ッ」


 ユフィーリアから放たれる殺気に、少女の喉元が蠢いた。

 今にも崩れ落ちそうな少女は、それでも自分を鼓舞するように頭を振って両腕を広げてなおも立ち塞がる。


「…………ここは、絶対に通しません」

「そうかい」


 ならば力づくだ。

 なるべくなら女の子とは戦いたくないのが紳士を自称するユフィーリアの本音なのだが、彼女が頑として敵の位置から退かないのであれば仕方がない。売られた喧嘩は借金してでも買うのがユフィーリアの流儀であり、彼女の決死の覚悟を無駄にしない為にもその戦いを認める。

 少女は桜色の唇を引き結び、泣き出しそうになるのを懸命に堪えながら、広げた両腕を前に突き出す。長い袖から見える彼女の白い肌は、どこかボコボコと凹凸があり――見方によっては傷跡のようにも思える。


「出てきて――『強化寄生虫ワーム大量孵化ワーム量産型蟲ワーム』」


 次の瞬間。

 ぶちぶち、という少女の柔らかい皮膚を引き裂いて、大量の百足むかでがその顔を覗かせた。


「――――ッ!?」

「うおおキモッ!!」


 息を飲むショウに対して、ユフィーリアは相手が傷つくことなど知ったことではないとばかりに素直な罵倒を叫ぶ。

 少女の両腕の傷は、あの百足たちを生み出した影響によるものか。だとすれば随分と大量に生み出したものである。それこそ、【銀月鬼(ギンゲツキ)】が不審に思うぐらいに。

 百足たちはぼとぼとと床の上に落ちると、その細い体をくねらせて這いずり回る。その行き先はユフィーリアとショウの足元をすり抜けていき――。


「――ッ!! ショウ坊、あの虫どもを燃やせ!!」

「了解した!!」


 少女のやりたいことが理解できたのか、ユフィーリアは即座にショウへと命令を下す。切断術で殺すことができない可能性を考えると、ショウの火葬術によって一掃した方が確実性が高まる。

 百足の行き先はユフィーリアとショウが倒したばかりの、寄生虫に感染されて手駒の状態になっていた一般人である。いまだに目覚めることがない彼らに這い寄っていく百足は、寄生するより先にショウの火葬術によって焼き払われる。黒焦げになった百足の死体がそこかしこに転がり、ユフィーリアとショウは安堵の表情を見せるが、


「『強化寄生虫ワーム炎熱息吹フレイム量産型蟲ワーム』」


 少女の腕から再び百足が生み出され、ずるずると冷たい床の上を這う。今度は先ほどの百足よりも素早く、気づいた時には少女の腕より生み出された百足は人間の口の中にずるりと潜り込んでいた。

 寄生虫によって強制的に目覚めさせられた一般人は、さながら操り人形のような不気味な動きで起き上がる。なにをしてくるのかと身構えるユフィーリアとショウの二人に、彼らはあんぐりと口を開いた。


「――放て」

 少女の無情な一言と共に、手駒となった一般人たちは()()()()()


 視界を埋め尽くすほどの紅蓮の炎に、ユフィーリアはほぼ反射的に回避行動を取る。ショウだけはその場に残り、マスケット銃を構えると火葬術でもって対抗した。

 ショウを守るように炎の壁が出現し、手駒となった男どもが吐き出した炎の息吹を受け止める。火葬術の炎と彼らの吐き出した炎が混ざり合って、肌を焼くほどの熱気を残して消える。

 それらに意識を完全に持っていかれていた為、意識の外側からやってくるユフィーリアに、寄生虫に感染された彼らは気づけなかった。


「ちんたらしてると――」


 気づいた時には、ユフィーリアはすでに抜刀していた。

 回避行動など無意味、彼女の視界の先にいるならばその刃は届く。


「――首が落ちるぜ」


 切断術は、確かに寄生虫に支配された男どもの首を根こそぎ刎ねた。

 しかし、彼らは五体満足で生きている。首が落ちている心配もなく、再びその場にぐったりと倒れて気絶を果たす。彼らの身代わりとなって、寄生虫が死に絶えた証拠だ。

 あっという間に寄生虫の支配を解かれ、少女は苦々しげに舌打ちをする。次なる寄生虫を生み出そうとするが、彼女の逃げ場をなくすように炎の壁が取り囲み始める。


「――――ッ!?」

「残念だが、これ以上、寄生虫を生み出させる訳にはいかん」


 逃げ場をなくしたことで二の足を踏む少女に、炎の壁を巧みに操りながらショウはきっぱりとした口調で言う。少女が寄生虫を生み出したその瞬間に燃やし尽くしてやろうという強い意思が見て取れる。

 じりじりと身を焦がすほどの炎の壁に囲まれた少女は、それでもどこか隙を見て寄生虫を生み出そうとするが、彼女の背後からはまた別の人影がやってくる。


「はーろォ。火刑はお嫌いか? だったら斬首はどうよ。俺ってば結構上手いんだぜ?」


 炎の壁の一部が切断され、ユフィーリアがニヤニヤとした笑みを浮かべながらやってくる。正面にショウ、背後にユフィーリアという完全に挟まれた状態で、少女が取れる戦術は『降参』以外になかった。

 寄生虫を生み出すことも封じられ、いざ決死の覚悟で特攻すれば火刑か斬首が待っている――いや、その両方かもしれない。四面楚歌の状況に陥った少女は、へなへなとその場に座り込んでしまった。

 戦意を喪失したことを確認したユフィーリアは、視線でショウに炎の壁を消すように命じる。しっかりのその命令を受け取ったショウは、片手を振って炎の壁を消した。僅かな熱気が残り、冷たい空気と解けていく。


「ショウ坊はあの少年のとこに行け。俺はこいつを見張っとくから」

「了解した」


 ユフィーリアの命令を受けたショウは、迷いのない足取りで少年が沈められた水槽へと近寄っていく。あれだけの抵抗を見せたというのに、少女はもうなにも言うことはなかった。

 ただ泣きそうな表情で冷たい床を睨みつける少女に、ユフィーリアは問いかける。


「いいのか? あれだけ嫌だって言ってたのに、敵わねえって分かった途端に諦めんのかよ」

「――――諦めたくないよッ」


 弾かれたように顔を上げた少女は、黒曜石の瞳から涙を流しながらユフィーリアに掴みかかった。すでに少年が沈む水槽までやってきていたショウは少女を狙撃するべくマスケット銃を構えるが、ユフィーリアは片手だけでそれを制する。


「諦めたくない、諦めたくない!! だって()だもん、()を助けたいって思うのは当たり前でしょ!?」


 こんなものなど攻撃にすらならないとは分かっているだろうが、少女は掴みかかったユフィーリアを殴りつける。その衝撃は弱々しいものであり、何発食らっても気絶どころか痣一つつけることはないだろう。子供が捏ねる駄々のような弱々しい拳を、ユフィーリアは黙って受け止めた。

 ちょうど一〇発目の拳をユフィーリアの胸に叩きつけて、少女はずるずると座り込んだ。懇願するようにユフィーリアの足にしがみついて、涙声で訴える。


「連れて行かないで……大切な、大切な弟なの。……なんでもするから……お願い……その子だけは、連れて行かないで……」


 少女はただ『弟を連れて行かないで』と願った。弱くて、戦闘なんかに慣れてなくて、それでも弟を守ろうとしたけれど無残に敗北を喫した少女は、ユフィーリアの良心に訴えてくる。

 本当ならここでにべもなく「敵の言葉など知るか」と言い捨てて、少女を突き飛ばしてやろうと思ったが、そうしないのはユフィーリアに託された二つ目の『助けて(ねがい)』だった。

 だからこそ。

 ユフィーリアはついに啜り泣き始めた少女と目線を合わせる為に膝を折り、俯いた彼女の顔を無理やり上を向かせてやった。

 涙に濡れた黒曜石の瞳と、ユフィーリアの青い瞳が合わさる。驚きに目を見開いて、涙で頰を濡らした少女に、ユフィーリアは問いかけた。


()()()()()()()()()()()()?」


 至極単純な質問。それでいて、ユフィーリアにとっては重要な問いかけだった。

 呆気に取られた少女は、顎を固定されて無理やり上を向かされた状態だが、回答の為にほんの僅かだが首を縦に動かした。それだけで十分だった。


「じゃあ行くか」

「――はッ!?」


 無表情から一転してニッカリと快活な笑みを浮かべたユフィーリアは、驚く少女をひょいと抱き上げた。きちんと食事しているのか聞きたくなるぐらい少女の体重は軽く、驚きのあまり固まる少女を俵担ぎにしてユフィーリアはショウの元まで歩いていった。

 荷物のように運搬される少女はしばらくされるがままの状態だったが、彼女の弟が閉じ込められた水槽の前まで連れてこられると我に返ったようで、唐突に暴れ始めた。じたばたと暴れる少女に、担いでいたユフィーリアは「うおお危なッ!?」と驚く。


「放してッ、放してよ!! なにをする気なの!?」

「落ち着けよお嬢さん、別にケツを触った訳じゃねえんだし」

「そういう話じゃない!!」


 少女の金切り声が、キンと深夜の展望台にこだまする。

 あまりに暴れるので、仕方なしにユフィーリアは少女を解放してやった。解放されると同時に少女は脱兎の如くユフィーリアから距離を取り、己の体を抱きしめて睨みつけてきた。別になにもしていないのに、凌辱されたとばかりの反応である。

 少女の態度を目の当たりにしたショウは、ジト目でユフィーリアを見やった。完全に濡れ衣である。


「触ったのか」

「触ってねえよ」

「紳士と自称していたが、やはり変態の類だったか」

「触ってねえって言ってんだろ!! 変な濡れ衣を着せるのやめろ!!」

「今更言い訳をするな、あれほど怯えているのがその証左だろう。早く土下座して誠心誠意謝罪しろ」

「やってもねえことをどう誠心誠意謝れって!?」


 濡れ衣であると叫ぶユフィーリアは、恐る恐るといったような調子の少女の声を聞いた。


「…………どういうことなの。なにが目的? だって、その子が目的じゃないの?」

「この少年も目的だが状況が変わった。お前がこの少年の姉ちゃんなら、お前も目的だよ」


 ぼさぼさの銀髪をガシガシと掻いたユフィーリアは、


「この少年にな、()()()()()()()()()()()って頼まれたんだ。お前がこの少年の姉ちゃんなら、この少年の『助けて』に応えなきゃならねえ。――それが俺の中で決めた絶対不変の規則だ」


 少女との距離を詰める為に、ユフィーリアは一歩踏み出した。

 怯えたように少女が震えるが、ユフィーリアの言葉を吟味するように問いかけてくる。


「…………本当?」

「おうよ」

「嘘じゃないの?」

「嘘ついてどうするんだよ」

「…………だって、信じられない。スバルは私を恨んでもおかしくないもの。私、スバルに謝っても許されないようなことばかりさせたのに。どうして私を助けるように願うことができるの!?」


 少女の悲鳴に、ユフィーリアの歩みが止まった。

 彼我の距離は、歩数に換算しておよそ二〇歩ほどだろうか。すぐに距離を詰められる地点まで到達したが、そうしないのはこれ以上少女に怯えてほしくないという思いからか。


「私、スバルに何人も殺せって命じたのに……本当はこんなことしたくないって思ってたのに、何度も何度も……本当に私を助けてほしいって願ったの? 私から自分を助けてほしいって願ったんじゃないの?」

「さてな。その時はすぐに意識を失っちまったけど、詳しくは本人に聞けばいいんじゃねえの?」


 そう言って、ユフィーリアは背後を振り返った。

 視線の先には、水槽の前で右往左往する相棒がいた。本当にこの装置を止めてもいいのか、それとも危険を承知で水槽を割るべきか悩んでいる様子である。

 素直に割ればいいのに、とは思うが訳の分からない装置を訳の分からないまま解除して、目的である少年が死んでしまっては元も子もないだろう。ショウは水槽をペタペタと触ってどこかに停止する為のボタンがないか探しているが、その様が実に滑稽で思わず笑いが漏れてしまった。


「お嬢さんがお前の弟の願いを疑うのは自由だ、それだけのことをやらかしたんならなおさらな。でも弟の人となりを知ってるお前なら、弟が他人になにを願うか分かるはずだろ?」


 ユフィーリアは少女との距離を詰めて、座り込んだ彼女に手を差し伸べた。近づいても少女が逃げることはなかった。

 おずおずと伸ばされる、少女の傷だらけの手。多くの寄生虫を生み出したことで、年頃の少女にしてはボロボロの肌をしていた。

 しかし、ユフィーリアはそれを憐れだとは思わない。彼女には彼女の思いがあって戦った――それはこの傷跡が証明している。

 少女の手を掴んだユフィーリアは、ひょいと彼女を立たせてやる。やや足をもつれさせながら立ち上がった少女は、少し高い位置から黒曜石の瞳でユフィーリアを不安そうに見てくる。それに応じるように、ユフィーリアは快活な笑みを見せた。


「俺はユフィーリアだ。お嬢さんのお名前は?」

「……な、ナツキ。ナツキ・ハルシーナ」

「いい名前だな。スバルにナツキか、ご両親は随分とセンスがいい」


 響き的に東の国の出身だろうか。――まあそんな他愛もない会話は、安全な場所に行ってからだ。

 少女――ナツキを連れて再び少年の水槽の前までやってきたユフィーリアは、ついに水槽を割る決意をしたらしいがまだ割ることができない相棒を急かす。


「なにしてんだよ、ショウ坊。普通に割りゃいいだろうが」

「しかし、いざ割ったらいきなり死んだりしないだろうか」

「ンな訳ねえだろ。ちょっと離れとけよ」


 ショウにナツキを任せて、ユフィーリアは水槽の前に立つ。

 緑色の液体の中に浮かぶ少年――スバルは、安らかな寝顔を見せていた。水槽の中で溺死しないように酸素を送り込む為の管を咥え、血で汚れた服を着ている。ユフィーリアが肩まで斬り飛ばしたはずの右腕は肘の辺りまですでに再生されていて、どうやらこの液体の中に浸かっていると欠損した部位の再生を早めるようだ。

 これで全裸で液体の中に沈められていたら、と考えるとちょっと恐ろしい。そのままの状態で外に連れ出せば公然猥褻で冷ややかな目を向けられるし、かといってユフィーリアに予備の布を用意する余裕はない。外套の内側には自分の着替えはいくらか入れてあるが、多分丈が合わないだろうし。


「ていッ」


 なんとも可愛らしい声と共に、ユフィーリアは拳を水槽の中に突き入れた。

 頑丈に作られていただろう水槽でも、天魔最強と名高い【銀月鬼】の剛腕を受け止めることはできなかったようだ。簡単にヒビが入り、緑色の液体が漏れ出てくる。液体による支えがなくなったことでふらりと倒れそうになった少年を抱きとめると、ユフィーリアは眠る彼を水槽から引っ張り出した。

 ぐったりとした様子でしなだれかかってくる少年の呼吸と脈拍を確認すると、きちんと正常値だった。あとは意識が回復すれば問題ないだろう。

 外套が濡れるとか考えることなく、ユフィーリアは軽々と少年を背負うと、


「よし、ずらかるぞ。あとそこの気絶した奴らも引きずってくぞ」

「どうやって?」

「昇降機に放り込んでやりゃいいだろ。二発ぐらいぶん殴れば目を覚ます」


 全身をぐっしょりと濡らした少年を背負うユフィーリアは、大の字で寝ている一般人を蹴り転がして昇降機に向かう。さすがに一般人を蹴飛ばすことに気が引けたのか、ショウは気絶する彼らの襟首を引っ掴んでずるずると引きずり始めた。

 これで終わりだと思っていた。ナツキは救われ、少年は愛する狙撃手の少女の元へ送り届けられて万事解決するはずだった。

 その時だ。

 緊張感が緩んできた空気に、おどろおどろしい声が聞こえてくる。



()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 弾かれたようにユフィーリアは天井を見上げる。

 ずっと天井は、どこまでも高いから終わりが見えないものだと思っていた。先が見えないから暗いのだと、そう認識していたのだ。

 しかし、その認識は違った。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 天井付近を覆う暗闇はもぞもぞと蠢いて、やがて一つの緑色の眼球を浮かばせる。


「――その感情は、実につまらん」


 嗄れ声と同時に天井から細長いなにかが飛来してきて。

 ユフィーリアは背負っていた少年をナツキに向かって突き飛ばし、攻撃が及ばないようにとさらにショウが二人をまとめて遠くへと弾く。飛来してきたなにかの軌道は確実にユフィーリアとショウを捉えて、二人を展望台の端まで吹き飛ばした。

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