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SkyFall/Fantasma  作者: 山下愁
Wars:2 蒼海の実験場

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幕間【深淵での会話】

 落ちていく。

 落ちていく。

 深淵の向こう、底を目指してユフィーリアはどこまでも落ちていく。


「ッと、落下地点は自分で決めなきゃいけねんだよな」


 紡がれた声は低く、軽薄さが押し出された口調は変わらない。背中から落ちていく姿勢を器用に反転させて、ユフィーリアは前後左右を漆黒に塗り潰された異空間に着地を果たした。

 足元となる闇に白い波紋が浮かび上がり、しばらくして消えていく。屈伸させた膝を伸ばして、ユフィーリアは自分の格好を確認した。

 前後で長さの違う黒髪に、ゴツゴツとした戦闘慣れした手つき。身長もぐんと伸びて一八〇以上はありそうだし、極めつけに体躯が女のような柔らかさを有していない。どこからどう見ても男のそれである。

 それもそのはず、この黒色で塗り潰された異空間において、ユフィーリアは本来の姿である男の性別を取り戻すことができる。

 そしてこの異空間を訪れることができたとなると、この世界に閉じ込められている主人が迎えてくれる。


「おや、君の方からやってくるとは珍しい」


 穏やかな口調に合わせて、闇の中に白い波紋が次々と浮かんでは消えていく。視線を上げると、およそ一〇歩の間隔を開けて立ち止まった銀髪碧眼の美しい鬼と目が合った。

 透き通るような銀髪は淡雪のようであり、気品のある青い瞳は蒼玉を想起させる。浮世離れした美しさを持つ顔立ちは、どこか作り物めいた不気味な雰囲気すら孕む。東国の結婚装束である『白無垢しろむく』のような純白の着物を身につけて、その腰には白鞘に納められた大太刀をいている。

 絵画から出てきたのではないかというぐらいの神々しい美貌を持つ女だが、その額から伸びる禍々しい鬼の角は彼女が化け物であることをまざまざと見せつけている。

銀月鬼ギンゲツキ】――ユフィーリア・エイクトベルと契約した、天魔最強と名高い天魔である。

 彼女は桜色の唇をにんまりとひん曲げて、くすくすと実に楽しそうに笑っていた。


「私が恋しかったのかな?」

「ンな訳ねえだろ。思い上がんな」

「冗談だろうに。この世界にいると一人ぼっちだからね、誰かと話すと長くなってしまうのは私の悪い癖だ」

「まあ冗談を言いたくなるのも分かるけどな」


 それよりも本題である。

 ユフィーリアがこの世界を訪れ、そして天魔最強と名高い【銀月鬼】と相対するには理由がある。直球に「聞きたいことがある」と切り出せば、彼女の表情は途端に引き締まった。


「本当の家族じゃねえのにまるで家族のように振る舞っているのは、洗脳か刷り込みの類か?」

「ほう?」


【銀月鬼】が、青い瞳を音もなく眇めた。


「どうしてそんなことを?」

「アクティエラを全体的に見て回ったが、実の親じゃねえのに子供が親のように甘えて、親の方が子供を甘やかしたり叱りつけたりしていた。街ぐるみの演劇を見てるようだった」

「それを気づいたのはいつかね?」

「宿屋に泊まり始めた時からだ。そもそもあの宿屋の女将、元は【閉ざされた理想郷(クローディア)】で風俗嬢をやってた。その親に懐いてる子供の方は議員の娘だ。繋がりなんざ皆無のはずなのに、まるで本当の親子のように振る舞ってやがる」


 演技にしては妙に現実味があり、現実であると片付けるには彼らの経歴が否定してくる。おそらく事情を知らない者が見れば違和感を覚えることはないだろうが、幸か不幸か、ユフィーリアはアクティエラという監獄に囚われた行方不明者の一部を知っていた。だから、この異常事態に気づくことができたのだ。

【銀月鬼】は考え込むような仕草を見せると、


「なるほど、ならば()の仕業だろうな」

「自分で答えを完結するのやめてもらえませんかねェ?」


 自分だけ理解して頷く【銀月鬼】に、ユフィーリアは詰め寄った。答えを出すことは結構なことだが、だからと言って自分自身だけで完結させてしまうのは如何なものか。

 拗ねたような反応を見せるユフィーリアに、【銀月鬼】は困ったような表情を浮かべた。


「まあ、そう焦るな。急かす男は異性に嫌われるぞ」

「もう遅えよ」

「おっと、そういう問題ではなかったか」


 少しの冗談を交えつつ、【銀月鬼】は回答を示す。


「結論から言えば答えは『イエス』――これは間違いなく洗脳の状態に近い」

「誰かがアクティエラの奴らに洗脳をかけたってか」

「いや、寄生虫の仕業だね」

「……………………」


 さらっととんでもないことを告げた【銀月鬼】に、ユフィーリアは少しだけ考えてしまう。

 別段、難しいことは言っていないはずだ。ユフィーリアとてその単語の意味を正しく理解しているし、考えられなくもない手段だと思う。

 ――寄生虫?


「おえッ」

「汚いな」

「いや……あの、子供の頃に蟷螂かまきりが寄生虫にやられて……尻からにゅって糸みたいな虫が出てきたことを思い出した……」


 子供の頃の衝撃を思い出してしまったユフィーリアは、堪らず嗚咽を漏らした。ちょっとだけ喉の奥に酸っぱいものが出てきたが、根性で飲み込んだ。あの時の衝撃的な体験は今でも鮮明に思い出すことができてしまうので、できることなら自分の奥深くに封印したかったのだが。

 そういえば、アクティエラに侵入する前になんか百足むかでみたいなのが足元を這っていたが、まさかあれが寄生虫の類か?


「君も出くわしたことがあるだろうが、あの百足が術式によって生み出された寄生虫だな。あれが人間に寄生すると、親玉の手駒になる」

「虫の天魔って気持ち悪いな」

「存在するところには存在するさ。君も巨大な蜘蛛くもの天魔が空から降ってきたところを見たことがあるだろう?」

「やめろ思い出させんな」


【銀月鬼】が余計なことを言うので、さらに悪しき記憶が呼び起こされてしまった。

 空から降ってきたあの巨大な蛾の天魔や蜘蛛の天魔の気持ち悪さと言ったら、さすがに最強と呼ばれるユフィーリアでも情けなく悲鳴を上げる。蛾や蜘蛛などの虫の類は通常の大きさであれば全然平気なのだが、天魔ともなると人を頭から丸呑みするのではないかと思うぐらいの大きさになるのだ。

 ぶるりと体を震えさせるユフィーリアは、ころころと楽しそうに笑う【銀月鬼】へ恨みがましそうな視線をやった。こいつ、まさかユフィーリアの反応を楽しんでいるのだろうか。

 契約者のくるくると変わる表情を楽しんでいた【銀月鬼】は一通り笑って満足したのか、「話を戻そう」とユフィーリアが切り出した本題に軌道を修正する。


「この寄生虫は、親玉を倒せば即座に終わる。それほど強い天魔ではないさ、君なら十分に対応できると思うが」

「気持ち悪さで悲鳴を上げなけりゃいいけどな」

「嫌悪感を抱くのは勝手だが、私の願いはきちんと聞き届けてくれたまえよ」


 豊かな胸の下で腕を組んだ【銀月鬼】は、少しばかり不満そうにその柳眉を寄せる。


「私は君に、天魔の殲滅を願った。全てを託したのだから、虫だろうが幽霊だろうが倒して貰わなければ困るのだが?」

「分かってるっての。誰も『放棄します』なんて言ってねえだろ」


 ぶっちゃけ【銀月鬼】の有する海をも割り裂く剛腕を、擬似戦闘遊戯ファイトゲームで悪用しまくって禁止されたことがあるのだが、それは言わないでおいた。ここで口を滑らせれば契約を打ち切られてしまいそうだから。

【銀月鬼】はユフィーリアの反応を怪しむように「本当か?」などと疑ってくるが、ユフィーリアは「本当だっての」と言い張った。

 ともかく、聞きたいことは聞けたのだから、この異空間に留まっている必要はない。ユフィーリアは用は済んだとばかりにさっさと立ち去ろうとしたが、それを【銀月鬼】が「待ちなさい」の一言で引き止めてくる。


「先の寄生虫の話だが、君の言うアクティエラとやらの街の規模を考えると異常だとも呼べるね。何故なら私の想像通りの天魔なら、それほど手駒を増やすことはまず考えられないからさ」

「理由は?」

「管理が面倒だろう。かといって全てを放任しておくと、いざという時に手駒として機能するのに役立たない。あの状態にするのであればすでに寄生虫の親玉は天魔憑きとなっているか、あるいは黒幕が存在するかだな」


【銀月鬼】は形のいい鼻をフンと鳴らして、


「きっと黒幕は私の一番嫌いな系統だろう。遠慮なく殺してしまえ」

「言われなくても、お前の望み通りにしてやるさ」


 ひらりと手を振って、ユフィーリアは今度こそ深淵の底から立ち去った。

 寄生虫の天魔。

 泡沫の夢が覚める間際、ユフィーリアは【銀月鬼】の言葉を反芻する。

 管理が面倒だという理由も納得できる。よほどの頭脳を有していなければ、手駒は管理できる程度でなければ自分の与り知らないところでなにが起きるか分かったものではない。それがあんまりパッとしないのは、おそらくスカイ・エルクラシスの存在によるところが大きいが、納得する程度であればできる。


(今度の相手は面倒くさそうだなァ……)


 口の中だけでぼやくと、ユフィーリアの意識は急浮上していく。

 さあ、深淵から目覚めの時間だ。


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