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SkyFall/Fantasma  作者: 山下愁
Wars:2 蒼海の実験場

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幕間【君を好きになった日、君が消えた日】

 青い髪が嫌いだった。

 狩人の一族は、とにかく目立たないことが重要だった。目立つ色をすれば獲物に気づかれてしまい、逃げられてしまうから。

 シズク・ルナーティアも【月天狗ツキテング】と契約を交わす前までは黒髪だったし、契約を交わしても黒い髪のままでいられると信じて疑わなかった。

 それなのに。

 天魔と契約を交わして天魔憑てんまつきとなり、シズクは狙撃手としてあるまじき青髪を手に入れた。人間にも真っ青に髪を染める好き者はまず存在せず、自然とシズクの青い髪は目立ってしまった。目立つことが禁じられた狙撃手であるはずなのに、彼女の容姿はとにかく人々の注目を集めることになってしまったのだ。


「――やめて、見ないで」


 どこにいても刺すような視線が送られてくる。

 人々の中に紛れ込むに当たって、天魔憑きという存在は敬遠される傾向にある。もちろん外見や天魔憑きとなった事情を気にしない性格の一般人も多いが、中にはシズクのとにかく目立ってしまう青い髪を『悪魔憑きの証拠』だと囁く人もいた。

 天魔憑きの存在を認めていない人は、彼らのことを『悪魔憑き』と呼ぶ。怪物に魂を売り渡して人ならざる能力を手に入れたのだから、認識としては間違っていない。

 それでも、天魔憑きとて感情は持ち合わせている。ただの機械のように地上を取り返すべく天魔と命を削り合っている訳ではなく、彼ら天魔憑きとて天魔と契約を交わす前は人間だったのだから。

 特に、シズクの扱いは他の天魔憑きよりも酷かった。

 シズクは奪還軍に所属していない。シズクは奪還軍が【閉ざされた理想郷(クローディア)】にやってきたあとに、自力で【閉ざされた理想郷】まで辿り着いた天魔憑きである。天魔を討伐するのは奪還軍の仕事とされており、天魔憑きでありながら奪還軍に籍を置かないシズクは肩身が狭い思いをしていた。部屋を借りることすらままならず、地下にいながら浮浪者と同じく野宿をしていたほどだ。


「――やめて、こっちを見ないで」


 青い髪が注目を集め、天魔憑きであることもまた注目を集め、いつしかシズクは他人の視線に対して恐怖心を抱く『視線恐怖症』になってしまった。

 とにかく目立たず、とにかくひっそりと、とにかく影のように生活することを心がけた。食事に関しては購入せずとも天魔を狩れば事足りるし、なんだったら地上でひっそりと野宿してもいいだろう。だが地上には奪還軍が存在するし、他人がいる状況で落ち着いて眠ることなどできやしない。

 結果的に、シズクは【閉ざされた理想郷】と地上をひっそりと行き来しながら生活していた。


「――こっちを見るな!!」


 それはいつだったか。

 いつものように獣の天魔を狩って【閉ざされた理想郷】まで持って帰ってきた時、運悪く噂好きの主婦たちがシズクを見ながらひそひそと声を潜めてこう言った。


「ほら、見なよあの悪魔憑き」

「奪還軍に所属してないのにふらふらとどこをほっつき歩いてんのか」

「あの青い髪も気味が悪い」

「愛想も良くないしねえ」


 言いたい放題に暴言を吐いて、シズクの柔らかい部分を確実に抉っていく。

 見られているというだけで、シズクは動悸を感じずにはいられなかった。膝から崩れ落ちそうになるのを懸命に堪えて、寝床にしている路地裏を目指す。脂汗が額を伝い落ちていき、視界がぐらりと歪む。

 自分の中で先ほどの主婦たちの言葉が反響して、脳味噌を内側からガンガンと揺らす。鋭敏に感じ取る他人の視線、視線、視線。奇異な視線でこっちを見てくる全員見てくる指を示して嘲笑って見てくる見てくる見てくる見てくる見てくる見てくる。


「――気持ち悪い」


 本当は天魔憑きになんてなりたくなかった。

 あの時【月天狗】と遭遇しなければ、きっとシズクは狩人の一族の娘として両親や兄弟と同じように死ねたかもしれない。両親や兄弟は【月天狗】に競り負けて殺された。自分はほんの僅かだけど【月天狗】に実力で上回ったから勝てて契約できただけで、敵討ちなんて意気込まないで死んでいればよかったのだ。

 そうすれば、こんな青い髪にもならずに済んだ。

 胃の中がぐるぐるとして、気持ち悪くて、シズクは堪らずその場に膝を抱えた。ひそひそと自分を揶揄する、口先だけ達者な人間どもがひどく恨めしい。同じような立場になったら、今のような口が利けるのか試してやりたいぐらいだ。

 どうしてこうなってしまったのか。

 どうしてこうなってしまったのだろうか。

 いっそこの場で舌を噛み切って死んでやろうか。

 シズクは震える舌を奥歯で挟んで、一気に力を込めようとしたその時。


「あっれえ? 戦いもしないで楽園に引きこもってばかりいるお荷物が、今日も立派にお勤めを果たしてきてくれた天魔憑きさんをいじめてる?」


 気が抜けるような、それでいてどこか安心するような少年の声が、底冷えのするほど冷たい空気の中を突き抜けていく。

 辛辣な口調でシズクをひそひそと詰った主婦を罵ったのは、一〇代中頃に達したばかりの少年だった。明るい茶色の髪をふわふわと揺らし、未発達な体でシズクを暴言から守るように立ち塞がり、純粋無垢な黒曜石の瞳でバツが悪そうに顔をしかめる主婦たちを見上げて、少年はきっぱりと真正面から言い放つ。


「おばさんたちは、天魔憑きのお兄さんやお姉さんたちになんかしてあげた? おれは毎週お手伝いすることないかって聞いてるよ。天魔憑きのお兄さんやお姉さんも、天魔と契約する前はおれたちと同じだったんだ。おばさんたちは、もし同じ立場になったら今のようにひそひそされたいの?」


 少年の正論に悪態を吐く訳でもなく、そそくさと奇異の眼差しを向けていた野次馬たちはその場から逃げ出した。

 言ってやったぜ、とでも言いたげに胸を張る少年は、シズクの存在を思い出して慌てた様子で駆け寄ってくる。黒曜石の瞳は純粋にシズクの体調を気遣ってくれているようで、至近距離から見つめられているというのに動悸はしなかった。


「大丈夫? 体調が悪いなら病院行く?」

「へ、平気……大丈夫」

「そっか。でも心配だから家まで送るよ。――あ、もしかして触られたくない? ちゃんと手は洗ってるから汚くないと思うんだけど、やっぱり女の人は触られたくないって人がたくさんいるって姉ちゃんが言ってて……」


 あたふたと狼狽する少年は、ついさっき正論でシズクに奇異な視線を向けていた人間どもを撃退した彼とは打って変わっていた。少年の態度の変わりようについていけずにぽかんとするシズクは、不意にどこからかぐぅぅぅという盛大な腹の音を聞いた。

 少年は恥ずかしそうに顔を赤らめて、自分の腹をさする。


「へへへ、実はここしばらくまともに食べれてなくて。姉ちゃんはお仕事忙しそうだし、天魔の肉は高騰してるし、姉弟二人だとあんまり裕福には生活していけてなくて」


 お見苦しいところを、と少年は謝罪する。

 シズクは「そんなことない」とか「助けてくれてありがとう」とか言葉を探すよりまず先に、手にしていた革袋を少年へと押しつけた。その中身は先ほど狩ってきたばかりの天魔の肉が入っていて、それなりの大きさがあるので姉弟の二人分ぐらいは余裕で足りるだろう。

 天魔憑きであるシズクは足りなくなれば地上に出て狩ればいいし、食べられない人が優先的に資源を得るべきだ。この少年はシズクのように地上に出て、天魔を狩る術を持たないのだから。

 反射的に革袋を受け取った少年から逃げるように素早く立ち上がると、まだ動く足を懸命に動かして路地裏に引っ込もうとする。これ以上人通りの多いところにいれば、今度こそ気絶ぐらいはするかもしれない。

 それを阻止したのは、少年の「待って!!」という声だった。


「こんなの渡されても食べられないよ。だって、君のでしょ?」

「う、ウチは、また狩りにいけばいいし。あと、お肉の美味しさなんて、分かんないし」

「でも」

「ろくに食べられてないなら、食べるべき。キミはウチと違って、地上で狩ることができないんだから」


 早く逃げたくて早口で捲し立てて、シズクは泣きたくなるのを堪える。

 頼むから、もう見ないでほしかった。こんな人外の証のような、青い髪をした自分の姿など。


「――うん、じゃあおれが君にこのお肉の美味しさを教えてあげる」


 そんな突拍子もない提案をされて、シズクはさらに混乱した。

 訳が分からなかった。何故そんな提案をされるのか、美味しさを教えてあげるという言葉も理解不能だった。そして少年が、何故いまだに自分と会話しているのかさえも。

 少年はシズクの華奢な腕を掴み、それから朗らかに笑った。


「このお肉をくれたお礼に、君にも美味しい肉料理をご馳走するよ。ちょっと味には自信はないけれど……」


 何故、彼は天魔憑きであるシズクに優しくするのか。

 何故、彼は人間をやめた存在であるシズクに笑顔を向けるのか。

 少年の為ではなく生活の為に天魔を狩り続け、なに一つ彼に貢献していることなどないというのに。

 少年は変わらず笑みを浮かべたまま、


「おれ、スバル・ハルシーナ。青い髪が綺麗なお姉さん、名前は?」


 ナンパとも呼ばれてもおかしくない気障な台詞だが、その言葉は確かにシズクの心にまで届いた。

 その日から、ほんの少しだけ自分の青い髪が好きになったのだ。


 ☆


「スーバルー、今日も天魔の肉はいらんかねー?」


 溌剌とした声を高らかに響かせて、シズクは他人に迷惑がかかることなど毛ほども考えずにドカドカドカッ!! と薄い木製の扉を連打する。その手つきに容赦はなく、扉を叩き割らんとする勢いさえある。

 遅れて「はいはいはい、ちょっと待って」と困惑したような少年の声が聞こえてきて、シズクは扉を叩くことをやめた。

 内側から施錠が解かれて、扉が開く。ひょっこりと顔を出した明るい茶髪の少年――スバル・ハルシーナは肉の入った革袋を掲げて笑うシズクに、申し訳なさそうに微笑んだ。


「いつもありがとう」

「いいってことよ。代わりに今日もお頼み申す」

「はいはい。じゃあ部屋に入って待っててくれる?」


 スバルに部屋へ通されて、シズクは「ヒャッホーウ」と奇声を上げながら突入する。スバルが姉と暮らす部屋は綺麗に整頓されていて、狭さなど感じさせない明るい内装となっている。玄関を通り抜けるとすぐが台所となっていて、すでに何品か作ったのか小さなテーブルには皿がいくつか並べられていた。

 そして、机に向かうのはスバルとシズクの他にもう一人。スバルと同じ明るい茶色の髪を持つ妙齢の女性が、奇声を上げて突撃してきたシズクを見やって小さく笑った。


「いらっしゃい、シズクちゃん」

「お、ナツキお姉様。お仕事終わったんですです?」

「今日は早く上がらせてもらったの。シズクちゃんがとてもいいお肉を手に入れてくれるって言ってたから、張り切っちゃった」

「うおお……そりゃちょっと緊張しますな。お姉様のお眼鏡に叶うか……」


 シズクはそう言いながら、女――ナツキ・ハルシーナの隣に座る。シズクの向かいにスバルが座れば、いつもの食卓が完成する。

 狩られたばかりの天魔の肉をまな板の上に載せながら、スバルが「そんなことないよ」と言う。


「シズクが狩ってくる天魔の肉は、いつも美味しいよ」

「素材じゃなくてスバルの腕がいいんじゃない?」

「褒めたってなにも出ないぞ」

「ウチは事実を言っただけだもーん。あのね、ウチに料理をさせたらまずどんぐりを探すところから始まるからね?」

「自信満々に言うことじゃないからね!? どんぐりってなんの料理に入れるつもりなんだよ!?」


 スバルからの常識的なツッコミもいつも通りの光景である。

 心の底から楽しそうに笑うシズクはスバルの料理が完成する時を待っているが、不意に隣から感慨深げに呟く言葉があった。


「シズクちゃんは本当によく笑うようになったね」

「…………いやー、まあ、最初は話を振られても答えなかったですもんね」


 ナツキの言葉に、シズクは青い髪を掻きながら照れ臭そうに笑む。

 最初は「料理をご馳走する」と言ったスバルの言葉が信用できずに、引きずられるまま家まで案内されて食事を共にしたが、姉弟の二人で会話を盛り上げてくれたがシズクはなに一つ反応することができなかったのだ。ただ出された料理を消費するだけだった。

 徐々にシズクもスバルとナツキの二人に慣れてきた頃にはポツポツと言葉を返すようになり、気がつけば喧しいほどに笑うようになり、心配になるほど騒ぐようになった。冗談も言うようになった。劇的な変化だと言えようか。

 次第にいい匂いが室内を漂い始めて、シズクの胃袋が空腹を訴えてくる。台所を右へ左へ移動する少年の背中を眺めながら、


「多分、二人のおかげだよ」

「私はなにもしていないけれど?」

「訳も分からない天魔憑きのウチを家に入れてくれるじゃない。悪い人だったら襲いかかっちゃうかもよ?」

「シズクちゃんはそんなことする子じゃないでしょ」


 ナツキは清々しいほどの笑みを浮かべて、


「だってシズクちゃん、近接戦苦手じゃない」

「――うがー、そうきたか。事実だけどね!! 他の天魔憑きと比べると思いのほかポンコツですけどね!!」


 この姉弟、時々辛辣な言葉を与えないと気が済まないのか。

 根っからの狙撃手であるシズクは近接戦が苦手なことを指摘されて、青く長い髪を振り乱して嘆く。敵が間合いにきてしまうとどうしても固まってしまうのだ。一応ナイフも扱えるが、それは相手を殺す為ではなく殺した獲物を分解するのに用いるぐらいである。


「ほら、シズク。ちゃんと座って。ご飯できたよ」

「やほーい、スバル今日のご飯はなに!?」

「煮込み」

「…………お、おう?」


 意外と質素な答えを返されて反応に困るシズクの前に、深めの皿が置かれる。今しがた狩ってきたばかりの天魔の肉の塊がゴロゴロと入った、乳白色のどろりとした液体だった。野菜と肉が一緒に煮込まれたそれは、俗にシチューと言われるものである。

 同じようにナツキの前にも皿が置かれて、最後にスバルが自分の席にようやく座る。


「それじゃ二人とも、両手を合わせて」

「「「いただきます」」」


 食事の始まりは、いつも三人一緒に。それが決まりだった。

 和やかな会話も交えて、シズクにとっての幸せな時間は流れていく。


 だから、この時がいつまでも続くものだと思っていた。



「今日のーお肉はーすり身にすると美味しいぜーい」


 適当な歌を口ずさみながら人気のない路地裏をすいすいと慣れた足取りで歩くシズクは、すでに顔馴染みのようになった黒猫に「こんちゃーす」と挨拶をして通り過ぎる。黒猫はシズクの喧しさを訴えるように、細い尻尾を一振りしただけだった。

 いつものように天魔の肉を入れた革袋を揺らして、シズクはスバルの待つ家を目指す。今日も姉のナツキはいるだろうか。いれば今日は三人でスバルの手伝いをしてやろう。

 今日はいつもより上等な獲物を狩ることができたので、スバルとナツキも喜びそうである。二人が喜んでくれるなら狩ってきた甲斐があったというものだ。

 鼻歌交じりに狭い路地裏を経由して、人通りの少ない住宅街へやってきた。他人からの奇異な視線にも慣れたもので、ひそひそと噂するような声はもう聞こえないふりをするようにしている。スバルは「あんなの聞かないでいいよ」と言ってくれているので、シズクもそうするようにしたのだ。


「スバルー、お肉いらんかねー?」


 ドカドカドカッ!! と近所迷惑になることすら考えずに、シズクはハルシーナ家の扉を叩く。そしていつものようにスバルが「はいはい、今開けるね」と困ったように言って開けてくれるのだが――。

 今日は、扉が開かなかった。

 三秒ほど叩き続けたシズクは、不思議そうに首を傾げる。留守だろうか。この時間帯はいつも夕飯の支度をしているはずなのだが。


「スバル? いないの?」


 夕飯の材料の買い出しに行っているのだろうか。

 だったら少し待つべきか、それとも自分の家に戻るべきか。留守であれば鮮度は落ちるが、あとで届けた方がよさそうだ。

 普通ならここでくるりと扉に背を向けて立ち去るべきだが、どういう訳かシズクにはそれができなかった。立ち去ろうにも、自分の中に存在する【月天狗】が「ここで立ち去るべきではない」と警鐘を鳴らしている。

 神経を逆撫でするような嫌な予感が、シズクをいつまでも玄関前に留まらせた。「スバル?」と扉に呼びかけるも、家主は反応すら返してくれない。

 シズクは意を決して扉を開けた。いつもは施錠されているはずの扉だが、今日に限っては施錠されていなかった。簡単に開いてしまった扉は、シズクを部屋の奥へと誘う。

 室内に足を踏み入れると、調味料の香りが鼻孔をくすぐった。ぐつぐつと鍋が煮える音が聞こえてくるが、不思議なことに物音がそれ以外にない。逸る心臓を押さえて、シズクは玄関を通り抜けた。

 その先に広がっている見慣れた台所には、人の気配がない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()伽藍がらんとした部屋を見渡したシズクは、呆然とした口調で家主の名を呼んだ。


「――――スバル?」


 ☆


 青い髪を好きになるきっかけをくれた少年。

 人付き合いの悪い自分を敬遠することなく、根気よく話しかけてくれて優しくしてくれた少年。

 我ながら単純だとは思うけれど、それでもシズクはスバル・ハルシーナが好きになった。ほんの些細な理由だけれど、シズクにとっては十分すぎる理由だった。


「――【月天狗】、ウチはスバルを助けることができないの?」


 埃っぽい部屋に取り残されたシズクは、膝を抱えて自分の中に問いかける。

 蹴飛ばされた全身が痛くて、体を動かすたびに骨が軋む。喝を入れてくれた相手は、あの天魔最強と名高い【銀月鬼ギンゲツキ】だ。手加減されても銃弾が掠めることすらなかったのだから、きっと逆立ちしても彼女に敵うことはない。

 片思いの相手を助けてほしいという願いを託したシズクは、悔しそうに――本当に悔しそうに呟く。


「ウチが、助けたかったなぁ」


 シズクにスバルを助けるだけの実力がないのは、もはや自明の理だった。

 狙撃手である彼女は、近接戦に向いていない。契約した【月天狗】もまた近接戦を苦手としていて、距離があればあるほど実力を発揮する遠距離が得意な天魔だった。スバル・ハルシーナという少年を助ける為には近接戦も必要となってくるだろうし、室内戦において狙撃銃は邪魔でしかない。

【銀月鬼】と対峙した時は、忍ばせていたナイフを抜く暇さえなかった。隙があれば狙撃銃で攻撃して、あんなに懐に入り込めた瞬間もあったのに、シズクには一歩を踏み出すことができなかった。

 己の弱さを嘆くシズクは、視界の端でなにかが輝くのを見た。視線をやれば、部屋の隅に転がった相棒たる狙撃銃が月光を浴びて煌びやかに輝いている。


 暗に狙撃銃は告げている。

 ――お前には()()があるだろう、と。


「…………うん、うん。そうだね。そうでなきゃね」


 シズクは痛みを訴える体を動かして狙撃銃を拾い上げ、それから深海色の瞳に滲む涙を乱暴に拭った。


「助ける形も色々あるからね」


 狙撃手は前衛の補佐をすること。

 すなわち、第零遊撃隊《彼ら》の背中を守ることだ。


「やってやんぜ。最強の狙撃手を舐めたらどうなるか、思い知らせてやろうじゃんよ」


 狙撃手にしては目立つ青い髪を靡かせて、シズク・ルナーティアは戦場に立つことを決意する。


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