第11話【二の島】
真ん中に浮かぶ円環の『二の島』は、娯楽施設や巨大な商店街などで賑わうアクティエラ自慢の浮島だ。数々の有名店が軒を連ね、明かりが尽きることがない。
街灯に組み込まれた輝光石が煌々と明かりを落とす鉄橋を渡った先には、宝石箱をひっくり返したかのような摩天楼が広がっていた。宿泊施設が主な『三の島』と打って変わって、商業都市の代名詞とも呼べる『二の島』は今もなおたくさんの店が営業していた。
「眩しい」
「『二の島』のほとんどは二四時間営業の店が多いからな。人が集まりゃ光も集まるってかね」
ちなみに余談であるが、この『二の島』があまりにも明るい為に『夜を照らす街』と呼ばれていることを二人は知らない。
鉄橋を渡り終えて『二の島』に足を踏み入れると、主要となる大通りに軒を連ねる店の奏でる音楽がぶつかり合って不協和音を生み出していた。昼間は人通りが多く賑やかだろうが、今は深夜という時間帯もあってかそれほど人気はない。広がって大通りを歩いていても文句を言われないほどに、伽藍としている。
初めて訪れた『二の島』の様子に物珍しそうな視線を送るショウは、建ち並ぶ店の種類を見て感慨深げに呟く。
「この時間帯でも飲食店は営業しているのか」
「高カロリーな飯を食いたい奴がいるんだよ、世の中には」
かくいうユフィーリアも真夜中に麺類が食べたくなって【閉ざされた理想郷】を彷徨い歩いたが、それはあえて言わないでおいた。「そうやって無駄遣いするから家賃すら払えなくなるのだ」と耳に痛いお小言が聞こえてきそうな予感がした。
それでも、ユフィーリアも『二の島』にくるのは初めてだった。そもそもアクティエラに足を運ぶ機会さえなかったのだから、どうせアクティエラを訪れたのであれば代名詞と名高い娯楽施設で遊んでみたいと考えたのである。まあ余計な相棒はついてきてしまったが、彼には食べ物を与えておけばいいだろう。
「らあめん、というものがあるな」
「行こうにも金がねえけどな」
「巨大な肉の塊を売っているが、あれは?」
「あの肉を削ぎ落としてパンに挟んで売るんだよ。まあ金がねえんだけどな」
「あの店内から異様に冷気が……」
「まあ冷たいモンを売ってるから当然だよな。金がねえから行けねえけど」
「…………貴様、二言目には金がない金がないと……」
「事実なんだから仕方ねえだろうがよ」
こうして大通りを練り歩いて店の外観を見て回るだけだが、商品を買えるほどの金をユフィーリアは有していないのだ。残念ながら給金のおよそ八割を賭博で使ってしまった影響で、もうほとんど小銭しか手元に残っていないのだ。
怒っていいのか呆れていいのか分からない複雑な視線を寄越してくるショウからひたすら目を逸らし続けていると、ふとユフィーリアは建ち並ぶ店の中でも一際寂れたそれを発見した。
子供の目を惹くように塗装された鮮やかな色彩の筐体には髭の男の人形が飾られており、その人形は輝光石を文字のように並べた看板を背負っている。人形は長い間放置されていた影響で塗装が剥がれて、関節部分も錆びついている様子だった。
「ああ、擬似戦闘遊戯か」
「擬似戦闘遊戯?」
ユフィーリアの言葉を鸚鵡返しのようにして問いかけてくるショウに、銀髪をガシガシと掻いて「そうさなァ」と説明の言葉を探す。
「なんつーか、あれに一発決めれば勝ちってことだ」
「一発決める」
「殴るんだよ。その威力を計測して、最高記録を塗り替えるとそれまで注ぎ込まれた金が賞金として全額返還されるって仕組みだ」
ほれ、と人形が掲げる文字盤を指で示すユフィーリア。そこに刻み込まれた数字は一万と少しだが、それでも夜遊びする程度には事足りるだろう。
ユフィーリアは古ぼけた人形にいそいそと近づいていき、なけなしのギル硬貨を投入して擬似戦闘遊戯を始めた。「ようこそ挑戦者、擬似戦闘遊戯は甘くないぜ!!」などというひび割れた音声が人形の後ろから聞こえてきた。
「やるのか?」
「金がねえからな。まあ【閉ざされた理想郷】の二層にもあってよ、金がねえ時はこれで稼いだな」
「…………それはいいのか? 貴様は【銀月鬼】の天魔憑きだろう。本気を出せば最高記録を塗り替えられるのは当たり前だと思うが」
「ああ。だから出禁になったけどな」
でも、とユフィーリアは拳を握りしめて人形と対峙する。
ニヤついた笑みを浮かべる男の人形は、華奢な見た目のユフィーリアを嘲笑っているかのようだった。その青く塗られたガラス玉のような瞳は「かかってこい、どうせ最高記録など塗り替えられないだろう」と物語っている。
店によって掲げる人形の種類は違うものの、この筐体の人形は何故だかユフィーリアを苛立たせた。見た目に騙されるとはいい度胸である。
「――――せぇいッ!!」
裂帛の気合と共に放たれた拳は、空気を引き裂いて人形の鳩尾に突き刺さる。割と本気でぶん殴ったらしく、鉄で作られたはずの人形の鳩尾が凹んだ。
ぶん殴った衝撃で鈍い痛みを訴える手を振りながら得点の集計を待つユフィーリアは、直後にぴろぴろぴーん♪ という愉快な音楽を聞いた。見れば人形の背後に掲げられた看板がピカピカと輝き、最高記録を塗り替えたことを告げていた。
当然である。ユフィーリアは確実に勝利する為に、割と本気でぶん殴ったのだ。【銀月鬼】の剛腕をもってすれば、最高記録を更新することなど朝飯前である。
人形の口からボロボロと零れてくる硬貨と一枚のぺらっとしたお札に、ユフィーリアは「なんか吐瀉物のような気分だわな」という感想を抱きつつ、
「いやー、全く【銀月鬼】様々だな。こういう時はこの剛腕が役に立つぜ」
屑である。
この世に蔓延る天魔の殲滅を託されたにもかかわらず、使いどころは私欲の為とはなんとも屑である。
しかし、すでに己が屑で阿呆だと認めているユフィーリアは人形から吐き出された硬貨を掻き集めてぺらっとしたお札と一緒に外套の内側へポンと放り込む。もはや財布を出すことすらしなかった。金の管理に関しても無頓着である。
さて、これで夜遊びができる程度には軍資金は集まった。ほくほく顔で背後に佇んでいるだろうショウへと振り返るが、
「……あれ? おーい、ショウ坊」
ユフィーリアの背後には誰もいなかった。ポツンとユフィーリアだけが腹が凹んだ人形の筐体の前に取り残されていた。
勝手に姿を消した相棒を探してぐるりと大通りを見渡してみると、なにやら一箇所に人が集まり始めていた。ちょうど同じように夜遊び目当てで『二の島』に繰り出した若者や、店を閉めたばかりの店主らしき草臥れた男だとか、とにかく色々集まってある店の中を覗き込んでいる。
彼らが覗き込んでいるのは、なにやら喫茶店のようなところだった。深夜も営業している喫茶店も珍しいものだと思いきや、その店はどうやら深夜にしか営業していない店のようで、店先に出された看板には『飲み会の後にはやっぱりパフェでしょ!!』みたいな頭の中身を疑いたくなるような文句が書かれていた。
酒のあとには甘いものなんて食べたくねえな、と見当違いな文句を呟いて、ユフィーリアは店の脇にひっそりと屹立する幟に視線が留まった。
その幟には『超巨大パフェ、挑戦者求む!!』とあった。しかも下部には小さく『三〇分以内に食べ切ったら料金無料、賞金五万ギル』とあった。
「うーわ、無理無理。こんなの賞金積まれても無理だわ。食い切れねえわ」
食べ切れるのだとしたら相当な甘党で大食いな物好きぐらいだ。
ユフィーリアは引き攣った表情で首を横に振り、自分には無理だと挑戦する前から諦める。並大抵の大飯食らいでも、ここまでドンと甘いものを置かれればさすがに無理だろう。完食の条件が厳しすぎる。
――いや、それを可能とする人物が一人だけ心当たりがある。それも身近な人物で、だ。
「いやいやいや、いやいやいやいやいやいやいやいや……」
脳裏をよぎった少年を、頭を振って追い出す。確かに彼なら可能だろうが、いくらなんでも無謀にも挑戦しようだなんて思うだろうか。
それでも、万が一という場合もある。ユフィーリアも野次馬に混じって、ひょっこりと店内を覗き込んでみた。
「おかわり」
「勘弁してください」
ずっこけそうになった。
明るく女性受けの良さそうな店内は綺麗に片付けられていて、その他の客も真ん中の席に座る一人の少年に目が釘付けになっていた。
少年の前にはバケツが置いてあり、さらにその足元には四つほど同じバケツが無造作に積み重ねられていた。それだけでなにがあったのかなんて明白である。
「……なにしてんだ、ショウ坊」
店内に入ったユフィーリアは、真っ直ぐに真ん中の席を陣取る相棒の元へ向かった。
背筋をピンと伸ばした状態でおかわりを待つショウと、そんな彼の足元で土下座して「勘弁してください」と謝罪する店主らしき男と、それから店内にいた客が一斉にユフィーリアへと注目した。四方八方から飛んでくる視線がひたすら痛い。
ショウはユフィーリアの気持ちを知ってか知らずか、不思議そうに首を傾げると、
「ユフィーリアか。記録は更新できたのか?」
「ああ、うん。まあ更新できたけども……質問の答えになってねえぞショウ坊。なにしてんだよっての」
「幟に巨大パフェの挑戦者を求むとあったので、挑戦してみた」
あっけらかんと言い放つショウは、
「複数完食すれば賞金は倍額になるのかと問うたところ、どうせ食べられる訳がないと言われたので五つほど平らげた」
「なんで『敵が向かってきたから切り刻んでやりました』みたいな感じで言っちゃってんのお前? 幟の巨大パフェすげえ大きさじゃん、それ五つも食っといてまだ食うの?」
「甘いものは別腹だとよく言うだろう」
「別腹関係ねえよ、これだけ食ってりゃよ」
足元に転がるバケツを一つだけ拾い上げて、ユフィーリアはそれを観察する。バケツの内側は食べカスすら残らず綺麗に完食されていて、なんかもうどう反応していいのか分からなくなる。
まだ食べ足りないらしいショウはなおも無表情のまま土下座する店主に向かっておかわりを要求しているが、そろそろ止めなければ本気で店の倒産の危機だ。
「ショウ坊、もうやめとけ。店主のおっさんが泣いてんだろうが」
「あれだけではまだ食べ足りないというのに」
「食べ足りねえのは分かってんだよ。お前はなにか忘れてねえか?」
「? 任務のことか?」
「違えよ、むしろ思い出させんじゃねえよ」
不満げなショウに、ユフィーリアは店の外を指で示した。
「ここはアクティエラだぜ? 星の数ほど飯屋がある。大盛りの飯を提供する飯屋がここにどんぐらいあると思ってんだよ」
「ッ!!」
ショウは忘れていたとばかりにガタンッ!! と席を立つ。表情一つ変わっていないはずなのに、目は口ほどに物を言うのか赤い瞳だけはキラキラと輝いている。
「そんな訳でおっさん、巨大パフェ五つ分の賞金を持ってこようか? ――男なら発言に責任は持つべきだろ?」
息を飲むほどの美貌に満面の笑みを浮かべて、ユフィーリアは至極当然ではあるが人としてどうなのかという発言をした。具体的に言うと「今の状況でそれを言うか?」である。
半分笑って半分泣いている状態の店主は、掠れた声で「は、はひ……」と応じるしかなかった。
店主を同情する声はおろか、ユフィーリアとショウを批判する声も上がらなかった。全てをただ傍観していた一般客たちは次に少年の餌食になるだろう飲食店の経営者に対して、静かに合掌するしかなかった。
☆
「なんだありゃ」
【閉ざされた理想郷】には存在しない飲食店を巡り、その中でいくつか見かけた『挑戦者求む』と謳う巨大なメニューを丁寧に潰していって人々を圧巻させたユフィーリアとショウの二人は、ふと大通りのある一角に目が留まった。人通りの少ない深夜の大通りだからこそ、その人集りはかなり目立っていた。
咥えていた黒い煙草の紫煙を吐き出しながらなんとはなしに呟くユフィーリアの横で、ショウが淡々とした調子で答える。
「不明だ」
「行ってみるか」
「ああ」
ユフィーリアの進路決定にショウも異論はないらしく、二人揃ってのこのこと人集りな近づいていった。
肉の壁ができて様子は伺えないが、建物と建物の隙間でなにかを発見したようだった。「まただ」「ああ、怖い」などと口々にぼそぼそと呟いているのが聞こえてくるが、その言葉と吸い込む空気に混じる鉄錆の臭いになんとなくユフィーリアは状況を察することができた。
人集りを超えることは即座に諦め、ユフィーリアは代わりに最後尾で顰め面で立っていた壮年の男に話しかける。
「なあ、なんかあったのか?」
「んん? ああ、お前さんは最近きた傭兵の」
「ンな設定なんざどうでもいいんだよ。なんかあったのかって聞いてんだこっちは」
なにやらとんでもないことを口走って壮年の男が「え、設定?」と聞き返してくるが、ユフィーリアの迫力に気圧されてしまってどもりながらもなんとか答えを返す。
「引き裂き魔さ。また犠牲者が出た」
「…………八人目」
ポツリとショウが呟く。
この二日間で引き裂き魔の事件に巻き込まれた被害者は七人――目の前の惨劇の犠牲者を含めれば八人だ。アクティエラの住人たちはまるで他人事のように「怖い」「怖いわ」などと言い合っているが。
いや、そもそも何故彼らはこれほど冷静でいられる?
一般人は死体に慣れていないはずだ。ユフィーリアとて、この二日間で引き裂き魔の事件に巻き込まれた果てに殺されてしまった犠牲者の死体を目にしたことがある。あれは惨劇の一言に尽き、戦場を経験しているユフィーリアでさえ吐き気を催してしまうほどの酷い有様だったのだ。
それが、彼らはどうだ。いくら見慣れたからと言って、明日は我が身という状況なのに「怖いわ」「怖いね」と言い合っているだけだ。普通なら外出など控えて少しでも引き裂き魔と遭遇する確率を下げようとするものだが――?
と、その時。
バヅンッ!! と。
『二の島』の明かりの全てが一斉に消えた。
空気が充填されている限りは明かりを落とし続ける輝光石を用いた街灯すら、その柔らかな明かりを消していた。真っ暗闇が『二の島』全体を覆い尽くし、たまたま外に出ていた一般人たちは「なに!?」「なにも見えない!!」「誰か明かりを!!」と口々に叫び、視界を覆う暗闇に怯えているようだった。
制止など通用せず、ただ我先にと逃げ出そうとする彼らの中で、ユフィーリアは確かに感じることができた。
迷いのない足取り。右往左往するその他大勢とは違って、それは完全に足音を雑踏と悲鳴の中に紛れ込ませて、暗闇を上手く利用して近づいてくる。それは誰がどこにいるのかきちんと把握しているようで、滑るように逃げ惑う一般人のうち一人を狙う。
「ショウ坊!!」
「了解した」
近くにいてくれたショウは素早くしゃがみ込むと、舗装路に両手を翳して叫ぶ。
「紅蓮走星!!」
ショウの手のひらから火葬術の炎が溢れて、それは地面を這うようにして縦横無尽に駆けていく。明かりが消えた『二の島』を紅蓮の炎がパッと明るく照らし、そしてその瞬間をユフィーリアは目撃してしまった。
建物と建物が作り出すほんの僅かな隙間に、誰かが引きずられていく瞬間を。
ユフィーリアは短くなった煙草を足元に捨てて小さな炎を踏み消すと、誰かが引きずり込まれていった建物の隙間めがけて走り出す。ショウも石畳の表面を舐めるように移動する紅蓮の炎を光源として巧みに操りながら、ユフィーリアの背中を追いかけた。
真っ暗な建物の隙間はちょうど人が一人通れるくらいの狭さで、足元に転がったゴミを蹴飛ばしてユフィーリアは細い路地を走る。紅蓮の炎が壁を伝って明かりの代わりとなり、ぼんやりと視界を確保することができた。
路地を抜ければ大通りから外れた裏道に出て、ユフィーリアは一般人を連れ去った何某を探して周辺に視線を巡らせる。遅れてやってきたショウが炎を操って辺り一帯を照らすと、遠くの方で柔らかいなにかを無理やり引き裂く音がユフィーリアの鼓膜を僅かに震わせた。
「…………この音は」
「静かにしろ」
ショウにも聞こえたらしく、彼は素直な疑問をそのまま口にしたのだが、ユフィーリアに言葉を遮られて大人しく口を噤む。
ぶちぶち、ぶちぶつ、ぶつんぶち、と絶え間なく音は続く。ユフィーリアはショウに「明かりを消せ」と命じると、それまで視界の端で闇に沈む鋼鉄の浮島を照らしていた炎がフッと掻き消えた。僅かな熱を残すと同時に、視界に夜の帳が下りる。
空から静かに降り注ぐ青白い月光が、裏道をぼんやりと照らしている。ぶちぶちという音は変わらず聞こえてきて、しかしその音は徐々に頻度をなくしてきた。代わりにボキンという枝でも折るかのような音が聞こえ始める。
ユフィーリアはまず自分を指で示して、それから音のする方向を示す。「自分が先に行く」と相棒に合図を送ると、彼は小さく首を縦に振った。
足音を消してゆっくりと音源に近づいていく。明かりの消えた建物の壁沿いに進んでいき、空気に鉄の臭いが混ざっていることに気づく。不穏な音がするということは、連れ去られた一般人はすでに死に絶えていることだろう。
「――――――――」
音はゴミ捨て場のような隙間から聞こえてきて、ユフィーリアはその暗がりを覗き込んで息を飲んだ。
最奥には周辺から集められたゴミが積み重ねられている状態だが、それらにはべっとりと赤い液体が付着していた。石畳にも隙間なく赤い液体が塗りたくられていて、なにやら桃色の小さな破片がそこかしこに転がっていた。
吸い込む空気は噎せ返りそうなほどの鉄錆の臭いで満ちていて、惨劇を彩る空間の中心には少年がいた。自分よりも身長の高い男へ馬乗りとなって、その腹を引き裂いて内臓を一心不乱に千切っている最中だった。
少年は、見た目こそまだ一〇代中頃に達したばかりだろうと推測できる。暗闇の中に沈む特徴的な茶色い髪、正気の失せた黒曜石の瞳、幼さを残す顔立ちは能面のように無表情であり、ひたすら男の内臓を千切っている。その細い腕のどこにそんな力があるのか、腕力だけで少年は死体を原型を留めず損壊させていっている。
その少年を、ユフィーリアは見たことがあった。
宿屋の隣の部屋に宿泊していた、あの少年だ。
――うん。そっか。じゃあ、襲われそうになったら大声で叫ぶようにします。これでも大声には自信があるんで。
そう言って微笑んだ少年の表情が、ユフィーリアの脳裏をよぎった。
「なにしてんだ、少年」
一心不乱に肉を引き千切る引き裂き魔の少年へ、ユフィーリアは声をかけた。
すると、少年はピタリと肉を千切る行動を止めて、ゆっくりとユフィーリアの方へ振り返った。襲いかかってくるかと身構えるユフィーリアに、少年は真っ赤な両手を呆然と見下ろして、
それから、
震えた唇を懸命に動かして、
「…………た、すけ、てぇ……」
黒曜石の瞳から涙を流し、彼は助けを求めた。




