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SkyFall/Fantasma  作者: 山下愁
Wars:2 蒼海の実験場

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第8話【引き裂き魔事件】

 長い眠りからようやく覚めたような感覚が平凡な男を襲い、気づけばそこは【閉ざされた理想郷(クローディア)】の雑多な街並みではなく、輝く蒼海そうかいに浮かぶ人工島だった。かつて人類が築いたとされる商業都市と認識するのに、男は少々時間を要した。

 燦々《さんさん》と降り注ぐ陽光の下に、背の高い建物が乱立している。それらのほとんどは格安の宿屋や高級旅館のようであるが、併設されたらしい料理店や土産屋が喧しく客の呼び込みをしている。男が立っていたのは商業都市を訪れた客の憩いの場として立ち寄る広場のようで、多くの人々がはしゃぎながらあっちこっちへ行き交っている。


「…………え?」


 なにが起きたのか、男には理解ができなかった。

 最後の記憶は「明日も仕事だ」とほんの少しだけ嘆きながら、ベッドに入るところだった。現に男の格好は寝間着のままであり、ついでに言うなら寝癖もついている。それなのに気づいたらこんな人通りの多い街中に放置されて、一体なにがなにやら分からない。

 混乱する男は助けを求めるように視線を巡らせるも、誰一人として知り合いが存在しない。不安で仕方がなくて、そのうち冷や汗が男の背筋を伝い落ちていく。動悸も激しくなり、堪らず膝から崩れ落ちてしまった男の体を、誰かが優しく支えてくれた。


「どうした? 気分悪いなら医者でも行っとくか?」


 軽薄な男口調をなぞる声は、鈴を転がしたかのような美しく凛とした響きがあった。

 憔悴しきった男の顔を覗き込んだのは、銀髪碧眼の美女だった。透き通るような銀髪は寝癖が目立つものの、風に揺れてふわふわと揺れる頭髪は触ったら柔らかそうである。優しそうな微笑を浮かべた顔立ちは息を飲むほど美しく、男を真っ直ぐに見下ろす青い瞳は蒼海を取り込んだかのようだ。瑞々しい白磁の肌は陽光を照り返し、男の崩れ落ちそうな体をしっかり支えている腕は華奢でありながらもしなやかさがあり、ちょっとだけ触れてしまった胸は豊かで柔らかい。

 一〇〇人の男が見惚れるほどの美貌を前に、記憶喪失のようになってこんな賑やかな商業都市までやってきた男も漏れなく見惚れてしまった。「大丈夫か?」と首を傾げる美女を前に、男は情けなくも緊張のあまり声を裏返してしまう。


「ひやッ!? だ、大丈夫です!? 平気です元気です超元気です元気だけが取り柄です!!」

「お、おう? 大丈夫なら平気なんだけどな」


 美女は苦笑しながら、支えていた男を立たせてやる。こんな美人と会話ができるなんて、一生に一度あるかないかの確率だ。不安と恐怖で縮こまっていた心臓はいつのまにか早鐘を打ち、なにか話題はないかと男はひたすらに頭を回転させる。

 話題は美女の方から振られた。なんと彼女は、初対面の男を相手に馴れ馴れしく肩を組んで、ニヤニヤと笑いながら尋ねてくる。


「お前どっからきたの?」

「へぁ、え、【閉ざされた理想郷】から……です、はい」

「ははーん、なるほど。予想では目が覚めたら違う場所にいたって感じか? 当たってる?」

「は、はい。よ、よく分かりましたね?」

「なに、お前のような状況になった奴が他にも大勢いる。お前だけが不安になるようなことじゃねえ、安心しな。それにこの街には天魔てんまが落ちてこねえ。【閉ざされた理想郷】と同じぐらいに快適な環境だろうよ」

「そ、そうですかねぇ……?」

「うはははッ。そうそう、そんなモンだよ」


 ところでェ、と銀髪碧眼の美女はにんまりと唇をひん曲げて笑う。美女にあるまじき獰猛どうもうな笑みで、男は思わず「ひぇッ」とひるんでしまう。


「寝間着を着たままこんな賑やかなところにきちまったってこたァ、さぞ住むところに困ってんじゃねえか?」


 そう言って、美女が取り出したものは一枚の格安宿屋のチラシだった。

 男はこの状況に既視感を覚えた。――あ、これカツアゲだ。


 ☆


「客引きってのは意外と体力使うわなァ」


 ユフィーリアは余ったチラシをびらびらと揺すりながら、集合場所まで戻ってきた。人混みでごった返す土産屋が軒を連ねたこの通り道をなんとはなしに散策していると、店先で蒸し饅頭を売っていた太ったおばちゃんが「あっらぁ」とダミ声で歓声を上げる。

 ふと立ち止まってやると、おばちゃんが手招きをしていた。女性の誘いを断る訳にはいかないので、ほいほいと近寄っていく。


「あんた美人だねぇ。わたしも若い頃はそりゃもう男なんざ取っ替え引っ替えしていたけど、あんたはわたしの若い頃にそっくりだ」

「ははッ。そりゃどうも」


 劣化が激しいが、なるほど、若い頃は美人だったのかこのおばちゃん。内心でユフィーリアは失礼なことを考えるが、笑顔で誤魔化した。


「あんた、ネロさんとこの宿屋に泊まってる傭兵さんだろう? 最近は物騒でねぇ、なんだか怖いんだよ」

「確かにまあよく聞くわな。【閉ざされた理想郷】からわざわざ歩いていらっしゃったお客さんも大分増えてるみてえだし?」

「それだけじゃないんだよ」


 どうやらこのおばちゃん、相当な噂好きのようである。彼女は声を潜めると、


「最近多いだろう、引き裂き魔の犯行が。うちも怖くて夜なんか出歩けないよ」

「ああ、最近知った話のネタでそんなのがあったな」


 ユフィーリアはスッと青い瞳を音もなく眇める。

 賑わいを見せるアクティエラだが、ユフィーリアがこの街に滞在してから奇妙な事件が内部で起きていることが分かった。

 それが引き裂き魔事件である。

 街のどこかに腹を引き裂かれて首を捻り切られた状態で放置されていて、その状態は見るに耐えないほど悲惨なものだと言われている。その頻度は二日に一度と多く、しかしアクティエラの自警団は引き裂き魔事件を追っているが、人手不足の影響で捜査が難航しているらしい。

 ユフィーリアがその話を聞いたのは、まさに昨日のことだった。滞在している宿屋の女将がお茶請け程度の話をしてくれたのだが、あまり場にそぐわないのですぐに切り上げられた訳である。


「一昨日も事件があったのさ」

「一昨日? そりゃ俺らがこの街にきてからか」

「そうさね。二日に一度の頻度が、二日連続で引き裂き魔の事件が起きてんだよ。次は誰が狙われるのか……考えただけでも恐ろしいねぇ」


 自分の太った体を抱きしめて身震いするおばちゃんに、ユフィーリアは快活な笑みでもって応じる。


「大丈夫だって、心配すんな。引き裂き魔だかなんだか知らねえが、見つけたら俺が海に沈めとくから」

「あらぁ、頼もしい。さすが傭兵をしているだけはあるねぇ。――ああ、はいこれ。傭兵なのに客引きを頑張っているあんたにご褒美だよ」


 そう言って、おばちゃんは近くの蒸し器から蒸し饅頭を一つ取り出した。ホカホカと湯気をまとう饅頭を手早く紙に包んで、ユフィーリアに手渡す。

 なき崩しに蒸し饅頭を受け取ってしまったが、本来ならこれは売り物だ。さすがに金を払うべきかと迷って財布を取り出そうとしたが、おばちゃんは豪快に笑いながら「いいよ」と断る。


「言ったろう、ご褒美だって。あと、あんたと話をするのも楽しかったからね。今度は暇な時に寄っとくれ」

「おう、絶対に寄るわ。ありがとな」


 他人の好意を無下にする訳にもいかず、ユフィーリアは笑顔で蒸し饅頭を受け取った。おばちゃんに「待ってるからね」と送り出されて、

 それから少し離れたところでなにやらジト目で睨みつけていた相棒と目が合って、驚きのあまり蒸し饅頭を取り落としそうになった。恨めしそうな視線は刃の如くユフィーリアへぐさぐさと突き刺さり、なんか居た堪れなくなってきた。


「…………さすが人誑ひとたらし。その話術で相手に取り入ろうとする魂胆が透けて見える」

うらやんでんのか憎んでんのかよく分かんねえ返答をすんなよ。ほら、お前にもやるって」


 ユフィーリアは今しがたおばちゃんに貰ったばかりの蒸し饅頭を、丁寧に二分割してやった。中身は魚のすり身が入っていて、片方をショウに手渡す。

 彼は器用に口布をした状態で、もそもそと蒸し饅頭を口に運ぶ。礼儀正しく両手で持って蒸し饅頭に齧りつく様は栗鼠りすを想起させたが、あまり指摘すると怒りそうなのでやめておいた。口は災いの元である。


「ところで仕事の方は?」

「問題ない。メロ嬢は無事に宿屋まで送り届けた。客引きには成功しなかったが、貴様がチラシをばら撒いてくれているおかげで客の入りがいいようだ」

「そいつはよかった。多少は媚びを売った甲斐があったな」


 暇だから客引きをしていたが、意外とそれが役に立っているようで安心した。ユフィーリアは大口で半分になった蒸し饅頭を消化しながら苦笑し、話題を変えるように「で?」と問う。


「お前の方はどうだった?」

「そうだな。メロ嬢の付き添いで客引きをして回ったが、何故か釣れるのは変態な趣味を持った男ばかりだったが」

「その話題すっげえ気になるんだけど、俺が振ったのはその話題じゃねえからな?」


 なにを惚けているのか、彼は見当違いな回答を寄越してきた。ユフィーリアがそれを指摘してやると、彼は「ああ、()()()の話か」とようやく気づく。


「【閉ざされた理想郷】からの行方不明者は止まったようだ。ただし引き裂き魔事件は二日に一度の被害が、二日連続で合計七件も起きている。死体も全て確認して、葬儀済みだ」

「俺らがアクティエラに入った途端に行方不明の事件はぱったりなくなり、代わりに出てきたのは引き裂き魔って奴か。――ッたくグローリアの野郎め、最強は名探偵の意味を持ってる訳じゃねえんだぞ」


 舌打ちをするユフィーリアに、ショウは「仕方あるまい」と肩を竦めた。


「下手に奪還軍の連中を動かせば、アクティエラに潜む敵は勘づくだろう。特にイーストエンド司令官の功績は偉大すぎる。海の都に巣食う天魔に知られていてもおかしくない」

「そうだけどよォ。俺ら下っ端は暴れるのが本業な訳で、こんなちまちましたのは似合わねえんだよなァ。こういうのはアイゼルネに任せとけばいいのに」

「…………それは俺も何度か思ったのだが、命令なのだから最後まで遂行するのが常識だろう」

「誰も途中で投げ出すだなんて言ってねえだろ。給金が発生するんだからやりますよ」


 蒸し饅頭を完食したユフィーリアはさて食後の一服を、と外套から煙草の箱を取り出したその時、唐突に背後から声がかけられた。ついでに言えば、なんかやたらと息が荒いような気がする。


「ね、ねえ。さっきの客引きの子だよね……? き、奇遇だな。こんなところで会うなんて」


 振り返った先にいたのは、脂ぎった顔とたるのように突き出した腹が特徴の男だった。頭もやや禿げ散らかっていて、暑いのか汗をダラダラと流して着ているシャツを濡らしている。「はあぁはあぁ」と興奮したように鼻息荒く大股で近寄ってきた男は、今しがた蒸し饅頭を完食したショウの華奢な手を取った。

 ショウは一瞬だけ眉根を寄せたが、やはり彼に自分の意思はないのか男に手を握られたまま「なんだ」と応じる。

 手酷く振られるとでも思ったのか、応じられたことでますます興奮したのか小さな目を血走らせた。脂ぎった顔に満面の笑みを張りつけて、ふんすふんすと鼻息荒くさらに詰め寄ってくる。


「ね、ねえ、き、君にお願いがあるんだけど」

「…………内容によるが」

「こ、こ、これ、これを着てほしいんだ」


 男はどこから取り出したのか、黒いワンピースと純白のエプロンが一緒になった衣装――給仕(メイド)服をショウの眼前に突き出した。しかもフリルやレースがあしらわれて魔改造された給仕服のようで、女物であることは明らかだった。


「俺は男であって、女が着るような衣服は遠慮したいのだが」

「ぜ、ぜ、絶対に似合うと思うんだ。ね? だから、その、これを着て、ね、ぼ、僕のことを『ご主人様』って呼んでくれないかな……えへへ」

「……貴様、俺を誰かと勘違いしていないか? 貴様の趣味に付き合っているほど、俺は暇ではないのだが」

「ああ、その目、その目がいい!! 冷えたその瞳が、それなのに色は情熱の赤!! 美しい顔なのに声は低くてそのギャップが堪らない!!」


 気味が悪いほど興奮する男は、周囲からドン引きされる勢いでぐいぐいとショウに詰め寄ってきて、執拗に給仕服を着るようにとお願いしてくる。さすがの変態具合に、ショウもドン引きしている様子だった。

 ユフィーリアは煙草の先端にマッチで火を灯すと、火がついたままのマッチを男の持つ給仕服めがけて放った。当然、小さな火であっても迎える結末は同じだ。

 燃えやすい布地に小さな火が移り、男の手で揺れていた黒いワンピースがめらめらと燃え始めた。純白のエプロンまでその炎が届かん勢いで燃え上がり、男は「ぎゃあああああ」とこの世の終わりかと思うほどの悲鳴を上げて石畳に燃える給仕服を叩きつけて消火を試みた。


「ああ、悪い悪い。燃えたか」


 全く悪びれた様子もなくただ決められたことのように謝罪の言葉を口にしたユフィーリアは、ぼへぁと口から紫煙を思い切り吐き出した。ここは人通りが多いので、毒素がふんだんに含まれている紫煙は、なるべく他人が吸ってしまわないような方向に吐き出した。

 見るも無残に燃え尽きてしまった給仕服を呆然と見下ろしていた男は、血走った目でユフィーリアを睨みつけてくる。「お、おま、お前ぇ……!!」と恨みつらみが十分に孕んだ呻き声を発した男の禿げ散らかった頭を、ユフィーリアはぐわし!! と鷲掴みにした。

 ぶちぶちと何本か毛根が抜けてしまったが、痛みを訴えてくる男の顔にぐいっと己の美貌を近づけさせる。別にショウに対して対抗心を持っている訳ではなく、単に見ていて気持ち悪かったので()()()()をしてやろうという魂胆だ。

 人形めいた美貌よりも彼女のまとう凄みにやられた男は、一瞬でその恨みを飽和させて「ひえええ」と情けない悲鳴を漏らした。細くつぶらな眼球から涙を流して、肉がぶるぶると震える頰を伝い落ちていく。


「相手が悪かったな。ありゃ俺の相棒だ」

「はう、あ、あふあうあ」

「面倒だから見て見ぬ振りしてようかと思ったけどよ、お前は気持ち悪すぎる。虫の居所が悪いからこのままアクティエラの外に連れ出して天魔の餌にでもしてやりてえが、人間様にご無体を働くとうちのうるせえの(司令官)が嘆くからよォ?」


 完全に態度が柄の悪い破落戸ゴロツキである。なんなら気品のある青い瞳でメンチを切り、さらに額に青筋を浮かべて怒りを露わにする自称『最強』を前に、ただの一般人である男が耐えられるはずがなかった。

 ガクガクガクガクとこちらが心配になってしまうほどに震える男を前に、ユフィーリアは外套の内側から一枚のカードを取り出した。表は白紙、裏面は赤と黒の模様が描かれている。いわゆるトランプのようなものだが、そのカードを脂ぎった男の額に押し当てた。

 そして唱える。


「『今宵の観客は貴殿で決まり。脚本はカボチャ頭の道化師に委任する。リクエストは「身の毛もよだつほどの恐怖」でよろしくどうぞ』」


 流れるように詠唱を完了させると、男がトランプの中に吸い込まれた。「ああああああぁぁぁぁぁ……」と男の悲鳴が尾を引いて、やがて雑踏に紛れて消えていく。

 男を収納したトランプを外套の内側にしまい込むと、ユフィーリアはパッとそれまでの怒りの表情を消し去って、晴れやかな笑みを浮かべて芝居がかったお辞儀をする。


「さあさあ、ご覧いただきました我が大道芸は如何でしょうか。明日もどこかで大道芸を披露するかもしれないので、一挙手一投足をお見逃しなく」


 一連の光景が演技であるかのように取り繕うと、彼ら彼女らは簡単に騙されてくれた。「なんだ演技か」「今時の奇術は本当に魔法のようなんだな」と口々にユフィーリアの芸を称賛する。

 もちろん、今のは奇術でも大道芸でもない。正真正銘、本物の魔法だ。トランプの正体はアイゼルネが愛用しているものであり、名称を『悪魔の劇場への招待状ゼルネーツァ・トラポニア』と呼ばれる。全てのカードは白紙であり、このカードに触れて脚本の指定をすると固有結界内へ転送される仕組みとなっている。固有結界内は指定した脚本の舞台となっていて、全ての演劇の過程を終了しない限りは永遠に出られないという意外と恐ろしい代物だった。

 ユフィーリアは『悪魔の劇場への招待状』の存在を怪しまれない為に、最初に吐いた嘘を貫き通したのだ。身振り手振りもそれらしくすれば、観衆は簡単に騙されてくれる。

 子供から浴びせられる黄色い声に対して笑顔で手を振るユフィーリアは、ショウを連れてさっさと泊まる宿屋に急ぐ。さすがに大道芸人として振る舞うことに恥じらいを覚えた。


「アイゼルネの振る舞いを真似してみたんだけどよォ、やっぱりちょっと恥ずかしいな」

「様になっていたぞ」

「うるせえ。お前も嫌なら『失せろ死ね』ぐらい言ってあとは無視すればよかっただろ。なにちょっと躊躇ってんだよ、まさかあのまま黙って見てたら押し切られて着るつもりだったってのか?」

「そんなことはない。確かに着るだけであれば別に問題ないかとも考えてしまったが」

「マジかよ。お前ってやっぱり自分の意思とかねえのか」


 このお人形野郎にも困ったものである。あそこで「命令だ」とでも言われていたら、果たして彼は本当にひらひらの給仕服を着て「ご主人様」と媚びていたかもしれない。誰の命令でも聞いてしまう彼の空っぽさには辟易する。

 やれやれと肩を竦めたユフィーリアは、ふと貸衣装屋の前を通り過ぎた。そこでは様々な衣装を着て写真を撮ることができる店で、軒先には色とりどりのドレスや衣装が衣紋掛け(ハンガー)にかけられて並んでいる。

 ユフィーリアはおもむろに貸衣装屋の軒先に並んであったドレスを物色し、彼の瞳と同じ色をした真紅のドレスを手に取る。怪訝な表情を浮かべるショウの眼前にドレスを突き出して、


「ショウ坊、これ着て俺に媚びてみろ」

「失せろ死ね」

「ここで使ってんじゃねえぞ。お前あの禿げたおっさんが持ってきた給仕服はよくて、俺が出したドレスは断るってか。終いにゃ殺すぞテメェ」


 先ほど自分が言った助言をまさかここで実践されるとは思ってなくて、ユフィーリアはさすがにちょっと苛立ちを覚えた。

 それでも、やはり。

 このやり取りは、何故かちょっと心地いいと思っている自分がいた。

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