終章【平和な時間】
「ダウト」
「ぐあああッ!?」
ユフィーリアによる無慈悲な宣言の末、ハーゲンの嘘が白日の下に晒される。
伏せられたカードをひっくり返すと、彼が宣言した「二」のカードとは別のカードが場に出されていた。嘘はバレてしまえば意味がない。ユフィーリアは意地の悪い笑みと共に、カードの山をハーゲンの元へ押しやる。
「残念だったな」
「なんで分かるんだよォッ!!」
カードの山の上に伏せたハーゲンを指で差してゲラゲラと下品に笑うユフィーリアは、
「お前、嘘を吐く時に視線が泳ぐんだよ。ばっちゃばっちゃだぜ」
「くっそー、目隠しして出せば……!?」
「無駄だと思うねぇ」
「やめとケ♪」
どうしても勝ちたいらしいハーゲンは目隠ししてカードゲームをしようと目論むが、その提案はあっさりとエドワードとアイゼルネにも却下されてしまう。目隠ししてカードゲームに挑むなど無茶にも程があるだろうが、ここはあえて指摘しない方がいいだろう。カモが増えるという意味で。
渋々と押しつけられたカードの山を手札に加えて、ゲームは再開する。
ユフィーリアたちがやっているゲームは、なんてことはない、伏せられたカードが嘘か本当かを見極める子供の児戯だった。賭博用のゲームをするのもそろそろ飽きが回ってきたし賭け金もないので、賭け金の必要がなさそうなこのゲームをすることになったのだ。
そして何故このゲームをしているかというと、単純な話、暇なのである。ユフィーリアは暇というものが死ぬほど嫌いだし、それはエドワードもハーゲンもアイゼルネも同じだった。この四人が集まるとなにかしらやるのは、すでに定められた未来である。
「そういや、奪還した王都はどうなってんのよぉ?」
「毒で汚染されてるからって、人間様はまだ住めねえみてえだぞ」
カードを場に出しながら、ユフィーリアがエドワードの質問に答える。
命懸けで奪還した王都アルカディアだが、その街並みは【毒婦姫】によって破壊されてしまい、さらに彼女の猛毒によってあちこちが汚染されている状態だった。そんなところに一般人を放り込めば、どんな結末が待ち受けているか分かったものではない。
しばらくは除染作業が必要になってくるだろうが、今は束の間の休息ということだ。上官であるグローリアからも許可は出ているし、しばらく戦争は休みだろう。
ユフィーリアの次に出したアイゼルネは、そのまま嘘を見破られることなく流される。彼の場合はカボチャの被り物という反則があるのだが、カボチャの被り物を外せと言ったところで絶対に拒否されるのでもう諦めている。
「というか、ユーリ。テメェ、体の方は大丈夫なのか?」
「ハゲが俺の体を気遣うとか病気か? 病院行く?」
「おう、オレが他人の体調を気遣っちゃいけねえってのか。オレは池より広い心を持ってるんだよ!!」
「随分と狭い心をお持ちのようデ♪」
池より広い心って、海と比べると水溜り程度でしかないではないか。
まあ先日もハーゲンは『ご愁傷様』を『ご馳走様』と言い間違えるほどの馬鹿を発揮したばかりだ、彼にとっては池も海も変わらないのだろう。
「でも俺ちゃんも心配だよぉ? ユーリ、毒を吸いすぎたんじゃないのぉ?」
「安心しろ。あの技を使うと絶対にぶっ倒れるから」
「どこに安心要素があるのかちょっと聞きたいところだねぇ?」
残り少なくなってきたカードを上手くやりくりしながら、ユフィーリアは「えー」と銀髪を掻く。多分彼らはユフィーリアが【毒婦姫】を仕留めると同時にぶっ倒れたことに言及しているのだろう。
あのあと、ユフィーリアはすぐさま【閉ざされた理想郷】の病院に担ぎ込まれた。結果からして体に異常はなく、目覚めるまでそれほど時間を要さなかった。ただ凄まじい筋肉痛によって、体の自由を取り戻すのに三日はかかったが。
あの技――『お了り空・絶刀空閃』は、ユフィーリアの知覚をおよそ一〇〇倍にまで引き上げるだけの技だ。一秒間が一〇〇秒に感じる、時を置き去りにした世界で、ユフィーリアは切断術を幾度も叩き込むのである。
ただし、その技にも制限がついて回る。『お了り空・絶刀空閃』はユフィーリア自身に大きな負荷をかけ、一度使用するとぶっ倒れてしまうのである。だからこそ、あれはユフィーリアの奥の手であり、あまり乱発はできないのだ。
エドワードは残り二枚になったカードのうち一枚を場に出して、
「ユーリ、あの技はもう使わないでよぉ」
「は? 嫌だ」
「なんでさ」
「俺がどこで『お了り空・絶刀空閃』を使おうが勝手だろ。俺の体のことは俺が一番分かってんだよ」
「倒れたところを狙われたら溜まったものじゃないでしょうよぉ」
「普段から使ってねえんだからいいだろうが。お前そこまでお節介だったか?」
ユフィーリアが最後のカードを場に出すと、負けじとハーゲンが「ダウト!!」と叫んでくる。ユフィーリアは「一三」と宣言してカードを場に出し、ひっくり返されたカードにはきちんと洒落た絵柄の王様の絵が描かれていた。真実だったようだ。
嘘の見破りに失敗した場合は、失敗した人の元へカードが送られることになる。ハーゲンの手元に問答無用でカードが増えた。
「お前は学習しねえな」
「うるせえ馬鹿はテメェもだろ。どっこいじゃねえか」
「一緒にすんなよ。俺は学校行ってねえけど一般常識ぐらいは知ってるよ」
「テメェ様の一般常識ってのは、出会って気に食わなかったら胸倉掴んで威嚇することじゃねーけどナ♪」
「なーんのことですかねー」
誤魔化すように明後日の方向を見上げるユフィーリアへ、三人からなにか言いたげな視線が突き刺さる。実のところ、ユフィーリアは学がない影響で一般常識というものが欠けている箇所があるが、それでもハーゲンよりマシな部類だと思っている。
それよりも。
早々に上がってしまったユフィーリアは、見たくもない他人のゲームを見ていなければならないのだ。暇である、実に暇である。暇で暇を二度ほど殺せるほど暇になってしまった。
自己中心的で屑な思考回路が働いたユフィーリアは、場に出されたカードを腹いせに全てひっくり返してやった。
「あーッ!! テメ、なにしてんだユーリ!!」
「俺が暇だ、誰か構え」
「なにその王様思考!?」
「やっぱり屑だねぇ、ユーリは。見た目に似合わず屑だねぇ」
「それでこそユーリだナ♪ むしろお行儀よく待ってる方が病気を疑ウ♪」
言いたい放題である。
しかしもう反論もしない。屑であることも認めよう。ユフィーリアは軽い調子で笑い飛ばして誤魔化した。
さて、理不尽な我儘の影響でゲームは中断して最初からである。全員でカードを集めて、アイゼルネの元に一つにまとめられる。この四人の中で最もカードの扱いが上手いのはアイゼルネだ。その繊細な指使いで魔法のようにカードを操る様は、まさに奇術師のようである。
「じゃー次はどーすル♪」
「ダウトも飽きてきたよな」
「七並べ?」
「そんなのやったら誰か絶対にカードを止めて喧嘩になるねぇ。殴り合いで大衆食堂が荒れ果てるよぉ」
次のゲーム内容を決めるべく四人は首を捻るが、これといったものが思いつかない。
うんうんと頭を悩ませて、それからユフィーリアはピンとあることを思い出した。
先日の王都奪還作戦で、ユフィーリアが自暴自棄になってパレスレジーナ城へ単騎で突撃しようとした時のことだ。一人の少年がスープの器を持ってきて、少しだけ言い合いとなって、そして空っぽと揶揄される少年は自分が抱く願望を吐露した。その時、カードゲームに混ざりたいと言っていなかったか。
「ババ抜き」
「はえ?」
「ババ抜きやろうぜ、ババ抜き」
エドワード、ハーゲン、アイゼルネがそれぞれ色とりどりの瞳を瞬かせる。それから彼らはユフィーリアの提案になにかを悟ったのか、各々頷いた。
「じゃ、あと一人か二人ぐらいは追加しねーとナ♪」
「人数は多い方が楽しいしねぇ」
「誰か暇な奴を捕まえてこねえとな。誰かいたっけ?」
「ちょうどいいのが一人いるぜ。呼んできてやるよ」
そう言って、ユフィーリアは意気揚々と席を立った。
向かう先は決まっている。いつものように大衆食堂の隅に座っているあの少年だ。数分前までは大量のサンドイッチを飲み物ですと言わんばかりの勢いで消費していた彼は、五〇皿目にして店主から強制的に待ったをかけられてしまった。食べるものがなくなってしまったらしい少年は、人形のようにその場から動くことはなくぼけっと虚空を見つめていた。
ユフィーリアが近寄ったことで少年の赤い瞳に光が差し、愉悦が滲む青い瞳を真っ直ぐに見据えて首を傾げた。
「ユフィーリアか、どうした?」
黒髪赤眼の少年――ショウ・アズマは、いつかに命令したユフィーリアの『必要以上は話しかけてくるな』という言葉を律儀に守っているようだった。ああしてカードゲームで馬鹿騒ぎしていても話しかけてこないし、それどころか他の誰かと会話することすらしない。一人ぼっちで座り続けていて退屈ではないのか。
ユフィーリアはショウの対面にどっかりと乱暴に腰かけると、
「おう、ショウ坊。一体いつまで俺の下らない命令に従ってるつもりだ?」
「? どれのことを示している?」
「必要以上に話しかけてくんなって奴」
「ああ」
ふと思い出したかのように反応するショウ。
「空っぽじゃねえなら別に無視してもいいんじゃね?」
「しかし、話しかけるほどの緊急性はないが」
「そう言うと思って俺が話題を用意してやった」
ユフィーリアは口の端を吊り上げて、エドワードたち三人が待つ席を親指で示した。ユフィーリアのやりたいことをきちんと正しく理解した彼らは、席を一つ増やした状態で待機している。迎え入れる準備は万端という訳だ。
赤い瞳を瞬かせたショウは、やはり淡々とした態度で言う。
「いいのか」
「いいも悪いもあるかってんだ」
以前、望みを吐き出した彼に人間らしさを見出した。あのまま命令だけに唯々諾々と従う人形のままだったら、ユフィーリアはショウを捨て置いたかもしれない。
だからこそ。
ユフィーリアはショウを意思を試す為に、問いかける。
「人数が多い方が楽しいからな。一緒にやるか?」
その問いに対して、人形だ空っぽだと揶揄されていた少年は、ほんの少しだけ嬉しそうに声を弾ませて、
「やりたい」
「そうこなくちゃな」
きちんと自分の意思を示したショウは、いそいそと毛色が違う四人のカードゲームに混ざり込む。
五人でのババ抜きが始まり、束の間の休息は穏やかに流れていく。




