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SkyFall/Fantasma  作者: 山下愁
Wars:1 猛毒の姫君

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第14話【紅蓮葬送歌】

 ――「此方(こなた)より畏み畏みも白す。冥府の主人の一角として、罪を雪ぐ緋炎を喚ぶ」


「ユーリ、こっちだよぉ!!」

「了解!!」


 ショウの『助けて』を確かに受け取ったユフィーリアが起こした行動は、奪還軍を束ねる司令官であるグローリア・イーストエンドの元へ合流することだった。ユフィーリアたちが隠れていた地点からディアンテ広場まではかなりの距離があるものの、それは道が蜘蛛の巣のように張り巡らされているからであって、屋根伝いに直線距離で突き進めば三〇秒もしないで到達できる。

 高低差のある屋根の上を器用にぴょんぴょんと伝っていき、ユフィーリアは夜の闇の中の沈む戦場を睨みつける。【毒婦姫(ドクフヒメ)】の人数は、ついに一五体まで増殖を果たしたようだ。破壊された鉄門を容赦なく踏みつけて、さらに無人の建物すらも玩具のように突き崩しながら、巨大な蛇女は愛する【銀月鬼(ギンゲツキ)】を探して王都を徘徊する。

 奪還軍の陽動は意味を成しておらず、【毒婦姫】は虫けらのように小さな天魔憑きには一瞥もくれることはない。一五体はそれぞれ別方向を見ていたはずなのに、一斉に、申し合わせたように、屋根の上を跳ねてディアンテ広場を目指して突き進んでいたユフィーリアを発見した。


「見つけた」「見つけた」「見つけた」「見つけ「見つけた」た」「見つけた見つけた」「見つけた」「見つけ」「見つけた」「見つけた見つけ」「見つけた」「見つけた」


 普通の雑魚に見つかるよりも、寒気のするような光景だった。実際、ユフィーリアの背筋に悪寒が走った。

 目的の相手を見つけた【毒婦姫】の群れは、それまで戦っていた相手など知ったことではないとばかりに敵を放置して、ユフィーリアめがけて突き進んでくる。いくつもの家屋を倒壊させ、いくつもの道を瓦礫の山で塞いだところで、彼女は――彼女たちは露とも思わないのだろう。


「ちょ、見つかったよぉ!? なにしてんだユーリ!!」

「だろうな。でも多少の危険は冒さねえと――」


 ユフィーリアは走りながら、()いた大太刀の鯉口を切った。

 抜き放たれる薄青の刃。黒鞘から音もなく滑り出てきた凶器は、虚空を引き裂いて【毒婦姫】たちの首の上を掻き切る。ユフィーリアと【毒婦姫】の距離はかなり開いていて、大太刀を振ったところで刃など届かない。

 しかし、ユフィーリアの切断術は距離など関係ない。視界に入っていれば、如何なるものでも切断できる!!


「いや」「どうして」「なんで」


 疑問に満ちた声を上げて、首を切られて死んだ【毒婦姫】は三体。だが、ぶっ飛ばされた巨大な首の断面からモコモコと肉が蘇り、新たな【毒婦姫】を作り出すことになってしまう。当然、残された胴体部分からも肉が蘇り、新たな【毒婦姫】の頭を作り出す。

 やっぱり物理攻撃は意味がないようだ。これで証明できた。

 大太刀を肩に担いでひた走るユフィーリアは、カラカラと軽い調子で笑った。


「やっぱりなァ!!」

「馬鹿なのかなぁ!?」


 エドワードが半泣きの状態で叫ぶ。

 やはり体を切り離したり爆破したりすると、その部分から増えるようだ。ユフィーリアの切断術は鬼門であることに、今確信を得られた。


「死にたいなら一人で死になよぉ!!」

「さすがに一人で死にたくはねえなァ」


 背筋が凍えるような悍ましい視線を一身に浴びたユフィーリアは、一度立ち止まって咥えていた煙草を足元の屋根に落とした。小さな炎を靴底で踏み消して、


「相棒が頑張ってるんだから、死ねる訳ねえだろ」


 ――「怨嗟の声を(しるべ)とし、骸を抱くは劫火の(かいな)。鈴の音を鎮魂歌の代わりとし、御霊を冥府へ導かん」


 眼下に見えた噴水を有する広場には、一〇〇人を超える天魔憑きと彼らに指示を飛ばす青年が忙しそうにしていた。天魔憑きを補佐するように、あるいは守るように気持ち悪い怪物が彼らの足元をすり抜けていく。


「相変わらず補佐官の使い魔は気持ち悪いのが多いねぇ」

「仕方ねえだろ。あいつ自身(スカイ)が契約した天魔が、あの気持ち悪いのの親玉なんだから」


 屋根から飛び降りたユフィーリアは、忙しなく指示を飛ばす青年に大声で呼びかけた。


「グローリア!!」

「あ、ユフィーリア!! いいところにきた、あのね」

「悪いが二つほど提案だ!!」


 ビシッと丁寧に二本の指をグローリアの眼前に突きつけて、ユフィーリアは口の端を吊り上げる。


「一つ。奴さんの狙いは俺だ。俺を囮にすりゃ陽動ぐらいできんだろ」

「ッ!! 悪いけどそれは許可できない。また君一人に負担を強いるようなことは――!!」

「二つ。あの【毒婦姫】を一網打尽にする為に、ショウ坊が一分ほど時間を作れって言った。()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()?」


 そこでグローリアは、ようやくユフィーリアの言いたいことが分かったようだ。

 彼は紫色の瞳を瞬かせて、それから「うん、そうだね」と頷く。それからすぐそばでしゃがみ込んで、気味の悪い使い魔を経由して戦場を観察していた腹心の青年へと振り返る。


「スカイ、今すぐアイゼルネ君を呼んで」

「ええええ……めんどくさー。ボクに何個かけ持ちさせる気ッスか」


 唇を尖らせて文句をぶつくさと呟くスカイだが、渋々と言ったように使い魔の一匹を操って目的の人物を呼び出しに行く。

 遠くの方から【毒婦姫】の「邪魔」「そこに【銀月鬼】がいるの」「待って」という狂気に孕んだ言葉を聞きながら、ユフィーリアはアイゼルネの到着を待った。


 ――「髑髏(しゃれこうべ)の提燈に火を灯せ。深淵の案内人は俺が務めよう。死を嘆く御霊に来世への希望を与え、暗き道を照らしてやろう」


 あとどれぐらい待てばいいだろうか。

 再び屋根へ上ったユフィーリアは、瓦礫の中に立ち尽くして嘆く【毒婦姫】を真っ直ぐに見据える。ようやく目的の人物が見えたからか、彼女の紫色の瞳に輝きが戻った。


「【銀月鬼】」「そんなところにいたの」「ねえお話しましょう?」「嫌いなんて嘘よね」「だってこんなに好きなのに」「私は悪くない」「ねえ【銀月鬼】」「好きよ」「愛してるわ」


 次々と増えていく【毒婦姫】は、たった一人の愛しい人に対して狂おしいほどの愛情を注いでいく。

 鼻を掠める甘い香りに顔を顰めたユフィーリアは、


「ははッ。こんな美人に言い寄られるなんて、一生に一度あるかないかの話だよなァ」


 本当に、こういう時でなければきっとユフィーリアは舞い上がっていたことだろう。なにせ相手からの純粋な好意だ。無碍にしたら男が廃るというものだ。

 それでも、彼女はユフィーリアの敵に回った。ユフィーリアは彼女を殺さなければならないのだ。


「残念だよ。本当に」


 心底残念がるような言葉を合図に、次々と人影が屋根の上に出現する。

 それらはユフィーリアと同じ高さであり、全て銀色の髪を持ち、全て青い瞳を持ち、全て女の姿をしていた。

 夜の闇の溶ける黒い外套を靡かせて、腰に大太刀を佩いて、足場の悪いはずの屋根を頑丈な軍靴で踏みつける。


「よっす、【毒婦姫】」「なかなかの美人じゃねえの」「いやー、こんな美人にモテモテだなんて俺ってば困っちゃう」「真正面から抱きついたって怒られないってことか!?」「最高じゃねえか。娼婦の嬢ちゃんたちに金を払わねえで済む」


 鈴の音のような声が紡ぐ言葉は下品極まりないものばかりであり、しかしそれがユフィーリアの特徴でもあると言えた。

 銀髪碧眼の美女でありながら、口先だけは下品な男のそれ。大胆不敵に笑う最強の姿が、およそ()()()

 偽物の中に紛れるユフィーリアは、偽物の自分たちと口を揃えて言う。


「「「「「さて【毒婦姫】、そんなに好きなら愛してやろうじゃねえか?」」」」」


 もちろん、骨の髄まで。

 たくさんのユフィーリアが現れたことに対して、【毒婦姫】たちは歓喜に沸いた。


 ――「それは身を焦がすほどの灼熱であるが、その身に背負った大罪を雪ぐ聖なる焔。紅蓮の棺に抱かれて、痛い熱いと苦悶するか」


「こっちだぜ」「捕まえてごらん」「ほーら、どこ狙ってんだ?」


 銀髪碧眼のユフィーリアたちが、ぴょんぴょんと屋根の上を縦横無尽に飛び回る。たくさんのユフィーリアを目の前に一人も捕まえられないでいる【毒婦姫】は、早くも苛立っているようだった。


「意地悪しないで!!」「逃げないでよ!!」


【毒婦姫】は苛立ちに任せて細腕を振り回して建物を次々と突き崩し、うろちょろと逃げるユフィーリアたちを掴もうとする。だがさすがの飛び抜けた身体能力で【毒婦姫】の腕を回避し続けるユフィーリアたちは、ケラケラと軽い調子で笑った。


「ここまでおいで」「捕まえられないならお話はお預けだな?」

(いやー、しかし壮観だな)


 幾人もの偽物に紛れるユフィーリアは、逃げ回る自分の分身たちを眺めて『壮観』の二文字で片づけた。

 あっちこっちに逃げるユフィーリアの分身たちの正体は、味方の天魔憑きである。身体能力はユフィーリアと同じぐらい高い者ばかりで揃えられていて、口調もできる限りユフィーリアのそれと似通うようにしている。同じ人の分身を作るなどの芸当ができるのは、現状の奪還軍には彼しかいない。


「すげえなァ、アイゼ。お前の術式を侮ってたわ」

【伊達に長い間、潜入任務ばかりこなしてねーですヨ♪】


 ユフィーリアの肩に張りついた三つの眼球を持つ鼠を介して、アイゼルネの戯けたような口調が聞こえてくる。

 アイゼルネの術式は『認識阻害』という。相手の認識を違うものにすり替える、逸らすなどの幻術を使うのである。アイゼルネは主に天魔に対して『自分は味方である』と認識させて外界を自由に歩き回り、その目で見た情報を集めてくるのが仕事だ。

 しかし、情報収集程度であればスカイ・エルクラシスの使い魔たちが十分な働きを見せてくれている。わざわざアイゼルネを工作兵とする必要はない訳だが、彼にはもう一つ、特別な任務が言い渡されている。

 それが敵同士で争うように暗躍することだ。むしろ、アイゼルネの任務は潜入よりもそちらの方が多いような気がする。

 卓抜した演技能力と味方であると認識させる幻術を駆使して仲間割れを起こさせ、さらにそこへ漬け込むようにして奪還軍の天魔憑きが襲いかかるという卑劣な作戦を幾度となく行った。今思い返せば、えげつないことをしていたと思う。

 瓦礫な山に着地して、振り下ろされた【毒婦姫】の細腕から回避したユフィーリアは、遠くの地にていまだ準備を進める相棒へと意識をやる。


「まだか……?」


 ――「嗤う骸に嘆く羅刹。彼岸に咲く徒花を手向けに、導きの劫火と共に葬送歌を奏でよう」


 その時だ。

 東の空が唐突に燃え上がった。

 弾かれたように燃える東の空を見上げる【毒婦姫】の群れと、あらかじめ伝えられていた作戦通りに行動を開始する偽物のユフィーリアの群れ。当然、ユフィーリアも同じように前線から退き始める。下手をすれば巻き込まれてしまうからだ。


「ようやくかよ」


 ユフィーリアは苦笑を浮かべて、燃え上がる東の空を見やった。

 その視線の先にあるのは、どんと鎮座する要塞のような建物である。屋上に仁王立ちをする黒髪赤眼の少年――ショウ・アズマは、普段とはその衣装が違っていた。

 黒いシャツと細身のズボン、そして革靴という洋装から喪服を想起させる和装へ。漆黒の着物の上から袖に赤い絣模様が入った羽織を肩にかけ、漆塗りの下駄をカラコロと鳴らす。ピンと背筋を伸ばして王都どころか世界を焼き尽くさんとばかりの凄まじい量の紅蓮の炎を背負い、ショウは自分を見据えてくる【毒婦姫】を睨み返していた。

 その手に握るものは、弾丸が装填されていないマスケット銃。杖のようにして長い銃身を足元に突きつけていたが、今ゆっくりとその銃口を夜空に向ける。


「――――紅蓮葬送歌(グレンソウソウカ)


 厳かに告げられた、【毒婦姫】に対抗する切り札。

 マスケット銃の引き金が意味もなく引かれ、それを合図に【毒婦姫】の周辺にボッ、ボッ、ボッといくつもの灯火が浮かぶ。それは虚空に、瓦礫の上に、【毒婦姫】の肩に、不規則に配置されていく。


「なに」「やだ」「こわい」「たすけて」「しにたくない」「いや」「いや」「いや」「いや」


【毒婦姫】は今にも泣き出しそうな表情でゆるゆると首を振り、そして術式を展開中にあるショウを仕留めれば死なずに済むと気づく。たくさんの彼女たちが取った行動は、一斉にその細腕を要塞のような建物の屋上に立つ少年へと伸ばす。


「残念だがなァ」


 ユフィーリアは渾身の力で今いる屋根の上を蹴飛ばした。

 弾丸のような速さで夜の闇を切り裂くように突き進み、ショウへ向かって伸ばされる腕をまとめて切断する。視界に入ってさえいれば、数など関係ない。

 まとめて切り裂かれる淑女の腕。ぼとぼとと重力に従って瓦礫の山の上を転がり、その切断面からは新たな【毒婦姫】を生み出そうと肉が盛り上がり始める。「きゃあ!!」「いたい!!」と口々に甲高い悲鳴を上げる【毒婦姫】の集団を無視して、ユフィーリアは己に助けを願った少年を守るように怪物たちの前に立ちはだかる。


「ユフィーリア……」

「お前は最後までやりきれ」


 抜き放った大太刀を鞘に納め、代わりに外套の裾をさながらドレスのように持ち上げる。ガシャガシャッ!! とやたら金属質な音を立てて落下してきたのは、ショウの持つマスケット銃と同じものだった。ただしその撃鉄の部分には変わらず赤い石が埋め込まれていて、いつでもあの触れたものを爆破させる能力が発動できるようになっている。

 足元に突き立つ二挺のマスケット銃をそれぞれ両手に構えると、その銃口を恨みがましく睨みつけてくる【毒婦姫】たちに向けた。


「どうしてェ……?」


 細々と、大勢の中の一人が問いかけてくる。


「どうしてェ……【銀月鬼】ィ……」

「別に理由なんてねえよ」


 これだけ真っ直ぐな好意を寄せてくれる彼女たちに、できるならば乱暴など働きたくない。一緒に手を取り合って笑えたらとさえ思う。

 だが、ユフィーリアはそれを許さない。――許せないのだ。


「俺自身はいいけどな。俺の中で眠る【銀月鬼】の願いは、天魔の殲滅だ。だから多分、お前らのことも許せねえ」


 身勝手な願いだとユフィーリアも思う。

 どれだけ酷いと叫ばれようと、どれだけ汚いと罵られようと、それでもユフィーリアは【銀月鬼】の願いを叶える。

 何故なら。


「だってそれが【銀月鬼】の『助けて』なんだから」


 背後からガツンッ!! と硬いなにかを叩きつける音がした。

 ショウが天高く掲げていたマスケット銃の長い銃身を杖の代わりにし、足元の石畳に打ちつけた音だった。


「雑談は終わりだ。それを貴様の最期の言葉と聞き届ける」

「いや、やだ、まって、ねえ【銀月鬼】もっと話したいお話したいのねえお願い死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!!」


 紫色の蓬髪を振り乱して、錯乱状態になりながらも懸命に助けを求めてくる【毒婦姫】。再生が始まったその手を握ったのは他でもない、

 背後から忍び寄った、炎の手だった。


「――――ぁ」


 艶めいた桜色の唇から、徐々に血の気が失せていく。【毒婦姫】の背後から伸びてきた炎の手は、彼女の巨大な体を難なく抱きしめる。白磁の肌は無残に焼け、花の香りに混じって肉の焼ける匂いが鼻孔を掠める。


「いや、いやあああ、ああああつい、あついあつい、あついのやだ、やだあああ」


 炎を振り解こうにも、暴れるたびに【毒婦姫】の艶かしい矮躯は容赦なく焼かれていく。肌は焼け落ち、肉が炎によって削げて、滂沱(ぼうだ)の涙を流しながら【毒婦姫】たちは、僅かに再生された指先をユフィーリアへ伸ばしてくる。


「やだ、やだ、あ、ぎんげつき、おねがい、おねがいぃぃ……」


 舌足らずな喋りで懇願する【毒婦姫】。

 おそらくはた目からすれば命乞いをしているのだろうが、ユフィーリアは違うと感じ取った。捻じ曲がって、とても美しいとは言い難い白い指先を、優しくすくい上げてやる。


「じゃあな、【毒婦姫】。()()で悪いが、お前に敬意を」


 そう言って、優しく突き飛ばしてやる。

 最後の最後で、全てが嘘であると告げられる【毒婦姫】。彼女の愛した【銀月鬼】は偽物であり、彼女の純粋な恋心を利用したのだと今更ながらに実感することだろう。

 灼熱の腕の中に倒れ込んだ【毒婦姫】は、泣きそうな表情でポツリと吐き捨てた。


「――嘘つき」


 それが、【毒婦姫】の最期の言葉となった。

 辛辣だが確かな悪意を持って放たれた言葉は、ユフィーリアの精神を深く抉った。他人の好意につけ込んで利用して、あまつさえ殺すだなんて非道な策を弄したのだから、冥府の底で「最低だ」と叫ばれても文句は言えない。いつか天魔憑きとして死んだ暁には、冥府の底で酷い待遇が待っていることだろう。

 消し炭とされた【毒婦姫】たちの群れは、残らず瓦礫の山の上にその巨躯を横たえていた。当然ながらピクリとも動く気配はない。肉の焼けつく焦げ臭い臭いが、冷たい夜の風に乗って王都全体へと運ばれていった。

 これで終わったのだ。

 王都に居座り続ける天魔を倒して、ついに王都アルカディアを奪還したのだ。


「――――うおおおおおおおあああああ!!!!」

「勝ったぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」

「よっしゃああああああああああああああああああ!!」


 王都のあちこちで雄叫びが上がり、奪還軍は歓喜に包まれる。互いに死闘を潜り抜けた戦友同士で肩を抱き合い、彼らは笑い合った。二年という長いような短いような月日を経て、今ようやく天魔と戦争する開始地点に立てたのだ。喜びもひとしおであることだろう。

 遠くの方で鳴り響く雄叫びの大合唱を聞きながら、ユフィーリアは両手に装備したマスケット銃を外套の内側にしまい込んだ。結局、使わずじまいだった。それにあまり活躍していないようにも思える。

 ドッと押し寄せてくる倦怠感に極小の舌打ちをしたユフィーリアは、背後で重いものが倒れる音を聞く。振り返ると体力を使い果たして極度の空腹状態に陥ったショウが、弾丸が装填されていないマスケット銃を杖のようにして縋りついた状態で座り込んでいた。あれだけの炎を使ったのだから、北戦線で共に戦った時以上の空腹感に苛まれているようだ。


「……大丈夫か?」

「…………おなか、へった……」


 口調もどこか覇気がない。ぐるぐると空腹を訴える腹を押さえたショウは、物憂げに瞳を伏せた。このまま放置すれば餓死するんじゃないかと思うぐらいだった。

 いつのまにか喪服を想起させる和装から見慣れた黒ずくめに拘束具のような全身ベルトの格好へ戻ったショウの襟首をむんずと掴むと、そのまま俵担ぎにする。抵抗する気力もないのか俵担ぎにされてもショウは大人しく、そしてあれだけ大食いであるはずなのに彼の体重は驚くほど軽かった。「羽のような体重だな」と気障な台詞が思いつくぐらいには。


「お前の栄養は一体どこに行ってんだよ。大衆食堂で引くほど食ってんのに」

「…………ひじん、いき」

「ああ、お前の【火神(ヒジン)】に全部吸い取られてんのな。ご愁傷様だ」


 そもそも天魔憑きになれば、老いもしなければ成長もしない。この姿からなに一つ変わりはしないのだ。髪が切れても元の長さに戻るまで伸びるだけで、変化しても時間が経てば元に戻ってしまう。

 要塞のような建物から、無事な様子の隣の建物へ飛び移る。【銀月鬼】の飛び抜けた膂力があれば、人を抱えて屋根から屋根へと飛び移るなど朝飯前だ。


「…………そう、いえば」

「あん?」


 蚊の鳴くような声が耳朶に触れる。

 軽々とした足取りで屋根から屋根へと飛び移りながら、ユフィーリアは肩に担いだショウの次の言葉を待った。


「奴に……紅蓮葬送歌を見舞った時……妙に、手応えが……なかった気が……する」

「…………え?」


 紡がれたショウの言葉は、やたらと重要なものであり。

 そして次の瞬間。


()()()()


 背筋に氷水を流し込まれたかのような、底冷えのする声が背後から忍び寄ってきた。

 振り向くと同時に、スカイの悲鳴じみた伝令が空から降ってくる。


【まだッス!! 「毒婦姫」はまだ死んでねーッスよ!!】


 闇夜に浮かぶ血走った紫色の瞳が、呆然と立ち尽くすユフィーリアを睥睨する。紫色の蓬髪はさらに乱れて、しかしその毛先からは粘性のある液体のようなものが滴り落ちる。虚ろに開かれた桜色の唇から漏れ出た言葉は、怨嗟と憎悪に塗れたもので。

 細腕を高く振り上げた【毒婦姫】は、自らの好意さえも利用して裏切った仇へともう一度告げる。


()()()()


 一体どこにそんな力を有していたのか、振り下ろされた【毒婦姫】の細腕はユフィーリアが立ち尽くす建物を上から押し潰した。

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