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召還社畜と魔法の豪邸  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
後日談 その3 終章のあと、ミランダがノアと再会するまでのお話
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その15

「ワシらぁ、あの子には師匠がいるって言うたんじゃが」


 泣きじゃくるシェラに「何があったの?」と尋ねるミランダに答えたのはドワーフだった。

 それは飛空船の修理に使う木材を運び入れている時だったという。

 サミンホウトの人夫が、ジムニを知っていたらしい。それだけであったら良かったのだが、この船の所属が勇者の軍だったことが災いした。

 取引相手が勇者の軍になるとあって、現場の責任者として貴族が同行していたのだ。


「逃亡奴隷の疑いがある。ゆえに引き渡して頂く」


 その貴族は、飛空船の乗員にそう言ったという。


「一方的な言い分では、引き渡しは応じられんと答えたとき、あの子がな」

「迷惑をかけられないから説明してくる……とでも言ったのかしら」


 頷くドワーフを見て、ミランダは苦笑するしかなかった。

 貴族が相手だからジムニはそう答えたのだろう。だけれど力関係を考えれば、自分が戻るまで貴族を引き留める事は簡単な話だった。

 勇者の軍はそれ自体がある程度の権限をもっている。勇者の軍に所属していない客人であっても、サミンホウトの貴族が強権を振るい連れ出すことは簡単ではない。

 それに勇者の軍には貴族も多数参加している。

 ジムニが看破の魔法を使っていたのなら、説明をするドワーフが貴族であることも判別できたろう。貴族の横暴は、彼に任せてしまえば良かったのだ。


「師匠……お兄ちゃん、酷い目にあう?」

「問題無いわ」


 しがみつくシェラをゆっくりと引き剥がして、ミランダは詩でも口ずさむように詠唱する。

 するとミランダのそばに、馬のように大きな白い狼が出現した。


「シェラ、少しお留守番しておいてね」

「大丈夫?」

「問題無いわ。だって、これはちょっとした人違いのお話なのだから」


 ミランダは船の甲板に落ちていたジムニの帽子を拾い上げる。

 その四角い遊牧民の帽子を狼の鼻先へとミランダは掲げた。


「この帽子の持ち主は追えるわね」

「グルル……」


 狼はスッと座り込む。

 それからミランダは狼の背へ横乗りになると、ポイと帽子をシェラに渡して「持っておいてね」と言った。

 シェラがコクコクと何度も頷いたと同時、狼が走り出した。

 すでに目的地は定まっていると言わんばかりに迷いの無い走りだ。

 立ち上がった時、走り始めた時、飛空船から飛び降りた時、白い狼はわずかな粉雪をまき散らした。

 迷いの無い狼の走りは街に入ってからも同様だった。

 粉雪を振りまき凄まじいスピードで駆ける白い狼に、街の人々は目を奪われた。


「さてどうするか……」


 ミランダは人々の視線など気にも留めず考える。

 その間も狼は疾風のように走り続けた。その歩みは、大通りから港の通り、そこから海辺に隣接する職人街、その先にある貴族街へと進んでいく。

 そんな狼が足を止めたのは貴族街にある一際大きな館の前だった。


「個人の館……ではないか。あぁ、領主の館の別館か」


 ミランダは狼の背に腰掛けたまま、目的地であろう建物を一瞥する。

 金属製の柵の向こうには3階立ての巨大な建物があった。広場のように何もない庭には、何代もの立派な馬車が止まっていた。

 おそらく貴族同士の調停所だろうとミランダは判断した。


「止まれ! ここは遊牧民がくる場所では無い」


 狼に乗ったミランダは兵士に取り囲まれた。

 身なりから、この場所に相応しい人物では無いと判断されたらしい。


「遊牧民……あぁ、この服は遊牧民に頂いたものよ。遊牧民ごときが、このような魔法の獣に騎乗できると思って?」


 ミランダは白い狼の鼻先を撫でつつ答える。意識して目つきをするどく、傲慢な態度をアピールしつつ。


「では何者だ?」

「名はヘレンニア。それ以上は名乗る気が無いわ。私に名乗らせるような不躾な真似をさせる気?」


 ミランダはわざと傲慢な貴族を演じる。

 急いでジムニの元へと行かなくてはならない。門番程度の兵士に細かく説明するよりも、わがままな貴族令嬢を演じたほうが手っ取り早いと彼女は判断した。

 駄目なら力で圧倒するが、それは最後の手段だ。


「従者はいかがなされましたか?」

「グズグズしているから置いて来たわ。中で人が待っているの。もうよろしくて?」


 兵士が道を譲った。わずかばかり疲れた表情をして。

 ミランダは兵士を無視して、建物に向かって歩いていく。

 彼女のもくろみ通り建物に入るまで誰もが道を譲った。

 ある者は面倒くさそうに、ある者は無表情で。

 もう少し彼らに注意力があれば、誰も知らない貴族令嬢が一人やってくる不思議に気が向いただろう。

 そして、歩く途中でミランダの服装が遊牧民のものから、氷のように白いドレスへと変化したことに気がついただろう。

 ミランダは堂々と建物内を進んでいく。迷いなく建物内を進む。

 彼女はジムニの魔力を感知していた。だから目的地は手に取るようにわかった。

 迷いなく進む見事なドレス姿の女性を、建物内の衛兵は不審に思うことが無かった。


「私一人の問題です! 師匠は関係無いです!」


 そしてミランダはジムニの絶叫が聞こえる扉の前にたどりついた。

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