その13
海カエル亭は老舗で、街がまだ港の体を為していなかった頃からあったという。
立て替えをくりかえし、もう何代目かわからない建物は、とても年期のある黒ずんだ木造の平屋だ。
扉の無い入り口そばには、上半身はカエルで下半身は魚という姿の海カエルを彫り込んだ木製の看板がズンと置いてあった。
ミランダが初めてサミンホウトへやってきたときから、店はずっと同じ姿でそこにあった。
「すいてて良かったわ」
手近なテーブルに荷物をドンと置いたミランダは、辺りを見回して言った。
貴族もお忍びでやってくるという名店は、南方の庶民が利用する食事処としては珍しく床も綺麗に整っていた。
「ひっろいね」
シェラの言うように店内は広い。そこには10人ちかくが利用できる黒ずんだ木製のテーブルが沢山あった。カウンターとテーブルだけで構成されたシンプルな店。
そして開け放たれた窓から差し込む光は、店全体を明るく照らし風は涼やかだった。
「あれ? シショーにシェラ」
「ジムニはいねーの?」
客の少ない店内で、ミランダは見知った顔を見つけた。
サエンティとパエンティの二人だ。彼女達は、飛空船を一日早く降りてエルフ馬でサミンホウトへと向かった。エルフ馬が走りたがっているというのが理由だ。
二人は笑顔で食事をしていた。
「お兄ちゃんなら、お留守番。だからお土産を沢山かったよ」
シェラはプルプル震える腕で持っていた荷物をピクリと持ち上げる。
「それ全部?」
「まじかー」
「違うわ。お土産はこれから」
二人のテーブルへと荷物を移動させつつミランダが応えると、シェラを含めた三人が「まじかー」と声をそろえる。
「シェラ。お前が、ここの料理をお土産にしようといったのでしょう?」
「そうだった!」
「海カエルはうまいもんな」
「でも、サエンティとパエンティは海カエルを注文しないのね」
二人の食べている料理を見ながらミランダは言う。彼女達のテーブルにあるのは、焼きエビのソースがけ、蒸し魚、海藻のサラダ。
どれもおいしそうだが海カエルの料理は無い。
「もう全部食べたんだよシショー」
「一匹だけしか頼んでないけどな。高いからな」
「高い? どうする師匠? 高いって」
焦ったシェラの頭をなでて、ミランダは「待ってなさい」とカウンターへと歩いて行く。
それから皆をびっくりさせようと、海カエルの料理を目一杯注文した。
しばらくして手ぶらで戻るミランダと大量の料理を運ぶ店員に、シェラ達が驚いた。
「すげー。師匠、沢山食べるんだな」
「食べるんだな」
「何をいっているの? お前達の分もあるわ。せっかくだから、おごってあげる」
ミランダの宣言に、再び3人が声をそろえて「まじかー」と言って喜んだ。
そこから先、4人の食事はちょっとしたパーティとなった。
「シェラ、海カエルの唐揚げ、コレ食え。おすすめ」
サエンティに進められるまま、シェラが唐揚げに齧り付く。カシュリと乾いた音をたててかじったシェラの表情が変わる。
そのままキョロキョロと辺りを見回したかと思うと、彼女はもう一個唐揚げを口に頬張った。
「気に入ったようね」
シェラのリアクションに、ミランダは嬉しくなった。
「熱いし、美味しい! 師匠も食べて!」
シェラが唐揚げをつまんでミランダの口元へと持って行く。
「ありがとう」
ひさしぶりに食べた海カエルは予想以上においしかった。
そういえば、私も師匠に連れてきてもらったのよね。ミランダは昔を思い出す。
あの時は呪い子であることがバレて、嫌がらせをされて……師匠が店主を……。
「すっごく美味しいね」
思い出しかけた嫌な記憶は、シェラの一言で消し飛んだ。
彼女は唐揚げが気に入ったらしい。他の料理を食べればいいのにと思いつつ、ミランダは一心不乱に唐揚げを食べるシェラを眺めて過ごす。
「お客がすくないし、料理は沢山で、今日は良かった!」
「シショーのおかげだ」
一方、サエンティとパエンティには余裕があった。
沢山の料理をあまさず堪能し、周囲に気が向く程度には。
「そういえばお客が少ないのよね」
以前はもっと賑やかだったと、ミランダは疑問を口にする。
「港がめちゃくちゃなんだよ」
パエンティの口にした答えは簡単だった。
確かに……とミランダは納得する。店から見える港の風景は荒れている。
多くの船が沈没し、ある船は船尾だけを海面にのぞかせ、ある船はひっくり返っていた。
それらの船は、そのまま放置されていた。
街の復興を優先しているのだろう。つまり、沈没した船は後回しということだ。
「終末の時は、確かにあったのよね」
もともと何も無い大平原と違い、街にははっきりとした戦いの跡がある。
ほんの半日足らずの出来事でコレなら、過去の魔神復活はかなり酷かったはず……。
ミランダは過去を考えゾッとし、それから今回の被害が比較的軽微だったことに感謝した。
そして、急に不安にもなった。
確かめなくてはならない。大丈夫なはずだけれど、念のため。
そう思いミランダはすぐさま行動を起こす。
「サエンティとパエンティ、少し頼まれてくれないかしら?」
「なんだいシショー」
「私達が買った荷物と、シェラを街の外にいる飛空船まで送って欲しいの。すこし急用を思い出してね」
それからミランダは「食べ終わってからでいいわ。支払いは先にしておくから、それから追加の注文もしていい」と付け加えた。
サエンティとパエンティは二つ返事で請け負った。
ごちそうのお礼ができると逆に喜んでいた。
ミランダはスムーズに話が進んだことに喜び、デーカ金貨を2枚ほど店主に渡し、店をあとにした。




