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召還社畜と魔法の豪邸  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
後日談 その3 終章のあと、ミランダがノアと再会するまでのお話
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その6

 深夜、ミランダは遊牧民のテントから離れ、大平原に独り立っていた。

 夜の大平原は静かで暗い。そして何も無い。

 あるのはヒュウヒュウと唸りを上げる風音だけ。

 光もわずかで、遠くにある遊牧民の焚いたかがり火と、それから三日月と星のみだ。

「寝ずに騒ぐのねぇ」

 ミランダはふと振り返って遊牧民の集まりを見て思った。

 それからわずかばかり聞こえる遊牧民達の喧騒に笑みをうかべた。

 風が彼女の髪を乱した。

 サッと手を動かし、乱れた髪をすいて、ミランダは足元に氷の魔法陣をつくり、詠唱を始めた。


「女王様、今宵はいかなる働きをお望みでしょうか」


 詠唱を終えた彼女の前に、一人の女性が浮き上がるように出現する。

 現れたのはマントを羽織ったオーク族の女性で、彼女は用意したセリフを口にした。

 そして、チラリとミランダの立ち位置を見定めてから片膝をつき頭を垂れた。

 深く下げた頭に平原の雑草が軽く触れたが、女性は微動だにしない。

 彼女の名はオロワ。ベアルド王国の女王直属の役人であって、その日の不寝番。

 ベアルド王国では、いつ呼び出されても問題無いように、所定の場所に当番の者がいた。

 それが今日はオロワだった。


「少し用事があってね。悪いわね、オロワ、夜の遅くに」

「女王様のお召しであれば何時でも喜んで」

「そう……まぁ、いいわ。イクゥアの住人を調べてもらいたいのだけれど。ここ3年で死んだ住人の名前。分かる限りでいいわ。魔王の襲来もあって死者は多いだろうけれど」

「損害は軽微であり、イクゥアにおいて終末の日に死した者はおりません」


 即答だった。まるで用意していたかのようなオロワの言葉に、ミランダは目を細めた。


「用意周到なのね」


 シェラと会ったのは偶然で、出会いがなければミランダは街の情報を求めなかっただろう。

 だけれど、オロワは準備していた。ミランダにはそれが気になった。


「女王様はきっと心配なされていると考え、急ぎ確認しましたので」

「心配?」

「左様です。女王様の慈悲深さは皆の知るところです。我らが動くより前に、各地の長より連絡がありました」


 本当にベアルドの人間は人がいい。いい加減、誤解を解いて欲しいものだけれど。

 ミランダの心がチクりと痛む。


「それはお前達の思い違いよ」

「とんでもありません。終末の日、ベアルドが平穏のまま過ごせたのは、女王様の遣わしたアイスゴーレムがあってこそ。その数は25体を超え、かの大国ヨランに匹敵する数。心強い守りとなっています。あのたたずまいを見るだけで、女王様の心は砂漠を覆うほど広いと、知れぬ者はいないでしょう」


 暇なときにコツコツと作っていたアイスゴーレムが思ったより多かった。

 そんなに作ったかしらと、ミランダは指折り数える。


「あれはただの暇つぶし。別にお前達のためではないわ」


 そして数える指を見ながら軽くミランダはこたえた。


「それでも良いのです。ゴーレムの事だけではありません。女王様は質素に暮らし、城の者へ統治者としての規範を示されました。ゆえに税は低く民衆は喜んでいます」

「私は国を放置しているだけ。何もしていないわ」

「そんなことはございません。海賊に船が襲われた時には手を貸して頂けました」

「あれは呪い子が……」


 船には呪い子が乗っていた。質素な暮らしというのは国にいない事を好意的にとっているだけだ。ベアルドの役人は皆がこんな調子だ。かつては自身の目的のためその好意を利用していた。だが、全てが終わった今となっては、荷が重い。ミランダ苦笑いを浮かべるほかなかった。


「それだけではございません。街道の整備には……」


 ところが俯いたオロワには、ミランダの表情はわからない。


「もういいわ。お帰り」


 このままでは褒め殺しが続くと思ったミランダは話を打ち切ることにした。

 幸い、自分の知りたい事を知れた。特に犠牲がでていないのなら、シェラを連れていっても問題ないだろう。近づいたあとでトーク鳥で詳細を確認しよう。そうミランダは考えた。


「ところで私から一つよろしいでしょうか?」


 オロワはスッと顔をあげる。彼女の耳がピンと立ち、目は真剣そのものだった。


「言ってみなさい」

「手紙の返事はありましたでしょうか?」


 オロワの言う手紙は一つしかない。

 それは以前にハロルドへと渡した手紙だ。ベアルドの有志があつまって内容を考え、したためた手紙。

 そこに書いてあることも知っている。ベアルド王国の現状だ。

 砂漠の中にあって争いの無い平和な国の話。


「無いわ。もともと返事を求めた手紙では無いのでしょう?」

「はい」

「ハロルドは手紙を受け取る前からベアルドの現状は知っているわ。多分ね。知らなかったのは、お前達がハロルドの帰還を望んでいる事くらいかしら」

「では、なぜ」

「妻子を死なせてしまった後悔があるからねぇ」


 ミランダは初めて戦ったときの事を思い出す。

 あの時は確かにハロルドは国を取り戻すために戦っていた。そして自分は、侍従を失い暴走した呪いの中で死の苦しみを味わい……正気を失っていた。

 だけれど、あの時のハロルドの言葉は鮮明に覚えている。確かにハロルドは妻子を失った怒りと、国を守れなかった後悔を口にしていた。

 国が平和になって、国民が彼の帰還を望んだとしても、彼が失った妻子は帰ってこない。


「ですが、あれは前王の暴挙です。むしろ女王様は、その王を廃した恩人では?」


 オロワの言葉はある意味正しい。ミランダがエリクサーを望んでベアルドを襲撃する前に、ハロルドの妻子は殺されていた。遠征中のハロルドには王の暴挙はどうしようもなく、後日、彼も殺される運命だった。たまたまミランダがベアルドを襲わなければ、ハロルドも謀殺されていただろう。

 ベアルドの者が言うには、当時の王にとって彼はめざわりな存在だったらしい。

 勇名で轟く彼への嫉妬だという。


「その恩人が故郷を滅ぼしました……ありがとうと言える立場では無いし、あの時、確かに私はベアルドを崩壊させた。国は混乱し、数多くの民が死んだ」

「ですが、そのあと女王様が……」

「あれはただの罪滅ぼし、ついでに私の利益のためよ」


 再び立派だという方向に話が進む。

 うんざりという表情をわざと作り、ミランダは言葉を続ける。


「あとはねぇ、ハロルドも時間が欲しいのかもねぇ。全てが終わったのはつい最近。これからのことは、ゆっくり考えてからよね」


 よく知らないけど。そう心の中で付け加えることは忘れない。


「では、私達は、もう少し待つことに致します」

「そうね。さて、話はおしまい。お帰り」


 頷いたオロワはマントの端を掴んだ。それと同時にフッと消える。マントに仕込んでいる逆召喚の魔導具が作動したのだ。


「はぁ。世の中、お人好しが多くて困るわね」


 思いもかけず時間を要した。草原のなかを静かにミランダは歩いて帰る。

 遊牧民のテントが近づくにつれて喧騒ははっきりと聞こえるようになった。笛や太鼓、そして笑い声。大量のかがり火で照らされた一帯では踊る人達の姿もあった。どんちゃん騒ぎという言葉がよく似合う。

 きっとそれは、数日後におこなわれる結婚式まで続くのだろう。

 何時寝るのかしらと、ミランダが騒ぐ集団を横目にしつつテントへ戻ると、ジムニが入り口側に立っていた。

 三本足のかがり火台に照らされた彼の表情は、今にも泣きそうだった。


「見張りはいらないわ。それとも、私がどこかへ去ったと不安になった?」


 険しい顔をしたジムニを見て、思わずミランダは笑顔になった。


「なんだよ! そんなんじゃねぇよ!」

「ふふっ。じゃあもう寝なさい、明日から修行よ」


 キッと睨みつけるジムニの頭をポンと叩いて、ミランダはテントに戻った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんとなんと、青い人の暴虐にそんな理由が!! 暴食の自称騎士には災難でしかなかったでしょうが。
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