その3
泣きじゃくる女の子に微笑みつつ、ミランダは氷漬けの男の子に手をかざす。
すると男の子を包んでいた氷が音もなく消えた。
「あなたも泣くのはおよし」
それから泣き続ける女の子に対し優しく声をかけた。
「うぅぅ……」
「いい子だ」
必死に泣くのを我慢している女の子と、四つん這いになって「ぜぇぜぇ」と息を吐く男の子。二人を無視してミランダはあたりを見る。
二人の子供がいた場所は細長い白い部屋だった。
それは水晶を削って作られた部屋で、両サイドには壁面一杯に白い棚が設置してあった。
棚には大小様々な品物が置いてある。
そして突き当たりには巨大な魔方陣が描いてあった。
「お前たちはなぜここに?」
ミランダはチラリと二人の子供へ目をやると質問をなげた。
それに対し子供たちは答えない。
「では、私の考えを述べるとしよう」
何も答えない二人に対しミランダが言葉を続ける。
「呪い子でしょ、お前たち。そして飢えたお前達を侍従が案内した……ここにあるものを盗め。そうすれば飢えをしのげる、生活できる、と」
それから振り向いて「あってる?」と付け加えた。
「あいつらはいなくなった」
ようやく息を整えた男の子は答えた。
グッと睨み付ける視線をミランダは笑顔で受け流し考える。
二人ともずいぶんと幼い。青髪の男の子と、赤毛の女の子。男の子の方が年上だけれど、それでもノアサリーナより幼い。十歳はいっていない。この歳では生活はままならない。
汚れた服からも、お金は持っていないようだし……この状況で、なぜ呪い子の呪いが発現した?
もう少し育ってから侍従は呪いを発現させるはずなのに。
彼らの力の強さなのか。それとも別の理由があるのか……。
そこまで考えて、ミランダは小さくため息をついた。
「それにしても困ったことね」
続けて小さく笑う。
それは部屋の両サイドにある棚を見た彼女があることに気付いたからだ。
「お前たち、結構食い散らかしたみたいだけど」
「お腹がすいたの……」
「俺がいいって言ったんだ!」
女の子がうつむき答え、男の子がかぶせるように大声を上げた。
「まぁ、お腹が空いてたんだから仕方ないわよね」
楽しげにミランダが答える。そして部屋の突き当たりにある魔方陣に手をついた。
黙りこくる二人の子供に対し言葉をかける。
「ここはクロイトス一族の保管庫。一族でないものが、ここの物を使うのは盗みと同じ。私が見つけてよかったわ。きっと別の者なら……お前たちはもう死んでいる」
「クロイトスって、なんだよ」
「この魔法陣が示す通り知識を求める集団のことよ。もちろんお前たちがここにある欠けた魔方陣を正すことができれば、一族として認められ、触媒を食べてしまったことも許される。それは、どう? できる?」
二人の子供が互いに顔を見合わせた。
しばらくして女の子の目に涙がじわりと浮き上がる。
「あらあら。今回は私が何とかしてあげよう。それからお腹が空いているのだったら、これをお食べ」
ツカツカと二人の下に近づいたミランダが、どこからともなく取り出したアイスキャンデーを子供達の口へと突っ込む。柄まで氷のアイスキャンデーを。
「ゴホゴホッ、なんだよこれ」
「糧食創造という魔法で作り出した食べ物よ。私が作るとアイスキャンデーになってしまう。でも食べれば飢えは満たされる」
咳き込む男の子に笑いかけると、ミランダも手に持ったアイスキャンティーにガブリと齧り付いた。
それからキャンディをくわえたまま、腰に下げた小さな袋から氷の塊を取り出す。
地面に投げ落とされたそれは大きな木箱と変貌する。
「それって何? おばちゃん」
キャンディーを片手に女の子がミランダへ語りかける。
食べるものをもらったせいなのか、女の子は落ち着いていた。
「これは私の保管してる触媒よ。まったく、触媒の補給に来たのに、逆に触媒を提供するなんてね」
笑いながらミランダは箱から品物を取り出し棚へと置いていく。
「あたしも手伝う」
「俺も」
「そう。じゃあ、この箱の中身を全部並べて」
それから三人はアイスキャンディーを食べながら品物を並べていった。
コツコツと棚に品物を置いていく音が響き、たまに子供達は笑い合う。ミランダはそれを横目に何も言わない時間が過ぎた。
「さぁ、では行きましょうか」
ひとしきり作業が終わって、ミランダが言った。
「行くって?」
「俺たちは呪い子なんだ! どこにも行くところがない!」
「あら、そう? そんな事は無いと思うのだけれど……行きたいところはないの?」
「でも……あたしたち……」
「お前は呪い子がどんなにひどい目にあうのか知らないから! そんなことが言えるんだ!」
男の子が大きな声を上げた。
先ほどまであった柔やかな雰囲気は消え失せて彼の顔は怒りに満ちていた。
それは他人事のようなミランダの言葉に対する抗議の表れだった。
「そう。まぁ気にする事はないわ」
「だから、お前は知らないから、そんなことが言えるんだ!」
「そんな事は無いわ。それにね、お前たちの呪いは既に解けているの」
「呪いが、解けた?」
「そう。だからお前たちは誰にも非難されない。行きたいところに行って、やりたいことがやれる」
「ほんと? お父さんとお母さんに会える? お家に帰れる?」
「そうね。じゃぁ、お前を家まで送ってあげようか」
ミランダの言葉に男の子は無言で俯き、女の子がはしゃぐ。
「お願い! おばちゃん」
そして女の子が答える。
「それで、お前たち名前は?」
「俺はジムニだ」
「シェラ」
「二人ともいい名前ね。ところで1つ言っておかないといけないのだけれど」
そこまで言ってミランダが両手を二人の頭に乗せて言葉を続ける。
「おばちゃんではないの。私の名前はミランダ」
「ミランダ……」
「まぁ、好きに呼ぶといいわ」
そこまで言ってミランダは二ヤリと笑う。
子供達が見上げる視線を受けて、彼女は言葉を続ける。
「そうね、お前たちには教えなくてはいけないこともあるし……先生、いや師匠がいいわよね。師匠と呼びなさい」
二人の頭を力強く撫でながら、ミランダは笑った。




