すすむみち
町へと進む馬車でごろんと横になる。
少し前までは、ガタゴト揺れる馬車のなかで横になって本を読むなんて、無理な話だったが慣れたもので、今は楽々こなせてしまう。
『プーピー』
『ぷぷーぴー』
ノアは、草笛をつくって吹いて遊んでいる。
チッキーから習ったらしい。楽しそうで何よりだ。
特に、メテの実をきっかけに起こった一件で、ノアが落ち込みがちだっただけに余計そう思う。
今日は、チッキーの兄2人、獣人の兄弟を彼らの師匠であるレーハフさんの家に迎えにいくところだ。そして、彼らが修行を始めて一ヶ月になる。
テスト期間の一ヶ月だ。これでレーハフさんから合格がでなければ、また大工の師匠は探し直すことになる。
もっとも心配はしていない。2回ほど彼らは帰ってきたが、その度に嬉しそうに修行のことを話すし、迎えにいったプレインやミズキも、レーハフさんが褒めていたことを聞いている。
贅沢をいうなら、冬の寒さが本格的にくるまでに屋敷の修繕ができるといいなという事くらいだ。
その予想通りに、レーハフさんは合格をだしてくれた。
これからも引き続き大工仕事を仕込んでくれるそうだ。
応急処置の方法を優先して教えてくれるそうだ。今年の冬は応急処置を繰り返し、だましだまし館を使い、本格的な修繕はいずれ取りかかるということになった。
それから、今度はチッキーの待遇について話を進めようとしたときだった。
「あたちは、大工したくないでち」
チッキーは、下を向いたまま、震える声でそう言った。
いままでの和やかな雰囲気が一気に凍り付く。
レーハフさんの顔から笑みが消え、どこか睨み付けるような表情になった。
「チッキー!」
「あの、ああ、あの親方、チッキーは、ちょっと不安なんです、きっと……」
ピッキーは怒鳴り、トッキーはなんとかレーハフさんに取りなそうと弁明しようとした。
2人にとっても寝耳に水の話だったのだろう。焦りが見える。
「ちいと黙っとれ」
チッキーを怒鳴り、そばに駆け寄ろうとしたピッキーの頭を、レーハフさんの大きな手が押さえつけ、ドスの効いた声で弁明するトッキーを黙らせた。
「何か理由があるんだろ? きちんと説明しなきゃいかんぞ」
「あの、親方……じゃなくて、レーハフ様。あたちが居ないと病気になるかもしれないでち」
「誰がだ?」
「お屋敷には、牛や、ロバさん……お馬に鶏もいるでち」
「お前さんがいなきゃ病気になるってのかい?」
「お嬢様も、ミズキ様達も、みんなお優しいし立派な方でち。でも、あたちが家畜のお世話は一番得意でち。牛も馬も、慣れないところで不安で、ちょっと体が弱っているでち」
「そうかい」
「お兄ちゃん達がいなくなって、あたちがお世話していたでち。ミズキ様もリーダ様も、ノアお嬢様も、みんなでお世話してるでち」
「それなら、大丈夫じゃないのかい?」
「でも、食欲がなかったり、ちょっとお疲れさんだったりするのは、あたちでないと分からなかったでち」
レーハフさんの質問に、コクリと頷いて話を続けるチッキーを皆が見ていた。
もしかしたら家畜の体が弱いのは、ノアが持つ呪い子としての力が影響しているせいかもしれない。
だとしたら、普段より世話は難易度が高い話になる。
そもそも、オレ達は家畜の体が弱かったのすら気がついていなかった。
「つまりだ。チッキー、お前は家畜が心配で、世話を投げ出したくないわけだ」
「はいでち……、病気は辛いです。あたちは、お嬢様にお薬もらえたからいいけれど、家畜はそうでないでち」
自分の言葉を聞いてもらえているという安心感からか、返答するチッキーの声ははっきりとしたものになっていた。そして視線は、しっかりとレーハフさんを見ていた。
レーハフさんはというと、その様子を真剣な顔で聞き、チッキーの顔をのぞき込むように見返している。
しばらく無言の時間がすぎた。
「気に入った!」
さっきまでの仏頂面が嘘のように、楽しそうな笑顔のレーハフさんの大声が響く。
チッキーは何を言われたのか分からないかのように、ヨタヨタと後ろによろめいた。
「レーハフ様?」
「そうだな。職人でも、そうでなくても、途中で投げ出すのはよくないな。しかも、自分のやるべきことを見据えた答えじゃねぇか」
感動したのか、途中から鼻声でしみじみとした風にレーハフさんが感想をもらす。
しばらくして、自分が認められたことに気がついたのかチッキーが笑顔になった。
「あの、でも、おいら達が勝手に決めて良いことじゃ……」
そんな中、トッキーが恐る恐るといった風に、ノアを見て、それからオレを見た。
もともと大工仕事のために、兄妹3人が買われていることを気にしたのだろう。
「ノアお嬢様、いかがされますか? 私は、トッキーとピッキーの2人が大工仕事を行うのであれば、かまわないと考えるのですが……」
一応、ノアにお伺いを立てる。
この場で、身分の問題で判断を下せるのは、オレでなくノアだからだ。
オレは特に問題ないと思っている。同僚達も同じ考えだろう。
聞くまでもなく、ノアはチッキーの要望を叶えるはずだ。
「私は、チッキーが望むなら大工仕事より、家畜の世話を任せます」
その一言で、チッキーはこれまで通りに家畜の世話を中心に、屋敷で過ごすことが決まった。
レーハフさんも満足そうに頷いていた。
和やかな空気のなか、レーハフさんの家を後にする。
「ごめんなさいでち」
ポツリと呟くようなチッキーの謝罪だった。
自分の考えを許可なく言い出したことを気にしたのか、別の要因なのかはわからない。
「急な話だったんで驚いたよ。今度から、あらかじめ教えてね。叶えられないかもしれないけれど、できるだけ手助けするからさ」
サッと見回した感じ、誰もチッキーに対して不快感をもっていないようだったので、軽く流すことにした。
皆、いろいろ考えているものだ。
せっかくだから、やりたいことできる環境を作っていければいいな。




