のみかい
気がつけば投稿初めて一ヶ月経過していました。
自分の書く文章は、読みやすく、わかりやすいかどうかを、推敲しながら投稿する日々です。
今後ともよろしくお願いします。
案内された酒場はカウンターにテーブルが2つある店だった。
天井が高く、内装も絵が掛けてあり結構凝った店だ。
天井から吊された大きなランプがユラユラとゆれている。テーブルは宿屋の一階に比べれば小さい。
すでにいるお客の身なりもそれなりにいい。カウンターには吟遊詩人が、小さいギターのような楽器を弾きながら何かを歌っている。
「なかなかいい雰囲気っスね」
「そうだろ、ここは奴隷階級だけで来ることができる一番いい店なんだぜ」
バルカンはテーブルを指さした。座れってことなのだろう。
彼はというと、そのままカウンターへと向かった、見る限り料理を注文しているようだ。
それにしても、やっぱり高い店じゃないか。
まぁいいけど。
「そーいえばさ、オランド蟹屋って何?」
バルカンが戻ってくるなり、ミズキが質問する。
彼の手には、人数分のジョッキが握られている、片手で3つずつ、器用なものだ。
ニヤリとわらって返答する。
「あー、あれか、オランドの蟹鍋だ。この町で一番の高級レストランでオランド亭ってのがあるんだが、そこの料理だ。もちろん俺達のような奴隷階級がいくのは、ご主人様の付き添いくらいしかチャンスねえけどな」
「バルカン氏は、食べたことがあるん?」
「少しだけな。大きい蟹の甲羅をそのまま鍋にしてるんだ。蟹の身や野菜を煮込んでスープにして食べるんだが、この料理を目当てに他所の貴族もわざわざ食べに来るくらいなんだぜ」
蟹鍋か……鍋料理はいいものだ。
これから寒くなるらしいし、寒いときには鍋に限る。
うん。いつか行こう。
「おまちどお。……なんだい、バルカン、景気いいじゃないか」
「いやいや、こちらの兄さん達のおごりだ、ん? コレは頼んじゃねーぜ」
「あっはは、あたしのおごりさ、前祝いってヤツさ」
ふくよかなお姉さんが、料理を運んできた。
テーブルの上に、料理をのせながらバルカンと親し気に話をしている。どうやら知り合いのようだ。本当に顔が広い奴だと思う。
所せましと並べられた料理は、魚料理が目立つ。魚の煮物、焼き魚、野菜炒めもある。おいしそうないい匂いだ。
料理と一緒に食器も配られた。幅広で二股のフォークのような道具だ。一人2つずつ。これで食べろってことなんだろう。世界が変われば食器も違うのか。
まずは、それぞれ一口ずつ食べてみる。魚の煮物には、甘辛いタレでの味付けが油っぽい魚に合っている。果物をベースにしたソースで、このあたりの一般的な調味料だそうだ。
焼き魚は普通の塩焼きに見えたが、塩と香草で味をつけているようだ。香ばしい香りが白身魚の味を引き立てていて美味しい。
どちらも骨がないので驚いた。骨の無い魚なのかと思ったが、調理魔法で骨を砕いてから調理したらしい。そんな便利魔法もあるのかと感心する。
お酒の方は、味の薄いビールだ。アルコール分が少ないようで飲みやすい。
「んで、奴隷についてだっけ? 変なこと聞くよな、リーダ達も奴隷階級だろ?」
「国が違うと奴隷もだいぶ違うみたいなんでね」
言われて気が付いた。オレたち自身が奴隷階級なので、いまさら何を言っているのだというリアクションも納得だ。異世界から来ましたなんて言うわけにいかないので、適当にごまかす。
「借金が返せなかったり、犯罪者、戦争で捕虜になった後身の代金が払えない者、両親が奴隷の者が奴隷だ。借金のカタに子供を売ることや、安全を求めて自ら奴隷になる者もいる」
「そうらしいね。意外と奴隷の数が多いし、待遇もいいんで驚いたよ」
ロンロが言っていたのと同じ話だ。しかし、奴隷という言葉の響きと違って、いわゆる人権が守られているところに、驚きと違和感を抱く。
「自由に婚姻が出来ない。自分の考えで商売や仕事ができない。入れない場所もある。できないことだらけだ。ついでにご主人様には逆らえない。神が定めた法と魔法によって奴隷の主人は罰を与えることができるからな」
「思い付きで罰を与えられたらと思うと……怖いっスね」
「思い付きじゃないみたいだぜ。条件があると聞いたことがある。そういや、前の領主が条件を変えたおかげで罰が与えられなくなって、奴隷への暴力事件が増えてるな。詳しい事は……奴隷の主人になったことないから、わからん」
ロンロからも聞いたが、罰を与えるというのは少し怖い話だ。オレたちも一応奴隷の立場だ。ノアはそんなことはしないだろうが、条件くらいは知っておきたいものだ。
とはいうものの、バルカンの回答ももっともな話だ。別のルートで調べるしかないか。
「あー、それに奴隷はご主人様次第で他人に売られる」
「そうやって売られた奴隷のうち、技術を持った奴隷を買えというのがさっきの話?」
「そういうことだ。どう見ても、リーダ達は、家の修繕なんかをするように見えないからな。どこか農村出身者でも買うといいと思ったのさ」
バルカンが言うには農村出身者なら、簡単な大工仕事くらいなら大抵はできるらしい。だから、貧しさから身売りするような若い者を買うのが手軽という考えを聞く。
「バルカン氏はどうして家の修繕を俺達でしないと思ったわけ?」
「あー。そもそもリーダが大工を探しているって話をしたろ、それに、お前らの手をみれば簡単にわかる。力仕事をしている手じゃない。商家か貴族あたりの出だろ」
なるほど。確かにバルカンをはじめ、いままであった大抵の人は、手がゴツイ。商人ですら、結構荒れたというか外で働いている人間特有の手をしていた。それにくらべ、オレ達の手はずいぶんと綺麗だ。
「手か……よく見てるもんだ」
「伊達に商人の奴隷をしていないぜ。そんなわけだ。奴隷をもってる知人から譲ってもらうって手もあるけど、知り合いいないんだろ? 奴隷市場がそのうちあるから、その時に適当なのをお嬢様にお願いして買ってもらえ」
自分も奴隷なのに、まるで奴隷を物のように躊躇なく言ってしまう物言いにカルチャーショックをうける。きっと彼が特別ではなく、この世界ではそれが普通の考えなのだろう。
「銀貨10枚くらいから売っているんだっけ」
「あー、そりゃ犯罪奴隷だ。さすがに銀貨30枚以上のヤツを探したほうがいいぜ」
安物買いの銭失いという話か。人を買うという行為が自分には合わない為か、値段がイメージできない。
「バルカンってさ、奴隷の値段とかわかるんだ」
「ご主人様の付き添いがあるからな。それに有名どころの売値は奴隷共通の話題だ」
奴隷に罰を与えるって話のときは、奴隷の主人になったことがないと言っていた。その彼が値段に関しては物知り顔なのはそんな理由があるからか……。
続けての説明で、奴隷の履歴や、年齢、容姿や技術の有無、犯罪歴が値段を左右することがわかった。
オレの経験から近いものをあげるとすれば、人を雇ったりするときの優先順位や給料に関する考えかと思う。
「どんな風に話題にするんスか?」
「そうだな。あー。俺は金貨80枚で買われたことがあるんだけどな。そりゃ、トーク鳥の繁殖から訓練までできるから当然なわけだが、そんな俺が他の奴隷と会うだろ?」
「うん。会ったとしよう」
「俺は金貨80枚だけど、お前は? ……え、金貨1枚? はっはっは、俺のほうが上だな。とまあ、そんな感じだ」
売値の高低で争う感じか……戦闘力かよ。
そういえば元の世界でも、奴隷が繋がれている鎖の素材を自慢するという話を聞いたことがあるから、どこでも似たようなものかもしれない。
ちなみに、トーク鳥というのは、賢い鳥で、2・3言であれば言葉を覚えるし、覚えた人の場所へ飛んで行ったり、覚えた音のするところへ飛ぶことが訓練次第でできるらしい。
遠隔地の情報伝達に使えるとか。
「じゃさ、わたしなんて幾らくらいになると思う?」
「俺は奴隷商人じゃねえって。あー。若くて美人で、魔法の達人だからな……金貨1000枚はくだらないだろ。でも、買い手殺到したらオークションになるからな、わからんぜ」
酔いも回ってノリノリになっているミズキの冗談に、バルカンが結構考えて答えを出していた。
「聞いた、リーダ? 若くて美人だって」
「あぁ。金に困ったら金貨1000枚で売れるってすごいな」
デコピンされた。久しぶりにデコピンされたが、意外と痛い。
「最近は、容姿のいい女性の値段が跳ね上がってるんだぜ。特に踊り子だ。俺が知ってる限り、一番高く売られた奴隷は金貨3万枚で売られた踊り子だ。今は王都の劇場を常に満杯にするような売れっ子だぜ」
売値そのものが宣伝文句になるということか。
あの金貨3万枚の彼女が登場とかなんとか。先ほどからお金の話題がインフレしてきて、金貨300枚で喜んでいる自分が小さく感じてきた。
もっとも上を見たらキリがない。オレは下をみて暮らすことにしよう。
「あー。そんなに高いヤツじゃなくていいんだぜ。農村出身者だったら、自分の家を建てたり補修したりはお手の物だ。もし満足いく仕事ができなくても、人柄がよければ最悪商人ギルドに大工を紹介してもらって技術を習わせればいいぜ」
「仕事を習わせるってのは、よくあることなのか?」
新入社員に、研修で仕事を教えるって感じかな。他所の会社にお金を払ってトレーニングをお願いするようなものだな。しかし、そんな苦労する人間が沢山いるとは思えない。
「そうだな。人を育てるのが好きな物好きもいるんだぜ……と言いたいところだが、手ごろな奴隷が得られない場合や、安く買って技術を身につけさせて高く売るのが目的だな」
なるほど、オレには人を売り買いする気はないが言いたいことはわかった。
人の売り買いというのは性に合わないが、人を買うというより雇うと考えたほうが近いイメージのようだ。
会話が一段落したので、飲んだり食べたりと、食事を楽しむことにした。
話に夢中で飲み食いがおろそかになっていたのはオレだけのようだ。知らない間に、ずいぶんと料理は減っていて、お酒は追加分に取っ手付きの壺が置いてあった。
歌が聞こえる。低めだがよく通る男の声で、カウンターに座っている吟遊詩人が歌っている。
収穫祭の前2匹のオーガが町を襲い、一匹をゴーレムが、もう一匹を領主が倒した話のようだ。
「2匹?」
「ゴーレムが倒したのは一匹だけっスよね。灰色なんとかってヤツ。似たような話がいっぱいあるんスね」
「あー。違う違う。先日のオーガの件だぜ。もう歌にしやがったのか……。2匹いたのさ」
オレたちの話が、あんな風にメロディ付きで語られるのか。おひねりとかあげたほうがいいのかな。
少し盛られている感じもするが嬉しい。
「吟遊詩人って、本当の話も歌にするんだね」
「本当の話も多いぜ。俺達はほとんどが詩人の歌で外を知るってもんだ。一匹はリーダ達が献上したゴーレムが倒したんだが、もう一匹は、領主様が倒したらしいぜ」
領主には丸投げされたイメージしかなかったが、他の場所で戦っていたのか。
あのオーガをどうやって領主は倒したのだろうか……、あの時用意しかけていた兵器類を使ったのだろうか。
「オーガ倒すなんて、領主やるじゃん」
「あー。今、領主の人気がどんどん高まっているぜ。このまま、うまくいってほしいもんだ……と、さて俺はそろそろいくぜ。明日はやいしな。今日はごちそうさん」
そういうと、あいさつもそこそこ、バルカンは軽快な調子で店を出て行った。
いろいろ知りたいことを教えてもらえたし、料理も旨かった。今日は充実している。
それからほどなくオレ達も店をあとにする。
帰り際、吟遊詩人におひねりを渡した。彼はどうやらオレ達のことを知らなかったみたいだが、喜んでいた。
ほろ酔い気分で外を歩く。まだまだ祭りの余韻は残っている。
これから寒くなる。ブラウニーの見立てでは、冬の寒さはしのげるが、快適な生活には修繕が必要らしい。
もう、イメージ云々でなく、奴隷でもなんでもいいから、屋敷を整備せねば。
きっと寒い思いをすることになる。




