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召還社畜と魔法の豪邸  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第十三章 肉が離れて実が来る
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閑話 ロウス法国の姫君(前編)

「ルバニウル。貴方は今回、星読み様に付き添いロウス法国に行きます。これが貴方の記述奴隷としての初めての仕事になります」


 出発の日。私は奴隷長に、出発前の激励の言葉を受ける。

 奴隷長は私の身だしなみを確認し、満足げに頷き言葉を続けた。


「急な話に、同情するところもありますが、失敗は許されません。その身にやどる全ての研鑽を出し惜しみすることなく、やり遂げてくるように」


 私は、馬車の中で先輩方の言葉を思い出す。

 ロウス法国へ、スターリオ様に付き添い向かう。

 私のような記述奴隷を同行させるからには、ロウス法国にて話すことになる内容は、複雑で検証を必要とすることなのだろう。

 本来同行すべきだった先輩が怪我したことから、私が行くことになった。

 1人前の記述奴隷としての初仕事。それが国外の旅へ同行しての事になろうとは夢にも思わなかった。

 ずっと、先輩の隣で技術を研鑽してきたのだ。大丈夫、上手くやれる。そう自分に言い聞かせる。

 私は馬車の中で先輩方の言葉を思い出す。

 1つ1つを思い出す。

 記述奴隷として、スターリオ様が言われたこと、その周り、相手方、皆々様が言われたことは一言一句間違えないよう書き続けなくてはならない。

 余裕があれば、人や風景、食器や、料理、ありとあらゆる物を記述していく。

 だが、忘れてはならぬのは言葉だ。言葉。

 美しい字で、いつでも、スターリオ様にお渡しできるように書き続けなくてはならない。

 スターリオ様が、忘却の言葉を呟けば、私の記憶などかき消えてしまうのだから。

 その日、かわされる言葉、そこに宿る知見を記すことこそが、私の存在価値なのだから。


「スターリオ様。そろそろ起きてくださいませ」


 私の隣に座るトロラベリア様がスターリオ様に声をかける。

 手元にある紙の束に、反射的にトロラベリア様の言葉を書き加える。


「うん、もう着いたのかい?」

「いいえ。ですが、そろそろ迎えも来る頃合いでしょう。スターリオ様がお眠りになっていては相手もお困りになると思います。それにこの度はテストゥネル相談役に特にお時間をとっていただけたのです。失礼がないようにと思いまして」

「そうさね。急な申し出にも快く応じてくださるテストゥネル相談役には、感謝しないとね。口うるさいトロラベリアの言うとおりだよ」

「なんですって」


 隣に座るトロラベリア様がすごんでスターリオ様を睨む。

 スターリオ様の助手とは思えない言葉だ。

 このお二人のやり取りに、ようやく慣れてきた。初めて遭遇したときには、驚きのあまりペンを落としそうになったものだ。


『カタタン、カタタン』


 乾いた車輪の音が心地良い。

 ロウス法国に入ってから続く道がよく手入れされていることがわかる。船旅には堪えたが、馬車の旅はすこぶる快調だ。

 そんな中も続く、トロラベリア様とスターリオ様とのやり取りを延々と書き続ける。

 トロラベリア様は、スターリオ様からみて遠縁の姪にあたるそうだ。

 だからだろう。きつい言葉を投げかけられてもスターリオ様は笑顔だ。

 話題は魔法の話に写った。トロラベリア様は早口なので、書き留めるても一瞬たりとも休まれない。難しい魔法理論をわからないまま書き続ける。


「何事ですか?」


 そんな時、馬車が大きく揺れた。トロラベリア様の悲鳴にも似た声が馬車に響く。


「何かあったのかい?」

「飛竜です。飛竜に、先頭を進む騎士が襲われました……加えて上空に……沢山の飛竜が飛び回っております」


 スターリオ様と、御者との会話の間も、刻々と状況は変化する。

 外でかわされる言葉。そして、物音……おそらく、護衛の騎士や魔道士が、この馬車を取り囲み守りを固めようと動いている音だ。


「問題なかろう。ここはロウスの首都間近、迎えもくるだろうさ」


 とても落ち着いたスターリオ様とは違い、私は気が気ではない。どうなるか不安で、胸がばくんばくんと高鳴る。

 それでも、一瞬たりとも休まれない。震える手を、意志の力でねじ伏せ、ペンを握りしめ次のお言葉を待つ。


「さて、どんな案配か、見ておくことにしようか」

「では、わたくしが先に」


 トロラベリア様が、コンコンと壁を叩き、御者に合図する。すぐに、御者により馬車の扉が開かれ、ひらりと軽い身のこなしでトロラベリア様が馬車から降りた。

 続いてゆっくりとスターリオ様が降り、私は最後に降りた。

 んぐ。

 ふと上を見上げて、反射的に出そうになった悲鳴を飲み込む。

 記述奴隷が、会話のきっかけを作ってはならない。常に無言であるべきだ。その戒めを守れたことに安堵する。

 上空には大量の飛竜が舞っていた。全身が赤黒く濡れたように光る飛竜は、今にも襲い掛からんばかりにギャーギャーと濁った鳴き声を空に響かせている。

 もちろん飛竜を見たことは何度もあるが、こんな大量の飛竜が自分を見下ろすように飛び回っているのは初めて見た。怖い。全身に汗が噴き出るのを感じる。

 騎士をはじめとした護衛の方々は、落ち着いたものだ。あの程度に負けないという自負がある。

 突如、一匹の飛竜がこちらへと急降下し襲いかかってきた。後ろの馬車に乗っていた後衛の魔法使いが魔法の矢を撃つ。


『ドス、ドスッ』


 鈍い音が何度も響く。魔法の矢は、飛竜の大きな羽へと当たり風穴を開ける。バランスをくずした飛竜は落下するも、地表ギリギリで持ち直し、こちらへと向かってくる。地面を滑るように。その長い首が地面にこすれるくらいの低空だ。

 飛竜の不器用な羽ばたきが、砂煙を上げ、どんどんと距離を詰めてきた。

 そして、ぶつかると思った瞬間。

 一人の騎士が、飛竜と我々の間に割り込んだ。そして、飛竜の頭を砕くように剣を振り回す。

 鈍く骨が砕ける音がして、顔が大きくえぐられた飛竜は上空へと逃げるように飛んだ。

 助かった。

 だが、そう思ったのは私だけだったようだ。


「どういうことだ!」


 先程、剣で飛竜を切り裂いた騎士は疑問に満ちた様子で大声をあげる。


「スターリオ様!」


 後の馬車に乗っていた護衛の魔法使いも、スターリオ様の名を呼ぶ。


「落ち着きなさい。どうやらあれは死に忘れのようだね」


 死に忘れ。

 魔神の生み出す黒い森に魅入られた魔物達。死ぬことすら忘れ、ただただ災いをまき散らすと言われる存在。

 死に忘れに出会うと、魔神が復活するときが近づいていることを嫌でも実感する。


「これはまいったね。これ、全部、もしかしたら死に忘れてことかい」


 相変わらずスターリオ様は余裕だ。だが、騎士をはじめとする護衛は、スターリオ様の一言に緊張感を一層増した。


「伝令を!」

「スターリオ様、馬車にお戻りください」

「魔法隊! まずは、手負いの飛竜だ!」

「対飛行戦術にて、対応せよ!」


 次々と声があがり、てきぱきと行動が進む。士気はまったく落ちていない。星読みスターリオ様の護衛だけあって、皆実力者揃いだ。

 スターリオ様は、そんな最中、周りの声など耳に入らないかのように上を見上げて呟く。


「迎えが来たようだね」

「飛竜が何か……ん、飛竜より上空に何か……」


 トロラベリア様が空を見上げ、何かを言おうとしたとき、雨が降り出した。

 突然の大雨。

 不思議な雨だ。私達の居る場所を取り囲むように降り注ぐ雨は、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。

 ざぁざぁと音をたてて、私達を取り囲む雨は、円を狭めるように迫ってくる。


「これは……もしや槍?」

「ここまで扱いきれるとは見事なものさね」


 トロラベリア様も、スターリオ様も、雨をみて声をあげる。そこに悲壮感はない。

 そして、いよいよ目前まで雨がせまってきたときに、雨の正体に気がつく。

 雨ではない。雨のように感じたそれは大量の槍だった。

 先程、私たちを襲った飛竜よりも上空から大量の槍が落ちてきていたのだ。大量の槍が、まるで雨のように。

 私達を避けるように辺り一面に槍が突き刺さる。大量の槍に貫かれた飛竜の死体が、辺り一面に散乱する。

 ガラス細工のような、透明で細かく装飾された槍だ。まったく同じ姿形をした槍が辺り一面に突き刺さる。

 それは日の光に照らされてキラキラと輝きを放っている。

 槍の雨が終わり、しんと静まり返った頃のことだ。


「助かったよ」


 スターリオ様が、道から外れるように進み、親しげな声をかける。


「助けていただき、ありがとうございます。サジタリアス様」


 続けてトロラベリア様がうやうやしく礼をする。その視線の先をみて、地面に突き刺さった槍の上に1人の人間が立っていたことに気がついた。

 サジタリアス様……ロウス法国の第4王女の名前だ。

 ここに来る前に目を通した資料にあった名前だ。

 大量の槍を降らせ飛竜をなぎ倒したのは、槍のうえに軽やかに立つ鎧姿の女性。

 それは、ロウス法国第4王女サジタリアス。その人だった。

本当は、クイットパースのお話の直後にあげたかったのですが、書き終えられませんでした。

差し込み投稿することも考えましたが、今回は、新話として投稿しました。

ちなみに、サジタリアス様は、今回が初登場ではありません。

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