たおれたせかいじゅ
『トントン』
扉がノックされる。
「はーい」
「カガミです。皆起きてますよ。全員が揃ってから食事しようとノアちゃんが言ってるので、早く起きて下さい」
酷く事務的な口調のカガミだった。
そそくさと上着をきて、部屋からでる。
「皆、起きてたんだ」
「あとは、サムソンだけです」
なんだ、皆って言っていたのに、サムソンも寝ていたのか。
『トントン』
サムソンの部屋をノックし、しばらく待つが、返事がない。
まだ寝ているようだ。まったく寝ぼすけさんめ。
『トントン』
再度、扉をノックする。返事がない。
「ウンディーネ。起こしてきて」
「ゲェコ」
「ゲェコ」
カガミがウンディーネにサムソンを起こせと頼むと、直後、水音がした。
バケツの水をぶっかけたような音だった。見なくても、末路はわかる。
「ひぃ」
叫ぶようなサムソンの声が聞こえる。
相変わらずカガミは容赦がない。
ん? あれ?
さっき、ウンディーネの声が2回した。
カガミを見ると、肩に1匹、足下に1匹。2匹いる。
「2匹?」
「そうなんです。足下の子は、この家にいるウンディーネなんです。この村には沢山のウンディーネがいるらしいですよ」
へぇ。
こうやって複数の精霊を見るのは初めてだ。
なんとなく不思議だな。
ということは、サムソンは2倍の水をかぶったのか。まぁ、いいけれど。
しばらくして髪を濡らしたサムソンが出てくる。
「酷いじゃないか」
「起きない方が悪いと思います。思いません?」
「思います」
「ひでぇ」
いつもの調子で、適当なやりとりをしながら部屋へと着くと、残りの皆が席についていた。
「おはよう。リーダ」
ノアが、椅子から飛び降り、走ってくる。
「おはようノア」
「まったく、待たせおってからに」
テーブルにはオレ達の他に、長老とリスティネルが座っていた。人数分の食事が用意されている。オレ達の到着に合わせたのだろう、飲み物からは湯気が出ていた。
食パンが2枚。サラダに、黄色い塊。それと、お茶だ。
「賑やかな食事は久しぶりだ」
そんな長老の一言で食事が始まる。
最初、食パンに見えたそれは、食パンではなかった。食感はクロワッサンに似ているが、味はカロメーに似ている。エルフのビスケットといわれる食べ物だそうだ。透明なとろみのあるシロップをかけて食べる。熱々で焼きたてのパンを彷彿とさせる美味しさだ。
秘密はシロップにあるそうだ。これをエルフのビスケットにかけると熱々になるそうだ。
サラダは、世界樹の葉を一口大に切った物らしい。レタスにそっくりで、ある意味懐かしい。お茶は、紅茶のような色なのに、コーヒーに似た苦みがある。
ノアや獣人達はやや苦手なようだ。ノアも無理して飲んでいる様子が見て取れるし、チッキーとピッキーは目をつぶって飲んでいる。あの様子だと息も止めていそうだ。
「長老、お願いがあるのですが」
「なにかね?」
「お嬢様達には、苦みが強いように思えます。せっかく入れて頂いたのですが……」
「あぁ、すまなかった。そこまで考え至らなかった」
「問題ない」
長老が、うっかりしていたという調子で手を額に乗せる。
後にいたハイエルフが動こうとしたとき、それをリスティネルが止めた。
「守り主様?」
「すでに茶は変えた。飲めるであろう?」
「甘い!」
ピッキーが驚いた声をあげる。
横にいるノアも笑顔でコクコクと飲む。
「次からは、ミルクを用意しておこう」
ノアと獣人達3人が美味しそうに飲む様子を、長老は目を細めて眺め、そう言った。
「これは……蜂の巣っスか?」
「そうだな。この村のさらに上方に住むミツバチの巣だな」
さらに上方があるのか、本当に世界樹というのは途方もない大きさだ。
「木の上なのに、食べ物が豊富なんですね。意外に思います」
「地上に住まう人にはそう思えるかもしれぬな。空を舞う鳥からの贈り物。世界樹に暮らす他の生き物。それにエルフの秘術や、物体召喚により手に入れることもある」
木の上にいるのに、この家だけでも、石や金属が目に映るのには、そういうことか。確かに物体召喚であれば、いろいろと手に入る。
「物体召喚で、望む物が手にはいるのですか?」
サムソンが、興味深そうな声をあげる。
「ふむぅ……、物体召喚というより所定の位置からの転送といった方が近いかの。エルフの村落には、世界樹をはじめとする森への感謝を示す祭壇があっての。それを転移するのがほとんどじゃよ」
それって、お供え物……と、思ったりしたが黙っておく。
元の世界だと、どこから水道を引っ張ってくるかとか、いろいろ考えなきゃいけないが、この世界では精霊と魔法があるから、こんな木の上でも裕福に暮らせるのか。やはり異世界はすごいな。
食後には、デザート代わりにお酒だ。
朝っぱらから飲むなんてとは思うが、郷に入れば郷に従えというやつだ。
「お酒に酔って、外に出ちゃうと、足踏み外して落ちそうだよね」
「まぁ、そのようなことにはなりえぬよ。最低限、落ちぬように私が何とかしてやろうぞ」
ミズキの言葉に、楽しげな笑顔でリスティネルが答える。
落ちたらどうしようと考えていたけれど、世界樹の守り主といわれる人がなんとかしてくれるなら大丈夫だろう。
オレ達の食事は終わったが、長老とノアや獣人達3人はまだ食事を続けている。
皆が食べ終わるまで、蜂の巣をつまみに、お酒をのみ話を続ける。
話題は、今回のことに至った経緯に移った。
魔神が近く復活するという話がある。旅の途中で何度も聞いた話だ。対策として、勇者が世界を回っている。先日も、勇者が聖剣を抜いた事でお祭り騒ぎになった。
エルフ達にとってもそれは他人事ではなく、魔神の復活はハイエルフ達にとっても危機として語り継がれている。
「この世界樹は2本目なのだ」
魔神と世界樹にまつわる話は、長老の一言で始まった。
かつて、今以上に巨大な世界樹でエルフ達は今のように過ごしていた。
だが、魔神が出現し、世界樹は倒されてしまった。
世界樹が倒れた結果、世界樹の上で生きていたエルフ達は地上で暮らすことを余儀なくされた。
だが、彼らには地上は辛い場所であった。
世界樹の名残を求め、多くのエルフは森に住むことになった。
人と交わり、地上で暮らす者も現れた。
だが、どのように生きようとも、エルフにとって地上が辛い場所であることには違いがなかった。
エルフたちは新しい世界樹を渇望し、全ての精霊と大いなる存在に祈りを捧げた。
その苦難の道を不憫に思った神々が、新たな世界樹をもたらした。
そして今があるそうだ。
結果的に人と交わったエルフを私達はエルフと呼び、このように世界樹に上り、地上から遠く離れて生きる者をハイエルフと呼ぶようになったそうだ。
そんなハイエルフ達は、二度と世界樹を失わないように、二度と空の世界を失わないようにと考え、色々な手を打ってきた。
そのうちの1つが、今回オレ達の家を捕らえた金色に輝く鎖らしい。
あれは、かつて人が作り出した飛行島を自動的に捕らえ、自らのものとしてつかうためのものだったそうだ。
「捕らえる為……ですか?」
「飛行島の作り方はすでに失われている。なので、持ち主がいなくなり、ただ空を漂うだけの飛行島を、捕らえ作り替えることにしたのだ。幸い、長い年月を費やし、支配下に置くことは出来るようになったのでな」
つまり、オレ達の過ごしたあの家以外にも、沢山、空飛ぶ島はあって、手当たり次第集めていたというこか。
「他にも沢山、空飛ぶ家があるんですね」
「この家から外にでれば、見ることも出来よう」
「ところで、私達はこれからどうなるのでしょうか? できれば、地上に降ろして頂きたいと思うのです」
「それはワシにもわからん」
カガミの地上に降りたいという言葉に、長老がゆっくりと首をふり投げやりな返答をする。
わからないって……。
しばらく、沈黙があり、さらに長老が付け加えるように話を再開する。
「そうじゃな。会議によって処遇を決める。少なくともあの家は手放してもらうことになるであろう」
「会議というのはな、ハイエルフ達が、集まり話し合う場でな。そこの長老はすでに、話し合いの場から引退しておる。故に、処遇が返答できぬのよ」
会議という言葉に、質問をしようとしていたのを察してか、長老の言葉に、重ねるようにリスティネルが説明を付け加える。
長老には決定権がないのか。
まぁ、しょうがない。偶然、乗り込むことになった空飛ぶ家だ。それに、今の状況ではうまく制御ができない。
そりゃあ、確かに、何とか手元に置いておきたいものではある。
だが、背に腹は代えられない。
そんなわけで、オレ達はハイエルフの会議に身を委ねることになった。




