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召還社畜と魔法の豪邸  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第九章 ソノ名前はギリアを越えて
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閑話 追跡(カガミ視点)

「後は任せた」


 リーダの声が聞こえる。


「カガミ姉さん追いかけるっすよ」


 呆然としていた私に、プレインの声が聞こえた。

 ミズキが目の前で2人の人間を殴り倒し、残りの人間が逃げていく。

 見事な手際だ、こんな風景にも、慣れてしまった。ほんの少し前の私ならば、先程のような風景を見て悲鳴をあげていただろう。良くも悪くも暴力に慣れてしまったようだ。

 そんなことよりも、追いかけなくてはならない。

 プレインの後を追う。


「先輩なら大丈夫っスよ、いつもの様に何とかしてしまうっスよ」


 私を見て、プレインが笑う。

 そういえば、初めてリーダと出会った時も同じような感じだった。

 私は既に何度も転職をして、とうとう最後に流れ着いたのがあの会社だった。

 転職する度に待遇が悪くなっていったが、それでも働かないわけにはいかなかったので我慢した。

 そして、あの会社でも、私はもうすぐ限界だと自覚していた。

 そんな時に、私が嫌だった上役が変わることになった。

 突然のことだった。


「なんでも階段から落ちて、足怪我しちゃったみたいっスね」


 当時、隣に座っていたプレインが言った。


「そうなんですか……」

「でも、ラッキーだったっスよ。あんなヤツよりも次の人の方が絶対いいっスしね」

「どんな人か分からないのに、喜ぶのは早いと思うんです」

「次の人は知ってる人なんスよ」

「でも、あいつが来るってことはわりと末期だよな。この現場」


 後から、サムソンが声をかけてきた。

 プレインと話をしているところを見たことはあったが、私と一緒にいる時に声をかけてきたのは珍しい。


「まあ、先輩はいつも悲惨な状況にしか来ないっスからね」


 聞けば、今度くる人はいつもプロジェクトが最悪な状況になった時に来る人らしい。


「でも、先輩はいつも何とかしちゃうっスから」


 なんとかする人。それがリーダを評する言葉だった。

 そして、彼の挨拶の後、第1声は「いや、無理でしょ。コレ」だった。

 軽い一言だった。

 彼を知っている人達は、はいはいと聞き流していた。

 それからの彼は迅速だった、次々と対策を提案し、実行していく。

 そのほとんどがやっつけ仕事のようにも見えた。

 だが、仕事はなんとかなった。

 前の上役と違って、彼は特に何も言わなかった。

 そんな彼の最初の印象はとても不健康そうだな……だった。

 真っ青な顔に、痩せた体。

 彼を見ていると、とても不安になった。特に、しょっちゅう咳き込んでいて、この人は大丈夫なのだろうかと思った。

 それからはリーダと一緒に組むことが増えてきた。リーダは、扱いづらい人間を任されることが多いと聞いた。どうやら私も会社から見て扱いづらい人間だと思われていたらしい。

 その後、プレインにサムソン、ミズキ、そして私。

 リーダと、今のメンバーが一緒に行動することが増えた。

 行った先々で、いつも酷い目にあった。

 その度、リーダは色々な方法を使って物事をなんとかしていった。

 私は目の前で人が土下座するのも初めて見たし、泣き落としするのも初めて見た。

 怒鳴り散らすお客さんに、訳の分からない事をまくし立てて、けむに巻く姿も見た。

 毎度毎度、手を変え品を変え、上手くやるものだなとある意味信頼していた。

 そして彼は見る度に、不健康そうな笑顔を浮かべていたのだ。


「カガミ姉さん」

「あ、はい」


 物思いに耽りながら、皆の後を追いかけていた私にプレインが名前を呼ぶ。


「あれ」


 指を指した先にはローブ姿の男が1人女性を抱きかかえていた


「ラノーラ!」


 サムソンが大声をあげる。


「それ、よこしてもらおうか。魔方陣だ、魔法陣をよこしてもらおう」


 ローブ姿の男はそう言った。


「魔法陣がないと、ラノーラは自由になれない、でも魔法陣を渡さないと、ラノーラが……」


 サムソンがローブ姿の男に返答するでもなく、小声でぶつくさ呟いている。どうするのか決めあぐねている。


「どうする?」


 ミズキが私を見て声をかけてくる。

 私は何も考えられず、口ごもった。


「俺とカガミが、正攻法であいつらの注意を引きつける。ミズキは影からラノーラを奪還してくれ。それから……プレインは公爵の所に行って、魔法陣が奪われそうなことを伝えてくれないか」

「もし、うちの領主がいてくれると、そちらの方が声をかけやすいかもしれないっスね」


 サムソンが指示を出し、プレインがそれに答えた。

 私は無言で頷く。

 ミズキも了承する。


「わかった。今から持っていく」


 サムソンがことさら大きな声で答えたかと思うと、ヒョイと壁を駆け上がった。身体強化の魔法を使っているのだろう。まるで重力がないかのように、トトンとはねるように壁を駆け上がる姿に、元の世界との違いを実感する。

 屋根に上がった後、サムソンはゆっくりとラノーラさんの元へと近づく。

 ミズキは静かにだが、とてもすばやく背の高い建物の側を走り抜ける。そういえば、この建物は、建築中の魔術師ギルドだったなと思い出した。

 時間をかせぐように、サムソンはゆっくりゆっくりと、ラノーラさんへと近づく。


「ラノーラさん! あの、私にラノーラさんを解放して渡してくれませんか」


 私は、ラノーラさんを捕らえている男に声をかけ注意を引く。男は二手に分かれた私とサムソンを交互に見ながら対応を迷っているように見えた。

 その時だった。

 私の目の前、右手側にあった魔術師ギルドの建物から、巨大な獣が飛び出てきた。

 人の……老人の顔。ボサボサで白髪交じりの金髪。ライオンの体。私の体の何倍もの大きさをした魔物だった。目だけがギラギラと輝く風貌に、気持ちの悪さを感じる。


「ギシシシシシシ」


 魔物は笑った。

 普通の人間とくらべて、何倍も大きな顔がいやらしく笑う。

 ぐるぐると頭を回し、ラノーラさんの方へと飛びかかっていった。

 ラノーラさんを捕らえていた男は、彼女を突き飛ばし、自分だけ逃げようとしたが、逆に逃げた男のほうが上半身を噛みちぎられてしまった。

 そのまま死体と魔物は、地上へと落ちた。

 魔物は、死体を前足で何度かつついたかと思うと、突然真上を向き、全身をブルブル震わせた。


『ギーギーピーィ』


 不気味な音を発したかと思うと、急に目の前が真っ暗になったかのような感覚に襲われた。

 何かを耳元で囁かれた気がした、何を言われたのかわからない。言葉だったのかすらわからない、ただただ不気味な音を聞いたという感触が残る。

 気持ちの悪さと、なんとも言えない恐怖が全身を襲った。

 女性の悲鳴が聞こえる。

 ミズキの叫び声だった。聞いたこともないミズキの取り乱した叫び声に、恐怖がよけい増大する。

 サムソンも足を震わせ、しゃがみこんでしまった。

 プレインがこちらへと向かって走ってくるのが見える。ミズキの側へと駆け寄り、何かをしきりに言っている。

 何を言っているのかはわからない。声が聞こえない訳ではない、頭がうまく働かなくて何を言っているのか理解できないのだ。

 頭が真っ白で、ひたすら怖かった。何が怖いのかが分からない。それが、自分の抱えている恐怖を、ひたすらに増大させた。

 それはずいぶん長い時間のようにも思えた、目の前の怪物は、ゆっくりと死体を貪っていた。グチャリグチャリと気持ちの悪い音がする。


「カガミ姉さん!」


 すぐ目の前でプレインが大声を上げていた。


「な……なに」

「あいつ、やばいっス。逃げましょう」

「え……えぇ」


 私はようやく我に返り、プレインに生返事をする。


「何が起こったんスか? よくわからないっすよ。一気に怖くなっちゃって、ミズキ姉さん……かなりまずいっス」

「誰も逃がさぬ。ギシシシシシ」


 魔物が、そんな混乱した私達を見て笑う。

 だが、それは奇妙な風景だった。笑う魔物の後ろに、鎧姿の男が立っていた。いつの間に?


「とりあえず、お前は逃げられんな」


 その一言で、魔物は男が側に立っていたことに初めて気がついたようで、驚きの表情で振り向く。

 次の瞬間。


『シャラン』


 刃物が、物体を撫でるように切った音がして、魔物の喉を切り裂いた。


「対飛行戦術! ここで仕留めて見せよ!」


 男は振り向き、魔物に背を向け大声で命令した。その先には数人の鎧姿があった。

 魔物を無視して振り向き立ち去ろうとしていた男を、背後から魔物が襲おうとしたが、今度は剣を抜くことなく、手を振り上げただけで、魔物は呻き声を上げて距離をとっていた。

 何をしたのかはわからない。

 だが私は助かったと思い、サムソンを探す。プレインは、私が平静をとりもどしたことに安堵したようで、ミズキの方へと行くと言って走って行った。


「サムソン!」


 大声で呼びかける


「ラノーラ……ラノーラ……」


 サムソンはうわ言のように言いながら、一生懸命もがくように立ち上がろうとしている

 ラノーラさんのいる所のそばに2人の人影があった。身なりのいい太った男とローブ姿の女。一方の男は、後ろを着いて歩いていたローブ姿の女に何かを指示する。

 身なりのいい男はラノーラさんの髪を引っ張り立ち上がらせると、私達を見た。

 次に魔物を見て、わめき出した。それは、とても大事なことのはずなのに私の頭はその言葉を理解しない。


「カガミ姉さん」


 いつの間にか私の側に戻ってきていたプレインが、私の肩を揺すりながら声をかける。


「プ……プレイン?」

「ミズキ姉さんは相当やばいっス。あの物陰に、つれていったっスけど……カガミ姉さん、どうすればいいっスか? ボクにはわかんないっス」


 どうしよう、私には何とも言えない。

 サムソンは……サムソン?


「サムソン!」


 助けを求めたくてサムソンに声をかける。

 ところが、サムソンは、私の声が聞こえていなかった。


「ラノーラ、ラノーラ……」


 言いながら、這うようにラノーラさんの方へと近づこうとしていた。

 そんな間も状況はどんどん変化する。

 魔物は喉を切られ、騎士達により鎖が、一本、二本と時間が経つごとに巻き付けられて、ゆっくりと動きが鈍っている。

 ガツンと頭に小石が当たる。魔物が飛び跳ねる度に建物が削れ破片が舞い散っているようだ。

 鈍っていると言っても、その動きは激しく、多くの人や建物に被害が出ている。

 魔物はラノーラさんの方に飛び掛かろうとしていた。

 鎖に引っ張られ、ラノーラさんに噛みつくことはできず、そばの建物の壁にへばりつく。

 いつの間にか……最初からかもしれないが、後ろ足が無くなっていた。

 ラノーラさんの方は、身なりのいい男に何かを言われていた。ラノーラさんは首を振り拒否していたが、突然、首輪のように黒い紐が出現し、一方はラノーラさんの首に巻き付き、もう片方は身なりのいい男が、その切れ端を拾い上げた。その後、すぐさま紐を引っ張りラノーラさんを手元に手繰り寄せる。

 壁にひばりついた魔物は、身なりのいい男とにらみ合いを続けた後、満面の笑顔になった。

 そしてまた地面に降り通行人に襲い掛かる。鎖に絡め取られて、うまく動けないにもかかわらず、その巨体に何人もの人が押しつぶされ、喰われていた。

 私は恐怖と、不安のために動くことができず、その姿を呆然と見ていた。

 プレインがミズキを連れて私の背後を通り抜け、去って行った。


 ――どうすればいいっスか?


 プレインの声が蘇る。

 どうしよう、私にはどうすればいいのかが分からない。

 強がっていても、大事な時に動けない。いつだって私は目を背けて逃げてきたのだ。

 こんな時リーダだったらどうするのだろう。リーダだったら……。

 元の世界で見ていたような青白い顔ではない、今の楽しそうなリーダの顔が目に浮かぶ。

 元気なリーダの顔が目に浮かぶ。


 どうしよう、助けて、どうすればいい。


 そんな願いが通じたのか。

 私の右手側……魔術師ギルドからリーダが飛び出してくるのが見えた。

この話のあとが、前話『ちかのへやをぬけて』の中盤につながります。

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