たのわれ!
彩花の叫びは虚しくも澤峰には届かない。俺を除く誰にも。こんなに怒っていることに驚いた。それこそ自分が怒り心頭だったことを忘れるほどに。
「お、落ち着け!」
ただ驚愕している間もなく、家が半壊したときのことを思い出して、急いでなだめる。ここらを吹き飛ばされるのはまずい。
「なんでよ!こんなやつやっつけてもいいでしょ!?」
「いいから、こい!」
一言店長に急用ができたから帰るとだけ言って強引に腕を掴み店から連れ出す。
「えーと、田城くん?どう、したの?」
「・・・」
そろそろ人の良い彼でも本音を漏らすだろうと大っぴらに挑発したのだが、反応はまたしても予想に反していた。確かに怒っている感じがしたのだが、急に顔色を変えて誰もいない方向に向かって話しだす。まるで子をあやす親のような優しい声。かと思えば有無を言わせない声で何かを引っ張るように、いや確かに何かを引っ張って店から出て行った。
前々から独り言の多い人だとは思っていたが、今のは明らかにこれまでと異なっていた。誰かと話している?
普段ならこれだけの発見を得れば手を上げて喜ぶレベルなのだが、考える気力がなかった。
「無視されちゃった・・・」
面白いものを観察している。それぐらいの気持ちで接していたはずなのだが、初めて正面から無視をされて妙にショックをうけていた。無視されも当然なくらい付きまとっていたし、されたところで一向に構わないと思っていたのだがそうでもないらしい。彼の優しさに甘え過ぎたようだと痛感する。
「ねぇ、離してよ!痛いから」
「す、すまん。」
無我夢中で歩いていたら既に家の近くまで来ていた。
手首をさすりながら、不満げにしている。
「1つ聞いていい?」
「どうぞ」
「あんなにこけにされてなんで怒らないの?逆に庇っちゃってさ!」
全くもって理解出来ないという顔でそういう。
「庇ってなんかないよ。それに怒ってたけど・・・」
そこで口ごもる。続きをいうのは何となく恥ずかしかった。
「けど?」
無情にも彩花は続きを促す。
「お前が俺より怒ってくれたからどっかにいっちまったよ!!」
にわかに顔が火照っているのを自分でも感じて顔をそむける。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「そ、そう・・・」
あちらも言葉を聞いて恥ずかしくなったのか俯いている。
そして、意地の悪い笑みを浮かべてこう言った。
「でっきりあの女が好きなのか、ドMなのかと思ってのに!」
「な!・・・」
心外もいいところである。いつもなら言い返して口げんかにでもなるところだが、今日は許すことにする。
「それよりも、よく我慢できたな。店を吹っ飛ばされるんじゃないかって心配してたんだが」
「へ?」
「ん?」
謎の沈黙。褒めているつもりなのだが意図が伝わっていないようである。
「だから、この前と違って感情に任せて暴走しなかったじゃん」
「あーそれね。元から無理よ」
「何?」
聞いてみると力は基本家の中でしか使えないらしい(めまいを起こすくらいの頭痛作用は出来ると胸を張っているが)。
「だから連れ出したの?それは無駄なことをしたわねー」
「そう、なのかー」
文字通り骨折り損である。まさか家の中でしか使えないとは。なるほど、確かにどこでもあんなことができたら初めから俺と契約する必要がなんてなかったことになる。他人事になるが、契約終了後の彩花はとんでもない災厄になるかもなと苦笑いする。
「で!」
「ん、何?」
「結局どうなのよ?」
「だから何が」
「そ、そのあいつの事がす、好きなの?それともMなの?」
「まだその話振るのか?」
いじってきたのをあえてスルーしてやったのにぶり返すとは煽っているのだろうか?
「いいから答えてよ!」
どうやら真剣のようだ。意図が理解出来ないがこういう時は思っていることをしっかりいうべきだろう。
「はぁ、いいか?よく聞けよ?」
「う、うん」
彩花はゴクリと唾の音が聞こえる程喉をならして頷く。せめての仕返しだとためにためてからの。
「どっちも全力で否定するぅぅぅ!」
絶叫!喉が少し痛くなるほど叫んだが、うるさいと耳をおさえている姿が見られて満足だった。
「そっか!」
ただその後の彼女の笑顔はとても魅力的でドキッとしてしまった。